心がささやいている

龍野ゆうき

文字の大きさ
上 下
7 / 33
いらない能力

1-7

しおりを挟む
だが、咲夜の心配をよそに男は、ひょいひょいと手慣れた様子で木に登り始めると、あっと言う間に太めの枝の上に乗り、

「じゃあ、その子をこっちに」

と、咲夜を見下ろしながら片手を伸ばしてきた。咲夜は指示通りに男の下まで行くと、両手でヒナをその手の中へとそっと渡す。

「ありがと」

男はにっこり笑顔を見せると、手の中のヒナを「よしよし、大丈夫だからね」と、声を掛けながら今度は枝の上にゆっくりと立ち上がった。片手にヒナを抱えながらのその体勢は、高さも結構あるので落ちてしまわないか見ていてヒヤヒヤしたが、下手に声を掛けて動揺させてしまっても怖いので、咲夜は黙って男の行動を見守ることにした。
だが、やはり慣れた様子で男は木の上を移動すると、簡単にヒナを巣に戻すことに成功したのだった。

「すごい…」

思わず感嘆の言葉が口から出た。ちょっぴり『どんくさそう』だと思ってしまった自分を心から反省する。
帰りも危なげなくスイスイと降りて来た男は、咲夜の目の前に飛び降りると再び笑顔を見せた。

「ありがとうね。君のお陰であの子は無事親元へ戻れたよ。通常、鳥の雛が巣の下へ落ちていた時は、あまり触っちゃいけないって言われているんだけど…。今回の場合は本当にまだ小さな雛だったからね。巣に返してあげられて良かったと思う」

目の前の青年は巣を見上げながら満足げに言った。
先程まで周囲を飛んでいた親鳥も巣へと戻ったらしく、もう『声』は聞こえてこなかった。

(…良かった)

咲夜は、そっと胸を撫で下ろした。



「ところで…。君、もしかして…って、あっ!ちょっと待ってっ」

振り返ると既に鞄を拾い上げ、背を向けて歩き始めていた咲夜に気付き、男は慌てて声を掛けた。

「待って待ってっ!少しだけで良いから話をさせてくれないかな?決して怪しい者じゃないからっ!ねっ?」

自分も側に放っていた荷物を素早くかき集めると、馴れ馴れしくも横に並んでくる男に。咲夜は、とりあえず足を止めて視線を向けると無言で続きを待った。目の前の相手からは、特に不穏な『声』は聞こえてこなかったから。

「実は僕、動物関係の仕事をしていて…」

そう言って男は何処からか名刺のような物を取り出すと、こちらに差し出して来た。

「本業は獣医なんだけど色々やってて、ペットは勿論のこと、野生の動物たちの救済なんかもしてるんだ」

そう言って渡された名刺には『おおぞら動物救済センター』と書かれていて、その下には『大空辰臣おおぞら たつおみ』と本人の名前らしきものも記載されていた。

「獣医…」

ちょっと、意外だった。
自分よりは上だとは思っていたけど、見た目からまだ大学生くらいかな?と思っていたのだ。

「君、どちらかというと動物好きな方だよね?」
「別に…普通に、ですけど…」

裏表のある人間よりも動物の方が心が純粋で素直なので、一緒にいるのが楽だというのはある。この能力がある為、動物側がこちらに訴えてくる気持ちは解るので、普通の人よりも意思疎通は出来る方だし、好きか嫌いかと言われれば断然好きなのだけれど。
でも、流石にそれを人に言うつもりはないし、何よりこの人物の意図がまだ分からない。

「そうなんだ?でも、いくら小鳥の雛が落ちていたって普通はそれを拾って巣に戻してあげようなんてなかなか出来ないことだよ。気にはなっても実際に行動に移せるコはそういない。野生の動物なら尚更、ね。場合によっては病原菌を持っていたりすることもあるから、本当は気を付けないといけないんだけど…」
「はあ…」

(…成程。そういう注意喚起をしたかったワケか。獣医さんとして…)

咲夜は呼び止められた意味をひとり悟った。
だが、男は「でも…」と言葉を続けた。

「君は優しい子なんだね。世の中、君みたいな人が増えてくれたら嬉しいのにな」

そう言うと、男は何故だか嬉しそうに笑った。

「………」

(何なんだろう…。このむず痒さは…)

そんな風に面と向かって言われて、いったいどうしろと言うのか。思わず反応に困って数秒フリーズしてしまったではないか。
咲夜は動揺を隠しながらも再び相手の様子を伺った。男は、にこにこと邪気のない笑顔を浮かべている。初対面の相手にこの人懐っこさ…。獣医だというから、コミュ力があると言えばそうなのだろうけど。

(普通に考えたら、ちょっと変な人だけど。でも、この人からは余計な声が聞こえてこない…)

何だか不思議な雰囲気の人だなと思った。



その後。
獣医と別れた後、咲夜は一人歩きながら改めて手にした名刺を眺めていた。

彼は別れ際、お願いがあると言い出した。
今日みたいに困っている動物がいたら連絡して欲しいというのだ。野生の動物は勿論のこと、保健所に連れていかれそうな犬や猫など、分かったら何でも教えて欲しいのだそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...