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四章・前編「休息と成長の一時」
04.居場所を繋ぐ手
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夕方を過ぎて、広場の方面へ向かおうとすると、路上にはすでに屋台が立ち並んでいた。
屋台の人間の集客や、宣伝、注意喚起の声などで街中はずいぶん騒々しく賑わっている。
「うわー、もう人いっぱい。どのあたりなら見えそうかなあ」
広場ではとっくに準備が始まっているのか、広場内はもちろんのこと、付近の店のテラス席まで人が大勢集まって、ほとんど埋まっていた。思った以上に大きなイベント事だったらしく、自然とため息が出た。
「ミリアが道中の店の人間と長々と話し込んでいるからだ……」
「いいじゃないですか! おまけしてもらえたんですから。そのおまけしてもらった分、クロウさんが進んで食べてたじゃないですか」
「進んでは食べていない」
ミリアじゃ食べきれないだろうと思って、事前に貰っておいただけだ。
「あ、このへんならどうかな。なんとか見えるかも」
広場脇の階段を上った高台には、人が疎らに立っていた。広場からは遠ざかるが、そこに加わってみる。
広場中央にステージや柵が設置されているのが見えた。遠いが、ここなら一応全貌は眺められそうだ。
「クロウさん、見て見て! 見てます!? 来ましたよ!」
「落とすなよ」
魔術士たちによる大道芸、というイベントらしい。
着飾った舞台役者らが、足並みを揃えて行進してくるのが見えた。拍手で迎えられて、ステージへと上がっていく。日が落ちて辺りは暗くなったが、広場にはいくつも照明が焚かれて、ステージ上はくっきりと浮かび上がっている。
進行役が挨拶をする。どうやらこの街名物の恒例行事だったらしい。どうりで人が大勢集まるはずだ。街の規模を考慮すると、舞台のほうも結構な技量が期待される。
ミリアは高台の柵を乗り越えんばかりだ。先ほど屋台で買った食べ物を下に落としかねない。ミリアの首根っこを引っ張ってから、自分の分を食べ始める。そのついでとして、舞台をぼんやりと眺める。
挨拶もそこそこに、舞台が始まった。
出演しているのは、魔術士に分類される人間のみなのか。火と水の魔術の担当で分かれ、ステージ面積を目一杯活用して、派手な見た目の魔術を作り出していく。
複数人で一ヶ所に様々な系統の魔術を集め、複雑に交差させ、何かの形を描いているらしい。この角度からでは、何の形なのかはわからないが。照明に照らされた効果もあってか、見たことのないきらびやかさだ。
「すごいすごい! きれい! よく見えないけど色はきれい!」
「……あんな魔術の使い方もあるのか」
俺が今まで見てきた魔術といえば、実戦用の、攻撃や足止めのための手段だ。いかに効率的に戦闘をこなせるか、が重要だった。
しかし使い方や組み合わせによっては、魔術とは、あんなに華やかなものにもなるのか。実用性がないのは見て明らかだが、そういうことじゃないだろう。
「あれはいったいどうやっているんだ……?」
「あっ、わ、クロウさんも落ちそう」
照明がやや落ちて、他の出演者が捌けていく。ステージ中央に女性が一人出てきて、そこにのみ照明が当たる。
大技が出る前兆らしい。女性の周囲には、数人、照明外で構えている人が見える。
中央の女性に向かって、魔術反応の光が一斉に集まる。周囲には風が巻き起こり、演者らの髪や服は激しく揺れている。そのまま女性は、何もない空中にゆっくりと浮かび上がった。そのままバランスを保ち、ポーズを取る。
風魔術か。ステージ付近では、わあっと歓声が上がっている。俺の近くでも、おお、というような声が上がったのが聞こえた。これだけでも、一般的には、大道芸レベルのすごい技、という認識らしい。
変な感じだ。あれぐらい、レヴィは一人でやってたが。あの魔術は、本当にどういった仕組みなのだろうか。
舞台にいた魔術士らが全員捌けた。演目が切り替わったのか、次に上がってきたのは、豪奢な衣装に身を包んだ、刀身の細い剣を持った騎士風の演者たちだ。
魔術士の大道芸、と聞いたが、剣士も出てくるのか。演技を行う様を、思わず身を乗り出して眺める。
着ている衣装は、とても戦闘向きではない。格式高く、無用の飾りも大量についた華やかさだ。しかし剣士らは、その枷など感じさせずに、軽やかに剣を振っている。
「剣士の人も出てくるんですねー……ってクロウさん? 本当に落ちないでくださいね?」
盾を構えた兵士役を次々にいなし、同じ剣士同士で剣を向け合い、劇としての剣技をこなしていく。
本気で打ち合っているわけじゃない。台本どおりに、決められた動きをこなしているだけだろう。だが、ピタリと型にあてはまったような動きは洗練されている。手先足先、剣先さえ、僅かなブレもないよう動いているのだろう。
命懸けのやり取りではない。しかしそこにこもっているのは、演者らの魂をかけた演技だ。冒険者とはやっていることは畑違いだが、だからといってくだらないと一蹴するほど、感性が腐っているわけではない。
あれも、血の滲むような努力と鍛練の結晶だろう。遠くから見ることしかできないのが惜しまれる。自分がしているわけではない。けれどまるで自分が動いているかのように、次第に体が熱くなっていた。
「クロウさん、すごい、集中して見てますねえ」
「ミリアはちゃんと見えているのか?」
「一応なんとか。手前のほうは見えないとこもありますけど」
「なら持ち上げてやろうか」
「いっ、いいですよ。こんなところで……」
「しかし、ちゃんと見たほうがいい。あれはなかなかすごい」
「いいですって! 子どもじゃないんですよ!」
せめても俺と同じ高さまで持ち上げてやろうとしたが、ミリアはむーっと頬を膨らませた。怒らせてしまったらしい。
そういう顔をしていると、余計に子どもっぽいんだが。
「どうやっているのか、聞いてもいいだろうか……」
「え、えー。聞けないんじゃないかなあ。ああいう人たちには、そうそう近づけないと思いますけど……」
「聞くだけだ。技術を盗むわけじゃない」
「それでも、対面して話す隙は、ないと思いますけど……」
そんなことを話しているうちに、舞台が閉幕を迎えた。進行役が感謝と、幕引きの言葉を告げる。
それから見てくれた人たちへと、参加賞のようなものを配るらしい。数に限りはあるが、ステージ近くに列を作ってほしいと。そのついでに御捻りぐらい出せそうだ。
「なんかくれるんですって! 貰いに行きましょう!」
ミリアはそれを聞いた瞬間、迷わずそう言った。
「ミリアは、結構がめついほうなのかもしれんな……」
ぼそ、と、つい本音が漏れた。
しまった。いつも心の中にしまっておくことなのに。気が緩んでつい口に出てしまった。
「な、なんですかそれ! ひどい! いいじゃないですか、ああいうの欲しいじゃないですか!」
「中身自体はたいしたものは配ってないだろう」
「中身がどうこうじゃないですよ! いいから、早く行きましょう、なくなっちゃうかも!」
「引っ張るな」
ミリアは慌ただしく、階段を降りていく。俺もそれに続く。
参加賞をもらいに行く人と、捌ける人で流れが交錯しているせいか、ただでさえ多い人混みが余計に混雑している。ミリアの小さな背中を見失わないように追いかけるが、前ばかり見ていると人とよくぶつかってしまう。ステージまでたどり着くのは困難そうだ。
しかし、先ほどの剣技はすごかったな。実戦には応用できないだろうが、それでも少しの鍛練で真似できるものではないはずだ。大道芸としては、価値の高いものだっただろう。
それを金も払わずに見物できたのは、運が良かったのかもしれない。街名物の恒例行事だと聞いたが、街興し目的なのか、主催元がどこなのかはっきりとはわからないが、思っていたよりもなかなか有意義な時間で――
「……ミリア?」
ふと、顔を上げる。前方を見る。
前にいたはずの、ミリアの姿がない。首を動かして、背伸びをして、辺りを見回す。しかしこれだけの人混みだ。周囲には見知らぬ人間しか見えない。
まだそんなに遠くへは行ってないはずだ。しかし無理に前へ進むこともできない。そうしているうちに、人の波はどんどん流れて、どんどん自分がどこにいるのかわからなくなってくる。
あっという間に、完全にはぐれてしまった。
「ミリア……」
依然姿を探してキョロキョロするものの。この人だらけの密集地帯の中、ミリア一人を探しだすのは困難を極める。
俺の周りでは、入れ替わり立ち替わり、次々と、違う人々が流れていく。
様々なことを言い合い、笑い合いながら、俺のすぐ近くを通り過ぎていく。
すごかったね。面白かったね。楽しかったね。
そんな声が、急に大きな音として、耳に入ってきた。
……俺は、なぜここにいるのだろうか?
ミリアと一緒にイベントを見にきた。単なる一般人として、観客席に混ざりにきた。それだけのはずだ。何もおかしなことはしていない。
けど、俺は本来、こういうものの外側にいる存在じゃなかったか?
人々は、日々を忙しなく生きながら、狭い世界を行き交っている。
百にも満たない、あまりにも短い自身の一生を知っているから、立ち止まらずに進み続ける。
狭いことは知らず、外も知らず。自身の生を精一杯全うするために、必死に走って、もがいて、時には他人とぶつかりあいながら。そんな中で、自己を見出だして、生きている。
俺は、そういうのの、外側の存在だ。
狭い世界で生きることはできない。混ざることはできない。紛れ込んだとして、周りと同じ時間は流れていない。共有できない。ズレがあるまま、そこに立っているだけ。
無駄なことだ。
こんなのを見たところで。人のような楽しさを知ったところで。
いずれは。所詮。時間の流れる速度が違うのだ。
俺一人が、置いていかれるだけ。取り残されるだけ。
そのときになって、無意味だったと、きっと後悔するだけだ。
「あっ、クロウさん! よかった、いたいた!」
声がして、顔を上げる。
俺を呼ぶ声だ。ミリアが俺を見つけて、人混みを掻き分けるようにして、駆け寄ってきていた。
名前。
そうだ。それも、もはやどこにも残ることはないだろうと思っていた。
けど、ミリアは、ちゃんと知っている。それで俺を呼んでくれる。
なら、俺は、ここにならいてもいいのだろう。
ふと、ミリアの手に目を向ける。ミリアは、手にはそれらしいものは持っていなかった。
「参加賞をもらいにいったんじゃ……」
「一人じゃ行かないですよ!」
疑問符を浮かべると、ミリアは慌てたように言った。
「クロウさんを探してたんですから。こういうのは、一緒に行かないと意味ないじゃないですか」
「一緒に……」
また、それか。
でも、少しなら、わかる気がする。
「……なんですかその顔」
「なにがだ」
ミリアに不思議そうな顔をされて、自分で顔を触ってみる。
今、俺はどんな顔をしているんだろうか。自分じゃわからない。
「どうしたんですか。なんか、その……迷子になった子どもみたいな顔してますよ」
「どんな顔だ……」
「わかんないですけど。そうとしか言えないです」
「そうなのか……」
わからないが、あってるのかもしれない。結局、どっちが迷子だったのかは不明だが。
ミリアを探していて、合流できて、安心できたのは事実だ。親に見つけてもらったときの感覚に近かったかもしれない。
「まだ間に合うかもしれないですから。早く行きましょう! じゃあ、今度は、えっと」
ミリアは、やや躊躇うように言い淀んでから、
「手、繋いで行きましょうか」
どこかからかうような笑みを浮かべて、俺に手を差し出してきた。
子どもが迷子にならないため、みたいだ。子どもはミリアのほうだろう、と思うのだが。
言われたとおりに、差し出された手を掴む。ミリアは、若干びっくりしたような顔をしていたが、照れくさそうに笑って、前を歩き出した。俺は、ただそれについていくだけだ。
変わらず人は密集している。混雑していて、人の波に呑まれそうになる。
けど今度は、周りの声が、うるさく聞こえない。変わらず耳には入ってくるのに、居心地の悪さはない。
楽しかったね。と確かめあうように、笑いあう声。
その中の一部に、俺も溶け込めている気がしたから。
「お菓子ですね! どうやってたのか、聞く暇はさすがになかったですね」
「たしかにな……」
渡されたのは、小さな包みに入った、一口大のお菓子だった。舞台に出ていた演者らが直接配っていたが、配るので精いっぱいな様子で、列の整備もされていたため、とても話しかけられる空気ではなかった。
しかし、目と目を合わせて、ありがとう、と笑顔で挨拶をしてもらえた。複数人で分担しているにしろ、一人一人にあの対応は、大変な作業だ。けれど演者らは汗を流しながらも、笑顔を崩さなかった。
貰ったもの自体がどうこうじゃない。彼らにとっては俺も、等しく観客の一人だったのだ。
この中にいられることが、混ざっていられることが、嬉しく感じた。
「じゃあ、宿に戻りましょう。まだ人も多いですから。はぐれないように、また、ちゃんと手握っててくださいね」
ミリアは再び、手を差し出してくる。
小さな手だ。俺が握っていなければ、危うくて、目が離せないはずの、幼い手だ。
けど今は、この手に安心した。
差し出された手を、握る。
この手が、繋ぎ留めてくれている気がした。
外側の存在だ。俺は結局、同じ世界では生きられない。
けど、ミリアがいるなら、俺はここに立っていられる。ここにいてもいいような気がする。
ミリアは、繋いだ手を確かめるように、はにかむように笑った。
この笑顔を。俺は、守りたいと。大切にしたいと。そう思った。
でも、今は、安心した。
この笑顔が、こうして、傍にいてくれることが。
屋台の人間の集客や、宣伝、注意喚起の声などで街中はずいぶん騒々しく賑わっている。
「うわー、もう人いっぱい。どのあたりなら見えそうかなあ」
広場ではとっくに準備が始まっているのか、広場内はもちろんのこと、付近の店のテラス席まで人が大勢集まって、ほとんど埋まっていた。思った以上に大きなイベント事だったらしく、自然とため息が出た。
「ミリアが道中の店の人間と長々と話し込んでいるからだ……」
「いいじゃないですか! おまけしてもらえたんですから。そのおまけしてもらった分、クロウさんが進んで食べてたじゃないですか」
「進んでは食べていない」
ミリアじゃ食べきれないだろうと思って、事前に貰っておいただけだ。
「あ、このへんならどうかな。なんとか見えるかも」
広場脇の階段を上った高台には、人が疎らに立っていた。広場からは遠ざかるが、そこに加わってみる。
広場中央にステージや柵が設置されているのが見えた。遠いが、ここなら一応全貌は眺められそうだ。
「クロウさん、見て見て! 見てます!? 来ましたよ!」
「落とすなよ」
魔術士たちによる大道芸、というイベントらしい。
着飾った舞台役者らが、足並みを揃えて行進してくるのが見えた。拍手で迎えられて、ステージへと上がっていく。日が落ちて辺りは暗くなったが、広場にはいくつも照明が焚かれて、ステージ上はくっきりと浮かび上がっている。
進行役が挨拶をする。どうやらこの街名物の恒例行事だったらしい。どうりで人が大勢集まるはずだ。街の規模を考慮すると、舞台のほうも結構な技量が期待される。
ミリアは高台の柵を乗り越えんばかりだ。先ほど屋台で買った食べ物を下に落としかねない。ミリアの首根っこを引っ張ってから、自分の分を食べ始める。そのついでとして、舞台をぼんやりと眺める。
挨拶もそこそこに、舞台が始まった。
出演しているのは、魔術士に分類される人間のみなのか。火と水の魔術の担当で分かれ、ステージ面積を目一杯活用して、派手な見た目の魔術を作り出していく。
複数人で一ヶ所に様々な系統の魔術を集め、複雑に交差させ、何かの形を描いているらしい。この角度からでは、何の形なのかはわからないが。照明に照らされた効果もあってか、見たことのないきらびやかさだ。
「すごいすごい! きれい! よく見えないけど色はきれい!」
「……あんな魔術の使い方もあるのか」
俺が今まで見てきた魔術といえば、実戦用の、攻撃や足止めのための手段だ。いかに効率的に戦闘をこなせるか、が重要だった。
しかし使い方や組み合わせによっては、魔術とは、あんなに華やかなものにもなるのか。実用性がないのは見て明らかだが、そういうことじゃないだろう。
「あれはいったいどうやっているんだ……?」
「あっ、わ、クロウさんも落ちそう」
照明がやや落ちて、他の出演者が捌けていく。ステージ中央に女性が一人出てきて、そこにのみ照明が当たる。
大技が出る前兆らしい。女性の周囲には、数人、照明外で構えている人が見える。
中央の女性に向かって、魔術反応の光が一斉に集まる。周囲には風が巻き起こり、演者らの髪や服は激しく揺れている。そのまま女性は、何もない空中にゆっくりと浮かび上がった。そのままバランスを保ち、ポーズを取る。
風魔術か。ステージ付近では、わあっと歓声が上がっている。俺の近くでも、おお、というような声が上がったのが聞こえた。これだけでも、一般的には、大道芸レベルのすごい技、という認識らしい。
変な感じだ。あれぐらい、レヴィは一人でやってたが。あの魔術は、本当にどういった仕組みなのだろうか。
舞台にいた魔術士らが全員捌けた。演目が切り替わったのか、次に上がってきたのは、豪奢な衣装に身を包んだ、刀身の細い剣を持った騎士風の演者たちだ。
魔術士の大道芸、と聞いたが、剣士も出てくるのか。演技を行う様を、思わず身を乗り出して眺める。
着ている衣装は、とても戦闘向きではない。格式高く、無用の飾りも大量についた華やかさだ。しかし剣士らは、その枷など感じさせずに、軽やかに剣を振っている。
「剣士の人も出てくるんですねー……ってクロウさん? 本当に落ちないでくださいね?」
盾を構えた兵士役を次々にいなし、同じ剣士同士で剣を向け合い、劇としての剣技をこなしていく。
本気で打ち合っているわけじゃない。台本どおりに、決められた動きをこなしているだけだろう。だが、ピタリと型にあてはまったような動きは洗練されている。手先足先、剣先さえ、僅かなブレもないよう動いているのだろう。
命懸けのやり取りではない。しかしそこにこもっているのは、演者らの魂をかけた演技だ。冒険者とはやっていることは畑違いだが、だからといってくだらないと一蹴するほど、感性が腐っているわけではない。
あれも、血の滲むような努力と鍛練の結晶だろう。遠くから見ることしかできないのが惜しまれる。自分がしているわけではない。けれどまるで自分が動いているかのように、次第に体が熱くなっていた。
「クロウさん、すごい、集中して見てますねえ」
「ミリアはちゃんと見えているのか?」
「一応なんとか。手前のほうは見えないとこもありますけど」
「なら持ち上げてやろうか」
「いっ、いいですよ。こんなところで……」
「しかし、ちゃんと見たほうがいい。あれはなかなかすごい」
「いいですって! 子どもじゃないんですよ!」
せめても俺と同じ高さまで持ち上げてやろうとしたが、ミリアはむーっと頬を膨らませた。怒らせてしまったらしい。
そういう顔をしていると、余計に子どもっぽいんだが。
「どうやっているのか、聞いてもいいだろうか……」
「え、えー。聞けないんじゃないかなあ。ああいう人たちには、そうそう近づけないと思いますけど……」
「聞くだけだ。技術を盗むわけじゃない」
「それでも、対面して話す隙は、ないと思いますけど……」
そんなことを話しているうちに、舞台が閉幕を迎えた。進行役が感謝と、幕引きの言葉を告げる。
それから見てくれた人たちへと、参加賞のようなものを配るらしい。数に限りはあるが、ステージ近くに列を作ってほしいと。そのついでに御捻りぐらい出せそうだ。
「なんかくれるんですって! 貰いに行きましょう!」
ミリアはそれを聞いた瞬間、迷わずそう言った。
「ミリアは、結構がめついほうなのかもしれんな……」
ぼそ、と、つい本音が漏れた。
しまった。いつも心の中にしまっておくことなのに。気が緩んでつい口に出てしまった。
「な、なんですかそれ! ひどい! いいじゃないですか、ああいうの欲しいじゃないですか!」
「中身自体はたいしたものは配ってないだろう」
「中身がどうこうじゃないですよ! いいから、早く行きましょう、なくなっちゃうかも!」
「引っ張るな」
ミリアは慌ただしく、階段を降りていく。俺もそれに続く。
参加賞をもらいに行く人と、捌ける人で流れが交錯しているせいか、ただでさえ多い人混みが余計に混雑している。ミリアの小さな背中を見失わないように追いかけるが、前ばかり見ていると人とよくぶつかってしまう。ステージまでたどり着くのは困難そうだ。
しかし、先ほどの剣技はすごかったな。実戦には応用できないだろうが、それでも少しの鍛練で真似できるものではないはずだ。大道芸としては、価値の高いものだっただろう。
それを金も払わずに見物できたのは、運が良かったのかもしれない。街名物の恒例行事だと聞いたが、街興し目的なのか、主催元がどこなのかはっきりとはわからないが、思っていたよりもなかなか有意義な時間で――
「……ミリア?」
ふと、顔を上げる。前方を見る。
前にいたはずの、ミリアの姿がない。首を動かして、背伸びをして、辺りを見回す。しかしこれだけの人混みだ。周囲には見知らぬ人間しか見えない。
まだそんなに遠くへは行ってないはずだ。しかし無理に前へ進むこともできない。そうしているうちに、人の波はどんどん流れて、どんどん自分がどこにいるのかわからなくなってくる。
あっという間に、完全にはぐれてしまった。
「ミリア……」
依然姿を探してキョロキョロするものの。この人だらけの密集地帯の中、ミリア一人を探しだすのは困難を極める。
俺の周りでは、入れ替わり立ち替わり、次々と、違う人々が流れていく。
様々なことを言い合い、笑い合いながら、俺のすぐ近くを通り過ぎていく。
すごかったね。面白かったね。楽しかったね。
そんな声が、急に大きな音として、耳に入ってきた。
……俺は、なぜここにいるのだろうか?
ミリアと一緒にイベントを見にきた。単なる一般人として、観客席に混ざりにきた。それだけのはずだ。何もおかしなことはしていない。
けど、俺は本来、こういうものの外側にいる存在じゃなかったか?
人々は、日々を忙しなく生きながら、狭い世界を行き交っている。
百にも満たない、あまりにも短い自身の一生を知っているから、立ち止まらずに進み続ける。
狭いことは知らず、外も知らず。自身の生を精一杯全うするために、必死に走って、もがいて、時には他人とぶつかりあいながら。そんな中で、自己を見出だして、生きている。
俺は、そういうのの、外側の存在だ。
狭い世界で生きることはできない。混ざることはできない。紛れ込んだとして、周りと同じ時間は流れていない。共有できない。ズレがあるまま、そこに立っているだけ。
無駄なことだ。
こんなのを見たところで。人のような楽しさを知ったところで。
いずれは。所詮。時間の流れる速度が違うのだ。
俺一人が、置いていかれるだけ。取り残されるだけ。
そのときになって、無意味だったと、きっと後悔するだけだ。
「あっ、クロウさん! よかった、いたいた!」
声がして、顔を上げる。
俺を呼ぶ声だ。ミリアが俺を見つけて、人混みを掻き分けるようにして、駆け寄ってきていた。
名前。
そうだ。それも、もはやどこにも残ることはないだろうと思っていた。
けど、ミリアは、ちゃんと知っている。それで俺を呼んでくれる。
なら、俺は、ここにならいてもいいのだろう。
ふと、ミリアの手に目を向ける。ミリアは、手にはそれらしいものは持っていなかった。
「参加賞をもらいにいったんじゃ……」
「一人じゃ行かないですよ!」
疑問符を浮かべると、ミリアは慌てたように言った。
「クロウさんを探してたんですから。こういうのは、一緒に行かないと意味ないじゃないですか」
「一緒に……」
また、それか。
でも、少しなら、わかる気がする。
「……なんですかその顔」
「なにがだ」
ミリアに不思議そうな顔をされて、自分で顔を触ってみる。
今、俺はどんな顔をしているんだろうか。自分じゃわからない。
「どうしたんですか。なんか、その……迷子になった子どもみたいな顔してますよ」
「どんな顔だ……」
「わかんないですけど。そうとしか言えないです」
「そうなのか……」
わからないが、あってるのかもしれない。結局、どっちが迷子だったのかは不明だが。
ミリアを探していて、合流できて、安心できたのは事実だ。親に見つけてもらったときの感覚に近かったかもしれない。
「まだ間に合うかもしれないですから。早く行きましょう! じゃあ、今度は、えっと」
ミリアは、やや躊躇うように言い淀んでから、
「手、繋いで行きましょうか」
どこかからかうような笑みを浮かべて、俺に手を差し出してきた。
子どもが迷子にならないため、みたいだ。子どもはミリアのほうだろう、と思うのだが。
言われたとおりに、差し出された手を掴む。ミリアは、若干びっくりしたような顔をしていたが、照れくさそうに笑って、前を歩き出した。俺は、ただそれについていくだけだ。
変わらず人は密集している。混雑していて、人の波に呑まれそうになる。
けど今度は、周りの声が、うるさく聞こえない。変わらず耳には入ってくるのに、居心地の悪さはない。
楽しかったね。と確かめあうように、笑いあう声。
その中の一部に、俺も溶け込めている気がしたから。
「お菓子ですね! どうやってたのか、聞く暇はさすがになかったですね」
「たしかにな……」
渡されたのは、小さな包みに入った、一口大のお菓子だった。舞台に出ていた演者らが直接配っていたが、配るので精いっぱいな様子で、列の整備もされていたため、とても話しかけられる空気ではなかった。
しかし、目と目を合わせて、ありがとう、と笑顔で挨拶をしてもらえた。複数人で分担しているにしろ、一人一人にあの対応は、大変な作業だ。けれど演者らは汗を流しながらも、笑顔を崩さなかった。
貰ったもの自体がどうこうじゃない。彼らにとっては俺も、等しく観客の一人だったのだ。
この中にいられることが、混ざっていられることが、嬉しく感じた。
「じゃあ、宿に戻りましょう。まだ人も多いですから。はぐれないように、また、ちゃんと手握っててくださいね」
ミリアは再び、手を差し出してくる。
小さな手だ。俺が握っていなければ、危うくて、目が離せないはずの、幼い手だ。
けど今は、この手に安心した。
差し出された手を、握る。
この手が、繋ぎ留めてくれている気がした。
外側の存在だ。俺は結局、同じ世界では生きられない。
けど、ミリアがいるなら、俺はここに立っていられる。ここにいてもいいような気がする。
ミリアは、繋いだ手を確かめるように、はにかむように笑った。
この笑顔を。俺は、守りたいと。大切にしたいと。そう思った。
でも、今は、安心した。
この笑顔が、こうして、傍にいてくれることが。
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主人公田中 誠治(タナカセイジ)37歳の俺は突然異世界に転位させられた。
そこは、魔法ありドワーフやエルフのいるまんまRPGの世界だった。
そこで37年間童貞だったオレは今度こそは大好きな人と愛し合う事を夢見て旅に出る!
作者より
ミスリードがあります(こんなのミスリードではない!!とお叱りを頂くかもしれませんが)。何処で変だと気付いたか教えて頂けると嬉しいです。
アー!ってなった所を感想頂いて、ブックマークをポチット頂けるよう頑張ります。男性にも女性にも読んで頂けるよう進め(られるよう頑張り)ます。
魔王の出演は2巻以降でボーイッシュレディです。
基本はテンプレです。
恋愛と、ファンタジーと、ハッピーエンドです。
エロシーンは一切合切ございません。
ご安心くださいませ。
感想はネタバレ含んでます。
手乗りドラゴンと行く異世界ゆるり旅 落ちこぼれ公爵令息ともふもふ竜の絆の物語
さとう
ファンタジー
旧題:手乗りドラゴンと行く追放公爵令息の冒険譚
〇書籍化決定しました!!
竜使い一族であるドラグネイズ公爵家に生まれたレクス。彼は生まれながらにして前世の記憶を持ち、両親や兄、妹にも隠して生きてきた。
十六歳になったある日、妹と共に『竜誕の儀』という一族の秘伝儀式を受け、天から『ドラゴン』を授かるのだが……レクスが授かったドラゴンは、真っ白でフワフワした手乗りサイズの小さなドラゴン。
特に何かできるわけでもない。ただ小さくて可愛いだけのドラゴン。一族の恥と言われ、レクスはついに実家から追放されてしまう。
レクスは少しだけ悲しんだが……偶然出会った『婚約破棄され実家を追放された少女』と気が合い、共に世界を旅することに。
手乗りドラゴンに前世で飼っていた犬と同じ『ムサシ』と名付け、二人と一匹で広い世界を冒険する!
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