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第3章 神と悪魔、そして正義

第45話

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『魔法で遊ぶ』
そう言われたとき、そんな楽なことをして成長につながるのか?と考えていた。
けど、そんなことは杞憂だった…

その修業が始まった数時間後、俺は地面に伏していたのだから。


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なぜ彼がこんなことになっているのか。話は修行開始までさかのぼる。

「魔法で遊ぶってなんだよ?遊んでちゃ修行にならねぇだろうが。」
先ほどまでのつらい修行を経てだったこともあり、彼はひどくあきれたような顔で目の前の竜人、ティトリに問いかける。

「お前さんには”遊ぶ”で十分じゃ。そもそも、さっきの技は威力だけのひどく稚拙な技じゃった。撃った後にお前さんが倒れてしまうほどの変換効率の悪さ、直線的にしか放つことができなかったほどの操作性の悪さ。撃ったお前さん自身が一番わかっておるじゃろう?この技は「実践で使えない」と。」
ティトリの声にかぶせるように彼は彼自身の技の、いや技とも言えないそれを未熟だと断じた。

「だからこそ、お前さんにやってもらうことは魔法遊びじゃ。」

「そういえばその遊びの内容を聞いてはいなかったけど、具体的に何をするんだ?」
彼の至極全うな問いに、ティトリは笑う。

「なに、簡単なことじゃ。今からお前さんには一定の魔力でできた物を作ってもらう。形事態に指定はつけないが自分が作りたいと思った形をある程度は無意識でできるようにしてもらうのがこの魔法遊びしゅぎょうの終着点としよう。」
ティトリは自分の指先から水を出現させ、それの形は球や三角形、星形にするなど例を見せながら彼に説明する。
簡単そうに見える魔法遊びと呼ばれる修行。それゆえに宗太は今までの修行の厳しさなんて忘れて、こんなのすぐに終わるだろうと思っていた。

強くなる修業が簡単?そんなわけないだろう。ティトリの修行が楽しい?馬鹿を言うな。
修行というものを甘く見ている彼はここから地獄を見ることとなる。

自らの力の大きさを完全に理解し、精密に制御しなければいけないという集中力を極限まで削る地獄が。


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sideキキリア

フロスト王国の騎士団長を乗っ取った彼女は自分の手元にある資料に頭を悩ましていた。
その内容は勇者の脱走に関することだ。この事件はキキリアがクリストフの体を乗っ取った数日後に起きたもので、事件の最中の彼女はクリストフの家で自宅療養という名目でなれない体を動かす訓練をしていた。
タイミングが悪かった。それだけのことで彼女は三名の勇者の脱走を許すことになった。
当然王からそれ相応のバツが与えられると思っていたが、勇者を逃がした彼女に対して王は

「なんの罰も与えないとは…やはりこの国の王は腐っていますね。まさか勇者を完全に奴隷か何かだと思っているなんて。まぁ、この体は借り物ですからあまり迷惑をかけないようにしたいとは思っているので手を出す気はありませんが。」

王の対応に不満をこぼしながらも、彼女は逃げ出した勇者のリストと事件の詳細についてという部分に目を向ける。
内容としてはこうだ。

◆逃げ出した勇者三名について
作成者:王国近衛騎士ラルべリオス・アルター
名:ハナ・クロサワ、アルト・クサナギ、アキト・サエグサ
脱走理由:不明
衛兵はハナ・クロサワ(以下、花とする)のみ姿を確認。ほか二人は王城からいなくなっていることから完全に行方不明。花との戦闘で衛兵側に20人近くが死者、40数名の重傷者、100名近くの負傷者という被害あり。被害があったにもかかわらず、衛兵は花を逃がすという結果で終わった。
対象の戦闘方法については周囲の被害からして炎を用いた攻撃が使われたと推測。
注意事項として、この一件について調べた私の違和感を書き記しておく。
それは何か隠されているのではないか?ということだ。私は花のみ姿を確認したと記載したが、これはほかの二人を見ていないと証言した者が多かったからだ。
三人が抜けだしたという話を聞いたという住民や衛兵の数がそこまで多くなければこの記載は残さなかっただろう。しかし、この三人全員の姿を確認したという話を聞いた人間は私に証言した人物の約三割を占めた。
これは異常だ。なぜなら本来証言の食い違いは起きても全体の一割以下のはずだからだ。これはこの事件に何らかの意思が絡んだものだと考える。
1人の騎士の戯言として受け取ってもいいが、この話を少し頭に入れておいてもらえるとありがたい。

事件の隠蔽が何者かによって行われた可能性がある。



この報告を見て彼は再度ため息をつく。

「おそらくこの事件を隠ぺいしたのは、私がこの前対峙した彼でしょう。まったく厄介なことをしてくれたものです。」
キキリアは少し前に森で対峙したロビンと名乗る男を思い浮かべ、苦笑いする。

「彼ほどの実力者でなければ、勇者は止められませんからね。全くいやなものです。あれほどの強さのものを従える主がいるだなんて。さすがに私本体が出なければいけないのかもしれませんね。はぁ、本当に



楽しくなってきましたよ。」
彼は口角を吊り上げ、不敵に笑う。これから始まる惨劇を思い浮かべながら。

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side:ソウタ・タカナシ

地面に伏した彼はここまでの自らの失敗を思い返す。

最初は一番使う風から始めた。しかし、自分が発生させた風は一向に形になることがなく、時に暴発し彼自身を壁にたたきつけることになった。
次にティトリが扱っていた水だったが、こちらはより難儀で一生形にならず、水を垂れ流すだけで終わってしまった。ちなみにこれで生じた水のせいで彼は体温が下がり気絶しかけた。

そこから苦節数時間。彼はある程度形作ることに成功してはいたのだが、そこから先に行けずにいた。暴れ狂う風の奔流を球体にすることですらできずにいた。そして、それの形をとどめることができなくなり、暴発。彼は吹き飛ばされ、地面に伏すことになっていた。

「お前さん本当に不器用じゃな。お前さんの親は一時間でものにしておったぞ?」
ティトリは何か飲み物をすすりながら、宗太に話しかける。

「不器用で悪かったな。けど、できないもんはできないんだよ。あと、うちの両親みたいな超人と比較するな。」
ーーああ、懐かしいな。なんだっけ、全世界の人ができるオープンワールドのフルダイブ型アドベンチャーゲームかなんかを二人で開発していたよな。最終的には何人かの人が協力してくれてたけど。そういえばあの時うちの両親が寝ているとこ見たことなかったよな。あー懐かしい。

そんなことを考えながら地面に寝転んでいると、彼の顔を覗くような形で、ティトリが話しかけてきた。

「しょうがないからヒントをくれてやるわい。まぁ、正直いつ気づくのだろうかと思ってたような初歩的なことじゃが。」
頭を抱えながら話すティトリはそのまま言葉を続ける。
「お前さんなんで、”常に最大出力”でやっとるんじゃ?」

「あ。」
ティトリの言葉で彼は気づく。なぜ自分は常に最大出力で形作ろうとしていたのか。そんなことをしていたらいつになってもできるわけがない。そしてさっきのティトリの言葉。「一撃で気絶してしまうほどの変換効率の悪さ」であると。なら、この修行の目的は..

「最低限の魔力で、効率よく魔法を使う訓練ってことか。」

「そんなこと当たり前のことに気づくのに時間がかかりすぎなんじゃよ。」
ティトリはため息をつきながら、再度”遊び”を再開した彼を見た。その目はまるで我が子の成長を見守る親のような目であった。




そこから数時間後。ようやく本質に気づくことができたおかげからか、彼の成長速度は急激に加速した。まだまだ粗さはあるものの球、三角、星型と形を作ることに成功するようになっていっていた。
そして、球だけであればすべての属性で形を作れるようにもなっていた。

「お前さんよくできるようになったな。それもこの短時間で全属性で、とはな。」
ティトリは顎に手をつけ、感心したような表情で宗太に話しかけた。

「褒めてくれてありがとな。けど、できるようになったのはティトリのアドバイスのおかげだよ。そこから、コツをつかんだって感じだからな。」
手の上でつくっていた球の魔力を解き、ティトリに言葉を返す。

「儂が言ったのは”マナ”の扱い方についてのことだけじゃよ。”魔法”の扱い方は教えとらんわ。」
龍人はため息をつきながら、言葉を続ける。

「は?魔法の扱い方?そんなん俺もよくわかんねぇよ。なんだそれ?」

「お前さんマナで球を形作るとき、それを構成する属性ごとに違和感を感じなかったか?」

「まぁ、言われてみれば。」
彼は今まで球を作る際の感覚を思い出す。そして確かに属性ごとに作る際に意識させられる部分が違うことに気づくことができた。

「言われてみればって…お前さんはもっと考えて修行せい!」
ティトリは怒りからか、宗太の頭に勢いよくこぶしを落とした。

「いっでぇ!何も殴んなくてもいいだろうが!」

「うるさいわ。馬鹿弟子には拳がお似合いじゃ。ほれ、こっからは実践と行こうかい。」
頭を押さえうずくまる宗太から数歩分距離をとり、ティトリは構えをとる。

「あ?何してんだ?って。そうか、そういうことか。」
宗太はティトリをにらみながら立ち上がる。しかし、そんな宗太を見るティトリの目は本気だった。それに気づいたのか宗太も構えをとる。

「手加減はいらんぞ。お前が数日前に放ったあの技。あの時は技とは言えぬお粗末なものじゃったが、今なら技になるじゃろう。ほれ、打ってみい。」
ティトリは手をクイックイッとやりながら宗太を見つめる。

「後悔すんなよ?」
ティトリの言葉に答えるように魔力を錬成し始める。

——魔力生成、属性:風。出力調整、限界点を10%から30%まで上昇。魔力変換開始。武器のみの生成:不可、それを抑えるための籠手を生成。籠手生成完了。槍の生成開始、魔力変換率60%。

術式のイメージをしながら彼は考える。このままでいいのかと。60%なんてものでいいのかと。

『いや、いいはずがねぇ。俺はもっと上を目指せる。』

ならどうする?いや、まだある。俺の周りにはあふれ出ている魔力が。術式に変化され切っていない魔力が!

ーー周辺魔力、吸収開始。吸収完了。術式への還元開始。魔力変換率、再度上昇を開始。70%、80%、90%。

魔力変換率が上がるにつれ、彼の手に握られる風の槍がその姿を変えていく。一本長槍は三又のトライデントにその姿を変えた。

「待たせたな。これが俺の必殺技だ。」
彼は体を低く落とし、投擲の姿勢をとる。そして、その目は真っすぐ眼前のティトリに狙いを定めている。

「来い。お前の特訓の成果を儂に見せてみよ!!」
ティトリはぎらついた眼で槍を構える彼を見て、技を受け止める構えをとる。

「〈風魔導:嵐牙流転の三叉槍シュトゥルム・トリシューラ〉!」
投擲された槍は限界まで加速。音を置き去りにし、目標に向かって突き進んだ。それが射出された影響でソニックブームが発生。地下室全体に地上を揺らすほどの大きな余波を与えた。もちろんその影響をもろに受けたのはそれを受けたティトリとそれを放った宗太であった。
ティトリは着弾と同時に足を地面に固定したがその努力むなしく、地下室の壁まで吹き飛ばされた。
宗太は風魔導の籠手で地面を掴み、なんとか耐えていた。

「はぁはぁはぁ。どうなったんだ?ってか、おーい!ティトリ―!無事かー?」
彼は地下がこのように荒れ果てた原因が自分の放った技だと気づき、それをもろに受けたティトリを心配し、辺りを見回った。
彼は目の前にあった地面が抉れた跡を見つけ、それを追いかけていった。おそらくその先にティトリがいるはずだから。

「やっぱりここにいたか。おーい、無事か?」
跡が続いた先にはがれきの山があり、ティトリはその上に仰向けで倒れていた。幸いあたりに血が飛び散っていることなんてことはなく、倒れているティトリの目立った傷は無いようだった。

「な、何が無事か?じゃ…。無事なわけがなかろう…見ての通りボロボロじゃい。さっさと手を貸さんか…」
ボロボロのティトリに宗太は手を差し出して、立ち上がらせる。

「なんだ。思ったより無事じゃん。てっきり死んだのかと。」

「死ぬか馬鹿者!儂を殺すにはまだまだ威力が足りんわ。大体念入りに準備しないと打てない技など愚の骨頂よ!まだまだ修行が足らんようじゃな!」
ティトリはそう言って拳を振り下ろそうとする。しかし、その瞬間。


地下室に一つの影が現れた。


「大変だ!ヴェール君!いや、ソウタ君!」
そこに現れたのはフルーメだった。かなり焦っているようで、汗を流している上に息まで切らしていた。

「何があったんですか!?」
宗太は息を切らし壁にもたれかかっているフルーメのもとに駆け寄った。

「はぁはぁ、落ち着いて聞いてください。ソウタ君。」
フルーメは真剣な目で宗太を見つめ、ソウタに向けて言葉を続ける。

「君の予想通り、フロスト王国が我が国に向けて進軍を開始した。」

「はい、それがどうかしたんですか?」

「進軍し始めたことはさほど問題ではない。けど、本当にまずいのは王国軍の到着予定が明日の昼・・・・ということなんだ..!!」
フルーメは少し青ざめた顔でそう話した。









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