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03.石の魔女

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「またどこかの複製世界が終わったみたい」

 観測を終えた私は、口を開く。
 背後にいるのは、本来の姿のチーリィだ。
 私よりも遥かに大きい。見上げるほどの大きさの美麗な女性の姿だ。妖精のような虹色のドレスに身を包み、角や羽根が生えた、あらゆる要素を持ち合わせた姿をしている。

「何度繰り返してるのかしら。バカな子ね」

 チーリィは大きく伸びをして、気だるそうに寝そべる。
 この場所は現実には存在しない。次元の狭間、といったところだ。
 空間に果てはなく、どこを見ても真夜中の空のような景色だ。藍色の中に無数に浮かぶ光の粒は、星のように瞬いている。

「たった一つの物を欲したばかりに禁忌に触れて、石化の世界に閉じ込められるなんて。ま、よく皮肉がきいた罰よね」

 チーリィは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

「そこにあのボーヤまで引き入れてしまったのは、残念としか言いようがないけど」

 私は、星々にじっくり目を凝らす。
 それら一つ一つが、無数の“複製された世界”だ。
 そして今、役目を終えた複製世界が砕けて破片となって霧散した。

 ――私は、“複製魔法”という禁忌に手を出した。
 そのせいで、ここに長いこと閉じ込められている。
 現実世界の一部を切り取り、全土を石化させた複製世界だ。それを無限に繰り返している。
 今も無数の複製世界がどこかで始まり、どこかで終わっている。

「オリジナルの世界はどうなってるの?」

 ここに閉じ込められて、永遠にも感じる時間が過ぎた。
 私は時間の影響か、罰を受け続けた影響か、姿もやや成長して髪も伸びた。
 オリジナルである現実世界の様子をチーリィに聞く。

「平行して、複製世界は進んでいる。バラバラで劣化したり抜け落ちたり。どれも似て非なるもの。紛い物。だけどすべての世界がオリジナル世界と細い糸で繋がり存在している……」

 チーリィは改めて一から言う。
 寝転んだまま、窺うように私を見る。

「だからオリジナル世界では、あのボーヤは石化したまま。周辺を含んでね。時間が経てば経つほど、石化の呪いは広がっていくはずだわ」
「理不尽な厄災だね。だから私は忌み嫌われるわけだ」
「そういうことよ。下手に下界に触れたりなんかするから。慎ましく隠居してればよかったの」
「今さら言っても遅い」

 諦めの苦笑いが出る。

「ああ。またどこかの複製世界で私が旅をしてる。だけど同じ場所にしか辿り着けない。そこだけを歩くように組み込まれてるから」

 まだ何も知らない、記憶が欠落した私が歩き出す。

「また、無情だって思いながら石になるんだろうな……」

 複製された私は、ゼロの状態で石化世界をひたすら歩き続けるだけの旅に出る。
 そして必ず同じ場所に辿り着き、同じ結末になる。結末が変わることはない。どう足掻こうが最終的には私も彼も石化して、世界は消える。
 その先に辿り着くことはない。しょせんは複製されただけの世界だから。

「恨んだって、私だって自分のことしか恨めないよ」

 複製の私がいくら嘆いても、恨んでも、それは私にしか繋がっていない。
 複製された私と、ここにいる本体の私は、見えない糸で繋がっている。記憶も感情も共有する。複製の私の体験は、すべてが本体の私へと流れ込む。
 私の感情は、この状況に対して向けられているのだろうか。それとも、愚かな行動をした過去の私に、だろうか。

「決して得られないものを望もうとしたから。どうやら私は、本当に呪いをまき散らすだけの忌み子だったみたい」

 こうなってみるまでわからなかった。
 一歩だけ、違うところに足を踏み入れてしまっただけだった。
 そこは足を踏み外す場所だとは、当時はわからずに。

 ※ ※ ※ ※ ※

 そしてまた、繰り返す。
 石化世界を旅をして、大穴を見つける。
 チーリィに突き放されて、自分で陣を敷く。
 世界が終わるまで、すでに時は刻まれている。
 青年――グレインの石化を解いて、行動が始まる。

 スタート地点に何度も戻されて、再び前進。進まないことを繰り返し続ける。
 恨むなら、自分だ。
 こんな状態に閉じ込められた原因は、自分自身の過ちでしかないのだから。


 無数の複製世界。無限の繰り返し。
 その中で、変わらないこと、気づいたこともある。

「複製魔法なんて初めて見たんだけど。もしかして僕のいた時代からものすごく年数経ってる? 何千、何万年とか」

 彼はとても頭の回転が良いらしい。
 知識量が多いわけじゃない。ただ冷静で、偏りのない目でこの複製世界を見ている。
 事実を認識して判断する。その思考量もだが、何であれ、ありえないと拒絶することがない。可能性のあることは取り入れて、今あるもので、今わかることで、どうすべきか。それをひたすら考え続ける。

「それまでずっと石化していたとか……あれ、でもそれだと僕だけが残ってるのもシエラがいるのもおかしい……? たまたま?」

 私の記憶にないことを考え続けて、問いを虚空に投げ続ける。

「シエラ。君は何者なの? ……って君もわからないんだっけ」

 私が押し黙ろうとも、彼は話し続ける。
 発想に驚かされることもあった。

「シエラって人間?」
「な、なに? 急にまじまじと……」
「僕の時代だと長寿とされてる生物は……ドラゴンとか……? もしかして体のどこかに鱗とかついてない?」
「ちょっと何する気……やめて近寄らないで!」

 そして合理的で……時に強引だ。


「複製魔法は禁忌なのに、シエラはなんで使ってるの?」

 複製魔法は禁忌だ、と話した世界のことだ。

「ここなら……関係ないから?」
「どういう意味?」
「……わからない」

 記憶のない、複製されただけの私は彼の疑問に答えるすべを持たない。
 あるのは囚人のような感覚と、無抵抗な弱い意志、そしてささやかな存在意義のようなもの。
 私は劣化した複製として役目を終えるまでここにいるだけ――そんな無力感のようなもの。


「シエラ……それでいいの?」

 彼は何度も何度も問いかけくる。
 数多の複製世界で、彼は変わらずに。

「何かする気はないの?」

 疑問を打ち出し続け、思考し続け、可能性から起こせる未来を想像し続け。
 見えない希望に無謀にも縋っているようには見えない。無理に明るく振る舞っている様子でもない。

「何か方法を考えようよ」

 どの世界でも、彼は変わらずに。
 動く気のない私を、僅かな苛立ちを滲ませた眼差しで睨みつけ、けれどまっすぐに。

「進んでみようよ。シエラ」

 疑いのない目で、私に投げかけ続けた。


「シエラ。君には石化を解く力と、複製魔法がある。僕は魔法使いでもなんでもない非力な一般人だ」

 今度は別のことを、また前向きな口調で語りだす。

「君は僕と違って、きっと神に選ばれた特別な存在だ。シエラは何かしらの使命を持って生まれた、神の使いに違いない。それを思い出して」

 可能性から推察しただけだ。
 きっと私を過大評価したいわけでもなく、状況からして、石化した世界との関連項目に私がいることを確信しているだけだ。

「僕の石化を解いて……そしてこの世界で、するべきことがあるはずだ」

 記憶がないだけで、使命を背負った神の使いだと――
 周囲の情報から推測して、その可能性に行き当たったから。
 彼は、本気でそう信じている。

「……無理だよ……」

 涙があふれる。
 その眼差しが、つらかった。
 純粋で、当たり前のように前向きなその目が。

「もうやめて……」

 終わりの時間が迫れば迫るほど、私は思い出していく。

「神の使いなんかじゃない。私はただの――」

 向き合った彼の腕に手を添える。
 彼は何かを言いかける。
 この先は、聞いてほしくない。聞かせたくない。
 でも言いたいだけだから、と。

「禁忌に手を触れただけの――バカな忌み子だから」

 触れた先から石化する。これ以上、近づかれたくなくて。
 まっすぐな眼差しもそのままに、彼の石像が出来上がる。
 やがては私自身も、足元から頭のてっぺんまで石化が迫り、石像に変わる。

 もう何度見ただろう。
 数多の複製世界での記憶だ。
 繰り返し繰り返し見る、石化した彼の姿。
 何度繰り返したって、変わらない結末だ。

 ※ ※ ※ ※ ※

「ねえ。キスをして」
「……え?」

 きょとん、とした声が返ってくる。

「なんて? ごめん、もう一回」

 単に聞こえなかっただけだろうか。
 ぶつぶつと推測を続けていた彼は、私を振り返る。
 私に十分に注意が向いたところで、もう一度言い直す。

「もしも可能性があるとするなら。目覚めのキスが必要なのかもしれない」

 ……このときの私は、頭を強く打ったのか、暇すぎてとち狂った気まぐれを起こしたらしい。

「私は石化の使者なのかもしれなくて。君だけが石像としてここにいるなら。最後の人類なのだとしたら。この世界の全土が石化の呪いに覆われているんだとしたら、それを解くために……必要なのは」

 我ながら支離滅裂な理屈だ。もう少し筋が通った言い分もできそうなものを。彼の疑いのない眼差しで見つめられると上手く頭が働かない。
 さすがに、ぶっ飛びすぎか。
 しかし彼は存外に真剣な表情で、口元に手を当てて考え込んでいた。

「ありえない話じゃないかもしれないな。さすがにこの規模の石化は不可解に過ぎる。案外、簡単な仕掛けだったりするものだ。もし君を軸にかけられた呪いなんだとしたら、君に対してアクションするのはあながち大外れではなさそうだし」

 しれっと受け入れて、彼は躊躇なく歩み寄ってきた。

「よし。やってみようか」

 石の段差に腰掛けている私の目前に、すっと両膝をつく。
 いきなり距離を縮められて思わず身を引く。
 目線は私よりも低くなって、なんだか余計に近くなった気がした。

「や、やる気満々すぎるんじゃない?」
「簡単なことはどんどん試していかないと」
「ちょ、ちょっとその、手! なんか、嫌だから……いやらしいから!」
「じゃあどうすれば?」

 私の身体のどこに置こうとしたのかわからない手を、彼は渋々下げた。
 元の膝をついた姿勢に戻る。両手は膝の上だ。
 むすっとして不服そうな顔だ。……彼にしてはなんだか珍しい。

「わ、私から……するから」
「そう」

 恐る恐る提案すると、彼は了承の意を示すようにすぐに目を閉じた。
 なんだかあっさりしすぎていて、逆になんか……。不満、じゃないけど。
 彼的には、さっさと過ぎ去ってくれ、だとか思っていないだろうか?

「……抵抗ないの?」
「なんで」

 聞きながら、そろそろと近づく。
 邪魔になるかもしれないと気づいて、三角帽子を脱いで地面に置く。
 姿勢を下げて、目を閉じた彼を覗き込む。両手を頬に添えるように差し出す。
 ……きれいな顔。男の人って、みんなこんな感じなのかな。
 肌の色が白くて、目も鼻筋もすっと通っていてちょっと中性的だ。淡い空色の髪も、空の一部を切り取ったようで、繊細で触れてしまうのが怖いくらい……。

「だ、だって……」
「こんなときに。そんなこと考えられるわけ」

 喋って気を逸らしつつ、どさくさで勢いに任せて、このまま唇に触れてしまおうとした。
 直前、ぱっと彼が目を開けた。
 目が合う。触れるほんの数秒前だったこの距離で。
 じっと見つめ合ったまま時が止まる。固まっていた私と違って、彼は何か思考していたようで、口を開いた。

「……ああ。もし僕らが最後の人類なら、子を成す必要もあるかもね……」
「こっ……子ぉ!?」

 思わず飛び跳ねて後退する。
 いきなり何を言い出すのこの人!?

「そそそそういう経験ないから! 痛そう! 絶対イヤ!」
「でも四の五の言ってる状況じゃ」
「だ、だから、君は嫌じゃないの!? 当たり前みたいに受け入れて……!」
「うーん……まあ」

 彼はまた口元に手を添えて、明後日の方向に顔を向ける。
 その遠い目をした横顔が様になっているせいなのか、なんというか。
 この人、何を考えてるのかよくわからない……。

「まあ、シエラも、女の子みたいだし……」
「まじまじと見ないでよ……やらしい」

 顔は逸らしつつも、ちらっとこちらを見てくる。
 ちらちら、じろじろと。横目で。そう何度も見られると、まるで品定めでもされているみたいだ。
 かと思えば、彼はガシガシと乱暴に頭を掻いて、再びそっぽを向いた。

「悪い気分では、ない……」

 ぼそ、と付け加えるように言った。
 怒ってる……?
 ちょっと顔が赤い気がする。つっけんどんだけど。突き放されたわけじゃない……みたい。

「じゃ、じゃあ、今度こそ……するから」
「ん……うん。はい……」
「じっとしてて。絶対に、今度こそ、目を開けないで」
「……はい」
「絶対に」
「はい」

 彼の前に膝をつく。
 お互いに正座だ。さっきよりもなんだか、緊張が走る。顔には熱が上っているのに、手の先は冷え切っている。
 こんな空気の中……無理。さっき、どさくさでしておけばよかった。
 でも言い出したのは私だし。やっぱりやめよう、なんて、それこそ彼に悪いというか失礼というか。怒られそう。
 聞こえない程度に小さく深呼吸をして、気分を鎮める。覚悟を決めて、膝立ちになって、目を閉じた彼に顔を近づける。
 そろ、と彼の頬に手を添える。ぴく、と皮膚が僅かに振動したのが伝わってきた。すぅ、と短く息を吸ったのがわかる。

 こんなに緊張しなくてもいいはず。
 ちょっと試してみるだけ。口と口が触れるだけ。
 人間同士なら当たり前のこととしてやってるはずだ。ほら、だって、昔に遠目で見たことある。舞台上で、大勢の人前で。きれいな衣装に身を包んだ男女が。キス。
 私にだって同じことができる。
 寿命と、ほんの少し身体の作りが違うだけで……造形は同じなんだから。

 浅い呼吸を止めて、顔を近づけて。
 ……後戻りはできない。ごまかしたりもしない。
 目を閉じる。
 彼の唇に、唇で触れにいく。
 唇の先に返ってくる感触。
 つん、とくっついて、恐る恐る、押し付ける。
 なんかすごい。
 本当に触れてる。
 これが、キスなんだよね……?

「――、……」

 声にならない何かが唇の隙間から溢れそうになる。
 私は気づいたら彼の肩に両手を添えていた。
 広い肩……。しっかりした身体。
 線が細い印象の彼だけど、触れてみるとしっかりと骨が張っているのがわかる。
 少し体重をかけても大丈夫そう。やや寄りかかるようにして、半歩、前へ踏み出すと、膝と膝が擦れる。
 もっと近づいてみたくなる。さらに一歩、身体を寄せる。

「ん――」

 彼がやや身を引こうとした動きがあった。
 手が上がる。私を押し退けようとしたのか。けれど触れてくることはなく、微妙な位置で止まった。
 身体が離れないように、彼の首に腕を巻き付ける。
 さらに深く。唇だけじゃない。舌も、胸も触れて、いろんなところが密着する。
 不思議な感覚。他人の身体って。
 は、と熱を持った吐息が漏れる。
 一度離したけど、すぐにまた首に絡みつく。彼は懸命に後ろに下がろうとするが、腕で引き寄せる。
 やだ。まだ離れたくない。
 こんなに心地いいのに。
 ……触らないなんて。我慢できない。

「――っ」

 静かな攻防を何度か繰り返して、やがて。
 ぐ、と大きな身体がこちらに傾いてきた。
 上に乗られるように体重をかけられる。地面に押し付けられる。

「ひっ――」

 仰向けで思わず縮こまって、身をよじろうとするが、下敷きにされてほとんど動けない。

「いや……ごめん」

 やや首をもたげて、私の耳元で彼が口を開く。

「僕も……男だから」

 微かに荒い息がかかる。
 顔を上げた彼は、一変して据わったような目付きになっていた。まるで獲物を捕食するときの肉食動物のような、鋭くて威圧的な瞳だ。
 さっきまでとは違う。なんか怖い。
 でも拒否するのも違う。言い出したのも、やりだしたのも、私。

「――、うん……」

 だ、大丈夫。大丈夫。
 初めは痛いけどだんだんと気持ちよくなれるって……なんかそんな話を聞いたことがあるようなないような。人間たちがよくそんな話をしてるような。
 だから。怖いことなんてない。
 ぎゅっと目を閉じて、強張る身体をなるべく開く。
 身を委ねるようにして、身体に触れてくる手を受け入れた。



 ……微妙な距離感。
 彼は、さっきから同じことばかりをぶつぶつと呟いている。

「ごめん……ほんとに……ごめん……」

 並んで座っているとは言えない離れた位置だ。
 彼はなんだかひどく落ち込んでしまったみたいだ。
 私はもそもそと、さっきから何度も服を整えなおしている。なんとなく、確かめるように自分の身体を触る。
 初めて人にあんなに触られた。
 服の中まで……。
 でも……。案外、気持ちいい。
 肌と肌が触れ合うって、あんなに気持ちいいことだなんて知らなかった。
 ……もっと触ってほしかった。
 でも、途中で彼は我に返ったように、目付きが元に戻った。手を止めて、離れて、それ以降はずっと今みたいにしょぼくれて謝り続けている。

「ごめん……」
「あの。き、気にしないで……?」
「するよ……」

 私は全然嫌じゃなかったのに。なんか頭抱えて項垂れちゃった。
 こういうのって、もっと痛くて怖いものだと思ってたのに。
 彼だから、かな……?

「わ、私は気にしてないよ……?」
「いい。一人にして。ほんと……」

 彼は若干涙声な気がする。頭上には、どよんと濃い雨雲が見えるみたいだった。

「……石化の呪い、解けなかったね」
「え……ああ」

 隣に寄り添って座ってみると、彼はややびっくりしたみたいで少し身体を離した。

「そ、そういう話だったな……」

 もっとくっつきたいのに。ひどい。
 意地悪したいわけじゃないけど。ちらと横顔を見上げると、彼はあからさまなくらい赤くなっていた。
 困ってるのはわかる。でもそんな顔をされたら、なんだかもっといじめてみたくなる。もっと困らせてみたくなる。

「……キスしたら解けるかもなんて、嘘だよ」

 諦めて白状する。

「してみたかっただけ。人と触れ合ってみたかっただけ。どんな感じなのか知りたかっただけ……」

 本気で信じたわけじゃないだろうけど。
 ……思い出してきた。
 この世界ももうすぐ終わりだ、と。

「このときだけ。触れてみたかった。もうすぐ終わり……だから」

 だから最後だけ。もう少しだけ。
 嫌がられてもいいから。
 もう一度だけ、触れたい。
 諦めずにまた距離を詰めて、手を伸ばす。彼の手を握ってみる。
 またびくっとして引こうとしていたが、ぎゅっと握りしめて、引き寄せる。

「君は……シエラは」

 彼は私の発言に薄っすらと違和感を覚えたのか。
 まるで真実にたどり着いたように、怖々と私の顔を見る。

「人間じゃないの……?」
「魔女だよ」

 繋いだ手を、そのまま石化してみせる。
 お互いの手がくっついたまま石で覆われる。
 完全に離れなくなった二人の石の手を見て、彼は息を呑む。微かに喉が鳴る。
 これを彼が自力で解けるわけがない。おぞましいものを目にしたかのように、瞳には怯えが見て取れた。

「私は石の魔女の生まれ変わり。私の中には魔女の性質が眠ってる。その気になれば、世界を石化させることだって容易だよ」
「まさか、君が――」

 彼は周囲に一瞬目を向けた。
 私は答えずにただ笑って、石化を解除する。彼は元に戻った手をまじまじと見ている。指先が微かに震えているのが見て取れた。

「どうして、そんなことを……」
「欲しかったから」
「欲しかった?」

 ぴょんと勢いをつけて立ち上がる。
 これはいつものことだ。いつもの展開。
 そしていつもどおりに、結末は何も変わらない。
 この私だって、しょせん数多の複製世界のうちの一つでしかないのだから。

「……グレインにはわからないよ」

 聞かせる気もない。振り返ったときには、彼はすでに石像に変わっている。
 時間が来る前に、また私の手で石化させるという選択を取った。

 いつもと同じ流れ。
 石像になった彼の横に寄り添うように座って、時を待つ。
 足元から石の力が這い上がってくる。地面を通してこの世界と融合するように、私の身体は硬く冷たい石に変わっていく。
 ……どうしようもない。
 閉じられた世界が、また終わった。
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