上 下
1 / 22
第一章・ハイテク・プリズン『電子レンジ地獄』

第一話・コンビニ少女・あまぎ

しおりを挟む
 東京のある小さなアパートで、一人のニート(18歳・男性)が独身生活を満喫していた。彼の名は富樫秋那とがしあきな。中学校の頃に、なんとなーく不登校になり、やがてなんとなーくニートになった。


16歳の時に、親のすすめで一人暮らしを始めたが、ニート癖は変らず、そのまま2年が経過し、現在に至っている。


毎月10万円の小遣いの振り込みと、賃貸費光熱費の支払いをしてもらい、毎日寝て遊んで暮らしているという、いいご身分である。



ある朝彼はベッドから降りてカーテンを開け、まぶしい日光に顔をしかめてからこう言った。


「いつまでも、こんな生活してられないな……」


しかしその日も彼はいつも通り、ネットで生配信を見たり、ア〇ゾンで購入した恋愛ものコミックをだらだらと読んだりして過ごした。


ぐう、とお腹が鳴ったので、時計を見ると、そろそろお昼の12時が近い。


「よし、そろそろ行くか。いつものコンビニにな!」



黒いジャージ姿に黒いコートを着て、黒いスニーカーをはいて彼はアパートを出た。


すぐ近くの家に住むオバさん連中が、彼を見て会釈をした。だがオバさん達は知らなかった、富樫の耳が、異常に優れているということを。声を落として話すオバさん達の会話が、富樫には筒抜けであった。


「あの人の親も大変ね――」


「一日中引きこもって、外に出るのはコンビニに行くときだけ――」


「しっ、聞こえるわよ。怒ると意外と凶暴になるタイプかも――」


「聞こえても構わないわよ、あんな〇〇△×」



何もしてないだけで、なぜここまで酷い言われようをしなければならないのだ、何もしていないのに――、と、富樫はため息をついた。



信号を2つ渡った所で道路を横断し、彼はいつものコンビニに到着した。


入口で買い物かごを取り、冷たいお茶とおにぎり一つをぽいぽいと放り込み、レジへ向かった。レジにいたアルバイトの女の子が、睨むような目つきで富樫の買い物かごを受け取った。



「いらっしゃいませ、おにぎり、温めはいかがいたしますか?」



富樫は一瞬迷った――。


彼はこのバイトの女の子に、あまりいい印象がなかったのだ。制服のネームプレートを見ると、「天木」、と書かれているため、富樫はその女の子をことを、勝手に「あまちゃん」と呼んでいた――。



 あまちゃんは、いつも富樫を軽蔑のこもってそうな目でにらみ、おにぎりを温めてくれるのはいいが、いつも富樫の希望を全く無視して、さわれないほどアッチッチに温めたり、逆に全く気づけないくらいにホンノリと温めたりして、よく富樫をいらだたせていたからだった。



迷った末に富樫が出した答えは――。


「お、おねがいします。気持ち程度にあっためで――」


「は、はい――」


あまちゃんはニコリともせずにおにぎりを電子レンジに入れ、温めを開始した。


気持ち程度にと言ったのに、と、富樫は嫌な予感に包まれ始めていた。温めの時間が長すぎるのだ。気のせいか? いや、気のせいじゃないこれは長すぎるだろ、と、富樫が思わず突っ込みを入れそうになった頃、ようやくあまちゃんがぱかっとレンジの扉を開け、確認のためにおにぎりにそっと手を触れた。その瞬間……。


「あちちちち!! あああちいいい!!!」

あまちゃんがレンジから飛びのき、手をぶんぶん振った。


やっぱりだ、熱かったのだ、あっためすぎだったのだ! 富樫は暗い気持ちに包まれた後、今度は怒りに震えた。さらにあまちゃんが白いレジ袋に、汚い物でも入れるかのように、指先でおにぎりをスライドさせて、ぼそっと入れた瞬間その怒りは限界を超えた。


「お、おまえなああ!!!」


指先をあまちゃんに突き付け、富樫が咆えた。


「は、はいい!」レジ袋の持ち手を両手で持ち、びびるあまちゃん。


「俺は気持ち程度に温めてって言っただろう、お前の気持ちってのはその触れないほどのアッチッチのおにぎりか!」


「ひいい、ちが、ちが……」


富樫はあまちゃんのネームプレートを見た後、続けた。


「あまきっていうのかお前。お前、前からずっとこうだよな。温め過ぎてたり、逆にさっぱり温まってなかったり。お前、こんな真昼間からコンビニでおにぎりを買うお客なんて、ニートで無職に違いないと決めつけてるだろ。それで馬鹿にしてるんだろう。いや、馬鹿にしてるに決まってるよその目! 俺を汚いものでも見るような目で見やがってチクショウめ。ああ、そうだよ俺はニートで無職だよ大正解だよ! だがだからといってこのおにぎりの温めによる俺への嫌がらせは、コンビニの店員として、いや、人として果たして許されるものなのか、おいどうなんだ!」


「あ、あの――」


「……」


「私、あまきじゃありません、これ、あまぎって読みます――」


「そっちかああああい!!」富樫は頭をかかえて絶叫した。


 その時富樫は、店の奥から、二人をちらちらと盗み見ている、店長らしき不安そうな顔の男に気づき、少し冷静になることにした。


ふう、と深呼吸をし、髪を整えたあと、キャッシュトレーに千円札を置き、あまちゃんの持つ、おにぎりの入ったコンビニ袋を要求した。あまちゃんがそれを渡し、お釣りを支払った後、富樫は静かに言った。


「あまぎとやら。俺をこんなに怒らせたコンビニ店員は、お前が初めてだ。俺の名においてお前に命ずる。二度と俺のおにぎりを温めるな。いいな?」


「そ、そんな!」


「お前、俺に口ごたえをする気か!」


――ゴゴゴという効果音と黒いモヤモヤした背景とともに、富樫はあまちゃんを睨みつける。


 あまちゃんは答えなかったが、その目の端から、一筋の涙をこぼした。富樫はその涙に一瞬たじろいだが、ふんっと鼻を鳴らして入口の方に向き、レジ袋を提げて歩き出した。


 がーっという音を立てて自動ドアが開いた時、後ろから甲高い女の声がした。


「おいちょっと待て! ニート野郎!」


「はあ?」


 あまちゃんが追いかけてきたのかと思い、富樫がイラッとしながら振り返ると、目の前に緑色に輝く妖精が浮かんでいて、腰に手をあてて富樫を睨みつけていた。


富樫は言った。「な、なんだお前……」


「あたしはコンビニ妖精のセファ――、って、そんなことはどうでもいいよ。富樫秋那、コンビニの治安を乱した罪により、あたしの作ったハイテク・プリズン、業務用レンジでコンビニ食材温めゲーム、クリアするまで帰れません、をプレイすることを命ずる。いいな?」


「いいな、だと? なら断る!」富樫は即答した。


「はは! お前に断る権利はないわああああ、オラオラオラオラオラアア!!」


 妖精が両手を軽く上げ、パラパラ(死語)のような不思議な踊りを踊った。すると富樫の周囲に、レモン色に輝く光の帯がまとわりつき始めた。それは人を異世界に誘う、ゲートを作るためのものだ。空間がねじれ、富樫は身体が何かに引きずられるのを感じて、それに抗おうとしたが、うまくいかない。


「くっ、断る権利がないなら、聞くなああああ!!」


富樫の視界は強い光に包まれた。薄れゆく意識の中、富樫はこう思った。


(俺が一体、何をした――)


恐怖にこわばる富樫の顔を満足そうに見ながら、コンビニ妖精セファは、右手を高くあげて一際強く命じた。


「ゲーム・スタート!(転移開始!)」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

異世界ハーレム漫遊記

けんもも
ファンタジー
ある日、突然異世界に紛れ込んだ主人公。 異世界の知識が何もないまま、最初に出会った、兎族の美少女と旅をし、成長しながら、異世界転移物のお約束、主人公のチート能力によって、これまたお約束の、ハーレム状態になりながら、転生した異世界の謎を解明していきます。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

闇を切り裂く者 -イシュカ島の物語-

大和 信
ファンタジー
「闇を切り裂く者 -イシュカ島の物語-」は、平和を守るために戦う若き魔術士レオン・ブラックバーンの物語である。 レオンは転生者であり、前世の記憶と知識を持っている。その力を駆使し、彼は自らの闇属性の魔力を鍛え、独自の技「影の一刀」を身につけた。しかし、まだランクはDにすぎなかった。 ある日、レオンの住む村は敵国の襲撃を受け、彼の家族は命を落としてしまう。それを機に、彼は自らの力を更に高めることを決意する。旅をする中で、レオンは新たな仲間と出会い、共に戦い、共に成長していく。 彼らは、真実を知り、闇に蠢く敵と対峙する。最大の試練となるその戦いを、レオンたちは乗り越え、人々の笑顔を取り戻すため、そして戦争を終わらせるために戦い続けた。 「闇を切り裂く者 -イシュカ島の物語-」は、様々な冒険、戦いを通して成長していくレオンたちの姿を描いた、感動のストーリーである。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

戦略RPGの悪役元帥の弟 落ちてた『たぬき』と夢のワンダーランドを築く - コンビニ、ガシャポン、自販機、なんでもあるもきゅ -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
僕は転生者アルト。9歳の頃から目の奇病を患っている。家族は兄のミュラーだけ。学校にすら通えていない。 そんな僕が16歳を迎えたその日、全てが一変する。 僕の目は病気ではなかった。特別な力がただ暴走していただけだった。力の制御が可能になった僕は、『事実の改変すらもたらす』極めて強大な力『箱庭内政システム』を見つけた。 そしてこの世界が、かつて遊んだ戦略RPG【ラングリシュエル】の中だと気付いた。 敬愛して止まない大好きな兄は、悪の元帥ミュラーだった。さらにその正体が転生者で、生前にこのゲームを貸し借りしたダチだったことにも気付く。 僕は兄を守りたい。戦犯となる運命をダチに乗り越えてほしい。 そこで僕は最前線の町『ザラキア』の領主となった。将来起きる戦いで、兄を支えるために、なんか庭に落ちていた『たぬき』と契約した。 自販機、ガシャポン、コンビニ、大型モール。時代考証を完全無視した施設がザラキアに立ち並んだ。 僕の力は『異世界の民が自販機から当たり前のようにハンバーガーを買うようになる』強大な一方で、極めて恐ろしい力だった。

転生先が森って神様そりゃないよ~チート使ってほのぼの生活目指します~

紫紺
ファンタジー
前世社畜のOLは死後いきなり現れた神様に異世界に飛ばされる。ここでへこたれないのが社畜OL!森の中でも何のそのチートと知識で乗り越えます! 「っていうか、体小さくね?」 あらあら~頑張れ~ ちょっ!仕事してください!! やるぶんはしっかりやってるわよ~ そういうことじゃないっ!! 「騒がしいなもう。って、誰だよっ」 そのチート幼女はのんびりライフをおくることはできるのか 無理じゃない? 無理だと思う。 無理でしょw あーもう!締まらないなあ この幼女のは無自覚に無双する!! 周りを巻き込み、困難も何のその!!かなりのお人よしで自覚なし!!ドタバタファンタジーをお楽しみくださいな♪

最強英雄の異世界復活譚 ~寿命で一度死にましたが不死鳥の力で若い姿で蘇り、異世界で無双する~

季未
ファンタジー
魔王を討伐し、世界を救った英雄は寿命でその生涯を終えた。 しかし彼は再び目を覚ました。それも若い身体で、全盛期よりも更に強くなって。 「まぁいっか!変なしがらみもないし、この身体でやりたいようにやろう!」 並行世界の自分はただの凡人である。だが、中身は英雄として名を馳せた老勇者。 そんなちぐはぐな英雄は、旅をする内にこの世界の歪みを目の当たりにする。 かつて前の世界を侵略した魔族。彼らはこの世界では虐げられる存在であった。 迫害され、奴隷のように扱われるかつての敵……。 それを見て英雄は決意した。 ──魔族でも、虐げられる存在は守らなければならない、と。 「いいさ、俺がみんなを笑顔にしてみせるから」 傍らに魔族の少女を引き連れ、英雄は世界を巡る。 かつて魔王を討った英雄は、今度は魔族を、そして世界を救うために再び剣を取った。 これはそんな英雄が……再び異世界で織り成す物語である。

処理中です...