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四章・前編「休息と成長の一時」

01.冒険者の街

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「さあ運命の時! 果たして挑戦者の手札は当たるのか否か……見てみましょう!」

 掛け声とともに、伏せられていたカードに手が掛かる。
 いつの間にか周囲に出来上がっていた、観客という名の人だかり――もとい野次馬らが、結果を急かすように前のめりになる。
 司会の人間は、ややもったいぶった様子を見せてから、一息にカードを捲る。面が明かされ、そして、一斉に歓声が上がった。

「なんてことだぁ! またしても当てやがっ……あ、当たったぁ! 予測不可能、まさかの快進撃! いったいこの小さな挑戦者の勢いはいつ止まるのかー!?」

 若干喚き混じりの司会者の姿に、周囲からは小さく吹き出すような笑いが上がった。
 路上の一角を陣取って開催されていた、簡易的な賭け事のイベントだ。
 新しい街に訪れて、いつもどおりの行程でまずは宿を取り、ギルドに向かおうとした道中だったのだが。イベントが盛り上がっているのを見て、参加してみたい、とミリアが言い出したのだ。
 まあ一回程度なら、そこまで悪質な金額でもないようだし、と許可したのだが。ミリアは嘘かと思うほど、好調に当たりを引き続けていた。

「ヤラセだろう? どうせあの司会者とグルなんだろ?」
「おいおい、さすがにイカサマじゃねえのか?」

 周囲の野次馬からは、さすがに不審がる声が上がり始めている。
 ミリアは椅子から立ち上がると、野次馬に向かってわざとらしく両腕を広げてみせた。

「してないですー。じっくり見てもいいですよ?」
「ほんとかぁ~?」

 ミリアはいったんテーブルからどいてみたり、上着を捲ってみせたりと、大げさに動作してみせる。当然、ヤラセではないし、イカサマするような技術も持ち合わせていない。
 俺だって、驚いているのだ。前までも、希少な虫や植物との遭遇率がやけに高かったり、運試し的な小さなサービスは外さなかったり、という運の良さはあったが。賭け事をこうも連続で引き当てられると、それも確かなものとして実感が湧いてくる。
 ミリアには、天運に近いものがついているのではなかろうか。命運を大きく左右するほどのものではないが、ちょっとした運気の流れが向くことが多い、と言うべきか。精霊術士の素質が関係あるのかどうかは、不明だが。
 ただ、今のところ実利的なのは、こういった賭け事くらいしかないが。

「さ、さあ! ここまできたら引き下がるのは女が廃るというもの! 目指すは頂上! 続投か否か、さあご決断を!」

 当たりを引き続けたせいで、はじめ小遣い程度だった金額は順調に膨らんでいる。
 司会者は、若干恐々とした表情で、ミリアに返答を要求する。
 ミリアが席を立ったり、といったパフォーマンスも手伝ってか、野次馬らもやや息を呑むようにミリアの返答を待つ。
 ミリアの返答は、もちろん。

「はーい! ここでやめます!」

 当たり前だ。
 司会者はさらに顔をひきつらせたような、ホッとしたような、複雑な表情になる。しかし野次馬らは、どーっ、と前のめりになっていた。

「おいおい、なんだよそれ! ここでやめんのかよ! 一番いいとこじゃねえか!」
「ここは挑戦するところだろ!?」
「つまんねえー! 女見せてみろよ、女をよお!」

 場はブーイングの嵐だ。
 しかし賭け事で当て続ければ、さすがに白い目で見られる。疑念の眼差しもポツポツ出ていたところだ。そろそろ止め時だろう。
 それに野次馬が期待しているのは、調子に乗ったミリアが、次こそ外して損をするところだ。こちとら常に資金稼ぎに頭を巡らせている旅路の最中なのだ。そんな博打なサービスなどするわけがない。
 不満げに白け始めた野次馬を傍目に、俺は司会者のところへ行き賞金を受け取りに行く。ミリアのほうは、野次馬らに寄って集られていた。

「賭け事でチキンなことしてんじゃねえよ。いつ外れるかって期待してたのにな」
「ここまできたら外してオチまでつけるところだよなあ」
「嫌ですー。お金は大事なんで!」

 ミリアはにこにこと笑って対応しているが、軽く小突かれたりもしている。
 場所がギルド近くだからか、周囲にいるのはほとんど冒険者のようだ。囲まれているのは心配だ。早く連れ出さなければ、とミリアのもとへ行こうとすると、

「兄ちゃん、いいモン連れてんな。奴隷だろ?」
「……は?」
「売ってくれよ」
「奴隷じゃない」
「言い値で取引しねえか?」
「売ってない」

 ニヤケ面の男にくだらないことを持ちかけられて、睨んで牽制しておく。
 場所が場所だからか。それとも俺と一緒にいるからか。冒険者らしくないミリアは、やはり奴隷と見なされやすいらしい。
 商店のほうでは親族関係か、ただの旅の同伴者と見られるだけなんだがな。勘違いされるたびに不快になる。

「ミリア。行くぞ」
「おっと、目つきの悪いボディガードが戻って来ちまった」

 俺が声を掛けると、ミリアを囲んでいた男らは、わざとらしくヘラヘラして俺を避けていった。

「稼がせてくれてありがとうございました! 楽しかったでーす!」

 ミリアは野次馬らと、それからイベントを運営していた司会者らに声を掛け、礼儀正しく頭を下げる。
 ミリアは言葉どおり楽しそうに、終始笑顔だった。

 ※ ※ ※ ※ ※ ※

 冒険者の通過儀礼。カウルたちにそう言われていた街までやって来た。
 都市寄りにある、大きな街だ。建築物は石材や煉瓦のしっかりした造りのものが整然と建ち並ぶ。広く、かつ複雑に交差した街道も、ほぼ全面的に敷石で舗装されている。
 中央広場には無意味なオブジェがあったり、草木や花で見映え良く飾り付けられていたりと、街自体に金がかかっているのがよくわかる。

 人通りは、今まで訪れた場所とは比にならないぐらい多い。
 貴族のような品位ある格好の者もいれば、遊山中の旅行者なのか、ゆったりした服装に大きな荷物を抱え歩く者もいる。店の制服らしき姿のまま忙しなく移動している者もいれば、行商人が屋台を引いていたりもする。豪奢な防具を身に纏った守衛の姿もあれば、やや小汚ない身なりをした冒険者らが仲間と連れ立って歩いていたりもする。
 様々な人種が入り交じり、行き交い、混在している。それだけ大きな街にやってきた。
 今さら、都市に近い規模の人混みや賑わいに驚きはしない。が、ただ、やはり慣れない光景だから、落ち着かないという気持ちはある。

 だが、カウルたちから聞いて、ここが次の目的地としては適所だろうと思った。
 なぜここが冒険者の通過儀礼などと言われているのか。それは冒険者ギルドの規模が、本家のギルドの次くらいには大きいからだ。この街のギルドには、種類豊富な依頼が取り揃っているらしい。
 街の周辺には森林、沼地、草原、と広がっており、生息する魔物は多岐にわたる。そのため依頼は討伐や採取はもちろん、探し物から調査、捕獲、捜索や護衛など選り取り見取りだ。駆け出しが経験を積む場としても適しているが、初心者を脱して、さらに腕を上げたいという冒険者らが遠方はるばるやってくることも多いらしい。だからここはいつしか冒険者の間では、通過儀礼の街などと呼ばれるようになった。
 俺も初心者は抜け出せているはずだ。同業の先人らに倣うことにした。ここにしばらく滞在して、経験を積み、腕を磨くつもりだ。

「ごめんなさい、疲れちゃいました?」

 路上の賭け事を終えて、再びギルドを目指して街道を歩いていると、ミリアは俺の顔を覗き込むようにして聞いてきた。

「いや……」

 正直言うと、疲れた、のか。考えてみる。
 いや、疲れたとは少し違うな。どれかといえば、うんざりしたというのか。不要なことに、精神的に変に消耗させられた、という気分だ。
 先ほどの賭け事が上手くいったのはよかった。元手より増えたから損はしていないし、ミリアも楽しんでいたようでよかった。
 しかし、ああいうがなりたてるような賑やかさは、どうも好かない。人混みを通過するぐらいならどうとも思わないが、騒々しい空間に長居するのは、やはり疲弊する。
 ふう、と息を吐き出す。するとそれを見たからか、ミリアは、俺の腕を引っ張りながら前方を指差した。

「疲れたときには甘いもの! ですよ! じゃああそこのお店のが美味しそうなんで、食べましょう!」
「え……」

 ミリアが指しているのは、街道沿いにある露店だ。それなりに人気なのか、人が列を作っている。
 どんなものを売っているところなのか。ちょうど商品を受け取った人に目を向けてみる。
 その場で食べるタイプのものらしい。見た目はパン生地に見えるが、店からはずいぶんと甘ったるい香りが漂ってくる。近くにいるだけで胸焼けしそうだ。
 あまり見慣れないタイプの食べ物だな。見た目も凝った作りで、色とりどりに飾り付けられている。
 ミリアはそこに俺を連れていこうとするが、その慣れない雰囲気に、反射的に足に力を入れて抵抗する。

「甘いもの嫌ですか?」
「え、いや……」

 ミリアはきょとんとして聞いてくる。
 聞かれて、考える。
 嫌、なのか?
 嫌、というほどでは、ないような。
 ただ。

「……馴染みがない」
「じゃあ食べてみましょう!」

 改めて、商品に目を向ける。そして改めて、考え込む。
 ……なんだか、非効率そうな食べ物だ。食べたところでたいして胃は膨れなさそうなわりに、見た目の良さばかりにこだわっている印象だ。商品自体に、いまいち魅力を感じなかった。

「馴染ませる必要も感じない……」
「でもあんまり食べたことないでしょう? 一回食べたら、もしかしたら美味しいかもしれないじゃないですか!」
「いや、しかし……」

 金のほうは問題ない。近頃は金銭面にだいぶ余裕が出てきた。看板を見ても、制限するほどの値段じゃなかった。
 だが、そうじゃない。それよりも、軽視できない問題があった。

「……女性が多い」

 露店に並ぶ人間は、ほぼ、いやむしろ、女性一色なのだ。
 そもそも、店の外装も、商品の見た目も、明らかに女性がターゲットだ。それも若い年齢の。
 ミリアはターゲット内だろう。が、いくらミリアと一緒とはいえ、俺はあまりにも場違いだ。さすがに、そこに立ち入る勇気はない。

「クロウさんなら大丈夫ですよ! そんな心配なら、ほらフード被れば! 大丈夫!」
「そんなに言うなら買ってくればいい……俺はここで」
「いーやーでーす! 一緒に買いに行きたいんです!」

 ミリアはフードに手を伸ばしてくるが、その手を退ける。
 被ったほうが不審者なのかもしれないと、最近気づいたからだ。変に隠そうとするから、逆に見られるのかもしれないと。
 それにこの街は、傷だらけの顔や腕をさらして堂々と歩く冒険者の姿も多い。そんな場所であれば今さら周囲に驚かれるとも思えない。過敏になる必要もないはずだ。
 ミリアはフードを被せるのは諦めて、また腕を引っ張る。一緒に買いに行きたい、と言われてしまえば、拒絶はできない。無理に腕を振りほどいたら、ミリアが悲しむかもしれない。そう思うと抵抗できずに、なんだかんだで、店の列まで連れてこられてしまった。
 当然のごとく、四方を女性で囲まれることになる。想像以上の場違い感に、体が固くなり、ちょっとした動作さえもぎこちなくなる。

「え、ねえ、あの人、よく見て……」
「やだ、ちょっと……」

 見られている視線を感じる。不審なものを見る目だ。
 それに、これだけ女性だらけだと、辺りはなんだか嗅ぎ慣れない妙なにおいで満ちている。
 やはり場違いだ。なぜ俺はここにいるのか。緊張なのか、変な汗まで出てきた。
 ……早く終わってくれ。

「はい! クロウさんの分です!」

 注文したミリアは、出てきた商品を俺に渡してきた。
 種類はいろいろあったようだが、何を注文したかは知らない。が。

「ミリアの分より大きくないか……」
「クロウさんならいけると思って!」

 同じものを買ったわけじゃないらしい。周りの女性のを見ても、明らかにミリアのが通常サイズで、俺のは一回りは大きかった。
 まあ、食い物に特に好き嫌いは感じたことがない。多少甘ったるくても、食べられるものであれば、なんでもいけるとは思うが。
 またミリアに引っ張られて、近くの段差を椅子代わりに腰を下ろす。さっさとギルドに向かいたいんだが、ミリアはゆっくり食べたいんだろうか。歩きながら食べる人が多いように見えるが、同じように座って談笑しながら食べている人もいる。当然、女性同士で、だが。
 せっかく買ったわけだし、食い物は粗末にできない。とりあえず一口食べてみる。

「どうですか?」

 ミリアはわくわくした顔で聞いてくる。咀嚼して、感じたことを一言。

「……こんなに甘くする必要はないだろうと思う」

 やはり、非効率だ。
 なぜこうも甘ったるいのか。食えなくはないが、特別食べたいとは思わない。この甘さが何かの栄養価に繋がっているのかといえば、そうではないだろうし。
 なのになぜ女性らは、ああも楽しそうに店に集っているのだろうか……。

「でも疲れたときは、甘い味が特に美味しく感じるんですよー。わたしも、こんなに甘くて凝ってるのは、初めてなんですけどね」
「……そうか。ミリアも初めてか」

 そういえば、自分のことしか頭になかったが。
 ミリアの出自を考えてみれば、そうか。こんな非効率な食べ物は、都市方面の街ぐらいでしか見かけないだろう。つまるところこういうのは、ただの嗜好品、贅沢品なのだ。ミリアも一人旅をしていた期間があったとはいえ、こんなものを楽しむ余裕などなかっただろう。
 頬張るミリアに、聞いてみる。

「……うまいか?」

 ミリアもミリアで、初めて味わうものだ。ミリア的には、美味しいと感じる味なのか。
 初めての食べ物は、どうだっただろうか。

「はい! すーごい美味しいです!」

 聞かれたミリアは、口に含んでいたものを急いで飲み込んだらしい。口の周りが若干汚れたままだが、顔を綻ばせてそう言った。

「ならいい」

 ミリアが喜んでるなら、いいか。
 我慢してまで、並んだ価値はあったように思う。気が抜けていくような、力が抜けたような気分になる。いや、やはり俺まで並ぶ必要はなかった気がするが……。
 ふと、ミリアは、こちらをじーっと見ていた。何か観察してくるような、変な目だ。
 そういえば、バナードの家にいるときに、同じような目で見られたときがあったような。いったい何を表している視線なのだろうか。

「さっき、並んでるとき、クロウさんすごい注目浴びてましたねー」

 するとミリアはからかうように、嫌味な笑みを浮かべた。
 思わずむっとする。

「ミリアのせいだろう」
「もちろん男の人だから目立ってたのもありますけど。でも、あの人、かっこいい! って言われてたんですよ。聞こえてなかったですか?」

 ミリアは含み笑いで言ってくる。
 不審なものを見る目で、じろじろ見られていたのは、認識していたが。
 しかし。

「か……」
「褒められてたんですよ! ここって、いろんなタイプの冒険者の人がいますから。クロウさんの顔の傷も、そこまで気にする人多くないんですよ」

 それは、あるかもしれない。とはいえ。
 ……かっこいい、とは。

「わたし絶対嫉妬されてると思うんですよね! 今もこうして並んで一緒にいて! かっこいい人の隣を独占ですよ!」
「なぜ得意げなんだ……」

 ミリアは前のめりになって言う。ミリアはたまに相変わらず何を言っているのかわからなくなるが。
 今までにない栄えた街に来たのだ。長く滞在する予定だから、こういった休息を取る時間があっても構わないか。
 変に焦らず、そうした時間を取りつつも、ここでさらなる強さを磨いていこう。
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