【完結】ツインクロス

龍野ゆうき

文字の大きさ
上 下
248 / 302
ドラッグ&トラップ

19-10

しおりを挟む
それはまるで、スローモーションのように見えた。
ゆっくりと、こちらを振り返るその顔は…。

「……え…?」

力は横になったまま、呆然とその男の顔を見詰めた。
男は、力の意識が戻っていたことに特別驚いた様子も見せず、こちらに静かな視線を向けている。

「お…前…?…だれ…だ…?」

思わず声がかすれる。
頭が混乱していた。
訳が…分からない。
その顔には見覚えがある。あるのだが…。
まさか…という思いと、何故?という疑問が、力の頭の中で渦を巻いていた。

「そ…んな…はず、は…」

その、目の前にいる男に似ている人物を自分は知っている。
だが…。

男は、驚き言葉を失っている力を暫く静かに見詰めていたが、僅かに微笑むと口を開いた。
「…ごめんね、力。このデータは僕が貰って行くね」
それだけ言うと、差し込んだUSBメモリにそのデータを移す作業に取り掛かった。

聞いたことのない、声。
『僕』という一人称。
雰囲気や背格好など、違いは他にも多々ある。
だが、その顔はまるで…。
そして自分を『力』と呼ぶ、その目の前の人物に思い当たるのは…。


「お前…、冬樹…か?」


有り得ないと思いながらも、その名前が口から出ていた。
先程まで一緒にいた冬樹ではない。
どう考えても矛盾しているとは思うのだが、それでもその名前が一番しっくりくるのだ。
何より、そのデータを平然と解除しているのが証拠なのだと思った。
男は、その名前に今一度振り返ると、どこか寂しげな微笑みを浮かべた。

「……ふゆき…」

(お前、やはり冬樹…なんだな…)
それは、確信だった。

だが、それなら…。先程の冬樹は?
今まで一緒にいた冬樹は…?

同じ学校に通い、同じ教室で授業を受け、食事も共にした。
初めは警戒心の固まりみたいだったが、最近では僅かながら笑顔も見せるようになった、綺麗なクラスメイト。
その儚い見た目とは裏腹に、怒らせると最強な面白いヤツ。
何故か俺を捕らえて離さない、あの冬樹は…?

目の前の男を通すことで、その答えがストン…と降りてきた。

そうか。
あれは、夏樹…だったんだな。

何故だとか、どうしてだとかいうものは、もう深く考える気力もなかった。
答えが出た所で、言葉も何も出て来ない。
思いのほか自分の内で納得して、力は考える事を放棄すると再びゆっくり瞼を閉じた。


男はデータの移動作業を終えると、元あったパソコン上のファイルは全て消去し、眠ってしまった力をそのままに、そっとその部屋を後にしたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

親友がリア充でモテまくりです。非リアの俺には気持ちが分からない

かがみもち
青春
同じ学年。 同じ年齢。 なのに、俺と親友で、なんでこんなによって来る人が違うんだ?! 俺、高橋敦志(たかはしあつし)は、高校で出会った親友・山内裕太(やまうちゆうた)と学校でもプライベートでも一緒に過ごしている。 のに、彼は、モテまくりで、机に集まるのは、成績優秀の美男美女。 対して、俺は、バカのフツメンかブサメンしか男女共に集まってこない! そして、友情を更に作る可愛い系男子・三石遼太郎(みいしりょうたろう)と、3人で共に、友情とは、青春とは、何なのかを時にぶつかりながら探す、時にほっこり、時に熱い友情青春物語。           ※※※ 驟雨(@Rainshower0705)さんが、表紙、挿絵を描いてくれました。 「ソウルエクスキューター」という漫画をアルファポリスで描いてらっしゃるので是非一度ご覧ください!           ※※※ ノベルアップ+様でも投稿しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...