上 下
1 / 7

01.石化世界の導き

しおりを挟む
 オルゴールの音が聞こえる。
 崩落した建造物。壁が崩れ床は瓦礫に埋もれた中で、整然とメロディーを刻み続けている。
 そこだけ時が歪んでいる――あるいは元の姿を声高に訴えかけるかのように。

 半壊した家屋の中だ。
 元はどんな建物だったのだろう。どんな人間が住んでいたのだろう。
 はっきりと澄んだ音を奏でるオルゴールだけが、この崩落の惨状を免れて異質なものとなっていた。

 私は部屋の中にさらに足を踏み入れる。
 石片だらけで足場が悪い。踏み出すたびにパキパキと割れる音がする。
 ここにいたであろう住人を探す。
 ここら一帯が石化していたとしても、住人の姿くらいは残っているだろうから。

「――あ」

 瓦礫に紛れて、人型の石像が横たわっているのを発見した。
 周りの石片をどかして、粒を払う。青年だ。体格からして成人。眠るように目を閉じている。
 灰色の石で形作られて正確には判断できないが、精悍な顔立ちだ。二十そこらといったところだろうか。

「チーリィ」

 虚空に向かって、声を掛ける。

「チーリィ。いる?」

 今は姿が見えない精霊を呼ぶ。
 ぽう、と指先程度の光が灯る。大きくなって手の平ほどのサイズになった。それは女性の声を発する。

「はいはい。いるわよ」
「はいはい、じゃないよ」

 気のない返事をする精霊を叱る。

「これ見て。どう思う?」

 ここまで歩みを止めずに進んできて、ようやく見つけた痕跡だ。
 何もかもが石化した大地で、オルゴールが鳴り続ける不可解な場所。
 そして、石化した青年の姿。

「何かわかることある?」
「さあね~。パッと見て、ここは石化の災害にでも見舞われたんじゃないかってことぐらいね」
「それは私でもわかるよ」

 建造物の壁面も内部も、地面も街路も、目にした景色のすべてが石で覆われていた。
 石になっていないものは存在しないんじゃないだろうか。――あのオルゴール以外は。
 生き物もおらず、他に石像もないというのに、ここだけ不気味さ満点だ。

「チーリィは精霊でしょ? もっと、こう、知ってることとかないの?」
「アタシはアンタに干渉しないの。そういう制約。自分一人でなんとかしなさいな」
「そうだけど……」

 む、と唇を尖らせる。

「だいたいね、シエラ。いつまでも精霊頼りだからアンタは半人前……いーえ、小人前程度なのよ」
「出たそれ。チーリィの変な例え。私それ嫌い。面白くない」
「面白くなくて結構ですぅ」

 チーリィは拗ねたように、ふわっと浮かび上がって私から離れる。
 青年の石像の顔周辺をくるくると舞う。

「ほら、これ、なかなかのイケメンじゃない? アンタ面食いでしょ? 早く助けてあげたら?」
「面食いじゃない。……それに」

 はぁ、と呆れてため息をつきながら、私は石像の顔をちらと見下ろす。

「こんな石になってたら顔の造形なんてわからないでしょ」

 石像といえど――まあ、たしかに。それなりに整っているのは、石越しでもわかるような……。
 だから何よ。首を振って頭を戻す。ずれた三角帽子の位置をなおして、バサバサと鞄の中身を広げる。
 術式を作るための道具を並べる。一枚の紙を複製し、インクを垂らす。それらを増やしてそこに陣を描いていく。簡易地図のような陣が完成する。
 複製魔法は簡単だ。ゼロからイチを生み出すことは難しいけど、イチさえあればいくらでも膨らませて作り出すことができる。中身がスカスカでも、性質がまるで異なっていても構わない。そこに陣の形さえ描ければ良いのだから。

「さて……」

 私はいまだに繰り返し鳴り続けるオルゴールを振り返る。
 これでここいらの地形を一気に把握する。オルゴールの分析も含めてだ。

「じゃ、がんばってね~」
「あ、ちょっと。もう、チーリィ」

 チーリィは勝手気ままに、ふわ~っと宙に浮かんで、蜃気楼のように消えていく。
 まあ、チーリィに縋ってはいけない制約だ。若干不安だが、陣を発動させる。
 陣を通じて、土地を調べる。
 この広さを足で調べ回るのは時間がかかる。全体像を透視して地形を頭に入れる。
 そうしているうちに、オルゴールは鳴り止んだ。パキパキと表面が石に覆われていく。オルゴールも石化して、砕け散ってしまった。
 唯一、石化を免れた手がかりだったのに。困ったな。

 目の前の石像に視線を戻す。
 石像の肩あたりに触れる。ひんやりとした感触が返ってくる。
 石化解除の力を使うと、表面にヒビが入る。亀裂が広がり、細かな石粒が落ちていく。
 そこからせきを切ったようにボロボロと石片が剥がれ落ちる。顔を覆っていた石が割れて、肌が露出した。
 固まっていた髪がさらりと揺れる。淡い空色の髪だ。
 そうして、目の前の青年の石化は解かれた。

「目を覚ました?」

 私は彼を覗き込む。彼はゆっくりと何度か瞬きをする。
 そうすぐに動けるものではないだろうが、腕を動かそうとしたのか、身体の石部分に一気に亀裂が走る。

「すぐに動かないほうがいい。君はここで、石化して――」

 私が止めるのも聞かずに、青年はむくりと上体を起こす。
 石片の大部分がバラバラと崩れ落ちた。

「ひゃ!? ふっ服は!?」

 突然、鮮やかな肌色が視界に飛び込んできた。
 石化状態ではちゃんと着てなかったっけ……!?
 反射的に背を向ける。剥がれ落ちた石の下から出てきたのは、一糸まとわぬ姿だった。

「な、何か残ってないの? 服……。何かしら見つかれば、わ、私がすぐ複製するから……」

 慌てて室内を見回す。
 室内といっても壁は半分なくて、どこもかしこも石化しているおかげで境目がないようなものだけど。

「……ここ、は……。あなたは……?」

 青年のぼんやりした声にはっとする。
 そうだ。彼からしたら、目を覚ましたら見覚えのない景色に、知らない女って認識なのかもしれない。

「……私は、シエラ。魔法使い。と、とにかく何か服を着て……」

 自己紹介のためにちらと振り返る。……が。
 だめだ。石に埋もれていたときからは想像もできないくらい、鮮やかで瑞々しい裸体が目に入って、すぐにまた背を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Momo

ももちよろづ
ファンタジー
貴族のお嬢様・コモモと、 龍に乗る青年・クーヤの、 なんちゃってファンタジー・ラブコメ。

生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ
ファンタジー
 妹に婚約者を奪われ、歳の離れた女好きに嫁がされそうになったことに反発し家を捨てたレイチェル。彼女が向かったのは「蛇に呪われた公爵」が住む離宮だった。 「お願いします、私と結婚してください!」 「はあ?」  幼い頃に蛇に呪われたと言われ「生贄公爵」と呼ばれて人目に触れないように離宮で暮らしていた青年ヴェンディグ。  そこへ飛び込んできた侯爵令嬢にいきなり求婚され、成り行きで婚約することに。  しかし、「蛇に呪われた生贄公爵」には、誰も知らない秘密があった。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!

胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。  主に5大国家から成り立つ大陸である。  この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。  この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。 かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。 ※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!) ※1話当たり、1200~2000文字前後です。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

GROUND ZERO

K
SF
「崩壊世界(ゼロ)から始まる―」 何故そうなったの覚えている者は誰一人として存在しない 全てが一度崩壊し人々がこれまでに築き上げてきた文化や技術、法や良識は瓦礫の海に呑み込まれた 堆積した世界の砕片に埋もれた筈の太古の記憶が時折無作法に寝返りを打つ

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

処理中です...