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足りないもの
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その時、新しく客が店に入って来た。
「いらっしゃいませ。お客様何名様ですか?」
すぐに冬樹が対応して席へ案内する。
「三名様ご来店です」
冬樹がカウンターへ声を掛けていく。それを合図に、直純達も笑顔で。
「「いらっしゃいませー」」
と、声を上げた。
冬樹が席へと案内している姿を見送りながら、仁志が思いついたように呟いた。
「あ…でも、冬樹くんは十分優秀だけど、ひとつだけ…足りないものがあるかな」
「…足りないもの?」
直純は冬樹を目で追いながら聞き返した。
「ああ。彼はイケメンだし清潔感もあって華もある。すごく良い逸材だと思うけど…」
仁志の言う『イケメン』という言葉に。直純は内心で、
(冬樹の場合は『イケメン』っていうよりは、可愛い男の子って感じだけどな…)
などと思いつつも、仁志の言っている『足りないもの』が何なのかすぐに気が付いて、お互い顔を見合わせると口を開いた。
「「笑顔が足りない」」
「…だよな」
思わずハモってしまい、二人はまた小さく笑い合った。
その日の仕事が終わり、賄いとして用意してもらった食事も終え、帰り支度も済んだところで、冬樹は仁志に声を掛けられた。
「…え?…笑顔の練習…ですか?」
「うん。いわゆる『営業スマイル』ってやつだよ。最初は緊張するかも知れないけど意識してやってみてくれるかな」
「う…はい…」
思わず固まってしまう。
「キミはこの一週間で驚くほど仕事をこなしているよ。だからこそ、次のステップに挑戦して貰いたいんだ」
バイトの教育係である仁志に真面目に指摘され、冬樹はその言葉を重く受け止めた。
それは確かに接客業においては当然のことだと冬樹も思う。だが、自分がすぐに出来るかというと、それはまた別の話だった。
自分はずっと『愛想を良くする』ということをあえて避けてきた。
それは、人との関わりを出来るだけ持たないようにする為に。
自分のテリトリーに他人を踏み込ませないように…。
だが、働く以上はそんなことを言ってはいられない。
(ちゃんと、それも『仕事』と割り切ってやるべきだ。…だけど…)
そこには、大きな壁があるような気がしてならなかった。
そんな冬樹の内心の葛藤が伝わったのか、様子を見ていた直純がくすくす笑って声を掛けてくる。
「冬樹。そんなに構えることはないよ。自然に自然に…。ほんの少しの意識からで大丈夫だからさ」
そう優しくフォローを入れてくれる。
そうして冬樹はその日の仕事を終え、二人に挨拶をすると店を後にした。
「いらっしゃいませ。お客様何名様ですか?」
すぐに冬樹が対応して席へ案内する。
「三名様ご来店です」
冬樹がカウンターへ声を掛けていく。それを合図に、直純達も笑顔で。
「「いらっしゃいませー」」
と、声を上げた。
冬樹が席へと案内している姿を見送りながら、仁志が思いついたように呟いた。
「あ…でも、冬樹くんは十分優秀だけど、ひとつだけ…足りないものがあるかな」
「…足りないもの?」
直純は冬樹を目で追いながら聞き返した。
「ああ。彼はイケメンだし清潔感もあって華もある。すごく良い逸材だと思うけど…」
仁志の言う『イケメン』という言葉に。直純は内心で、
(冬樹の場合は『イケメン』っていうよりは、可愛い男の子って感じだけどな…)
などと思いつつも、仁志の言っている『足りないもの』が何なのかすぐに気が付いて、お互い顔を見合わせると口を開いた。
「「笑顔が足りない」」
「…だよな」
思わずハモってしまい、二人はまた小さく笑い合った。
その日の仕事が終わり、賄いとして用意してもらった食事も終え、帰り支度も済んだところで、冬樹は仁志に声を掛けられた。
「…え?…笑顔の練習…ですか?」
「うん。いわゆる『営業スマイル』ってやつだよ。最初は緊張するかも知れないけど意識してやってみてくれるかな」
「う…はい…」
思わず固まってしまう。
「キミはこの一週間で驚くほど仕事をこなしているよ。だからこそ、次のステップに挑戦して貰いたいんだ」
バイトの教育係である仁志に真面目に指摘され、冬樹はその言葉を重く受け止めた。
それは確かに接客業においては当然のことだと冬樹も思う。だが、自分がすぐに出来るかというと、それはまた別の話だった。
自分はずっと『愛想を良くする』ということをあえて避けてきた。
それは、人との関わりを出来るだけ持たないようにする為に。
自分のテリトリーに他人を踏み込ませないように…。
だが、働く以上はそんなことを言ってはいられない。
(ちゃんと、それも『仕事』と割り切ってやるべきだ。…だけど…)
そこには、大きな壁があるような気がしてならなかった。
そんな冬樹の内心の葛藤が伝わったのか、様子を見ていた直純がくすくす笑って声を掛けてくる。
「冬樹。そんなに構えることはないよ。自然に自然に…。ほんの少しの意識からで大丈夫だからさ」
そう優しくフォローを入れてくれる。
そうして冬樹はその日の仕事を終え、二人に挨拶をすると店を後にした。
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