105 / 132
第九章 中原の覇者と魔王の片鱗
第百五話 長安の陥落
しおりを挟む蔡邕(伯喈)の屋敷には、美しい一人の娘が住んでいる。
彼女は伯喈の一人娘で、父親の才能を色濃く受け継ぐ“才女”との誉れが高かった。
娘の名は蔡琰、字を文姫と言う。
文姫がまだ幼い頃、深夜に伯喈が弾く琴の音を寝所から聞いていた彼女は、切れた弦が何弦目であるかを見事に言い当てたと言われている。
そんな彼女の元へ朝廷からの使者が訪れ、その報告を聞いた彼女は信じられない出来事に卒倒した。
「まさか…!父上が…?!」
蔡伯喈は朝廷に赴き、事の顛末を知って思わず言葉を失い、深い嘆息を漏らした。
皆が董卓誅殺計画が成功した事を喜び合う中で、彼一人が暗い表情を浮かべた事に不審を懐き、王子師がそれを見咎めた。
「伯喈殿、貴方は仲穎からの信頼が厚く、非常に厚遇されておられた。天が彼を誅殺したと言う事実は、貴方にとっては喜ばしい事では無い様だ。」
そう言われ、驚いた伯喈は慌てて釈明した。
「私は…何も、その様な訳では…!彼の暴政を、私には正す事が叶わなかった…ただ、余りに急な出来事で、上手く言葉に言い表せなかったのです…」
だが、子師は更に彼に詰め寄り、
「私遇を懐かしみ、その死を痛ましく思うとは、逆賊同然である…!」
途端に怒りを露わにすると、廷尉に命じて伯喈を取り押さえさせ、即刻彼を収監し死罪を言い渡したのである。
その頃、伯喈は漢史の編纂に当たっており、黥首(額に入れ墨を入れる刑)、刖足(足切りの刑)の刑を受けてでも死罪を免じ、漢史の編纂を続けさせて欲しいと懇願したが、子師は許さず、
「嘗て、武帝は司馬遷を殺さなかったばかりに、誹謗の書が世に流れる事となった。幼主の左右で佞臣に筆を執らせるべきではない。」
そう答えて突っ撥ねた。
何故、彼がそれ程までに伯喈を死に追いやりたかったのか、彼らの間には見えない確執が存在していたのであろうか。
彼が「春秋左氏伝」にある、“崔杼弑君”の故事を知らぬ筈は無いが、子師は漢史の中で伯喈に悪く書かれる事を恐れていたのかも知れない。
太尉の馬日磾をはじめ、多くの士大夫らが死罪を思い留まるよう彼を諌め、漸く子師が悔いて死罪を取り下げようとした矢先、伯喈は鬱悶の中で獄死してしまったのである。
その後、馬日磾は深く慨嘆すると、
「才ある文士や史書を蔑ろにするとは、王公の世も長くは続くまい…」
そう言って、彼の政権が長くは続かぬ事を予見した。
この出来事は、王子師の人望を地の底にまで落とす結果となったのである。
長安へ帰還した奉先は、子師の屋敷を訪れ彼と面会したが、この数日間で子師は心労により、すっかり窶れた様に見受けられた。
奉先は、仲穎の元配下たちに対して恩赦を出すべきだと彼に主張したが、子師は難色を示し、
「それでは却って彼らに疑念を抱かせる事になる。」
そう言って、それを拒否した。
更には、仲穎の蓄えた財産に関して、公卿や将校らに配ってはどうかと提案すると、子師はまたも却下したのである。
子師殿は俺の事を…いや、今は誰一人信じられなくなっている…
子師にとって、奉先は一介の暗殺者に過ぎず、激務に追われている彼にしてみれば、政治の何たるかを知らぬ者の言葉を聞き入れる余裕など無かったのであろう。
そうした子師の態度から、次第に彼に信頼を置けなくなっていったのは奉先だけではなく、文人や名士らからも信望を失っていった。
屋敷を後にした頃には日は傾き、奉先は門を潜りながら、憂いの眼差しで沈む夕日を見詰めて長嘆したのであった。
結局、胡軫や楊定は子師に赦され、彼に従ったが、仲穎が死亡した時、長安に比較的近い司隸弘農郡に駐屯していた中郎将の牛輔は、奉先に攻められ敗退していた。
その時点で旧董卓軍は既に離散仕掛けており、豫州の陳留郡、潁川郡に駐屯していた李傕、郭汜、張済らは、王子師に恩赦を求めた。
「今年は既に一度、胡軫らに対して恩赦を出しており、再び出す訳には行かぬ。」
しかし、子師はそう言って彼らの求めには応じなかったのである。
この堅固な態度に、「王允は涼州人を皆殺しにするらしい。」と言う噂が流れ、李傕らは自軍の并州出身者を皆殺しにするなど混乱を極めた。
これは、子師が并州出身者であった為である。
交渉が決裂し、彼らは進退窮まったかに思われたが、軍師である賈詡は、
「ここで逃げても後々潰されるでしょう。ならば“董公の仇討ち”を掲げ、集めた兵で長安へ攻め込むべきです。」
と主張した。
事実、長安を逃げ出した仲穎の兵たちは、次第に彼らの元に集まって来ており、その数は十万近くに上っている。
仲穎は長安の市民らには恐れられていたが、配下の諸将や兵たちからは慕われており、その統率力(カリスマ性)は誰もが認めざるを得ないものであった。
この軍師の進言に従い、李傕らは長安へ攻め込む決断を下すと進軍を開始した。
李傕と郭汜は同僚で幼馴染みであり、共に牛輔の軍に所属していた。
軍師の賈詡は、字を文和と言い、涼州武威郡姑臧県出身である。
董卓が雒陽へ入ると、彼は太尉掾、平津都尉に任命され、次いで討虜校尉へと昇進すると、陝県に駐屯する牛輔軍の所属となった。
李傕らが長安に襲来する報に触れ、王子師は先に降った徐栄、胡軫、楊定らを差し向け、彼らを撃退させようと試みた。
しかし、この戦で徐栄は戦死。
胡軫と楊定は、少なからず名士である彼らに対する子師の横柄な態度に辟易していた上、出陣前に彼から嫌味を言われた事を恨みに思っており、新豊まで進軍した辺りで李傕らに寝返ってしまう。
そこから更に兵を掻き集めながら進軍した李傕らの軍は、長安へ到達した頃には既に十万を超える大兵団となっていた。
堅く門を閉ざす長安城を大軍で取り囲み、李傕と郭汜はそれぞれ城門を攻め立てた。
長安の北側から攻撃を仕掛ける郭汜の軍勢を前に、奉先は自軍の精鋭部隊を率いて立ち塞がると、
「軍勢を下げよ、貴殿に一騎討ちを所望したい…!」
そう言って、郭汜に対して一対一の戦いを申し出た。
此処で仲穎を殺した張本人である呂奉先を斃せば、“董公の仇討ち”の名目も果たせ、長安奪還の足掛かりも掴めるとあれば、正に一石二鳥である。
郭汜は武勇に優れており、一騎討ちには自信があった。
斯くして、二人は互いに軍勢を下げ、馬を駆って一騎討ちに挑んだ。
奉先は仲穎との死闘で肩を負傷していたが、それでも力の差は歴然であり、数合の打ち合いで郭汜は落馬仕掛け、奉先が突き出した方天戟に、あわや体を貫かれるかと言う所で、味方の兵士に助けられ自軍の元へと逃げ帰った。
長安には堅牢な城壁があったが、攻め寄せる大軍にいつまでも持ち堪えられるとは思われず、籠城から八日目には呂布軍の中から内応者が出て、城門が内側から開かれてしまった。
城内へ大軍が雪崩込んで来ると、あちらこちらで虐殺が蹴り広げられ、最早死守する事は困難であると判断した奉先は、仲間を連れて城外へ逃走する決断を下した。
混乱の中、妻の雲月を護衛に護らせた車に乗せ、奉先は貂蝉と俊を伴って王子師の屋敷へと向かった。
門は開け放たれており、屋敷の家人らは脱出の準備を急いでいる最中である。
奉先は屋敷に足を踏み入れると、脇目も振らず子師の居室へ向かった。
「司徒殿、長安は既に陥落寸前。一刻の猶予も有りません。今すぐに此処を脱しましょう…!」
薄暗い居室に一人佇み、彼の呼び掛けを背中で聞いていた子師は、慨嘆に堪えぬ面持ちで、
「国家を安定させる事だけが、わしの願いであった…幼い帝を残して逃げる訳には参らぬ。この様な事態を招いたのは、わしの不徳の致すところ。この期に及んで、わし一人助かりたいなどとは願わぬ…」
そう言って長安に留まる決意を語る。
その時、
「子師様…!」
居室へ走り込んで来たのは、奉先の後を追い掛けて来た貂蝉であった。
「子師様、私たちと一緒に逃げましょう!」
貂蝉は子師の足元へ走り寄り、彼の着物の袖を強く引っ張る。
「貂蝉…」
子師は振り返り、稍々困惑を瞳に宿して彼女を見下ろしていたが、やがて愛おしい目付きで彼女の小さな頭を撫でると、胸に込み上げる感情を押し殺す様に声を震わせた。
「わしの事を心配してくれるのか…お前は、本当に良い娘だ。奉先殿と一緒に逃げなさい。」
彼の顔を見上げていた貂蝉は、忽ち瞳に大きな泪の粒を浮かべたかと思うと、彼の胸に顔を押し付けて強く抱き着く。
震える貂蝉の小さな細い肩を撫でながら、子師もまた瞳に泪の雫を浮かべていた。
「子師様…どうかご無事で…!」
濡れた瞳を上げ、唇を小さく震わせる貂蝉の柔らかな紅い頬を、そっと指先で撫で下ろし、子師は小さく頷くと、彼女を奉先の腕に抱かせる。
「………」
奉先は暫し黙して、子師の赤い瞳を見詰め返していたが、やがて貂蝉の肩を抱いて彼の居室を後にした。
屋敷の門を潜り、待っていた俊と貂蝉を護衛の車に乗せた後、飛焔の背に跨り後ろを振り返って見ると、門の下に子師が立ち黙って彼らを見送っていた。
その後、宮殿へ向かった子師は帝を連れ出すと、戦火を避け宣平の城門へ避難して、楼閣に籠もった。
李傕らの軍が宣平門の下まで迫り取り囲むと、楼閣から帝が姿を現し、
「お前たちは、何をする積りなのか?」
と、か細く震える声で問い掛ける。すると彼らは皆平伏し、
「我々はただ、陛下に忠を尽くし、董公の仇討ちを果たしただけの事です。これは、謀叛などではございません…!」
と言って、弁明した。
遂に進退窮まり、王子師は自ら門を降りて彼らに捕らえられ、長安に残った一族郎党数十名が捕縛された上、悉く処断されたのであった。
王子師は霊帝の代、腐敗し切った朝廷で宦官らと激しく対立し、時には無実の罪を被せられながらも、その清廉さを貫き通した偉大なる賢人であった。
彼の死に、長安中の市民が泪を流し、悲しまぬ者はなかったと言われる。
数百騎を率いて長安の南、武関から逃走した奉先は、数日後、長安近郊に駐屯していた張文遠、高士恭らと合流し、彼らは久々に顔を合わせ語り合った。
「ここから、并州へ向かわれるのですか?!」
「今、俺の元にいるのは殆どが元々父上の兵で、并州出身の者が多い。」
幕舎の中で問い掛ける士恭に向かって、奉先は頷きながら答えた。
彼は一度大きく迂回して并州を目指し、養父丁原の元部下たちを故郷へ帰らせようと考えていた。
鋭敏な文遠には、彼の考えが直ぐに理解出来た。
「それで、并州で軍を解散させる積りなのか?」
「ああ、そうだ。これ程の兵を引き連れて、放浪する訳には行かぬであろう…」
それに対し、士恭は首を捻って更に問い掛ける。
「しかし…軍を解散した後、奉先殿はどうなさるのです?」
すると奉先は、少し目を細めて微笑を漂わせ、
「俺には、行かねば成らぬ所があるのだ。」
と、白い歯を見せて答えた。
それを聞いた士恭は、膝を奉先に進め、彼を強く見詰めるとこう言った。
「奉先殿、お忘れですか?!俺は貴方に一生付いて行くと誓った筈です…!俺は奉先殿が何処へ向かおうと、共に参ります…!」
彼の一途な眼差しに、奉先の胸には熱いものが込み上げる。
すると、文遠も小さく溜め息を吐きながら彼の肩を叩いた。
「奉先…俺たちには、お前が必要なのだ。皆お前を信じ、此処まで付いて来たのだぞ…!今更、仲間を見捨てる気か…?!」
そう言われると、奉先は少し戸惑いを顔に浮かべる。
現実的に考えて、全てを失い逃亡する彼に兵たちを養う事は困難で、自分と家族だけでも厳しいであろう。
「一先ず、南の袁公路を頼ってはどうか?仲穎を斃した英雄を、冷遇する事はあるまい。」
難しい表情のまま俯く彼に、文遠がそう提案し、不安を一蹴する様に笑う。
「奉先殿、我々が付いております!心配には及びませんよ。」
更に士恭が明るく声を上げるのを聞くと、漸く奉先の顔にも笑顔が戻った。
「そうか…そうだな。では早速、袁公路の元へ向かおう…!」
こうして、彼らは荊州へ向けて進路を南に取り、袁公路の元へと赴く事にしたのであった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】
みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。
曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。
しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして?
これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。
曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。
劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。
呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。
荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。
そんな謎について考えながら描いた物語です。
主人公は曹操孟徳。全46話。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略
シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。
王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。
せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。
小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか?
前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。
※デンマークとしていないのはわざとです。
誤字ではありません。
王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる