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01.石化世界の導き
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オルゴールの音が聞こえる。
崩落した建造物。壁が崩れ床は瓦礫に埋もれた中で、整然とメロディーを刻み続けている。
そこだけ時が歪んでいる――あるいは元の姿を声高に訴えかけるかのように。
半壊した家屋の中だ。
元はどんな建物だったのだろう。どんな人間が住んでいたのだろう。
はっきりと澄んだ音を奏でるオルゴールだけが、この崩落の惨状を免れて異質なものとなっていた。
私は部屋の中にさらに足を踏み入れる。
石片だらけで足場が悪い。踏み出すたびにパキパキと割れる音がする。
ここにいたであろう住人を探す。
ここら一帯が石化していたとしても、住人の姿くらいは残っているだろうから。
「――あ」
瓦礫に紛れて、人型の石像が横たわっているのを発見した。
周りの石片をどかして、粒を払う。青年だ。体格からして成人。眠るように目を閉じている。
灰色の石で形作られて正確には判断できないが、精悍な顔立ちだ。二十そこらといったところだろうか。
「チーリィ」
虚空に向かって、声を掛ける。
「チーリィ。いる?」
今は姿が見えない精霊を呼ぶ。
ぽう、と指先程度の光が灯る。大きくなって手の平ほどのサイズになった。それは女性の声を発する。
「はいはい。いるわよ」
「はいはい、じゃないよ」
気のない返事をする精霊を叱る。
「これ見て。どう思う?」
ここまで歩みを止めずに進んできて、ようやく見つけた痕跡だ。
何もかもが石化した大地で、オルゴールが鳴り続ける不可解な場所。
そして、石化した青年の姿。
「何かわかることある?」
「さあね~。パッと見て、ここは石化の災害にでも見舞われたんじゃないかってことぐらいね」
「それは私でもわかるよ」
建造物の壁面も内部も、地面も街路も、目にした景色のすべてが石で覆われていた。
石になっていないものは存在しないんじゃないだろうか。――あのオルゴール以外は。
生き物もおらず、他に石像もないというのに、ここだけ不気味さ満点だ。
「チーリィは精霊でしょ? もっと、こう、知ってることとかないの?」
「アタシはアンタに干渉しないの。そういう制約。自分一人でなんとかしなさいな」
「そうだけど……」
む、と唇を尖らせる。
「だいたいね、シエラ。いつまでも精霊頼りだからアンタは半人前……いーえ、小人前程度なのよ」
「出たそれ。チーリィの変な例え。私それ嫌い。面白くない」
「面白くなくて結構ですぅ」
チーリィは拗ねたように、ふわっと浮かび上がって私から離れる。
青年の石像の顔周辺をくるくると舞う。
「ほら、これ、なかなかのイケメンじゃない? アンタ面食いでしょ? 早く助けてあげたら?」
「面食いじゃない。……それに」
はぁ、と呆れてため息をつきながら、私は石像の顔をちらと見下ろす。
「こんな石になってたら顔の造形なんてわからないでしょ」
石像といえど――まあ、たしかに。それなりに整っているのは、石越しでもわかるような……。
だから何よ。首を振って頭を戻す。ずれた三角帽子の位置をなおして、バサバサと鞄の中身を広げる。
術式を作るための道具を並べる。一枚の紙を複製し、インクを垂らす。それらを増やしてそこに陣を描いていく。簡易地図のような陣が完成する。
複製魔法は簡単だ。ゼロからイチを生み出すことは難しいけど、イチさえあればいくらでも膨らませて作り出すことができる。中身がスカスカでも、性質がまるで異なっていても構わない。そこに陣の形さえ描ければ良いのだから。
「さて……」
私はいまだに繰り返し鳴り続けるオルゴールを振り返る。
これでここいらの地形を一気に把握する。オルゴールの分析も含めてだ。
「じゃ、がんばってね~」
「あ、ちょっと。もう、チーリィ」
チーリィは勝手気ままに、ふわ~っと宙に浮かんで、蜃気楼のように消えていく。
まあ、チーリィに縋ってはいけない制約だ。若干不安だが、陣を発動させる。
陣を通じて、土地を調べる。
この広さを足で調べ回るのは時間がかかる。全体像を透視して地形を頭に入れる。
そうしているうちに、オルゴールは鳴り止んだ。パキパキと表面が石に覆われていく。オルゴールも石化して、砕け散ってしまった。
唯一、石化を免れた手がかりだったのに。困ったな。
目の前の石像に視線を戻す。
石像の肩あたりに触れる。ひんやりとした感触が返ってくる。
石化解除の力を使うと、表面にヒビが入る。亀裂が広がり、細かな石粒が落ちていく。
そこからせきを切ったようにボロボロと石片が剥がれ落ちる。顔を覆っていた石が割れて、肌が露出した。
固まっていた髪がさらりと揺れる。淡い空色の髪だ。
そうして、目の前の青年の石化は解かれた。
「目を覚ました?」
私は彼を覗き込む。彼はゆっくりと何度か瞬きをする。
そうすぐに動けるものではないだろうが、腕を動かそうとしたのか、身体の石部分に一気に亀裂が走る。
「すぐに動かないほうがいい。君はここで、石化して――」
私が止めるのも聞かずに、青年はむくりと上体を起こす。
石片の大部分がバラバラと崩れ落ちた。
「ひゃ!? ふっ服は!?」
突然、鮮やかな肌色が視界に飛び込んできた。
石化状態ではちゃんと着てなかったっけ……!?
反射的に背を向ける。剥がれ落ちた石の下から出てきたのは、一糸まとわぬ姿だった。
「な、何か残ってないの? 服……。何かしら見つかれば、わ、私がすぐ複製するから……」
慌てて室内を見回す。
室内といっても壁は半分なくて、どこもかしこも石化しているおかげで境目がないようなものだけど。
「……ここ、は……。あなたは……?」
青年のぼんやりした声にはっとする。
そうだ。彼からしたら、目を覚ましたら見覚えのない景色に、知らない女って認識なのかもしれない。
「……私は、シエラ。魔法使い。と、とにかく何か服を着て……」
自己紹介のためにちらと振り返る。……が。
だめだ。石に埋もれていたときからは想像もできないくらい、鮮やかで瑞々しい裸体が目に入って、すぐにまた背を向けた。
崩落した建造物。壁が崩れ床は瓦礫に埋もれた中で、整然とメロディーを刻み続けている。
そこだけ時が歪んでいる――あるいは元の姿を声高に訴えかけるかのように。
半壊した家屋の中だ。
元はどんな建物だったのだろう。どんな人間が住んでいたのだろう。
はっきりと澄んだ音を奏でるオルゴールだけが、この崩落の惨状を免れて異質なものとなっていた。
私は部屋の中にさらに足を踏み入れる。
石片だらけで足場が悪い。踏み出すたびにパキパキと割れる音がする。
ここにいたであろう住人を探す。
ここら一帯が石化していたとしても、住人の姿くらいは残っているだろうから。
「――あ」
瓦礫に紛れて、人型の石像が横たわっているのを発見した。
周りの石片をどかして、粒を払う。青年だ。体格からして成人。眠るように目を閉じている。
灰色の石で形作られて正確には判断できないが、精悍な顔立ちだ。二十そこらといったところだろうか。
「チーリィ」
虚空に向かって、声を掛ける。
「チーリィ。いる?」
今は姿が見えない精霊を呼ぶ。
ぽう、と指先程度の光が灯る。大きくなって手の平ほどのサイズになった。それは女性の声を発する。
「はいはい。いるわよ」
「はいはい、じゃないよ」
気のない返事をする精霊を叱る。
「これ見て。どう思う?」
ここまで歩みを止めずに進んできて、ようやく見つけた痕跡だ。
何もかもが石化した大地で、オルゴールが鳴り続ける不可解な場所。
そして、石化した青年の姿。
「何かわかることある?」
「さあね~。パッと見て、ここは石化の災害にでも見舞われたんじゃないかってことぐらいね」
「それは私でもわかるよ」
建造物の壁面も内部も、地面も街路も、目にした景色のすべてが石で覆われていた。
石になっていないものは存在しないんじゃないだろうか。――あのオルゴール以外は。
生き物もおらず、他に石像もないというのに、ここだけ不気味さ満点だ。
「チーリィは精霊でしょ? もっと、こう、知ってることとかないの?」
「アタシはアンタに干渉しないの。そういう制約。自分一人でなんとかしなさいな」
「そうだけど……」
む、と唇を尖らせる。
「だいたいね、シエラ。いつまでも精霊頼りだからアンタは半人前……いーえ、小人前程度なのよ」
「出たそれ。チーリィの変な例え。私それ嫌い。面白くない」
「面白くなくて結構ですぅ」
チーリィは拗ねたように、ふわっと浮かび上がって私から離れる。
青年の石像の顔周辺をくるくると舞う。
「ほら、これ、なかなかのイケメンじゃない? アンタ面食いでしょ? 早く助けてあげたら?」
「面食いじゃない。……それに」
はぁ、と呆れてため息をつきながら、私は石像の顔をちらと見下ろす。
「こんな石になってたら顔の造形なんてわからないでしょ」
石像といえど――まあ、たしかに。それなりに整っているのは、石越しでもわかるような……。
だから何よ。首を振って頭を戻す。ずれた三角帽子の位置をなおして、バサバサと鞄の中身を広げる。
術式を作るための道具を並べる。一枚の紙を複製し、インクを垂らす。それらを増やしてそこに陣を描いていく。簡易地図のような陣が完成する。
複製魔法は簡単だ。ゼロからイチを生み出すことは難しいけど、イチさえあればいくらでも膨らませて作り出すことができる。中身がスカスカでも、性質がまるで異なっていても構わない。そこに陣の形さえ描ければ良いのだから。
「さて……」
私はいまだに繰り返し鳴り続けるオルゴールを振り返る。
これでここいらの地形を一気に把握する。オルゴールの分析も含めてだ。
「じゃ、がんばってね~」
「あ、ちょっと。もう、チーリィ」
チーリィは勝手気ままに、ふわ~っと宙に浮かんで、蜃気楼のように消えていく。
まあ、チーリィに縋ってはいけない制約だ。若干不安だが、陣を発動させる。
陣を通じて、土地を調べる。
この広さを足で調べ回るのは時間がかかる。全体像を透視して地形を頭に入れる。
そうしているうちに、オルゴールは鳴り止んだ。パキパキと表面が石に覆われていく。オルゴールも石化して、砕け散ってしまった。
唯一、石化を免れた手がかりだったのに。困ったな。
目の前の石像に視線を戻す。
石像の肩あたりに触れる。ひんやりとした感触が返ってくる。
石化解除の力を使うと、表面にヒビが入る。亀裂が広がり、細かな石粒が落ちていく。
そこからせきを切ったようにボロボロと石片が剥がれ落ちる。顔を覆っていた石が割れて、肌が露出した。
固まっていた髪がさらりと揺れる。淡い空色の髪だ。
そうして、目の前の青年の石化は解かれた。
「目を覚ました?」
私は彼を覗き込む。彼はゆっくりと何度か瞬きをする。
そうすぐに動けるものではないだろうが、腕を動かそうとしたのか、身体の石部分に一気に亀裂が走る。
「すぐに動かないほうがいい。君はここで、石化して――」
私が止めるのも聞かずに、青年はむくりと上体を起こす。
石片の大部分がバラバラと崩れ落ちた。
「ひゃ!? ふっ服は!?」
突然、鮮やかな肌色が視界に飛び込んできた。
石化状態ではちゃんと着てなかったっけ……!?
反射的に背を向ける。剥がれ落ちた石の下から出てきたのは、一糸まとわぬ姿だった。
「な、何か残ってないの? 服……。何かしら見つかれば、わ、私がすぐ複製するから……」
慌てて室内を見回す。
室内といっても壁は半分なくて、どこもかしこも石化しているおかげで境目がないようなものだけど。
「……ここ、は……。あなたは……?」
青年のぼんやりした声にはっとする。
そうだ。彼からしたら、目を覚ましたら見覚えのない景色に、知らない女って認識なのかもしれない。
「……私は、シエラ。魔法使い。と、とにかく何か服を着て……」
自己紹介のためにちらと振り返る。……が。
だめだ。石に埋もれていたときからは想像もできないくらい、鮮やかで瑞々しい裸体が目に入って、すぐにまた背を向けた。
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