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二章「幕開け」

13.わからずや

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 ◆(クロウ視点)


 レヴィが地上へと向かった。
 侵入者らしい。裏切り者だという言葉からして、レヴィの追っ手、ということになるのか。
 それなら俺たちには関係ない。
 レヴィは、この通路をまっすぐに進めば地上に出られると言っていた。それを信用していいかどうかはわからないが、どちらにせよ大広間は避けて脱出するしかない。

「ミリア。逃げるぞ」

 足の傷が痛む。走ることはできない。逃げるなら早くしないとまずい。
 しかしミリアは、レヴィが向かった方向を見つめていた。

「レヴィさん……あんな、苦しそうに、吐いてたのに……。倒れちゃうくらい、弱ってたのに。体、もう、限界なんじゃ……」
「呪い……か?」

 先ほどミリアが言っていたことだ。
 ミリアは頷く。

「レヴィさんは、呪術って、言ってました。裏切ったから、呪術で殺される体なんだって……。本当は、今も苦しいはずなんです……無茶してるはずなんです……」

 呪術。
 レヴィの体にかけられているものか。それについては詳しくはわからないが、魔術が使える組織なら、裏切り対策に何らかの手を施していてもおかしくはないだろう。

「だが、ミリア。それはあの男の問題だ」

 俺はミリアの腕を掴もうとする。が、引きちぎった手からはまだ血が流れ続けている。
 掴む動作は厳しい。ここまで裂けて、塞がるのはいつだろうか。頭部にも、岩をぶつけられたせいでまだ鈍い痛みが残っている。耳鳴りなのか、意識自体に変な靄がかかっているようにも感じる。
 動けるうちになんとかしたい。俺は説得の言葉を続ける。

「その組織に属すると決めたのも。従うと決めたのも。すべてあの男の意志だし、あの男自身の責任だ。俺たちには関係がない」

 ミリアは、レヴィの身の上話でも聞いて、いつものように共感したり同情したりして何かしら寄り添うような気持ちになっているのだろう。
 しかしレヴィの過去はレヴィ自身の責任によるものだ。自身の過去を後悔しているのだとしても、それは自身による過ちでしかない。
 詳しい事情は知らないが、何がどうあれ、他人を利用していい理由にはならない。こちらは一方的に危害を加えられた身だ。味方してやるのはおかしい。
 切り捨てるべきだ。こちらが何かをしてやる義理などない。
 助けたい、意味がわからない。
 ミリアは、なぜ俺に反抗してまで、レヴィを助けようとするのか。
 それらは、すべて、レヴィが自身の手で決着をつけるべきことだろうに。

「違います! そんなの、レヴィさんの意志なんかじゃないです!」

 しかしミリアは、怒り出した。

「レヴィさんは、誘拐されてきたって言ってました。呪術があるから、従うしかなかったはずです! レヴィさんが最初から望んだことなんかじゃなかった! だからレヴィさんは、あんなに――」
「……それだって、すべて信用できるものなのか」

 頭に響く。ミリアの言葉をちゃんと理解できているかどうかは怪しい。
 けれど、ミリアが聞いたらしいレヴィ個人の事情に、異を唱える。

「どこまで本当かはわからないだろう。そもそも、今は、何が真偽か考えている場合でもない。逃げるのが最優先だ」
「嘘か本当か……も、もちろん、わからないですけど。でも、わたしは」
「ミリア。わからないようだからはっきり言う」

 次第に、自分の中で、苛立ちが募り始めているのを感じた。
 状況も状況だ。焦りで、脳内がチリチリと焼けているようだった。

「あの男が助かろうが助からなかろうが。俺たちには関係がないことだ。この際言うが、どうでもいい。あの男よりも俺たちが生きるためだ。必要のないものは、切り捨てろ」

 早口気味に、言う。
 ……俺は、何か間違ったことを言ってるだろうか?
 なぜ、ミリアは、そんな目で俺を見ている?
 なぜ、納得しない?
 そんな場合じゃないのに。
 俺よりも。ミリアが生き延びるためだ。助かるためだ。
 早く。早く逃げないとならないのに――

「――わからずや!! 関係あるかどうかじゃないです! そんなの嫌です聞けません!」

 ミリアは、俺の言うことを、真っ向から声を上げて否定した。
 ぶち、と自分の中で、何かが切れる音がした。

「わからずやはそっちだ!」

 掴む動作は厳しいはずだったのに、ミリアの肩を力強く掴んでいた。

「おまえは今回俺にどれだけ心配をかければ気が済むんだ! 一人で勝手なことをするなとあれほど言ったはずだ!」

 自身の中で何かが煮え滾るほど熱くなっている。暴走している。
 止まらない。声を荒げたところで、逆効果なのはわかっているはずなのに。

「俺は、ミリアを信用して一人で町に残した。一人でも判断できるようにならなければ意味がないと、ミリア自身に任せたつもりだった! その結果がこれだ。俺は、おまえを信じたのに――」

 怒り任せに言葉を発して、ミリアを見下ろして、ふと我に返る。
 ミリアは、怯えたような顔をしている。まるで敵を目の前にしたときのように、けれど決して折れてはならないと、必死に強く睨み返してきている。
 ――今、俺は、なんて言おうとしていた?
 信じたのに。
 信じた俺が、馬鹿だった?
 違う。そうじゃない、はずだ。
 レヴィの言葉が過る。
 ミリアのせいで俺は死ぬ。すべてミリアのせいだと。俺はミリアに裏切られたのだと。
 それを聞いたときは、どうでもよかった。敵の言葉に耳を傾ける必要はないからだ。
 しかし、今、俺は。
 レヴィとほとんど同じようなことを、口にしようとしていなかったか?

「わたしは、レヴィさんのことを信じます! 信じたいから信じます! だから助けに行きます!」

 ミリアは、俺の手を振りほどいた。
 走り出してしまう。レヴィのことを追いかけて、地上へと向かって。

「ミリア! 待て!」

 呼びかけるが、やはりミリアは聞こうとさえしない。俺の言うことには従わない。
 こちらは走れない。どうしても追いつけない。

「おまえが行ったところで、何もできやしない! 無駄だ、だからそんなことは――」

 無駄なことだ。諦めろ。
 それは。
 不意に、長剣を振りかざし、全力で襲いかかってきたレヴィの姿が過る。
 敵のことを思い出してる場合じゃないのに。
 しかしあの姿が、なぜか思考の邪魔をしてきた。

 ミリアは、べつに俺のものじゃない。
 命を助けたとはいえ、だからといってミリアの命は俺のものにはならない。
 ミリアにだって自分の意志がある。ミリアのしたいこともあるし、ミリアだけが信じているものもある。
 まったく一緒にはなれない。ミリアの意志を強制できる権利は、俺にはない。
 ミリアを自分の思う通りにしたいという欲なのかもしれない。助けたのだから、俺に従え。反抗してくるな。ただついてこい、と。
 それは、恩の押しつけなんじゃないか。返すことを強制しているだけなんじゃないか。
 返されたくて助けたわけじゃないはずだ。なら、この感情はなんなんだ。ただミリアを心配しているだけの感情なのだと、言い切れるのか?

 ……だからって、このままではミリアが危険だ。
 ミリアが何もできないのは事実だ。こんな一時のわけのわからない感情で、ミリア自体を失うわけにはいかない。
 感情的になるな。それこそ必要ない。
 ミリアが俺を見ていなかろうと。ミリアが俺以外を信じようと。ミリアが俺以外の人のために行動しようと。
 守り続けると、そう決めたのは俺なのだから。
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