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いらだち

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その時、ふと彼の視線がこちらへ向いた。途端に目が合い、はっ…として逸らされる瞳。その逸らされる瞬間にペコリ…と小さく会釈を返してくる辺りは彼の誠実さや人の良さが出ているのだろう。

それからは、まるで取り繕うように隣の女の子に笑顔を向けて話し始める。もう、こちらを見向きもしない。

(…完全に意識されてるなァ。でも…)

先程までの、あの瞳。あれは何を意味するのか。

(なかなか興味深いね…)

立花はひとり、口の端を上げた。





「本宮くん。…どうかした?」

「えっ?あっごめん。ちょっと、ぼーっとしてた」

圭は慌てて笑顔を返す。

いつも通り、通学途中で出会ったクラスメイトたちと合流して、とりとめのない話をしながら歩いていると、気付けば目の前に紅葉がいて。また、あの桐生っていう先輩と一緒に肩を並べて歩いていたものだから。

…気にならない筈がなかった。

(紅葉、今日は先に出てたんだ…)

あれからずっと。登校時間を変えたのか、朝紅葉と一緒になることはなく、自分よりも先に学校へ着いている時もあれば後から来ている時もある。だが、どちらにしろ意図的に時間をずらされていることだけは明らかだった。


夜、駅前で紅葉を拾って帰ってきた日の翌朝。

圭は普段より早めに家を出て、紅葉の家から死角となる場所に身を潜めていた。紅葉と話をする為だった。隠れたのは自分がそこにいると分かると紅葉が出て来ないと思ったから。

実際はどう思ったか知らないが、いつも一緒に家を出ていた時刻より少し遅めに紅葉は出てきた。その足取りは重く、どこか疲れた様子だった。

当たり前だ。眠りながらもあんなに暴れていたら疲れなんか取れる筈がない。それが連日ともなれば尚更だ。

こちらに気づくことなく歩き出した紅葉の後を追うように、意を決すると自らも足を踏み出した。

「紅葉っ」

その後ろ姿に声を掛けると。紅葉はビクリ…と身体を震わせて足を止めた。

「けい、ちゃ…」

驚きの眼差しで恐る恐る振り返るその様子に、そんなに警戒されるなんて少しショックだったけれど、努めて普段通り明るく声を掛けた。

「おはよ、紅葉」

「あ…うん。お、はよう…」

やはり、どこかぎこちない。だが、その気まずさに気付かぬふりをして言葉を続けた。さり気なく隣に並ぶと、紅葉も戸惑いながらも横について歩き出した。

「久し振りだね。紅葉とこんな風に歩くの。朝も全然会わなくなっちゃったし、学校でもなかなか話す機会がないし、ね」

「………」

紅葉は俯いたまま黙っている。

「紅葉…。身体の調子は大丈夫?今日あまり顔色が良くないよ。無理とか、してない?」

すると、紅葉は俯いたまま小さく首を横に振った。

「昨夜のこととか…覚えていたり、する?」

「……っ…」

途端に紅葉は再び足を止めた。顔は俯いたままだ。そこから小さな呟きが聞こえてきた。

「ご…め、…なさ…」

「紅葉…?」

「…ごめんなさい。もう、けいちゃ…。迷惑は掛けないようにする、からっ」

まるで今にも泣き出しそうな紅葉の声に僕は慌てた。

「ちょっと待って、紅葉。僕は別に迷惑だとか、そういうことを言ってるんじゃ…」

「…だって!」

途端に僕の言葉を打ち消すように紅葉は声を上げた。
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