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四章・前編「休息と成長の一時」

04.居場所を繋ぐ手

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 夕方を過ぎて、広場の方面へ向かおうとすると、路上にはすでに屋台が立ち並んでいた。
 屋台の人間の集客や、宣伝、注意喚起の声などで街中はずいぶん騒々しく賑わっている。

「うわー、もう人いっぱい。どのあたりなら見えそうかなあ」

 広場ではとっくに準備が始まっているのか、広場内はもちろんのこと、付近の店のテラス席まで人が大勢集まって、ほとんど埋まっていた。思った以上に大きなイベント事だったらしく、自然とため息が出た。

「ミリアが道中の店の人間と長々と話し込んでいるからだ……」
「いいじゃないですか! おまけしてもらえたんですから。そのおまけしてもらった分、クロウさんが進んで食べてたじゃないですか」
「進んでは食べていない」

 ミリアじゃ食べきれないだろうと思って、事前に貰っておいただけだ。

「あ、このへんならどうかな。なんとか見えるかも」

 広場脇の階段を上った高台には、人が疎らに立っていた。広場からは遠ざかるが、そこに加わってみる。
 広場中央にステージや柵が設置されているのが見えた。遠いが、ここなら一応全貌は眺められそうだ。

「クロウさん、見て見て! 見てます!? 来ましたよ!」
「落とすなよ」

 魔術士たちによる大道芸、というイベントらしい。
 着飾った舞台役者らが、足並みを揃えて行進してくるのが見えた。拍手で迎えられて、ステージへと上がっていく。日が落ちて辺りは暗くなったが、広場にはいくつも照明が焚かれて、ステージ上はくっきりと浮かび上がっている。
 進行役が挨拶をする。どうやらこの街名物の恒例行事だったらしい。どうりで人が大勢集まるはずだ。街の規模を考慮すると、舞台のほうも結構な技量が期待される。
 ミリアは高台の柵を乗り越えんばかりだ。先ほど屋台で買った食べ物を下に落としかねない。ミリアの首根っこを引っ張ってから、自分の分を食べ始める。そのついでとして、舞台をぼんやりと眺める。

 挨拶もそこそこに、舞台が始まった。
 出演しているのは、魔術士に分類される人間のみなのか。火と水の魔術の担当で分かれ、ステージ面積を目一杯活用して、派手な見た目の魔術を作り出していく。
 複数人で一ヶ所に様々な系統の魔術を集め、複雑に交差させ、何かの形を描いているらしい。この角度からでは、何の形なのかはわからないが。照明に照らされた効果もあってか、見たことのないきらびやかさだ。

「すごいすごい! きれい! よく見えないけど色はきれい!」
「……あんな魔術の使い方もあるのか」

 俺が今まで見てきた魔術といえば、実戦用の、攻撃や足止めのための手段だ。いかに効率的に戦闘をこなせるか、が重要だった。
 しかし使い方や組み合わせによっては、魔術とは、あんなに華やかなものにもなるのか。実用性がないのは見て明らかだが、そういうことじゃないだろう。

「あれはいったいどうやっているんだ……?」
「あっ、わ、クロウさんも落ちそう」

 照明がやや落ちて、他の出演者が捌けていく。ステージ中央に女性が一人出てきて、そこにのみ照明が当たる。
 大技が出る前兆らしい。女性の周囲には、数人、照明外で構えている人が見える。
 中央の女性に向かって、魔術反応の光が一斉に集まる。周囲には風が巻き起こり、演者らの髪や服は激しく揺れている。そのまま女性は、何もない空中にゆっくりと浮かび上がった。そのままバランスを保ち、ポーズを取る。
 風魔術か。ステージ付近では、わあっと歓声が上がっている。俺の近くでも、おお、というような声が上がったのが聞こえた。これだけでも、一般的には、大道芸レベルのすごい技、という認識らしい。
 変な感じだ。あれぐらい、レヴィは一人でやってたが。あの魔術は、本当にどういった仕組みなのだろうか。

 舞台にいた魔術士らが全員捌けた。演目が切り替わったのか、次に上がってきたのは、豪奢な衣装に身を包んだ、刀身の細い剣を持った騎士風の演者たちだ。
 魔術士の大道芸、と聞いたが、剣士も出てくるのか。演技を行う様を、思わず身を乗り出して眺める。
 着ている衣装は、とても戦闘向きではない。格式高く、無用の飾りも大量についた華やかさだ。しかし剣士らは、その枷など感じさせずに、軽やかに剣を振っている。

「剣士の人も出てくるんですねー……ってクロウさん? 本当に落ちないでくださいね?」

 盾を構えた兵士役を次々にいなし、同じ剣士同士で剣を向け合い、劇としての剣技をこなしていく。
 本気で打ち合っているわけじゃない。台本どおりに、決められた動きをこなしているだけだろう。だが、ピタリと型にあてはまったような動きは洗練されている。手先足先、剣先さえ、僅かなブレもないよう動いているのだろう。
 命懸けのやり取りではない。しかしそこにこもっているのは、演者らの魂をかけた演技だ。冒険者とはやっていることは畑違いだが、だからといってくだらないと一蹴するほど、感性が腐っているわけではない。
 あれも、血の滲むような努力と鍛練の結晶だろう。遠くから見ることしかできないのが惜しまれる。自分がしているわけではない。けれどまるで自分が動いているかのように、次第に体が熱くなっていた。

「クロウさん、すごい、集中して見てますねえ」
「ミリアはちゃんと見えているのか?」
「一応なんとか。手前のほうは見えないとこもありますけど」
「なら持ち上げてやろうか」
「いっ、いいですよ。こんなところで……」
「しかし、ちゃんと見たほうがいい。あれはなかなかすごい」
「いいですって! 子どもじゃないんですよ!」

 せめても俺と同じ高さまで持ち上げてやろうとしたが、ミリアはむーっと頬を膨らませた。怒らせてしまったらしい。
 そういう顔をしていると、余計に子どもっぽいんだが。

「どうやっているのか、聞いてもいいだろうか……」
「え、えー。聞けないんじゃないかなあ。ああいう人たちには、そうそう近づけないと思いますけど……」
「聞くだけだ。技術を盗むわけじゃない」
「それでも、対面して話す隙は、ないと思いますけど……」

 そんなことを話しているうちに、舞台が閉幕を迎えた。進行役が感謝と、幕引きの言葉を告げる。
 それから見てくれた人たちへと、参加賞のようなものを配るらしい。数に限りはあるが、ステージ近くに列を作ってほしいと。そのついでに御捻りぐらい出せそうだ。

「なんかくれるんですって! 貰いに行きましょう!」

 ミリアはそれを聞いた瞬間、迷わずそう言った。

「ミリアは、結構がめついほうなのかもしれんな……」

 ぼそ、と、つい本音が漏れた。
 しまった。いつも心の中にしまっておくことなのに。気が緩んでつい口に出てしまった。

「な、なんですかそれ! ひどい! いいじゃないですか、ああいうの欲しいじゃないですか!」
「中身自体はたいしたものは配ってないだろう」
「中身がどうこうじゃないですよ! いいから、早く行きましょう、なくなっちゃうかも!」
「引っ張るな」

 ミリアは慌ただしく、階段を降りていく。俺もそれに続く。
 参加賞をもらいに行く人と、捌ける人で流れが交錯しているせいか、ただでさえ多い人混みが余計に混雑している。ミリアの小さな背中を見失わないように追いかけるが、前ばかり見ていると人とよくぶつかってしまう。ステージまでたどり着くのは困難そうだ。
 しかし、先ほどの剣技はすごかったな。実戦には応用できないだろうが、それでも少しの鍛練で真似できるものではないはずだ。大道芸としては、価値の高いものだっただろう。
 それを金も払わずに見物できたのは、運が良かったのかもしれない。街名物の恒例行事だと聞いたが、街興し目的なのか、主催元がどこなのかはっきりとはわからないが、思っていたよりもなかなか有意義な時間で――

「……ミリア?」

 ふと、顔を上げる。前方を見る。
 前にいたはずの、ミリアの姿がない。首を動かして、背伸びをして、辺りを見回す。しかしこれだけの人混みだ。周囲には見知らぬ人間しか見えない。
 まだそんなに遠くへは行ってないはずだ。しかし無理に前へ進むこともできない。そうしているうちに、人の波はどんどん流れて、どんどん自分がどこにいるのかわからなくなってくる。
 あっという間に、完全にはぐれてしまった。

「ミリア……」

 依然姿を探してキョロキョロするものの。この人だらけの密集地帯の中、ミリア一人を探しだすのは困難を極める。
 俺の周りでは、入れ替わり立ち替わり、次々と、違う人々が流れていく。
 様々なことを言い合い、笑い合いながら、俺のすぐ近くを通り過ぎていく。
 すごかったね。面白かったね。楽しかったね。
 そんな声が、急に大きな音として、耳に入ってきた。

 ……俺は、なぜここにいるのだろうか?
 ミリアと一緒にイベントを見にきた。単なる一般人として、観客席に混ざりにきた。それだけのはずだ。何もおかしなことはしていない。
 けど、俺は本来、こういうものの外側にいる存在じゃなかったか?

 人々は、日々を忙しなく生きながら、狭い世界を行き交っている。
 百にも満たない、あまりにも短い自身の一生を知っているから、立ち止まらずに進み続ける。
 狭いことは知らず、外も知らず。自身の生を精一杯全うするために、必死に走って、もがいて、時には他人とぶつかりあいながら。そんな中で、自己を見出だして、生きている。

 俺は、そういうのの、外側の存在だ。
 狭い世界で生きることはできない。混ざることはできない。紛れ込んだとして、周りと同じ時間は流れていない。共有できない。ズレがあるまま、そこに立っているだけ。
 無駄なことだ。
 こんなのを見たところで。人のような楽しさを知ったところで。
 いずれは。所詮。時間の流れる速度が違うのだ。
 俺一人が、置いていかれるだけ。取り残されるだけ。
 そのときになって、無意味だったと、きっと後悔するだけだ。

「あっ、クロウさん! よかった、いたいた!」

 声がして、顔を上げる。
 俺を呼ぶ声だ。ミリアが俺を見つけて、人混みを掻き分けるようにして、駆け寄ってきていた。
 名前。
 そうだ。それも、もはやどこにも残ることはないだろうと思っていた。
 けど、ミリアは、ちゃんと知っている。それで俺を呼んでくれる。
 なら、俺は、ここにならいてもいいのだろう。
 ふと、ミリアの手に目を向ける。ミリアは、手にはそれらしいものは持っていなかった。

「参加賞をもらいにいったんじゃ……」
「一人じゃ行かないですよ!」

 疑問符を浮かべると、ミリアは慌てたように言った。

「クロウさんを探してたんですから。こういうのは、一緒に行かないと意味ないじゃないですか」
「一緒に……」

 また、それか。
 でも、少しなら、わかる気がする。

「……なんですかその顔」
「なにがだ」

 ミリアに不思議そうな顔をされて、自分で顔を触ってみる。
 今、俺はどんな顔をしているんだろうか。自分じゃわからない。

「どうしたんですか。なんか、その……迷子になった子どもみたいな顔してますよ」
「どんな顔だ……」
「わかんないですけど。そうとしか言えないです」
「そうなのか……」

 わからないが、あってるのかもしれない。結局、どっちが迷子だったのかは不明だが。
 ミリアを探していて、合流できて、安心できたのは事実だ。親に見つけてもらったときの感覚に近かったかもしれない。

「まだ間に合うかもしれないですから。早く行きましょう! じゃあ、今度は、えっと」

 ミリアは、やや躊躇うように言い淀んでから、

「手、繋いで行きましょうか」

 どこかからかうような笑みを浮かべて、俺に手を差し出してきた。
 子どもが迷子にならないため、みたいだ。子どもはミリアのほうだろう、と思うのだが。
 言われたとおりに、差し出された手を掴む。ミリアは、若干びっくりしたような顔をしていたが、照れくさそうに笑って、前を歩き出した。俺は、ただそれについていくだけだ。

 変わらず人は密集している。混雑していて、人の波に呑まれそうになる。
 けど今度は、周りの声が、うるさく聞こえない。変わらず耳には入ってくるのに、居心地の悪さはない。
 楽しかったね。と確かめあうように、笑いあう声。
 その中の一部に、俺も溶け込めている気がしたから。

「お菓子ですね! どうやってたのか、聞く暇はさすがになかったですね」
「たしかにな……」

 渡されたのは、小さな包みに入った、一口大のお菓子だった。舞台に出ていた演者らが直接配っていたが、配るので精いっぱいな様子で、列の整備もされていたため、とても話しかけられる空気ではなかった。
 しかし、目と目を合わせて、ありがとう、と笑顔で挨拶をしてもらえた。複数人で分担しているにしろ、一人一人にあの対応は、大変な作業だ。けれど演者らは汗を流しながらも、笑顔を崩さなかった。
 貰ったもの自体がどうこうじゃない。彼らにとっては俺も、等しく観客の一人だったのだ。
 この中にいられることが、混ざっていられることが、嬉しく感じた。

「じゃあ、宿に戻りましょう。まだ人も多いですから。はぐれないように、また、ちゃんと手握っててくださいね」

 ミリアは再び、手を差し出してくる。
 小さな手だ。俺が握っていなければ、危うくて、目が離せないはずの、幼い手だ。
 けど今は、この手に安心した。
 差し出された手を、握る。

 この手が、繋ぎ留めてくれている気がした。
 外側の存在だ。俺は結局、同じ世界では生きられない。
 けど、ミリアがいるなら、俺はここに立っていられる。ここにいてもいいような気がする。
 ミリアは、繋いだ手を確かめるように、はにかむように笑った。

 この笑顔を。俺は、守りたいと。大切にしたいと。そう思った。
 でも、今は、安心した。
 この笑顔が、こうして、傍にいてくれることが。
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