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第3章 神と悪魔、そして正義

第42話

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クリストフ・シュタインの敵対。ロビンが告げたその事実に俺はわかりやすく動揺していた。ロビンを治療する手が震える。背中に冷たい汗が流れる。
それを不安に思ったヴァネッサが俺のもとに走ってきた。

「マスターちゃん!?大丈夫?凄い顔色してるわよ!?」
ヴァネッサは治療をしている俺の体を支えながら、焦り口調で話しかけてきた。

「ハッ...ハァハァ。すまんヴァネッサ、大丈夫だ。少し、いやかなり動揺しただけだ。それより、周りにだれもいなかったか?誰もいないようだったら、このままロビンを連れて宿に戻る。」
ヴァネッサの声で正気が戻った俺は、冷静に話しかけた。

「ええ、でも本当に大丈夫?ロビンはもう大丈夫そうだけど、マスターちゃんは心配になる顔色してるわよ?宿に戻ったらすぐに寝なさい。ロビンの話は明日聞けばいいでしょ?」
もう回復が終わったロビンを抱えながらヴァネッサは優しく話しかけてきた。

「わかった。ヴァネッサはロビンをそのまま抱えて行ってくれ。俺はこの足でって、うおっ」
帰ろうとする俺をヴァネッサはもう片方の腕で軽々持ち上げてきた。

「あら、言ったじゃない。マスターちゃんは体調が悪いんでしょ?だったら、体調が悪いなりに私に甘えなさい。」
俺を抱えるヴァネッサは笑顔でそう話す。

「へいへい。ありがとうな、ヴァネッサ。」
このままあがいてもどうにもならないことは分かったので、ここはヴァネッサの好意に甘えることにした。

「それじゃ、舌を噛まないようにね。なぜって?私のスピードは人二人抱えてる程度じゃ落ちやしないからよ。」
自信満々に笑いながら、ヴァネッサは宙を舞う。ロビンのもとに駆け付けた時よりも早く、宿の方へ走っていった。ちなみにヴァネッサが走る際に展開してくれた風の魔法障壁のおかげで、俺たちは何の影響もなく宿にたどり着いた。


――そして、次の日の朝。俺はロビンに何があったのか。そしてクリストフの裏切りともとれる行動について、問いただした。

「それで、あいつの裏切りについて、ロビン。お前の意見が聞きたい。ぶっちゃけ、実際に見たお前の意見が一番わかりやすいからな。」
俺は目の前に座る、ロビンにそう聞いた。そして、それを聞いたロビンは口に手を当て、悩ましげな表情で話し出した。

「せやなぁ。俺が思うに、あれはクリストフだが、クリストフじゃないっていうのが正しい。」

「そう思った理由は?」

「あいつはマスタァを殺そうと思えば、地下下水道であったときに会ったときにマスタァを殺せたはずやのに、それをしなかった。それに、俺が会うたあいつはマスタァと会ったときと魔力の質が全然違うたんや。あれは天使とかそういうんの類の魔力や。断じて人間が出してええ魔力やない。」

「そうか。お前がそう言うなら、俺は信じよう。まぁ実際に見て、実際に戦ったのはお前だからな。そのお前が言うんだ、間違いないだろ。」

「そりゃよかったわ。それで、どうするつもりや?このままじゃ作戦は進まんのちゃうか?」
その発言に俺は頭を抱え、考える。
クリストフの裏切り。これは明らかに予想外の出来事だ。けど、この程度で作戦を中止にしてやるほど俺は素直じゃねぇ。裏切られたのもひっくるめて作戦を成功させる。このままそっちの思い通りになんかさせねぇ。
でもどうする?俺の目的でもある、転移者全員の保護。これの達成のための場所はそろった。あとは連れてくるだけだ。けどなー、転移者全員を連れてくるってのは簡単じゃねぇよなぁ...
いや、待てよ。ロビンの聞いた通りなら、次の戦争で転移者が引っ張り出される。そこで、回収できるんじゃないか?まぁ、一応可能性として、非戦闘スキル持ちの転移者組が出てこないってのはあるけど、それはどうにでもなる。

ここまで考え、俺は顔を上げ、ロビンとヴァネッサの顔を見る。
「いや、大丈夫だ。作戦はこのまま進める。ただ、プランは変更だ。」
俺の作戦進行の発言に二人は待ってましたと言わんばかりの顔で笑った。

「わかっているじゃない。それでこそあたしのマスターちゃんね。」

「ロビン。お前には転移者に王国居残り組がいた際の救出を。ヴァネッサには俺と一緒に来てもらう。」

「わかった。俺は進軍開始とともに、王国に忍び込むわ。クリストフがおらんのなら、俺が特筆して警戒する奴はおらんわ。」

「了解したわ。マスターちゃんの後ろはこのあたし、ヴァネッサが守ってあげるわ。」
二人は、にやりとまるで悪ガキのような笑みを浮かべながらそう言った。

「開戦だ。悪いがフロスト王国の全軍。足並みそろえてお国に帰ってもらうぞ。」
気を引き締める。一国を相手にする、地球にいたときじゃ絶対に出なかったであろう発言。これは異世界に来たからこそ出たであろう言葉だ。その言葉を理想ではなく、現実にする。その重みを俺は今、気持ちよく感じている。


「あ、というわけで俺今から、第三騎士団行ってくるから。あとはよろしく!」
俺はそう言って二人を残し、足早に部屋を後にした。
宿を出て、急ピッチで騎士団厩舎に向かう。この事実を一刻も早く伝えて、事態の対処をするために。
厩舎に入ると、一階の休憩所にフルーメがいたので、何も言わず首根っこをつかんで、団長のいる部屋に連れていく。俺はノックをし、そのまま部屋に入った。

「お、どうした。ヴェール。話を聞きたいところだが、とりあえずフルーメを離してあげようか。」
中で仕事をしている団長は、優しく、俺に団員のように話しかけてきた。

「大事な話があります。〈黒泥〉を起動してください。」
俺の発言に驚いたのか。バロムは少し黙ったがすぐに調子を取り戻し、床に寝転ぶフルーメに指示。すぐにこの部屋は黒い泥に包まれた。

「それで、話というのは?」

「フロスト王国が攻めてくる。到着までは二週間ってところだ。すぐに対策をとってほしい。」
想定外。フルーメ、バロムの二人はまったく同じような顔をしていた。

「その情報は確かなのか?冗談では済まされんぞ?」
バロムが怒気をはらむ声で圧をかけてくる。

「俺の密偵からの情報だ。信じられないというなら信じなくても構わない。まぁその時は魔皇国は甚大な被害を受けるとは思うがな。」

「わかった。その話、とりあえずは信じることにしよう。しかしだ、二週間後というのは日が悪すぎる。」
バロムは眉間をグッと抑えながら悩みをこぼす。

「日が悪い?どういうことだ?」

「その日は、我が祖母、アレクサンドラ・メルキスの封印を開放する日なのだよ。」

「まじかよ。なんってことだ。ってことは第三騎士団は戦争に参加できない感じだろ?」

「そうだ。まぁ、戦争に参加するのは基本第二騎士団だ。しかし、」

「もし仮に封印場所にフロスト王国のやつらが来たら困るって感じか。」

「ああ、封印の解除にはかなりの時間を要する上に中断でもすればどんなことが起きるか、わしにも想像がつかん。」

「なら、俺の仲間をそっちの守りにつかせるよ。なに、強さは折り紙付きだ。そこで見てるだけのフルーメよりは全然強い。」
急に名前を出され、挙句ディスられたフルーメは心外そうな顔をしたが、この場の空気を読んで文句を言うことはなかった。

「それは助かる。戦争に関してだが、儂のほうから話を通しておこう。すぐに開戦の準備を整えて見せよう。」
バロムがそう言って、魔道具を切ろうとする。しかし、俺はその手を止め、言葉をつづけた。

「ちょっと待ってくれ。一つだけ頼みがあってな。それだけ聞いておいてほしい。」

「ふむ。情報をもらったのだ。いいだろう、なんだ?」

「俺の目的は知っているだろ?」

「ああ、確か、転移者とやらの保護であろう?」

「そうだ。俺の聞いた話通りなら、この戦争にはその転移者たちが兵として参戦する。だから、もし転移者を見つけたときは保護してもらいたい。」

「それはいいが、儂らはそいつらの顔がわからんぞ?」

「あぁー、なら戦闘が無茶苦茶強い少年少女ってことにすれば大丈夫か?」

「うーむ、まぁいいじゃろう。それだけのことはしてもらっておるからの。」

「感謝する。ちなみに戦争には俺も参加する。ってかクリストフの対処を任せてほしい。」
俺の発言にバロムはきょう何度目かにもなる、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「何を言っておる?お前さんが相手にしようとしておるのは、あの〈白桜〉クリストフ・シュタインだぞ?いくらお前さんが強いとはいえ一人で戦うのは...」

「勝算はある。だから頼む。これは俺がけりをつけなきゃいけない戦いなんだ。」
俺はそう言って、頭を深く、深く下げる。

「そんなに頭を下げるでない!まぁ、お前さんがそこまでの誠意を見せるということは何かあるのだろう。」

「ってことは!」

「ああ、お前さんの一騎打ち。認めよう。ただし、死ぬなよ。お前さんが死んだら元も子もないからな。」
バロムはどこか、息子を心配するような顔で俺にそう告げた。

「任せろ。俺は必ず、あのバカをしばき倒す。」
俺のその言葉の後、泥が晴れ、世界が元に戻っていく。

「それでは、失礼しました。私はこのまま下に行きます。」
そう言い残し、俺は下にいるティトリのもとに向かっていった。

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第三騎士団の厩舎地下。ティトリの隠れ家。そこに来た俺は、彼の龍に状況を説明した。

「そうか。それで、訓練の詰め込みをしてほしいという結論になったのか。」

「できるか?」

「可能ではあるが、粗削りなものになるぞ?それに死ぬほどきつい。それでもやるか?」

「返事は分かってんだろ?やるに決まっている。」

「ふむ。では今すぐにでも始めるとしよう。なに、内容自体は簡単じゃからな。」
ティトリは人型になり、俺のほうを向き不敵な笑みを浮かべる。

「よし!来い!」
拳をぶつけ、音を鳴らす。戦闘態勢に入った俺は眼前のティトリを見つめる。

「儂に膝をつけさせてみよ。内容はそれだけじゃ。ほれ、来い。」
ティトリは腕を組みながらも、自らのマナを活性化させこちらに圧をかけてくる。

「いいぜ。お前の膝どころか体中地面につけてやる。」
俺は体にマナをまとった状態でティトリに掴み掛ろうとする。




そして、数時間後俺はティトリの尻に敷かれていた。

「ちっくしょお。んだよお前。全然攻撃当たんねぇじゃん...」

「はぁ、お前さんは何もわかっとらんな。そんなマナの纏いかたじゃ、次は私は右手で殴りますと言っておるようなものだぞ?そんなものを躱すのなど簡単に決まっておるだろう。」

「うるっせぇ!」
俺は体中に纏ったマナを暴発させ、俺ごとティトリを吹っ飛ばした。

「フハハ。今のは面白かったぞ。それならば、一つアドバイスをやろう。スキルというのは世界のシステムから成る補助装置のようなものじゃ。これがあるから、この世界の生物はスキルを覚えるだけであとは自動的に能力を使える。しかし、スキルには重大な欠陥があっての。それはの、スキルは補助装置であるがゆえにリミッターのようなものがついておる。じゃからスキルには威力の限界がある。」

「だから、なんだよ...って、もしかして...!?」
スキルの発動にはマナがいる。そして、スキルは補助装置。補助ってことは、スキルを発動せずとも補助されている形を再現できるなら、そのスキルと似たようなことをできるってことなのでは...?

「気づいたようじゃな。ならばあとは一歩じゃ。来い。お前さんの新しい戦い方を見せてみよ!」

「任せろ。すぐにその一歩、踏み出してやる!」
俺はイメージする。スキルの根幹を。火を起こす原理。風が起きる原理。そのすべてを。そしてそれを形にする。

「ふむ。いいだろう。待ってやろう。お前さんのその一撃をわしは堂々と受け止めてやろう!」
ティトリは仁王立ちで俺をにらみつける。

「すぅぅーーー。来い...こいこいこいこい!」
マナを風に変え、形を作る。一撃を鋭く。風を循環させ、速度を上げる。弾き飛ばされないように、手と足にマナを纏う。
「行くぞぉ!吹き飛べ!〈旋刃・嵐狼牙シューラ〉ァ!!!」
辛うじて、刃の形を保っている、風のマナの塊をティトリにぶつける。それを、真正面から受け止めたティトリは部屋の端まで吹き飛ばされる。かなりダメージを受けたのか、ティトリは崩れ落ちるように膝をつく。

「なかなかの一撃じゃな。もう少し切断の力があれば儂の腹は少し裂けておったであろうな。」
受けた部分を回復しながらティトリは話す。

「そりゃあ...よかった...」
無理なマナの使用にからだがおいつかなかったのか。そう言い残した後、俺は意識を失った。

最後に聞こえたのは、ティトリの声だった。そんな気がする――







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