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第3章 神と悪魔、そして正義

閑話休題5

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これは、小鳥遊宗太とクリストフ・シュタインとの密談が行われた直後の話。
地下に残されたクリストフは手を顔の前で合わせながら、深く息を吐いた。

「あぁ、やはり彼を選んでよかった。彼ならば僕の目的を達成できる。何千年と続く人間と魔族の争いをなくすという目標をね。」
彼が手を広げ、声高にそう語っていると、彼の後ろに一つの人影が近づいてきた。

「クリストフ様。御用は終わったのでしょうか?」
そう言いながら、銀髪のショートカットの女性が物陰から現れた。

「うん、終わったよ。レーネ。本当はもうちょっと続けたかったのだがね。でもまぁ、いい話ができたよ。無理してでもここまで来てよかった。」

「それはよかったです。話がうまくいったということは、計画は」

「進める方向で頼むよ。僕は執務室に戻る。レーネも一緒に戻ろうか。」
クリストフの発言にレーネは「はい」と答え、共に闇の中に消えていった。


そして、そこから数日後――

クリストフはいつも通り執務室にて作業をしていた。

「さて、君はいつまでいるつもりかね?」
クリストフはため息をつきながら眼前で茶を飲むライラに向けてそうつぶやいた。

「えー、だって私、やることないですもん。なんですか?軍事における指揮って。そんなのそういう時が来るまでやることないじゃないですか~。」
ライラは足をバタバタさせながら不満げにそう呟いた。

「何を言っているんです。頭を使う勝負で私に一度も勝てていないあなたが、限界を嘆くのはまだ早いのでは?」
クリストフが笑顔のまま、ライラを煽ると、彼女は顔を赤くした。

「うるさいですね!団長が完璧超人すぎるんですよ!頭を使う勝負どころか、体を使う勝負ですら買った覚えがありませんよ!」

「そうでしたか。ならば、もっと訓練が必要でしょう。先ほど暇とおっしゃっていたのだから、今からでも訓練を始めましょうか?」
クリストフがニコニコとしながらそう言うと、ライラは慌てだした。

「いやいや、団長の貴重なお時間を使うわけには...!あ!そうだ。私今から見回りでした!行ってきますね!」
そう言ってライラは口早にそう呟いて、焦りながら走って部屋から出て行った。

「はいはい。頑張ってください。」
クリストフはフフッと笑いながら手を振り、仕事に戻った。
そして、ライラが出て行ってすぐ、クリストフのいる執務室の扉がもう一度開いた。

「どうしたんですか、ライラさん?忘れ物ですか?」
そう言って顔を上げると、そこには不思議な雰囲気を身にまとう少年がそこに立っていた。

「初めまして。僕の名前はキキリア。君とお話をしたくて、ここまで来させてもらったよ。」
キキリアと名乗る少年は、ニコリと笑いながらそう話した。

「どうやってここまで...はおいておきましょう。それよりもなぜ、なぜ!あなたが生きているんですか!?キキリア・サン・アレステート!」
クリストフは叫ぶ。なぜなら、自分の記憶が間違ってなければ、目の前にいるキキリアは数百年前にクリストフの先祖に当たるバール・シュタインと共に、今のフロスト王国を創設した人物だからだ。
そして、キキリアはバールが亡くなった数日後に死亡が確認されている。それにアンデットが存在するがゆえに彼の遺体は火葬されている。だから、いまこの世に彼が存在しているはずがない。

「驚くのは仕方ありませんが、生きているというのは失礼では?そういうところはバールに似なくてもよかったのに...」
キキリアは頭を押さえながらため息をついた。

「私の質問に答えてもらおうか。あなたは故人のはずだ。それは、多くの人が確認している。だというのにあなたは私の前にいる。それは、どういうことなんですか!?」
クリストフは椅子から立ち上がり、キキリアに向かって強く言い放った。

「そうですね。確かに私は、あの時に死にましたよ。なので私は生きてはいません。女神ヴァール様の力で、この世界に存在・・することを許可してもらっているのですよ。」
まるで当たり前のことのように、キキリアは笑顔で言い返す。

「存在...ですか。女神の力で。では、今あなたはどこで何をしているんですか?それに、あなたのように存在だけしている人間はまだいるのでしょう?」
クリストフは驚すぎて逆に落ち着いたのか。冷静に椅子に座り直し、質問を飛ばした。

「そうですね。私以外にもいますよ、何人も。彼らは今、私と共に中央大陸のヴァール神聖国にいます。ただし、私も含めてですが、彼らには制約がありましてね。あの国から出れないんですよ。それに加え、存在の格が上がれば上がるほど、その制約は強くなる。ヴァール様も厳しい制約をつけるものです。今回の外出もかなり苦労させられましたよ。」
キキリアは困ったものですと呟きながら、少し笑いながらそういった。


「なるほど、それではあなたは今存在しているキキリアではないのですね。」
クリストフは顔の前で手を組み、何か納得したような顔でそう話す。

「そうですね。この体は部下の体に、私の疑似人格を付与してもらっています。私ではできなかったので、仲間に頼みました。彼女もすごい嫌な顔をしていましたよ。」
彼はハハッと笑いながら、照れ交じりにそうつぶやいた。

「そうでしたか。それで要件は何でしょうか?」

「あ、忘れてました。実はですね。私今、協力者を探しているんですよ。私たち存在してる者たちは、この世界の生物を管理しています。しかし、先ほど言った通り私たちは国から出れません。だから基本的に私たちの考えを聞いた部下が実行しています。ですが、最近部下の質が下がっていましてね。なので、質の高い新しい部下が欲しいのですよ。」
キキリアはパンっと手を合わせていい笑顔でそう話す。

「それで私に白羽の矢が立ったと。」

「そういうことですね。それで、協力してくれますか?」
キキリアは首をかしげながら、話しかけた。

「ありがたいお誘いですが、断らせていただきます。私は私なりにこの世界に生きる者の平和に尽くしております。それに、こんな私に協力してくれる方がいてね。」
少し自慢げな顔で言い放ったクリストフを見たキキリアは、怒ることも驚くこともせず、なぜかうれしそうな顔をしていた。

「それは素晴らしい!この世界に生きる者の平和を祈る方だったとは。」
うれしそうに語る彼に、ならばとクリストフが返そうとした瞬間。
「しかし、私が与えられる選択肢は了承一択でしてね。あなたが拒否するようであれば、力づく・・・で従わせていただきますね。」
動かず、ニコリと笑いながらキキリアはクリストフに圧をかける。
その圧をはねのけ、クリストフは剣を抜き、戦闘態勢に入る。

「いいでしょう。ならば私も力づくであなたを捕らえることにしましょう!咲き誇りなさい、<白桜>!」
その一言と共にクリストフの足元から木の根が生えてきた。根が部屋中を張り巡り、そこから生えた木の枝から桜のような花が咲き誇る。

「おぉ!これが『王国の盾』クリストフ・シュタインの本領!〈白桜〉ですか!素晴らしい!ますますあなたが欲しくなった!」
キキリアは立ち上がり、恍惚に満ちた笑みを浮かべながら、クリストフの前に立つ。

「行きますよ。〈白桜・散花〉」
部屋中の桜の花びらが、キキリアに向かって高速で射出される。その花びら一枚一枚に切り裂かれ、それを喰らったキキリアはボロボロになっていた。

「ゲホッ!これは、効きますねぇ。さすがの私も借り物の体ではダメージを受けてしまう。しかし、ただで受ける私ではありませんよ?」
ボロボロのキキリアが手を向ける。その瞬間、何も起きていないのにクリストフの体に、キキリアの体と全く同じ個所、深さの傷が刻まれた。

「な...!クッ!これはなるほど...史実にある通りですね。これがあなたの能力、〈正義を司る神の天秤リブラ・オブ・アストラエアー〉ですか。自分自身に降りかかる不平等を他者にも与えることで、自分と他人の不平等を強制的に平等にする。まさか、完全に同じダメージを私に返すとは...!」
血を流しながらもクリストフは冷静にそう話す。

「その通り。今の状態では能力に制限が付きますが、あなたを従わせるには十分です。では、今度は私からですね。光魔術〈聖錬の矢〉」
キキリアが手をふるうと目の前に、数十に及ぶ光の矢が出現。それらがクリストフに向けて容赦なく発射される。

「甘い。〈白桜・乱根〉。」
そう呟くと、クリストフの周りに張り巡らされた木の根が、クリストフを守るように覆う。光の矢が木の根を貫くことはなかった。刺さった矢は木の根に吸収され、光となって消えていった。

「甘い、ですか?おやおや、それはあなたのことですよ?私が矢を放った時点で、この勝負はついているのですから。」
アハハと笑いながらキキリアが手をかざす。先ほどと同じように〈正義を司る神の天秤〉の発動を警戒したクリストフは次の一手を考える。しかし、その瞬間。クリストフのマナが急激に減少した。

「カハッ!なんだと...!私のマナが一瞬で空に!まさか!?」
マナが無くなったことで、体の力が抜けてしまい、クリストフは地面に倒れた。さらに、発動のためのエネルギーが無くなった〈白桜〉は光の粒子になって消えていった。

「はい。私の能力を使って、今あなたが吸収した矢とあなたの状態を平等にさせていただきました。マナが無くなった矢と平等になったのだから、マナ不足で倒れるのは当たり前です。」
キキリアはしゃべりながらクリストフのもとに歩いて近づく。その顔にはしてやったりという笑みが張り付いていた。

「クソッ!」
体が動かせない。指先すら動かせない。このままじゃあいつにしたいようにやられる。しかし、助けを求めるわけにもいかない。どうすれば、この状況を妥協できる...?

「おやおや。苦しそうな顔していますね。よかったです。一歩たりとも動けないようになってもらわないと、僕の思惑通りにいきませんからね。」
キキリアはしゃがみ込み、クリストフの顔を覗いていた。

「何を...するつもりだ!」
地面に伏しながら、クリストフはにらみつける。

「先ほど言いましたよね。僕の体は借り物だと。僕の魂を部下の体に張り付けたのだと、ね?」
キキリアが雄弁に語るのをクリストフは睨むのをやめ、不思議なものを見る目で見ていた。
「そしてここにあるのが、僕の仲間が作った、魂を張り付ける術式を刻み込んだ紙です。あとは——わかりますね?」
彼は胸元から複雑な術式が書かれた紙を持ちながら、不気味な笑みを浮かべる。

「まさか...あなたの魂を!?」
クリストフの体に冷や汗が流れる。手が恐怖で震えだす。

「あぁ、怖がっているんですね。でも、安心してください!あなた自身が消えることはありませんから。」
キキリアが術式の付与された紙をクリストフの額に張り付け、手をかざす。

「がぁあぁぁあああ!」
力のわかない体を無理やりにでも動かそうとする。しかし、それはさせまいとキキリアがもう片方の手で術を発動。クリストフの体が地面に張り付けられる。

「それでは、しばしの間。体、お借りしますね。さようなら。クリストフ・シュタイン。」
クリストフの体から力が抜けていく。何とも言えない不快感の塊が体の中に流れてくる。彼は、意識が途切れる直前。眼前に居座る不気味な笑みを浮かべるキキリアに向け、心の中で‘‘この借りは、必ず返す。覚えておけ。‘‘と呟いた。

先ほどまで、キキリアだったそれはその場に倒れる。そして、先ほどまでクリストフだったそれは立ち上がり、にやりと笑みを浮かべる。
「あぁ、これがクリストフの体ですか。いいですねぇ、今はまだマナが足りませんが、これなら先ほどまでの体より、いい働きができるでしょう。」
アハハと高笑いながら、クリストフ、いやキキリアはうれしそうに語る。

「さて、いつまで寝てるのですか。カルテナ?さっさと立ちなさい。」
キキリアは自分の眼前で倒れている先ほどまでキキリアだったものに声をかける。
声をかけられたそれは、その言葉がかけられるや否や、すぐに立ち上がり、キキリアの前に跪いた。

「申し訳ございません、キキリア様。不肖カルテナ、ただいま目覚めました。新たな体を手に入れられたこと、うれしく思います。」
カルテナは口早にそう話す。

「よかった。このまま起きなかったら、ダンジョンの中に放り込んで、魔獣の餌にでもするところだったよ。」
キキリアは笑顔のまま容赦ない言葉をかける。

「はい。それで、この後はどうするつもりなのでしょうか?」

「うん。しばらくは、ここで騎士団長としてこの国を僕の、いや私の思うとおりに動かすつもりだよ。この国にいる転移者にも興味があるからね。君には私の団に入ってもらう。庶民の暮らしや、噂とかを調べてもらいたい。」
彼は、クリストフのようなしゃべり方に修正し、先ほどまでクリストフの座っていた執務室の席についた。

「ハッ。それではそのように致します。キキリア様。」
そう言ってカルテナは部屋から消えた。
残されたキキリアはふむといって、執務室の外を見る。

「すべては、計画通り。次の段階は戦争といったところでしょう。決行は二か月後。それまでにこの国が動けるようにしないといけませんね。あぁ!楽しみだ!」
キキリアは狂気じみた笑みを浮かべながら、そう言って先ほどまでクリストフがしていた仕事をやり始めた。




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