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思惑と葛藤

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髪が長かった記憶があるので、その部分に関しては共通するのかも知れない。それ以外の特徴は殆ど忘れてしまったが。

(だが、あの渡り廊下の先は保健室だしな。別人の可能性もなくはないが、具合の悪かった如月がたまたまよろめいた所にボールが飛んで行っただけかもな)

実際、かなりの音がした筈なのだが、その人物はボールの存在にさえ全然気が付いていない様子だった。もしも、具合が悪くて朦朧としていたのなら、それも有り得るのかも知れない。

それでも強運の持ち主には違いないのだが。


(ま、今回も何にせよ顔面にボールを食らわずに済んで良かったわな)

あんな勢いのボールを顔面で受け止めた日には、それこそ保健室行きになり兼ねない。眼鏡だって弾き飛ばされていただろう。

彼女に特別な思い入れがある訳ではないが、女子の痛ましい姿を好んで見る趣味は流石にない。

桐生は人知れず小さく息を吐くと、前の教壇へと意識を戻した。

未だに教師は教科書を淡々と読み続けている。

その様子にげんなりしながら頬杖をつくと、再び何を見るでもなく窓の外へと視線を移した。


(それにしても、さっきのボール…)

あれは、ただの投球ミスなんかではない気がしていた。

投げられた方向は勿論のこと、競技として明らかに距離を伸ばそうとして投げた球筋ではなかったからだ。

(余程の運動音痴か。それとも…)

深く踏み込んで関わるつもりはないが、敢えて狙った卑怯な者の仕業であるなら胸糞悪いものを見てしまった感は否めない。


桐生は続けられている体育の授業風景を見下ろしながら、僅かに眉間に皺を寄せた。




「やっぱり、さっきのアレはわざとだよっ」

「えっ?さっきのアレ…って?」


体育の授業が終わり、更衣室で着替えていると横からタカちゃんが少し怒った調子で声をかけて来た。

「ボールだよ、ボール!紅葉の後ろから飛んで来た」

「ああ」

確かにあれには驚いた。みんなが声を掛けてくれなかったら後頭部にかなりの勢いで激突していたに違いない。今になって考えてみるとちょっと怖い。

「あんな角度で飛んでくるのは、いくら何でもおかしいって。あのコ絶対紅葉のこと狙って投げたに違いないよっ」

「ちょっ…タカちゃん、声が大きいよっ」

周囲に聞こえてしまいそうで慌ててタカちゃんの口元を押さえ込んだ。

「もし違かったら悪いしっ」

両手で押さえ込んでいたら苦しくなったのか「ギブギブ」とタカちゃんが手で訴えて来た。あ、やりすぎた。

慌てて手を外すとタカちゃんが大きく深呼吸をしてワザとらしく肩を落としてみせる。

「はぁ…。紅葉…アンタ相変わらずの馬鹿力ね…。ホント、そーいうタイプに見えないのに…」

「ううぅ…ごめんね、タカちゃん」

でもタカちゃんは口で言ってるだけなので、次の拍子にはケロっとした様子で体操服を脱ぎにかかった。

「ま、何にしてもあんな球、アンタが食らわなくて良かったよ」

服の中でくぐもった優しい声が聞こえて来る。

「うん。ありがと…」

心配してくれてるのが見て取れて、素直に嬉しさで頬が温かくなる。

「でも、じゃあ…さっきの子が今朝言ってた…」

タカちゃんにだけ聞こえるような声で呟けば、タカちゃんは普通の声で「その通り」と声を上げた。

「あの子が…」


『敵に回すと厄介な圭ちゃんのことを好きな女の子』かぁ。
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