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02.大地の探索

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「すごいね。複製魔法なんて……初めて見た」

 用意した服を着た彼が声をかけてくる。
 服の断片を見つけて、複製して繋ぎ合わせた。ありあわせのものだけど、それなりの見栄えにはなった。
 肌も隠してもらえたし、これでまともに会話できる。

「物さえ残ってれば、イチを増やすことなんて難しくない。まあ、外面だけで、性質は異なるけどね」
「ううん、たしかに……。着心地は……」

 彼はもぞもぞと服を引っ張る。たぶんごわごわして伸縮性が少なく、着心地が悪いんだろう。

「あるだけで我慢して」
「ところで、ええと……シエラさん?」
「……さんはいらない」
「じゃあ、シエラ」
「なに」
「石化した大地って言っていたけど……。それは、どういうこと……?」

 当然の疑問だろう。私は陣を作成した後片付けをしながら答える。

「私にもわからない。ここに来たばかりだから。旅の途中に通りがかってたまたま、あの音につられてここに辿り着いた。ただそれだけ」

 片付けを終えて立ち上がる。
 壁がない屋内から外に出る。青年はついて来ようとはするものの、まだふらついて壁に手をついている。

「大丈夫?」

 掴まっていい、と少し肩を上げて示してみせる。

「ああ、ごめん……」

 青年は私の肩に少しだけ手をかける。

「……こんな小さな子に寄りかかるのは、なんだか悪いね」
「気にしないで。そんなに小さくはないから」
「……?」

 たしかに身長差はある。大きな三角帽子のせいで見掛け上はごまかされているが、青年の肩下に私の頭の位置があるくらいだろうか。
 だけど外見と実際の年齢は一致していない。私に年齢という概念はあってないようなものだ。
 それにしても彼は痩身なわりに、意外と手が大きい。肩にかかる感触は、思ったよりずしっとしてる、ような……。

「……気にしないで」
「うん……?」

 年齢も身長も、体格も関係ない。
 だから、気にする必要はない……。


「石化した、大地……」

 のろのろと歩みを進めながら、彼は呟く。

「ここは、町の中……? 崩落しててよくわからない……。瓦礫なのか、石なのか、建物の跡なのか……」

 彼は目に見えたものをあえてポツポツと口にしているようだ。
 目に見える景色は、石、石、石……。彼の言う通り、ただの石なのか町の痕跡なのか区別がつかない。
 色も灰色一色なおかげで、たとえ知っている場所であっても、様変わりしすぎていてわからないだろう。

「いや……ごめん。やっぱり、信じられない……」

 彼はキョロキョロと、何度も何度も確かめるように周囲を見回していたが、やがて。

「夢でも見てるみたいだ。……そうであってほしいと……」

 額を押さえて目元を隠す。現実を直視することを拒否するように。

「なんなんだよ、これ……」

 私の肩からずるりと手が落ちる。
 彼は進む気力もなくしてしまったのか、その場に崩れ落ちて膝をついてしまった。
 しばらくここから動けなさそうだ。ちらと空を見上げる。
 ここは高い石壁に四方を囲われている。頭上にぽっかり空いた穴から見える空も、薄く靄がかったように灰色だ。
 昼夜の概念があるかはわからないが、夜だと仮定して、ここで焚き火の準備をすることにした。

 焚き木が一本でもあれば、量を増やしてなんとか燃えてくれる。
 パチパチと、薪が弾けて火が揺れる。
 ……彼にとっては受け入れがたかったのかもしれない。
 ただ無言で、ぼうっと火の番をする。火を眺めていると、妙に肌寒い気がしてくるから不思議だ。

 気づけば彼も確認のように空を見上げていた。
 少し上を見て、目を閉じて。諦めたように下を向いて、ゆらゆらと揺れる火に目を向ける。

「……シエラは、どうしてここに?」

 何から聞こうか悩んでいたのだろうか。
 どこか現実逃避するかのように、私に質問してきた。

「……辿り着いたから」
「どこから? ……ここ以外の場所はどうなってるの?」

 彼はちらと周りに目を向ける。

「高い石の壁に四方を囲まれてる……? ここの真上だけ穴が空いてるみたいだ」

 こう見えて、きちんと周囲の状況把握はしていたらしい。

「他に人は?」

 とはいえこの調子では、完全に把握しきるには時間がかかるだろう。
 面倒くさくなって私は立ち上がる。

「来て」
「ど、どこに?」

 焚き火を放置して、石壁の側まで歩いて行く。
 瓦礫が積み上がった山に手を触れる。
 連続して複製して、真上へと高く段差のように積み上げる。石壁の頂上まで届く高さになった。
 即席ではあるが、まあなんとか登れるだろう。

「ついてきて」
「の、登るの?」

 段差に足をかける。
 彼は戸惑った反応だ。もしや、彼にとっては結構な重労働か。

「でもがんばって。見せたほうが早い」

 弱音を聞いても意味がない。
 無視して踏み出す。

「いや待って。その。服。見え……」

 ん、と振り返る。
 彼がなぜか目線を逸らしているのを見て、自分の服装を見下ろす。
 太ももあたりで広がった裾から、ちらと足が覗く。といっても肌面積はそんなに多くない。ちょっと丈が短いのかなとは思うけど。
 ……これはチーリィに用意された服ってだけなんだけどな。

「……見るな」
「無理だろ……。僕が先に行く」
「危ないかもよ?」
「こんな状況、もう危ないもクソもないよ」

 彼はどこか吐き捨てるように言って、私を横から抜かして足をかける。かなりおぼつかない動きだが、腹をくくったのか、一段一段よじ登っていく。
 登る姿を下から見上げてみると……たしかに。順番が逆だったなら……。 

「見えるかどうかとか、気にしたことないし……」

 裾を押さえるように、自分のお尻に手を置いて呟いた。


 最後の段差をよじ登るときは危なげだった。
 彼が落っこちてくるんじゃないかとヒヤヒヤした。男の人は身体が大きい分、重いんだろうか。やっぱり私が先に行ったほうがよかったんじゃ、と思いつつ。
 私が頂上の縁に手を掛けると、彼はゼエゼエしながら手を差し伸べてくる。
 いらないけどな。お人好し。

「どう? この景色」

 石壁を登りきった大地に二人並んだ。
 私は姿勢を整えて立ち、砂埃を払う。
 私と違って座り込んだままの彼は、黙って周囲を一瞥する。しかしすぐに、目を伏せた。

「あっちが世界の果て。そしてあっちも、世界の果てだ」



 石化した町並みの跡地が地の底だとするならば、石壁を登った先の世界は。
 一面の石の大地だ。真っ平らで、建造物どころか草木の一本すらない。
 ただひたすら荒野、という表現が正しい。ほんの少しの起伏がある程度で、他には何もない石の道が全方位、地平線まで伸びていた。

「……シエラは、僕を絶望させたいの?」

 息を整えているだけかと思った彼は、俯いたまま、低く呻くように言った。

「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どうして僕を起こしたの?」
「……」
「話し相手が欲しかっただけ?」

 それには答えられなかった。
 ……答えるすべを持たなかった。

「シエラはどこから来たの?」

 彼は微かに目線を上げながら聞いてくる。

「何もない世界を……どうして旅を?」
「……わからない」

 答えに悩んだが、素直に言った。

「私は以前、どうやって過ごしてきたのか。自分の名前以外はほとんどおぼえてないんだ」

 え、と彼が小声で呟いたのが聞こえた。

「わかることといえば。私はここまで旅をしてきて今まで、ただの一人も出会ったことはないし、この景色以外を見たこともない。……この大穴以外はね」
「……そうだったんだ」

 長いため息が聞こえた。
 やや沈黙が流れる。私は彼に手っ取り早い説明がしたかっただけだ。ここにいてもしょうがないし、どうするか、と動き出そうとすると。
 息も整ったんだろうか。

「ごめん。酷なことを聞いたね」

 彼は唐突に謝ってきた。

「シエラは、この石化から助けに来てくれたすごい魔法使いだと思った。でもシエラも、この世界のことも自分のこともわからなくて困ってたんだね」

 私はやや目を丸くする。

「困っては……」
「なら一緒に振り出しに戻ろう。ここまで石化して、何もなくなった世界だってことはわかった。だったらここだけが残っていた理由を探そう」

 彼の表情は前向きだった。
 何か希望を見つけたわけでもないのに。それこそ、目覚めてすぐに絶望しか用意されていない状況だっただろうに。
 私が固まっていると、彼ははっとして俯いた。

「あ。でもシエラは、べつに石化をどうにかしたいわけじゃないのか……」
「そ、そんなことは――」
「本当に!?」
「わっ!?」

 がしっと手を掴まれた。ぐんと引っ張られて、彼の目の前に膝をついた。

「この世界に何も残されてないのかどうか、まだわからないじゃないか。他にもシエラのような人が生きて、旅をしているかもしれないし」

 僅かな可能性に縋る、というよりも。
 まるで私を見て、希望を見出したかのように。

「シエラが何者なのか、知るための手助けもしたい。生き残ってるのが僕らだけだっていうなら、一緒にがんばろう!」

 目を輝かせて迫られる。
 口がぱくぱくするだけで言葉が出てこない。っていうか、そんな。近くで。そんなに純粋な目を……。
 それに大きな両手。男の人って感じの。指先はほっそりしてるけど、がっしり握られてて、でもちょっと優しくもあるような……。
 言葉が上手く頭に入ってこない。なんて返せばいいのか。

「あれ……それとも、すぐにここを発つつもり? また旅に出ちゃう?」

 私が呆けていたからか、彼は途端に不安げになった。
 え、僕のこと置いてくの?
 と目が訴えかけている。
 私は目を逸らす。そういうことじゃなくて。
 彼の手を払って、そそくさと立ち上がる。
 そんなことよりも、だって、近――

「待って、い、一緒に、がんばってくださいお願いします……。行かないでください助けてくださいシエラ様……」
「ちょ、わ、わかったから! 足にすり寄るな! 犬みたいに!」
「わかった? よし」

 彼はパッと切り替えて正座しなおした。
 改まったように、手の平を差し出してきた。

「じゃあ、よろしくね? シエラ」

 懇願から一転、対等なお願いという雰囲気に変わった。
 なんて早い変わり身。
 は、と気の抜けた笑みがうっかり漏れ出た。

「調子がいい……」

 ※ ※ ※ ※ ※

「空が動いてる様子がない……」

 大穴の中へと再び降りた。
 石化した町の跡地を探索していたが、ろくな発見はなく、中心地に戻ってきた。

「時間の経過がわからない。暑いとも寒いとも感じない。それに、空腹もない」

 さんざん歩き回って、休憩のために地面に寝転んで空を見上げて、彼は呟く。
 どのくらい経過したかはわからない。
 ただ淡々と、彼は認識できたことを口にしているだけみたいだ。

「疲労はあるけど。この世界はどうなっちゃってるんだろう……。文明どころか、生物さえ、本当に何もかも滅んで……」

 言っている途中で、彼は上体を起こした。

「僕は石化してたようだけど。だったらシエラだけどうして……。シエラは、石化を解く術を持ってるんだよね?」

 少し離れた地べたに座り込んだ私は、小さく頷く。
 彼は限りある情報から、思いつく推察を無造作に羅列しているみたいだ。
 ここから移動することもできないし、空の色が変わることもない状況下で。
 私は、といえば……。

「……シエラは、何もする気がないの?」

 どこか苛立ちを含むような声音に、私は彼のほうを見る。

「自分のことすらわからないんだとしても。自分のことぐらいは知りたいと思わないの?」

 眼差しには、やや非難の意が含まれているようにも見えた。
 私は彼と違って考えることもしないし、探索にもひたすら後ろをついて歩いていただけだ。
 というのも地形の把握は済んでいるから必要性を感じなかっただけだが。彼はそれでもこの目で確かめたいと言ったから止めなかったけど。
 今も、ひたすら思考する彼の横で、ぼうっと座ってるだけだ。

「私は……」

 戸惑ったが、一応は、できる限り自分のことを話してみる。

「してきたことといえば、とりあえず歩いてた。真っ平らな石の地面しかなかったけど。そうしたらこの大穴に辿り着いて、降りてみたら、オルゴールの音が聴こえてきたから」
「……行き当たりばったりだな」
「一応は……歩みを止めようとは思わなかった」
「わからないから、歩き続けるしかなかった?」

 膝を抱えて顔を埋める。
 ……何か、違う。
 そうだっただろうか。
 私は、何か……。

「シエラが石化を解く力を持ってるのは、無関係じゃなさそうだけど」
「……」
「でも他に人一人……動物一匹すら見かけないんじゃ、意味ないか。そもそも世界全土が石化してるなら、もっとたくさん石像がないとおかしいような……」

 彼の疑問は尽きなさそうだ。
 ……それもそうか。

「シエラ。もう一度聞くけど、僕の石化を解いたのはどうして?」

 改めて聞かれる。
 彼の目は、どこか懐疑的だ。

「僕を起こしたところで何も変わらない。本当にただ話し相手が欲しかっただけ? それともまた」
「……行き当たりばったり?」

 言われるであろうことを先に言う。
 彼は押し黙る。当たっていたからだろう。

「そうかも……。うん。そうだね」

 彼の言い分に納得して、そうして。

「ううん。わかった。ここにいても無駄だったことが」
「無駄?」

 私は立ち上がる。

「少しだけ、思い出してきた。私はどうしてここにいるのか」
「えっ」

 ぼんやりとだけど。
 まだ視界は晴れない。
 だけど、なぜここにいるのか。
 この世界はどうなっているのか。
 “この”私が存在する役目、みたいなものが。

「……時間には、まだ早いようだけど」

 彼が詰め寄ろうとした気配はあったが、その前に小さな光の玉が現れる。
 私の肩の傍でふわふわと舞い、光の玉は声を発する。

「もう諦めたの? シエラ」

 勝手気ままにいなくなっておいて、私が思い出したからなのかようやく戻ってきた精霊、チーリィだ。

「それは……?」

 彼は不思議そうにチーリィを見ている。
 もっともこのチーリィはただの分身なんだけど。
 彼の疑問には答えず、チーリィはキンとした声で喋る。

「繰り返すだけね。この石化世界を。ほんと、アンタは学習しないわ」
「……わかってるよ。チーリィ」
「知ってのとおりだけど、アタシは邪魔もしなければ手助けもしないわ。監視者としての務めなんだから」

 チーリィはふわふわと飛び回ったかと思えば、彼の周りをくるっと一周回った。

「残念ね、ボーヤ。またどこかの複製世界で会いましょうね」

 チーリィは彼に向けて言葉を発した。
 光の玉が意思を持ち喋っているとは思えないのか、彼は言葉を失っているみたいだが。
 私は彼に歩み寄る。前まで来て、彼の額あたりに向けて手をかざす。

「え」

 彼は居竦んだように、やや身を引く。

「何を……?」
「――ごめんね。グレイン」

 グレイン。
 そう彼の名前を口にした。

「あれ。僕の名前……?」

 名乗っていないことを思い出したのか、不可解そうな面持ちだ。
 しかしもう名乗られる必要はない。今は、おおよそのことは思い出したから。

「いずれは石化する運命だけど――寂しい時間は少ないほうがいいから」

 手の先に魔法の力が収束する。
 反動として、手の平からは風が流れる。お尻まで届く自身の赤紫色の髪がなびく。
 瞬きほどの間。私の目の前にいた青年、グレインは、石になった。
 私がこの手で石化を解除しておいて、そしてまた石に戻す。何やってるんだろう、と我ながら思う。

「わざわざアンタの手でやらなくたっていいじゃない」
「これが私の考えのもとなの」

 さっきまで話していた相手が、嘘みたいに色を失い、物言わぬ石像になった。
 状況も理解できず、私が何者なのか知ることもないまま。彼は封印された。

「ここに長くいたって、孤独で不安になるだけだよ」

 でも、何もわからないままのほうが幸せだと思う。

「私も……じきに」

 私もその場に腰を下ろす。彼の前に座る。
 ただその時を待つことにした。

「ふうん。そう」

 呆れたような声を残して、光の玉は掻き消えた。チーリィは先にここを立ち去ることにしたんだろう。
 石像の彼の前で座り込み、どれくらい経過したのか。
 私も、足先からピシピシと石化していく。
 身体を覆う石片が這い上がってくる。足から身動きが取れなくなっていく。ひんやりしたものにお腹も胸も覆われ、喉元まで迫りくる。
 ここにいる私に、意味なんてない。
 そのためだけに作られた世界。定められた時間を迎えて、役目を終えれば、すべてが石化して無に帰す世界なのだから。

 これは私から生み出された呪い――いや、罰だ。
 どうやら私は、まだまだ許されることはないみたい。
 顔まで覆われて、視界は真っ暗闇。呼吸は止まってはいないけどできない。何も聞こえない。
 指先一つ動かない身体。だけどひやりと冷たい石に覆われた感触だけが、まだ私が生きている証みたいに返ってくる。
 冷気のせいなのか意識がおぼろげになって、やがて強烈な眠気に襲われる。
 目は開いているのに眠るみたいに、冷たい暗闇に包まれたまま。


 ……オルゴールの音が、どこかで鳴っている。
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