独眼鬼朱那

銀星 慧

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第1話「鬼」

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光と闇────

この世界には必ず“陰”と“陽”の二つが存在する───
“人間”とその人間を喰らう“鬼”

鬼は人間を遥かに上回る身体能力と、鋭い牙や爪を持ち、襲われればひとたまりもない
そんな人間の中に鬼の魔力を封じ込める能力ちからを持つ者がいる
それは

鬼凌神子おにしのぎのみこ

と呼ばれる存在だった…

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狭いビルの谷間に広がる路地裏を、縫うように素早く移動する人影があった。
その影を追い掛けているのは一人の美少女である。
しなやかな手足を持ち、長い黒髪をなびかせて走る少女は、背中に背負った刀を素早く抜き放つと、動く影に追い付くと同時に背後から斬り付けた。

更に走ると人気ひとけのほとんどない、薄暗い街灯が立ち並んでいるだけの夜の公園にたどり着く。
すると、あたりのくさむらや木の陰から赤く光る目を持つ異形の者たちが姿を現し、彼女の周りを取り囲んだ。
彼らの見た目は人間のようであるが、皆目を赤く光らせ、鋭い牙や鋭利に尖った爪を持っている。

少女は取り囲まれながらも全くひるむ様子は見せず、腰に装着していたハンドガンのようなものを素早く取り出すと、その異形の者たちに向かって発砲する。敵は弾丸を受けても倒れず、一瞬怯んだだけで彼女に向かってくる。
少女は襲ってくる敵をかわし、素早く後方へ飛び退くと、今度は刀剣を振り翳してその者たちの首を跳ね飛ばして行った。
最後の一体を倒そうとしたその時、突然現れた人物によって、敵はあっさりと倒されてしまう。

「さすがだな、カスミ!これだけの人数の鬼を殺っちまうなんて」
少女の前に立っている若い男は手を打って笑っていた。
カスミは黙ったまま、自分の斬鬼刀ざんきとうの刃に付いた血を布で拭っている。
男は転がった鬼の首を拾い上げなからカスミを見上げた。

「やっぱり俺とお前なら良いチームになれると思うぜッ!一人でやるよりその方が効率が良いだろう?」
「キリヤ、お前は首を狩る事だけが目的だろう。あたしは、悪趣味な人間に鬼の首を売り付ける金儲けなんかに興味はないんだ…」
そう答えると、カスミは男に背を向け歩き出す。
その時、カスミのスマホに一通の画像付きのメールが届いた。

綾瀬あやせ涼風すずか、高校1年生。孤児として施設で育つ…”
それはある一人の少女の情報である。
それを見つめるカスミは、「遂に突き止めたな…」そう小さく呟くのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

夕暮れの街並みは霧雨きりさめかすみ、遠くに灯り始めた街の明りや車のテールライトの明りがぼんやりと浮かんで見えていた。
ビルの屋上からその街並みを眺めている人影がある。その人影は少し口角を上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。

「見ぃつけた…ッ」


小雨の降る夕暮れの街を、少女はビニール傘を片手にスマホを操作しながら歩いている。
少女は、先ほどカスミのメールに添付された画像の少女、綾瀬涼風あやせすずかであった。
彼女のスマホ画面にはクラスメイトたちのLINEのやり取りが映し出されている。
下へと画面をスクロールさせていくと、「まぁ、あいつ嘘つきだし」そのメッセージに思わず涼風の心臓が大きく波打った。
「確かにー」「てかキモいんよ」「誰とは言わんけどなwww」そこまで読むと涼風はスマホの電源を落とした。

涼風は自宅のアパートへ向かう線路沿いの道を一人で歩いていた。
やがて踏み切りに差し掛かり、警報機の音が鳴り響くと遮断機が彼女の前を塞いだ。
ぼんやりとその前に立っていた涼風は、ふいに遮断機をくぐり抜け線路に侵入した。
「危ない!!」咄嗟に線路に飛び込み、彼女の体を抱きとめたのはカスミである。
警笛を鳴らして迫る電車に二人はなすすべ無くその場に倒れ込んだ。

その時、迫り来る電車の前方に突如とつじょ稲妻のごとく現れたのは一人の少年だった。

少年は二人に背を向けたまま素早く片腕を電車に向ける。その途端あたりに激しい稲妻のような雷光が走り、一瞬にして車体全体を包み込んだ。
電車の後方車両は瞬く間に脱線し前方へと雪崩なだれこむが、少年のかざした手の前からは一歩も前へ進む事はない。
倒れた二人の少女はただ呆気に取られたようにその少年を見上げていた。
「…鬼…!?」はっと我に帰ったカスミは背中に背負った斬鬼刀を抜き放ち、体の前に構えたが、額からは冷や汗が流れ落ちていた。

こんな能力を持った鬼なんて…見た事が無い…!!

振り返った少年はカスミを見下ろし「どけッ」と一喝しながら歩み寄ってくる。
「ちッ…くだらねェッ!!」
少年は大きく舌打ちをしながら二人を見下ろしている。白銀に輝く長い前髪で右眼みぎめが隠れ、表情までははっきりと見る事が出来なかった。
「走れッ!!」叫ぶと同時に、カスミは涼風の腕を掴んで走り出した。
「ちッ…!」
再び少年は大きく舌打ちをすると、野次馬で騒然とするその場から何事も無かったかのように立ち去って行った。

「本部!ターゲットに接触…でも、あんなのがいるとは聞いて無い!鬼に追われている!応援を…!」
カスミはスマホを耳に押し当てながら、涼風の腕を引いて走っている。
『いつも鬼を追い掛けているお前が、鬼に追われてるだって?』
「冗談言ってる暇はない!あれはただの鬼ではなかった…ッあれは……!!」
『分かった。すぐに向かわせる』
その時、突然涼風がその場に崩れ落ち、濡れた地面に倒れ込んでしまった。
「涼風ッしっかりしろ…ッ涼風ッ……!!」

子供の声「こいつ、また鬼が見えるなんて嘘ついてるぜ!」「そーだそーだ!嘘つき!」
女子高生たちの声「キモいヤツ、近づくな!」「マジで学校来んなよ!」
施設の大人の声「もう16歳になったんだから、いつまでも施設で面倒みてもらえると思わないで欲しいわ」

暗闇の中で涼風は目を覚ます。
「気が付いたか、ここは政府の秘密機関のラボだから心配ない」
涼風は病室場所てベッドに仰向けに寝かされていた。

「あたしはカスミ。鬼を狩る“ハンター”だ」
「どうして…私を助けたの?」
「君は、死ぬつもりだったんだな…」
「私なんか…生きてたって仕方ないもの…」
「そんな事ない。君には人を助ける力がある」
「人を…助ける?」
「そうだ。君、小さい頃から鬼と人間を見分ける事ができただろう?」
「鬼なんて…そんなの私の妄想に過ぎないって…」
「君のその能力は本物なんだ。この世界には人間に紛れて生きている鬼たちがたくさんいる。この日本で年間何人の行方不明者がいると思う?」
「……?」
「約8万人。その半数近くが鬼に襲われていると推定されている。だから、あたしたち“鬼狩り(ハンター)”が鬼を駆逐くちくするため日々戦っているんだ」
「それが私と何の関係が…?」
「さっき襲ってきた鬼を見ただろう?君は、奴らに命を狙われている…ッ!」
「鬼…」
涼風は踏み切りで見た少年の姿を脳裏に思い浮かべた。
「でも…あの少年は私たちを助けたんじゃ…?」
「鬼が人を助けたりする訳無い。君の能力ちからを必要としているからに違いない」

「君には、鬼たちの力を封じ込める能力がある」
そう言ってカスミは、古い古文書のような書物を持ち出して涼風の膝の上に広げた。
そこには絵文字のような、図のようなものが描かれている。

「“鬼凌神子おにしこぎのみこ”、鬼の魔力と人間の霊力を持ち合わせている。君は、その血を引く数少ない存在だ…ッ」

そこまで話すと、インターホンから声が聞こえてくる。
『カスミ、君が今日会ったという鬼について話が聞きたい』
「わかった。すぐに行く」
インターホンに向かって答えると、「少し待っていてくれ」そう言ってカスミは病室を後にした。

白い壁しかない室内を見渡すと、ベッドの脇にハンガーに掛けられた涼風の制服がある。
綺麗に洗って乾燥までされているらしい。側のキャビネットには組織の者が回収したのだろうか、涼風の通学用バッグとスマホも置かれていた。
涼風はおもむろに着せられていた衣服を脱ぎ捨て、制服のシャツに腕を通した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 

雨が降り続く中、涼風は傘もささずに路上を歩いている。
「お嬢さん、傘を無くしたのかい?」
ふいに背後から声を掛けられ、振り返って見れば身長180cm以上はあると思われる長身の男が傘を掲げて立っていた。年齢は25歳前後だろうか端正な顔立ちでスラリとした男性である。

この人…鬼だ…ッ

そう感じた涼風は咄嗟とっさに身構えた。
男は静かに近付いて傘を涼風に差し出し、彼女の顔をのぞき込んだ。
男の目は不気味なほどに赤く光っている。それを見た瞬間、突然金縛りに会ったように全身が硬直し涼風は強いめまいを感じた。
男が鋭け長い爪を持つ腕を涼風の首筋へ伸ばした瞬間、一陣の風が巻き起こり、男は素早く腕を引っ込め後方へ身を引いた。

いつの間にか涼風と男の間に何者かが立っている。
「あ…ッ」
涼風はその後ろ姿を見て、すぐに先程夕暮れの線路で会った少年である事に気づいた。
男は少年をにらみ付けながら、忌々いまいましげに小さく舌打ちをした。
「またお前か…朱那しゅなッ」
影貫かげつら、久しぶりじゃねェか、へへ…ッ」
「いつも我々の邪魔を…面倒な事は避けたい、娘をこちらへ寄越せ」
そう言って腕を伸ばしたが、
「…と言って、素直に聞く訳はないな…!」
言うやいなや、手の中から光をまとう玉のようなものを作り出したかと思えば、朱那を目掛けて放った。

飛んできた光の玉を朱那は右腕で素早く払い除け、再び襲ってくる攻撃を躱す。
弾かれた光の玉は近くの樹木に当たり、たちまちその木をなぎ倒してしまった。
それから影貫が指で合図を送ると、いつ間にか現れていた異形な者たちが次々と襲い掛かってくる。
朱那はまるでダンスを踊るかの如く素早い動きで彼らの攻撃を躱し、まるで猫のように指から鋭い爪を突き出すと、敵の体を次々と切り裂いて行く。
呆気に取られてただ立ち尽くしていた涼風だったが、次の瞬間彼女の体は誰かに素早く抱きかかえられていた。
「飛ぶゾ…ッ」
その声に顔を上げれば、朱那がニヤリと笑って涼風を見下ろしている。

激しい衝撃が体にのしかかった刹那せつな、二人の体は空高く舞い上がっていた。
涼風は思わず強くまぶたを閉じて、朱那の首にしがみつく。

「相変わらず、逃げ足だけは速い…ッ」
影貫が空を見上げた時、後方から鋭い刃が飛んでくる。
その刃を振っているのはカスミだった。カスミは斬鬼刀で周りの鬼たちをたちまち両断していく。
「ちッ…ハンターか、面倒な…ッ」
影貫は大きく舌打ちをすると、たちまち煙のようにその場から姿を消した。

涼風を抱えた朱那はビルの屋上に着地し、
「あの小娘、良いタイミングで現れたなッ」
そう言って愉快げに笑いながら涼風を腕から下ろす。
彼の腕を離れた涼風は、思わずその場にへたり込んでしまった。

「あの人…カスミさんは、鬼が人を助ける訳ないと言っていたけど…あなたは鬼では無いの?」
「俺は、鬼でも人間でも無いんだよ」
そう言って朱那は不敵な笑みを浮かべる。
次第に雨雲が薄らぎ始め、怪しい月明かりが空から降り注ぎはじめていた。

「だが、俺には一族の呪いと呪縛じゅばくがある。それを解けるのは“鬼凌神子”だけだ…」

朱那は首にはめたリングと自分の右眼を指差した。
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