11 / 33
記憶の中の天使
2-3
しおりを挟む
「えっ?何で…?」
「おにいちゃん、このコをたすけてあげてっ」
大きな瞳で、すがるように見つめて来るその少女に。辰臣は面食らった。
「助けるって…どうして?また何処か傷でも…?」
見失っていた間に怪我が酷くなったのかと慌てて前に踏み出しかけたところで少女は静かに首を横に振ると、それを否定する。
「けがはしてない。でも…おうちに帰さないでほしいの」
「おうちに?何で…?だって、ご家族はきっと心配してるよ?このコだって早くご家族に会いたいに…」
決まっているはずだよ…と続けるつもりが、泣きそうな顔でイヤイヤするように首を振られ「ダメなのっ!」と言葉を遮られてしまい、戸惑う。
「おうちに帰ったら、またひどい目にあわされちゃうよ」
「酷い目って、まさか。おうちの人がそんなことするワケ…」
『ない』とは思いながらも、辰臣はそれ以上言葉を続けられなかった。不意に、この子犬と初めて出会った時のことを思い出したからだ。
実際、この子犬を見つけた時は酷い怪我で。最初は事故にでも遭ったのかと思っていたのだが、怪我の具合からして少し様子が違ったのは事実だった。
医師の話では、新しい怪我以外にも少し時間の経過した傷痕や打撲痕があったらしく…。
(まさか、日常的に暴行を…?そんな、まさか…)
「君は、この子犬のことを前から知っていたの?もしかして飼い主のことも知ってたりする?」
辰臣は少女の前に屈み込むと、視線に合わせるようにした。すると、少女は一瞬きょとんとした表情を見せると、小さく首を横に振った。
「ううん、知らないよ」
「あれっ?知らないの?」
ちょっぴり拍子抜けしてしまった。
「それなら何で…?知らないのに、この子犬が酷い目に合うって分かるの?」
そう聞き返すと、何故か少女は不意に顔をこわばらせた。どこか怒られて怯えているかのような、ばつの悪そうな顔だった。
責められてるように感じたんだろうか。それでも、この子の言うところの意味を知りたくて、せめて表情だけでも和らげながらその答えを静かに待った。
すると、控えめにぽつりぽつりと話し出す。
「このコがね、言ってるの…」
「『このコ』が?」
「うん。たすけてって…。帰りたくないって…」
「この子犬が…?」
普通に考えたら、子どもの想像や空想や何かの類の作り話だと思うだろう。
実際、一瞬だがそんな考えが辰臣の頭を過ぎったのは事実だった。
だが、続く少女の言葉に辰臣は息を呑んだ。
「このコみたいなペットたちは、飼い主をえらべないから…。それは、子どもが親をえらべないのとおんなじ。どんなにつらくても居場所はそこしかないの」
「………」
「でもね、おにいちゃんみたいなやさしい人もいる。このコはうれしかったって言ってるよ。つらくて逃げだしたときに、おにいちゃんに助けてもらったって」
そう言って小さく微笑んだその少女の笑顔がとても綺麗で儚げで。そして、何より寂しそうで。こんな小さな少女の何がそんな表情をさせているのだろうと余計な詮索さえ浮かぶ程だった。
だが、それよりも…今、何か気になることを彼女は言わなかっただろうか?
「ちょっ…ちょっと待って」
辰臣は片手で頭を抱えると己の頭の中を整理しながら浮かんだ疑問を口にした。
「じゃあ、この子は自分で逃げてきたってこと?飼い主の元から…?」
「うん」
「ずっと酷い目にあってて、耐えられなくなって?」
「うん」
「そんな…。ことって…」
辰臣はショックを隠しきれなかった。こんなに可愛くて小さな動物に、そんな酷い仕打ちをする人間が存在するのかと。それも、自ら飼っておきながらも、だ。
だが、思い出してみれば確かに保護した当初、このコは人に怯えているふしが見て取れた。診察して貰った際に獣医にも言われたことだった。怪我が酷かったので出来る抵抗は限られていただろうが、暴れて僅かながらも手を焼かせたことは記憶に新しい。最終的には、自分に危害を加える存在ではないのだと理解してくれたのか大人しくしてくれていたが。だが、日常的に酷い目に合わされていたというのなら、それも頷けると思った。
(動物たちの命を何だと思っているんだっ!自分の所有物なら何をしてもいいとでもいうのかっ?!)
信じられない気持ちとともに奥底からは怒りが沸々と湧いてくる。
そんな辰臣の心情を察したのか、静かにこちらを見つめていた子犬が「きゅうん」と小さく鳴いた。
「ごめんな。つらかったな…」
そっと子犬に手を伸ばして撫でてくる辰臣に、子犬は嬉しそうに尻尾を振り身体を乗り出してくる。少女は子犬の意のままに、そっと辰臣の腕の中に渡してくれた。
少女の話を裏付ける証拠は何もない。でも、不思議と疑う気にもなれなかった。
「おにいちゃん、このコをたすけてあげてっ」
大きな瞳で、すがるように見つめて来るその少女に。辰臣は面食らった。
「助けるって…どうして?また何処か傷でも…?」
見失っていた間に怪我が酷くなったのかと慌てて前に踏み出しかけたところで少女は静かに首を横に振ると、それを否定する。
「けがはしてない。でも…おうちに帰さないでほしいの」
「おうちに?何で…?だって、ご家族はきっと心配してるよ?このコだって早くご家族に会いたいに…」
決まっているはずだよ…と続けるつもりが、泣きそうな顔でイヤイヤするように首を振られ「ダメなのっ!」と言葉を遮られてしまい、戸惑う。
「おうちに帰ったら、またひどい目にあわされちゃうよ」
「酷い目って、まさか。おうちの人がそんなことするワケ…」
『ない』とは思いながらも、辰臣はそれ以上言葉を続けられなかった。不意に、この子犬と初めて出会った時のことを思い出したからだ。
実際、この子犬を見つけた時は酷い怪我で。最初は事故にでも遭ったのかと思っていたのだが、怪我の具合からして少し様子が違ったのは事実だった。
医師の話では、新しい怪我以外にも少し時間の経過した傷痕や打撲痕があったらしく…。
(まさか、日常的に暴行を…?そんな、まさか…)
「君は、この子犬のことを前から知っていたの?もしかして飼い主のことも知ってたりする?」
辰臣は少女の前に屈み込むと、視線に合わせるようにした。すると、少女は一瞬きょとんとした表情を見せると、小さく首を横に振った。
「ううん、知らないよ」
「あれっ?知らないの?」
ちょっぴり拍子抜けしてしまった。
「それなら何で…?知らないのに、この子犬が酷い目に合うって分かるの?」
そう聞き返すと、何故か少女は不意に顔をこわばらせた。どこか怒られて怯えているかのような、ばつの悪そうな顔だった。
責められてるように感じたんだろうか。それでも、この子の言うところの意味を知りたくて、せめて表情だけでも和らげながらその答えを静かに待った。
すると、控えめにぽつりぽつりと話し出す。
「このコがね、言ってるの…」
「『このコ』が?」
「うん。たすけてって…。帰りたくないって…」
「この子犬が…?」
普通に考えたら、子どもの想像や空想や何かの類の作り話だと思うだろう。
実際、一瞬だがそんな考えが辰臣の頭を過ぎったのは事実だった。
だが、続く少女の言葉に辰臣は息を呑んだ。
「このコみたいなペットたちは、飼い主をえらべないから…。それは、子どもが親をえらべないのとおんなじ。どんなにつらくても居場所はそこしかないの」
「………」
「でもね、おにいちゃんみたいなやさしい人もいる。このコはうれしかったって言ってるよ。つらくて逃げだしたときに、おにいちゃんに助けてもらったって」
そう言って小さく微笑んだその少女の笑顔がとても綺麗で儚げで。そして、何より寂しそうで。こんな小さな少女の何がそんな表情をさせているのだろうと余計な詮索さえ浮かぶ程だった。
だが、それよりも…今、何か気になることを彼女は言わなかっただろうか?
「ちょっ…ちょっと待って」
辰臣は片手で頭を抱えると己の頭の中を整理しながら浮かんだ疑問を口にした。
「じゃあ、この子は自分で逃げてきたってこと?飼い主の元から…?」
「うん」
「ずっと酷い目にあってて、耐えられなくなって?」
「うん」
「そんな…。ことって…」
辰臣はショックを隠しきれなかった。こんなに可愛くて小さな動物に、そんな酷い仕打ちをする人間が存在するのかと。それも、自ら飼っておきながらも、だ。
だが、思い出してみれば確かに保護した当初、このコは人に怯えているふしが見て取れた。診察して貰った際に獣医にも言われたことだった。怪我が酷かったので出来る抵抗は限られていただろうが、暴れて僅かながらも手を焼かせたことは記憶に新しい。最終的には、自分に危害を加える存在ではないのだと理解してくれたのか大人しくしてくれていたが。だが、日常的に酷い目に合わされていたというのなら、それも頷けると思った。
(動物たちの命を何だと思っているんだっ!自分の所有物なら何をしてもいいとでもいうのかっ?!)
信じられない気持ちとともに奥底からは怒りが沸々と湧いてくる。
そんな辰臣の心情を察したのか、静かにこちらを見つめていた子犬が「きゅうん」と小さく鳴いた。
「ごめんな。つらかったな…」
そっと子犬に手を伸ばして撫でてくる辰臣に、子犬は嬉しそうに尻尾を振り身体を乗り出してくる。少女は子犬の意のままに、そっと辰臣の腕の中に渡してくれた。
少女の話を裏付ける証拠は何もない。でも、不思議と疑う気にもなれなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
井戸端会議所
ほたる
青春
アパートの一階で、隣同士に住んでいる仁志と仁美。二人はアパートの専用庭に出て、柵越しに座り、ただ何の変哲もない会話をするだけという、「井戸端会議」と呼称する交流を、幼い頃からずっと続けていた。幼馴染で親密な関係を築いていくうちに、仁志は段々と仁美を意識するようになる。そんな関係性が続く中、ある日の夜。いつも通りに井戸端会議をしていると、仁美が仁志に対して、こう言ったのだった。
「ねぇ、今から外に出れる?」
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
【完結】ツインクロス
龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
偽者の飼い主と二十分の散歩
有木珠乃
青春
高校一年生の児玉葉月は毎夜、飼い犬のバニラを散歩させていた。同じくクラスメイトで人気者の関屋真宙も、飼い犬のあずきを夜にさせていたため、一緒に散歩することに。
いくら犬の散歩でも、夜は危険だからという理由で。
紳士的で優しい関屋に、好意を寄せていた葉月にとっては願ってもいないことだった。
けれどそんな優しい関屋に、突然、転校の話が飛び込んくる。
葉月は何も聞いていない。毎夜、一緒に散歩をしているのにも関わらず。
昨夜は何で、何も言ってくれなかったの?
ショックのあまり、葉月は関屋にその想いをぶつける。
※この作品はノベマ、テラーノベルにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる