上 下
26 / 95
思惑と葛藤

3-4

しおりを挟む
狙いはバッチリで思いのほか勢いのあるボールがあの女の後頭部目掛けて飛んで行き、今度こそ確実にヒットしたと思った。

だが…。

当たるか当たらないかという際どいところで不意にあの女は屈み込んでそれを回避したのだ。

よく見てみれば、上靴の紐が気になってたまたま結び直していただけのようだったが、それにしては何というタイミングなのだろう。

(なんて往生際が悪い、悪運の強い女なの!)

それからも同様のことが何度かあった。

古典的な悪戯感は否めないが、あの女がいつも一番に清掃担当場所である音楽室に行くのを知っていて音楽室の扉に黒板消しを仕掛けてみたり、ロッカーの上に崩れやすいように空き箱を積んで置いたり。

でも、あの女はことごとくそれらを上手い具合にかわしてしまった。

最初は、大好きな本宮くんの幼なじみなんて魅力的なポジションをキープしているあの女を面白くないと思い、少し痛い目みせてやろう程度にしか思っていなかったのだけれど。

流石にここまで来ると意地にもなってくるというものだ。上手くいかないことが余計にあの女への執着を生んだのは確かだった。

(今に見てなさいよっ。絶対思い知らせてやるんだから)

少女は密かな野望に目を光らせた。





(まだ二時間目か…。腹減ったな…)


桐生はひとつ大きな欠伸をすると、左手で頬杖をついた。

古典の授業中。

この授業の教師は、前でひたすら教科書を読んでいるだけなので退屈なことこの上ないのだ。それに加え、生徒達に注意も何もしないので毎回睡眠タイムになりつつあるのが現状だった。

窓際の一番後ろの席である桐生の場所からも何人かが教科書を盾にして机に突っ伏して眠っているのが確認できる。

自分も怠いなとは思いつつも、まだ二時限目なのもあり然程眠気はなく、退屈しのぎにふと校庭へと視線を向けた。

校庭では女子が体育の授業中であった。

明日実施予定であるスポーツテストの種目を少しでも消化する為なのだろう。ハンドボール投げの記録を取っているらしかった。校庭に特有の飛距離を測る為のラインが引いてある。

上履きと同様、学年カラーで分けられた体操服で、それが一年生であることを瞬時に理解する。

その中に見知った姿を見つけて目が止まった。


(あれ、如月じゃん)


トレードマークの二つに結わいた三つ編みが揺れている。

学年も違い、普通なら自分とは何の接点もなさそうな彼女だが、保健室で出会って以来、何かと視界に入り込むことが多い気がする。

それは本当に偶然以外の何ものでもないのだが、何しろ今どきあの見た目だ。ある意味浮いていて逆に目に付いてしまうのかも知れない。

(『超』が付くほど地味な見た目なのに目立つとか。…不思議なもんだけどな)

それでも自分がこうして彼女の顔と名前を覚えているのは、その地味な見た目と素顔とのギャップがあまりにも印象的だったからだ。

決して狙った訳ではないが、偶然目の当たりにしてしまった寝顔が本当に綺麗で。

そして、目覚めた彼女はその寝顔以上に何より可愛かった。控え目な、その構えない笑顔に僅かながらも心惹かれたのは確かだ。

(でも、あの眼鏡はなぁ。…ねぇよなァ)
しおりを挟む

処理中です...