心がささやいている

龍野ゆうき

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記憶の中の天使

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「僕がこのコを引き取るよ」


既に心は決まっていた。

「あの二人が、このコの飼い主なんだろう?」

少女へと向き直ると、彼女は哀し気な瞳を向けて小さく頷いた。
それに対して、辰臣も頷き返すと。

「このコは僕が大切に育てる。守る。約束するよ。あんな酷い飼い主の元へはもう返せないよ」
「おにいちゃん…」

本当のところ、それが普通に許されるのかは分からないけれど。それでも実際、躾と称して暴力を振るうような輩に動物を飼う資格なんかない筈だ。もしも、相手側から訴えられるようなことがあったとしても徹底抗戦してやるつもりだ。それくらいは覚悟の上だった。
すると、少女は不安げな表情からふわりと微笑みを浮かべると「ありがと」と呟いて、そして僕の腕の中で見上げている子犬に「よかったね」と声を掛けた。その笑顔はどこか儚くて。でも、とても優しいものだった。

そのあと、彼女とはその公園で別れた。既に陽も暮れ掛けた薄暗い中だったので、送っていこうか?と声を掛けたのだが、「なれてるからだいじょうぶ」と手を振りながら駆けて行ってしまった。
去り際、彼女は笑ってはいたけれど。そのどこか寂し気な小さな後ろ姿がずっと忘れられなかった。



「そう。あの日、彼女と出会えたからこそ、今の僕たちがいるんだ。彼女が僕とランボーを引き合わせてくれたんだよ」

目をキラキラさせて当時のことを語る辰臣に。颯太は軽く肩をすくめた。既にこの話題は耳タコ状態なのだ。

「わかったわかった。で?その運命の彼女とは連絡先とか交換したの?」
「へっ?ああ、連絡先までは流石に。でも、名前は聞いたよ」
「ふうん?何て?」

『運命の彼女』の部分は否定しないんだな?とか思いつつ。名前を聞いてもどうせ知りはしないだろうし興味もないが、とりあえず話の流れで聞き返した。

「月岡咲夜さんっていうんだ」
「ほぉー」
「素敵な名前だろ?」
「うーん、まぁ…。別に名前は…」

どうでもいいけど…という言葉を飲み込んで。そんなにありふれた名でもないかと聞き流しかけたところで、ふと何かが引っ掛かった。

「あれ…?つき、おか?…つきおか何て?」
「咲夜さんだよ、さ・や」
「…あれ?どっかで…」

何となく最近耳にしたことがあるようなその名に、颯太が記憶を手繰っていると辰臣が突然思い出したというように手を打った。

「そうだっ。彼女、お前とおんなじF高の制服着てたんだよ」
「F高の…?」

そこまで聞いて思い出した。

「あー…もしかしたら同じ学年で、そんな名前の女子がいたかも」
「へぇー?そうだったのかっ」

最近、クラスの男ども数人が集まって『学内で可愛いコ』の話題に花を咲かせていた。俺は横で聞いてただけだったけど、皆がこぞって名を挙げていた噂の人物がいたのだ。それが、隣のクラスの月岡咲夜さや。その人だった。

「もしかして颯太、彼女のこと知ってるのかっ?」
「いや、クラス違うし名前聞いたことがあるってだけだな」
「そうか。お前にも紹介するよ。実は、明日寄ってもらうことになってるんだ」

満足げに笑う辰臣に。颯太は心底驚いた声をあげた。

「はっ?なに?もう会う約束取り付けてんのっ?」
「ばーか、別にそんなんじゃないよ。良かったら遊びに来てって言っただけ。彼女動物好きそうだったし」

そうは言いつつも。珍しく積極的な行動を見せる辰臣の様子に、颯太は俄然その人物に興味が湧いたのだった。



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