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いらない能力
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母とは、もう暫く一緒に暮らしていない。中学に入った頃からずっと母方の祖母の家に住まわせて貰っていた。
「あの子のあの目…。何もかも見透かされてるみたいで苦手なのよ。あの目に見つめられていると本気で気が狂いそう。もう、耐えられないのよっ」
ある夜。祖母に私を預かって欲しいと頼み込んでいるのを偶然聞いてしまった、その母の言葉。
もう、ショックなど何も感じなかった。ずっと分かっていたことだから。いつだって母の心は、そう囁いていたから。
祖母は一人娘である母の要望にしぶしぶながらも応えたようだった。それからずっと私は祖母の家にお世話になり続けて現在に至っている。
それでも私の唯一の救いは、祖母が優しかったことかも知れない。
夫を早くに亡くし、子どもの手も離れ一人気楽に暮らしていた中、嫁いだ筈の娘に厄介者を押し付けられてしまった状態の祖母には申し訳ないとは思うけれど。それでも私は、彼女のお陰で救われたから。
祖母は私を邪魔者扱いすることはなく、彼女の心はいつだって私を気遣い、憐れんでいた。
『母親にあんな風に言われてしまうなんて…不憫な子ね』
『可哀想に…』
そして、孫を押し付けていった娘のことを心配しながらも嘆いていた。
『旦那に捨てられたのは可哀想だとは思うけど。子どもを可愛がれなくなるなんて母親として失格よね…』
『育て方、間違えちゃったかしら…』
祖母自身も、母としての責任を感じていたのかも知れない。
でも最近、母は新しい家族との生活を再出発させた。
めでたく再婚したのだ。
相手の人はバツイチで子持ち。四歳になる息子が未だ乳児の頃から男手ひとつで育てて来た、しっかり者の子煩悩な人なのだとか。
母が再婚を考えていると祖母の家に報告に来た時、私は久し振りに嬉しそうな母の姿を見た。が、私の顔を見るや徐々に不安の色が見え隠れしはじめ、そうして聞こえて来る『囁き』は、当然再婚後の私の身の振りについてだった。
「おばあちゃんが許してくれるなら…私は、このままこの家に残りたい」
私は母の望むままの答えを口にした。
途端に、あからさまにホッとする母が目の前にはいた。祖母もそれには了承してくれて、私は母たちとは別々に暮らすことになった。
母の幸せを邪魔したくない…と言うのは、正直タテマエ。何より今の状況で新しい家族の中に入ったって、自分は邪魔者でしかないだろうし、頼まれたって行く気なんかなかった。
せめて新しい家族と顔合わせくらい…と食事に誘われたりもしたが、今のところは何だかんだと理由をつけて避け続けている。だから、相手がどんな人なのか私は未だに知らないのだ。
でも正直そんなこと、どうでもいい。
新しい人間関係というものは、どうしても疲れるから。これ以上むやみに広げたくないというのが私の本音だった。それに今更母に余計な気遣いなどして欲しくはない。
気を使うことそのものが悪いことだとは思わない。自分も同じだし。ただ、その裏にある本心をもう聞きたくないのだ。
『建前』の裏にある『本音』など、敢えて知る必要などないものだから。
そう、必要などない。
それなのに何故、自分にはこんな能力があるのだろう。
人の心の内なんて知りたいとは思わない。
もう、囁きなんて聞こえてこなければ良いのに…。
咲夜は小さく溜息を吐いた。
佇む咲夜の前から男女の学生が二人、手を繋ぎながら並んで歩いてくる。
二人とも咲夜の学校とは違う、この付近にある私立高校の制服を着ていて、見た感じ仲の良い恋人同士のように見える。
そんな二人の会話が自然と耳に届いてきた。
「ありがと、純ちゃん」
「いいって。オレあんま金ないから安モンしかあげられないけどさ。少しでも喜んで貰えたら嬉しいよ」
「良いの。プレゼントは気持ちだもん」
「ささやかだけどさ、これから二人でお祝いしよーよ。どっか寄ってこうぜ」
彼女の誕生日か何かなのだろうか。楽しそうな二人が咲夜の横を通り過ぎてゆく。そんな時、小さな囁きが聞こえて来た。
『純ちゃん、人は良いんだけどセンス最悪…。流石にこのプレゼントはないって。それに、いつも割り勘当たり前だし。あーあ、やっぱ同級生じゃこの辺が限界なのかなぁ。どこかに年上のイイ男いないかなぁ』
「………」
咲夜は表情を変えず、歩いた。
聞こえてきた『声』をその他の『音』と同じように意識しないで聞き流せるように。
こればかりは、ただの気休めでしかないけれど。
幸せそうに見えた恋人同士が実は見せかけでしかなく、彼女の心は既に彼氏から離れてしまっているだなんて…。自分には知りもしない縁のない人たちだけど、だからこそ余計に、そんな深い内情など知りたくもなかった。
「あの子のあの目…。何もかも見透かされてるみたいで苦手なのよ。あの目に見つめられていると本気で気が狂いそう。もう、耐えられないのよっ」
ある夜。祖母に私を預かって欲しいと頼み込んでいるのを偶然聞いてしまった、その母の言葉。
もう、ショックなど何も感じなかった。ずっと分かっていたことだから。いつだって母の心は、そう囁いていたから。
祖母は一人娘である母の要望にしぶしぶながらも応えたようだった。それからずっと私は祖母の家にお世話になり続けて現在に至っている。
それでも私の唯一の救いは、祖母が優しかったことかも知れない。
夫を早くに亡くし、子どもの手も離れ一人気楽に暮らしていた中、嫁いだ筈の娘に厄介者を押し付けられてしまった状態の祖母には申し訳ないとは思うけれど。それでも私は、彼女のお陰で救われたから。
祖母は私を邪魔者扱いすることはなく、彼女の心はいつだって私を気遣い、憐れんでいた。
『母親にあんな風に言われてしまうなんて…不憫な子ね』
『可哀想に…』
そして、孫を押し付けていった娘のことを心配しながらも嘆いていた。
『旦那に捨てられたのは可哀想だとは思うけど。子どもを可愛がれなくなるなんて母親として失格よね…』
『育て方、間違えちゃったかしら…』
祖母自身も、母としての責任を感じていたのかも知れない。
でも最近、母は新しい家族との生活を再出発させた。
めでたく再婚したのだ。
相手の人はバツイチで子持ち。四歳になる息子が未だ乳児の頃から男手ひとつで育てて来た、しっかり者の子煩悩な人なのだとか。
母が再婚を考えていると祖母の家に報告に来た時、私は久し振りに嬉しそうな母の姿を見た。が、私の顔を見るや徐々に不安の色が見え隠れしはじめ、そうして聞こえて来る『囁き』は、当然再婚後の私の身の振りについてだった。
「おばあちゃんが許してくれるなら…私は、このままこの家に残りたい」
私は母の望むままの答えを口にした。
途端に、あからさまにホッとする母が目の前にはいた。祖母もそれには了承してくれて、私は母たちとは別々に暮らすことになった。
母の幸せを邪魔したくない…と言うのは、正直タテマエ。何より今の状況で新しい家族の中に入ったって、自分は邪魔者でしかないだろうし、頼まれたって行く気なんかなかった。
せめて新しい家族と顔合わせくらい…と食事に誘われたりもしたが、今のところは何だかんだと理由をつけて避け続けている。だから、相手がどんな人なのか私は未だに知らないのだ。
でも正直そんなこと、どうでもいい。
新しい人間関係というものは、どうしても疲れるから。これ以上むやみに広げたくないというのが私の本音だった。それに今更母に余計な気遣いなどして欲しくはない。
気を使うことそのものが悪いことだとは思わない。自分も同じだし。ただ、その裏にある本心をもう聞きたくないのだ。
『建前』の裏にある『本音』など、敢えて知る必要などないものだから。
そう、必要などない。
それなのに何故、自分にはこんな能力があるのだろう。
人の心の内なんて知りたいとは思わない。
もう、囁きなんて聞こえてこなければ良いのに…。
咲夜は小さく溜息を吐いた。
佇む咲夜の前から男女の学生が二人、手を繋ぎながら並んで歩いてくる。
二人とも咲夜の学校とは違う、この付近にある私立高校の制服を着ていて、見た感じ仲の良い恋人同士のように見える。
そんな二人の会話が自然と耳に届いてきた。
「ありがと、純ちゃん」
「いいって。オレあんま金ないから安モンしかあげられないけどさ。少しでも喜んで貰えたら嬉しいよ」
「良いの。プレゼントは気持ちだもん」
「ささやかだけどさ、これから二人でお祝いしよーよ。どっか寄ってこうぜ」
彼女の誕生日か何かなのだろうか。楽しそうな二人が咲夜の横を通り過ぎてゆく。そんな時、小さな囁きが聞こえて来た。
『純ちゃん、人は良いんだけどセンス最悪…。流石にこのプレゼントはないって。それに、いつも割り勘当たり前だし。あーあ、やっぱ同級生じゃこの辺が限界なのかなぁ。どこかに年上のイイ男いないかなぁ』
「………」
咲夜は表情を変えず、歩いた。
聞こえてきた『声』をその他の『音』と同じように意識しないで聞き流せるように。
こればかりは、ただの気休めでしかないけれど。
幸せそうに見えた恋人同士が実は見せかけでしかなく、彼女の心は既に彼氏から離れてしまっているだなんて…。自分には知りもしない縁のない人たちだけど、だからこそ余計に、そんな深い内情など知りたくもなかった。
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