心がささやいている

龍野ゆうき

文字の大きさ
上 下
5 / 33
いらない能力

1-5

しおりを挟む
母とは、もう暫く一緒に暮らしていない。中学に入った頃からずっと母方の祖母の家に住まわせて貰っていた。


「あの子のあの目…。何もかも見透かされてるみたいで苦手なのよ。あの目に見つめられていると本気で気が狂いそう。もう、耐えられないのよっ」

ある夜。祖母に私を預かって欲しいと頼み込んでいるのを偶然聞いてしまった、その母の言葉。
もう、ショックなど何も感じなかった。ずっと分かっていたことだから。いつだって母の心は、そう囁いていたから。

祖母は一人娘である母の要望にしぶしぶながらも応えたようだった。それからずっと私は祖母の家にお世話になり続けて現在に至っている。

それでも私の唯一の救いは、祖母が優しかったことかも知れない。
夫を早くに亡くし、子どもの手も離れ一人気楽に暮らしていた中、嫁いだ筈の娘に厄介者を押し付けられてしまった状態の祖母には申し訳ないとは思うけれど。それでも私は、彼女のお陰で救われたから。

祖母は私を邪魔者扱いすることはなく、彼女の心はいつだって私を気遣い、憐れんでいた。

『母親にあんな風に言われてしまうなんて…不憫な子ね』
『可哀想に…』

そして、孫を押し付けていった娘のことを心配しながらも嘆いていた。

『旦那に捨てられたのは可哀想だとは思うけど。子どもを可愛がれなくなるなんて母親として失格よね…』
『育て方、間違えちゃったかしら…』

祖母自身も、母としての責任を感じていたのかも知れない。


でも最近、母は新しい家族との生活を再出発させた。
めでたく再婚したのだ。

相手の人はバツイチで子持ち。四歳になる息子が未だ乳児の頃から男手ひとつで育てて来た、しっかり者の子煩悩な人なのだとか。

母が再婚を考えていると祖母の家に報告に来た時、私は久し振りに嬉しそうな母の姿を見た。が、私の顔を見るや徐々に不安の色が見え隠れしはじめ、そうして聞こえて来る『囁き』は、当然再婚後の私の身の振りについてだった。

「おばあちゃんが許してくれるなら…私は、このままこの家に残りたい」

私は母の望むままの答えを口にした。
途端に、あからさまにホッとする母が目の前にはいた。祖母もそれには了承してくれて、私は母たちとは別々に暮らすことになった。

母の幸せを邪魔したくない…と言うのは、正直タテマエ。何より今の状況で新しい家族の中に入ったって、自分は邪魔者でしかないだろうし、頼まれたって行く気なんかなかった。
せめて新しい家族と顔合わせくらい…と食事に誘われたりもしたが、今のところは何だかんだと理由をつけて避け続けている。だから、相手がどんな人なのか私は未だに知らないのだ。

でも正直そんなこと、どうでもいい。

新しい人間関係というものは、どうしても疲れるから。これ以上むやみに広げたくないというのが私の本音だった。それに今更母に余計な気遣いなどして欲しくはない。
 
気を使うことそのものが悪いことだとは思わない。自分も同じだし。ただ、その裏にある本心をもう聞きたくないのだ。

建前タテマエ』の裏にある『本音』など、敢えて知る必要などないものだから。


そう、必要などない。
それなのに何故、自分にはこんな能力があるのだろう。
人の心の内なんて知りたいとは思わない。
もう、囁きなんて聞こえてこなければ良いのに…。

咲夜は小さく溜息を吐いた。


佇む咲夜の前から男女の学生が二人、手を繋ぎながら並んで歩いてくる。
二人とも咲夜の学校とは違う、この付近にある私立高校の制服を着ていて、見た感じ仲の良い恋人同士のように見える。
そんな二人の会話が自然と耳に届いてきた。

「ありがと、純ちゃん」
「いいって。オレあんま金ないから安モンしかあげられないけどさ。少しでも喜んで貰えたら嬉しいよ」
「良いの。プレゼントは気持ちだもん」
「ささやかだけどさ、これから二人でお祝いしよーよ。どっか寄ってこうぜ」

彼女の誕生日か何かなのだろうか。楽しそうな二人が咲夜の横を通り過ぎてゆく。そんな時、小さな囁きが聞こえて来た。

『純ちゃん、人は良いんだけどセンス最悪…。流石にこのプレゼントはないって。それに、いつも割り勘当たり前だし。あーあ、やっぱ同級生じゃこの辺が限界なのかなぁ。どこかに年上のイイ男いないかなぁ』


「………」

咲夜は表情を変えず、歩いた。
聞こえてきた『声』をその他の『音』と同じように意識しないで聞き流せるように。
こればかりは、ただの気休めでしかないけれど。

幸せそうに見えた恋人同士が実は見せかけでしかなく、彼女の心は既に彼氏から離れてしまっているだなんて…。自分には知りもしない縁のない人たちだけど、だからこそ余計に、そんな深い内情など知りたくもなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

スカートの中、…見たいの?

サドラ
大衆娯楽
どうしてこうなったのかは、説明を省かせていただきます。文脈とかも適当です。官能の表現に身を委ねました。 「僕」と「彼女」が二人っきりでいる。僕の指は彼女をなぞり始め…

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

大好きだ!イケメンなのに彼女がいない弟が母親を抱く姿を目撃する私に起こる身の危険

白崎アイド
大衆娯楽
1差年下の弟はイケメンなのに、彼女ができたためしがない。 まさか、男にしか興味がないのかと思ったら、実の母親を抱く姿を見てしまった。 ショックと恐ろしさで私は逃げるようにして部屋に駆け込む。 すると、部屋に弟が入ってきて・・・

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】眠り姫は夜を彷徨う

龍野ゆうき
青春
夜を支配する多数のグループが存在する治安の悪い街に、ふらりと現れる『掃除屋』の異名を持つ人物。悪行を阻止するその人物の正体は、実は『夢遊病』を患う少女だった?! 今夜も少女は己の知らぬところで夜な夜な街へと繰り出す。悪を殲滅する為に…

処理中です...