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いらない能力
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人の都合によって虐待や迫害などを受けている動物たちを見過ごせないのだと、何処か哀し気な瞳で語っていた。そういう動物たちを少しでも救えたらいいと救済センターを起ち上げたのだとも。
(おおぞらたつおみさん、か。きっと、いい人…なんだろうな…)
その言葉の裏には何も負の感情はなかった。きっと、あれが心からの想いそのものだったに違いない。
(流石に、そうそう会うこともないとは思うけど…)
彼の活動には好感が持てた。なので、もしもそういう動物を見掛けることがあったなら連絡してみても良いかもしれない。そう思い、手にしていた名刺をどこかにしまおうと迷った挙句、制服のポケットに入れていた生徒手帳の間へと挟んでおくことにした。
そう。その時は気付かなかったのだ。
そこに書かれていた住所が、住んでいる祖母の家と近かったことなど。
あと少しで家へと着く頃。
最後の角を曲がったところで前から小さな犬が、こちらへ駆けて来るのが見えた。
「わんわんわんっ」
その見るからに元気そうな犬は、真っ直ぐに咲夜の方へと向かって来る。
ここは閑静な住宅街なので車の交通量が少ないとはいえ、流石にフリーで走り回っているのは問題だろう。だが、近付いてくるにつれ状況が解ってきた。きちんと首輪は付けられているものの、そこから伸びたリードを引きずっているのだ。
(飼い主を振り切って逃げてきたのかな?)
それにしても、気のせいだろうか。ワンコの意識が何故かこちらに向いている気がする。
遠目ながらにも何となくそのワンコと視線を合わせながら、その様子を眺めていると。
その犬はあっという間に咲夜の傍まで走り寄ってくると、今度は足を止めた咲夜の周りをぐるぐると回りだした。
(えーっと…。何か…喜んでる?)
小さくとび跳ねるように自分の周囲を走り回ってるワンコの心の声に耳を傾けようと僅かに屈み掛けた時だった。
「わっ!待ってっ」
長さのあるリードを引きずりながら周囲を同方向に回っている為、それが咲夜の足に絡まりだしたのだ。
「ちょっ…ストップ!ストップ!!」
咲夜は慌ててしゃがみ込み、周囲を回っている犬の動きを何とか止めると、巻き付いたリードを除けながら再び走り出さないように、思ったよりも小柄な身体を両手で目の前へと抱え上げた。
「セーフ…」
もう少し気付くのが遅かったら足にリードが絡みついてその場に尻餅をついてしまうところだった。でも、ワンコは当然こちらの状況など知る由もなく、舌を出しながら小さなふわふわの尻尾をパタパタと振っている。
(あれ…?このコ…。何処かで…)
ワンコからは「久し振り」だとか再会を喜んでいるような『声』がする。勿論、その言葉がそのまま聞こえている訳ではないのだけれど。感覚的なものだ。
「あ…。もしかして…」
一瞬記憶の中に同じような毛色の子犬がいたことを思い出して思わず目の前のワンコに話し掛けようとした、その時だった。
「あっ!すみませーんっ!!それ、うちのコなんですっ!!」
そう言って先程この犬が駆けて来た方から、今度は一人の男性が駆け寄って来た。
だが、近付いてくるにつれ、その飼い主らしき人物の顔が見覚えのある、記憶に新しい人物のものであることが分かってきて咲夜は思わず瞳を大きくした。それは相手も同じだったようだ。
「あれっ?君は、さっきの…」
息を切らしながら近付いてきた彼も驚いた表情を見せている。そう、それは先程河原で出会った『大空さん』だった。
「どうも」
しゃがみ込んでワンコを抱えたまま軽く会釈をすると、大空さんは満面に笑顔を浮かべた。
「すごい偶然だねっ。まさか、こんな所でまた会えるなんてっ!もしかして家もこの近くだったりするのっ?」
「はい。まぁ…そう、です…」
(…って、なに素直に教えちゃってんだ、私っ!!)
家は、もう彼の立っている後方に見えている。まさに目と鼻の先だった。流石にそこまで詳しく教えるつもりはなかったものの、あまりに普通ににこやかな笑顔で聞かれたので、つい素直に答えてしまった感じだった。
普段の自分であれば有り得ないことだ。どんな人物かも分からない者に家を知られることなど普通は避けたいし、今のご時世、それなりに危機感を持たなければいけないとも思っているからだ。
(でも、この人からは聞かれていること以外の邪念を何も感じない…)
それに、何よりこの人懐っこい笑顔に絆されてしまうのかも知れない。気付けば、すっかり向こうのペースに引き込まれてしまっている的な。
そんなことを考えていた時、大空さんがワンコに語り掛けた。
「こら、ランボー!駄目だろ?勝手に走って出て行ったりしちゃ」
(ら…ランボーっ!?…って、まさかこのワンコのことっ?)
咲夜は、思わず我が耳を疑った。
『ランボー』と呼ばれたそのワンコは、手の中で可愛いフワフワの耳と尻尾を振りながら後方にいる飼い主を見上げている。その愛くるしい姿からは、どうしたってその妙にいかつい名前に結び付くものなど何もないように見える。
(いや…まぁ、飼い主さんもそれぞれ色々な想いがあって、その名前をつけてあげてるものなんだろうけど…)
だけど、どうしてもその名からは某映画のマッチョな俳優のイメージしか湧いてこない。超、強そうな…ある意味男臭いイメージのアレだ。
「………」
思わず頭に浮かんでしまった可愛いワンコのイメージとはかけ離れたそれを振り払うように、ひとり頭をぷるぷると振っている咲夜の様子に大空は気付くことなく、自分を見上げている愛犬に言い聞かせるように言った。
「ランボー?小さな通りとはいえ、ここだって車が来ないとも限らないんだよっ。急に飛び出していったら危ないだろう?」
そう言って咲夜の手から愛犬を受け取ろうとするが、当のワンコは、その手からするりと逃れると「わんっわんっ」飛び跳ねながら再び咲夜の周囲を回り出した。
「ランボーっ?何して…っ…。すみませんっ!こら、止まれって。いったいどうしたんだ?…おかしいな、普段はすごい人見知りなのに…」
首を傾げている飼い主をよそに、ワンコは『久し振り』『また会えた』…そんな風に咲夜に訴えながら駆け回っている。そんな様子に思わず自然と笑みがこぼれた。
「そっか…。やっぱり、あの時のコなんだね。大きくなったね、らんぼー…?」
(おおぞらたつおみさん、か。きっと、いい人…なんだろうな…)
その言葉の裏には何も負の感情はなかった。きっと、あれが心からの想いそのものだったに違いない。
(流石に、そうそう会うこともないとは思うけど…)
彼の活動には好感が持てた。なので、もしもそういう動物を見掛けることがあったなら連絡してみても良いかもしれない。そう思い、手にしていた名刺をどこかにしまおうと迷った挙句、制服のポケットに入れていた生徒手帳の間へと挟んでおくことにした。
そう。その時は気付かなかったのだ。
そこに書かれていた住所が、住んでいる祖母の家と近かったことなど。
あと少しで家へと着く頃。
最後の角を曲がったところで前から小さな犬が、こちらへ駆けて来るのが見えた。
「わんわんわんっ」
その見るからに元気そうな犬は、真っ直ぐに咲夜の方へと向かって来る。
ここは閑静な住宅街なので車の交通量が少ないとはいえ、流石にフリーで走り回っているのは問題だろう。だが、近付いてくるにつれ状況が解ってきた。きちんと首輪は付けられているものの、そこから伸びたリードを引きずっているのだ。
(飼い主を振り切って逃げてきたのかな?)
それにしても、気のせいだろうか。ワンコの意識が何故かこちらに向いている気がする。
遠目ながらにも何となくそのワンコと視線を合わせながら、その様子を眺めていると。
その犬はあっという間に咲夜の傍まで走り寄ってくると、今度は足を止めた咲夜の周りをぐるぐると回りだした。
(えーっと…。何か…喜んでる?)
小さくとび跳ねるように自分の周囲を走り回ってるワンコの心の声に耳を傾けようと僅かに屈み掛けた時だった。
「わっ!待ってっ」
長さのあるリードを引きずりながら周囲を同方向に回っている為、それが咲夜の足に絡まりだしたのだ。
「ちょっ…ストップ!ストップ!!」
咲夜は慌ててしゃがみ込み、周囲を回っている犬の動きを何とか止めると、巻き付いたリードを除けながら再び走り出さないように、思ったよりも小柄な身体を両手で目の前へと抱え上げた。
「セーフ…」
もう少し気付くのが遅かったら足にリードが絡みついてその場に尻餅をついてしまうところだった。でも、ワンコは当然こちらの状況など知る由もなく、舌を出しながら小さなふわふわの尻尾をパタパタと振っている。
(あれ…?このコ…。何処かで…)
ワンコからは「久し振り」だとか再会を喜んでいるような『声』がする。勿論、その言葉がそのまま聞こえている訳ではないのだけれど。感覚的なものだ。
「あ…。もしかして…」
一瞬記憶の中に同じような毛色の子犬がいたことを思い出して思わず目の前のワンコに話し掛けようとした、その時だった。
「あっ!すみませーんっ!!それ、うちのコなんですっ!!」
そう言って先程この犬が駆けて来た方から、今度は一人の男性が駆け寄って来た。
だが、近付いてくるにつれ、その飼い主らしき人物の顔が見覚えのある、記憶に新しい人物のものであることが分かってきて咲夜は思わず瞳を大きくした。それは相手も同じだったようだ。
「あれっ?君は、さっきの…」
息を切らしながら近付いてきた彼も驚いた表情を見せている。そう、それは先程河原で出会った『大空さん』だった。
「どうも」
しゃがみ込んでワンコを抱えたまま軽く会釈をすると、大空さんは満面に笑顔を浮かべた。
「すごい偶然だねっ。まさか、こんな所でまた会えるなんてっ!もしかして家もこの近くだったりするのっ?」
「はい。まぁ…そう、です…」
(…って、なに素直に教えちゃってんだ、私っ!!)
家は、もう彼の立っている後方に見えている。まさに目と鼻の先だった。流石にそこまで詳しく教えるつもりはなかったものの、あまりに普通ににこやかな笑顔で聞かれたので、つい素直に答えてしまった感じだった。
普段の自分であれば有り得ないことだ。どんな人物かも分からない者に家を知られることなど普通は避けたいし、今のご時世、それなりに危機感を持たなければいけないとも思っているからだ。
(でも、この人からは聞かれていること以外の邪念を何も感じない…)
それに、何よりこの人懐っこい笑顔に絆されてしまうのかも知れない。気付けば、すっかり向こうのペースに引き込まれてしまっている的な。
そんなことを考えていた時、大空さんがワンコに語り掛けた。
「こら、ランボー!駄目だろ?勝手に走って出て行ったりしちゃ」
(ら…ランボーっ!?…って、まさかこのワンコのことっ?)
咲夜は、思わず我が耳を疑った。
『ランボー』と呼ばれたそのワンコは、手の中で可愛いフワフワの耳と尻尾を振りながら後方にいる飼い主を見上げている。その愛くるしい姿からは、どうしたってその妙にいかつい名前に結び付くものなど何もないように見える。
(いや…まぁ、飼い主さんもそれぞれ色々な想いがあって、その名前をつけてあげてるものなんだろうけど…)
だけど、どうしてもその名からは某映画のマッチョな俳優のイメージしか湧いてこない。超、強そうな…ある意味男臭いイメージのアレだ。
「………」
思わず頭に浮かんでしまった可愛いワンコのイメージとはかけ離れたそれを振り払うように、ひとり頭をぷるぷると振っている咲夜の様子に大空は気付くことなく、自分を見上げている愛犬に言い聞かせるように言った。
「ランボー?小さな通りとはいえ、ここだって車が来ないとも限らないんだよっ。急に飛び出していったら危ないだろう?」
そう言って咲夜の手から愛犬を受け取ろうとするが、当のワンコは、その手からするりと逃れると「わんっわんっ」飛び跳ねながら再び咲夜の周囲を回り出した。
「ランボーっ?何して…っ…。すみませんっ!こら、止まれって。いったいどうしたんだ?…おかしいな、普段はすごい人見知りなのに…」
首を傾げている飼い主をよそに、ワンコは『久し振り』『また会えた』…そんな風に咲夜に訴えながら駆け回っている。そんな様子に思わず自然と笑みがこぼれた。
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