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第3話『半月』

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 3-1


 昨日文化祭が無事に終わり、翌日の今日は振替休日になっていた。久々の何もない休日、家で一人ゆっくり過ごすことも考えたが、せっかく時間ができたのだからここは倉富に声をかけるべきだと思って会う約束をしていた。学校のトイレでして以来正剛まさたけ側がまた忙しくなって会えずじまいだったし、我慢の限界に達した彼にまたトイレに連れ込まれるようなことになるのは御免だ。
 待ち合わせ場所のコンビニに着くと、倉富がすでに来ていないか外から店内の様子を窺ってみたが、坊主頭はどこにも見当たらなかった。このまま外で待とうかと、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
 柔らかく吹きつける風は少しだけ冷たさを孕んでいた。もう冬が目の前まで迫ってきているんだと肌で実感しつつ、まだ寒いというほどじゃないのでそのまま店の外で待つことにする。

「――よう、会長」

 スマホでニュースを読んでいると、いつの間にか倉富がすぐそばに立っていた。男らしい顔にニッと笑顔を浮かべ、正剛の手元を覗き込んでくる。

「なんだ、アダルトサイト観てたわけじゃないのか」
「こんなところでそんなもの観るわけないだろう」
「俺は結構どこでも観ちゃうけどな」
「少しは周りを気にしろよ……」

 ははっと笑うと倉富は正剛から少し離れ、正剛を上から下まで無遠慮に見回してくる。

「会長の私服姿とか新鮮」
「ああ、そういえばお互い私服で会うのは初めてだったな」

 今日はストライプの入ったTシャツの上に水色の無地のカジュアルシャツ、下はモスグリーンの綿パンツを穿いてきていた。倉富のほうは花の模様が大きく入った派手なパーカーに深い青色のジーパンといういで立ちだ。頭にはオレンジの帽子をツバを横に傾けて被っている。

「なんか会長らしい服装だよな。シンプルだけど品がいい感じする」
「そういう倉富はすいぶん派手なパーカー着てるな」
「おう。これ超気に入ってんだよ。カッコいいだろ?」
「まあすごく似合ってるとは思う」

 自分にこういうのは似合わないだろうが、やんちゃそうな雰囲気の倉富には本当によく似合っていた。

「そういえば、そろそろ俺のこと会長って呼ぶのはやめないか? 間もなく生徒会長じゃなくなるし」

 文化祭が終わり、すぐに迎える期末テストも終われば生徒会役員及び生徒会長の選挙が実施される。二学期中には旧生徒会から新生徒会への引継ぎも終わり、正剛もいよいよ生徒会長の任を解かれるのだ。

「そういえばそういう時期だったな。じゃあ今度から正剛って呼ぶわ」
「いきなり下の名前で呼ぶのかよ……」
「駄目なのか?」
「いや、別に駄目じゃないが……」

 会長と呼ばれることに慣れていたからか、倉富から正剛と呼ばれるのはどこかこそばゆい感覚がする。

「そういう正剛も俺のこと下の名前で呼べよ。あ、まさか名前知らねえとか言うんじゃねえだろうな?」
「……浩平だろ? それくらい知ってる」
「なんだ、知ってたんか。案外俺のこと好きなんだな、正剛って」
「そうは言ってないだろっ」
「じゃあ俺のこと嫌いか?」
「き、嫌いだと思ったことはないが……。むしろ表裏がなくて接し易いとさえ思っている」

 素直な気持ちを吐露すれば、倉富は少し面食らったように目をぱちくりさせた。

「……なんだ?」
「いや、俺てっきりあんたにはうざがられてるもんだと思ってたから、そういうふうに思われてるなんてマジでびっくり」
「うざいと思っていたら今日自分から誘ったりしなかったぞ……」
「そこは性欲処理感覚で呼ばれたもんだと」
「俺はそんなことしない。それなりに情を持って接しているつもりだ」

 まさか倉富をそんなふうに思える日が来るなんて、初めて身体を重ねた日には露程も思っていなかった。不良だし、真面目だけが取り柄の自分とは真逆の人間といってもいいし、打ち解け合うことなんてありえないとさえ思っていた。だけどたった三週間で正剛は自分でも驚くほど倉富に心を許せるようになっている。

「倉……浩平のこと悪く言ってるやつがいたらすごく腹が立つくらいには好感を持っている」
「それ自分で言ってて恥ずかしくねえの?」

 真顔で訊かれ、確かに普段なら照れくさくて口に出せないようなことを堂々と言っているなと気づいて正剛は急に恥ずかしくなる。少し遅れて一人顔を熱くさせていると、倉富がいつもの意地悪げな笑みを浮かべて正剛の背中に回り、そのまま圧し掛かってきた。

「でもすげえ嬉しかったぜ! 俺のことそういうふうに言ってくれるやつなかなかいねえからな!」
「重いっ……どうして乗ってくるんだっ」
「これは俺の愛情の重みだよ。それに部活引退して身体鈍ってるだろうし、運動がてらこのまま正剛んちまで背負ってけよ?」
「なんでだよ!?」



「あっ……たけっ……俺イきそうっ」
「俺もイクからっ……イっていいぞっ」

 最後の仕上げとばかりに激しく律動すれば、浩平はあられもなく乱れながら白濁を溢れさせる。同時に中がギューッと締まって快感がひときわ増し、堪えきれずに正剛も精を放った。
 疲労が一気に押し寄せてきてそのまま浩平の上に重なるようにして倒れれば、正剛を受け入れたままの男は背中に腕を回してくる。

「はあ……さすがにもうきついぞっ……」
「俺もこれ以上はケツが死にそうだわ……」

 正剛の自宅に着き、互いにシャワーを浴びるとそのまま服を着ることなく身体をぶつけ合い、それぞれ五回も達したところだ。あまりインターバルも取らずに腰を振っていたからか足腰に結構きていて、立ち上がろうとすると生まれたての小鹿みたいなおぼつかない足取りになることが容易に想像できる。

「身体洗って、父さん帰って来るからそろそろ買い物行って飯作らないと……」
「えっ!? 剛が飯作んの!?」
「うちは母親がいないからな。俺が休みで父さんが仕事のときはできるだけ俺が作ってるんだ」

 中学一年生の夏に母が肺がんで亡くなった。それから父に負担をかけまいと、正剛は必死になって料理を覚えたのだった。

「マジか……イケメンで頭がよくて料理もできるとかどんだけスペック高いんだよ」
「作れるというだけで腕自体は人並だと思うけどな。凝ったものとか複雑なものは作れないし」
「作れるってだけで神だよ、神。俺も剛の作った飯食ってみてえな~」
「なら食べて帰ればいい。なんなら泊っていってもいいぞ? 明日も休みだしな」
「マジで!?」

 浩平は嬉しそうにパッと顔を輝かせる。そしてそういう反応をされた正剛もまた、胸の中がパーっと温かくなっていくのを感じた。何気なさを装って誘ってみたけれど、本音を言えば浩平ともっと一緒にいたかったのだ。
 とりあえず身体を洗って服を身に着け、食材の買い出しに二人で出かける。いつもは一人で行く買い物も浩平がいると賑やかで、「あれが食いたい」「これが食いたい」といろいろと注文を付けられた。けれどそういうのも楽しくて自然と口元が綻んでしまう。
 家に帰るとすぐに料理に取り掛かり、浩平にも少し手伝わせつつ進めていると、そろそろ出来上がるという頃合いになってタイミングよく父親が帰宅した。

「ただいま。友達来てるのか?」
「お帰り、父さん。科は違うんだが最近仲良くなった浩平だ」
「お邪魔してます」

 浩平は丁寧に頭を下げた。礼儀正しいところもあるんだなと意外に思いつつ、けれど性に奔放なところを除けば案外常識人なのはもうわかっているので、今更驚いたりはしない。


「今日はうちに泊めるつもりなんだが、構わないだろう?」
「ああ、構わないよ。それにしても友達が泊まりに来るなんて初めてだな。よっぽど仲がいいんだろう?」
「まあ……」

 身体を重ねるほど深い仲だなんて口が裂けても言えないが、仲がいいというのは決して間違いじゃないと正剛は勝手に思っている。

「今日はお好み焼きか~」

 ダイニングテーブルの上のホットプレートを見やりながら父が嬉しそうに顔を綻ばせる。

「浩平たってのリクエストだ」
「浩平くんとは食べ物の好みが合いそうだ。お好み焼き久しぶりだから嬉しいな~」

 父が部屋着に着替えて来る間にお好み焼きは出来上がり、皿には移さずホットプレートの上で各々で切り分けてもらった。
 父がいると浩平は気まずいんじゃないかと最初心配だったが、二人が打ち解け合うのは早く、食事をしながら楽しそうに会話していた。そういえば浩平は以前、年上の男を相手によくセックスをしていたのだ。そういう経験から年上の男との会話にも慣れているのかもしれないと思うと複雑である。

「いや~、剛の父ちゃんめっちゃイケメンだな!」

 食事が終わって部屋に戻ると、浩平は勝手にベッドに寝転がる。仕方ないので正剛はデスクチェアに腰かけた。

「そうか?」
「そうだよ。男らしいし、短髪だし、爽やかな感じしていいよな~。ゲイアプリとかにいたら速攻声かけるわ」
「人の父親をそういうふうに言うのはやめてくれ……」
「まあでも俺の父ちゃんだって負けてねえけどな。ちょっと厳ついけど顔立ち自体はなかなかいいんだわ」
「お前まさか自分の父親とも……」
「さすがにそれはねえよ。親子だぜ? まあ父ちゃんのほうから迫られたら普通にやってただろうけどな!」
「まったくお前は……」

 さすがに親子でそういうことをするというのは受け入れ難いものがあるが、浩平の父親が男前だというのは十分に信じられる。なぜならその息子である浩平本人がこんなにも男前だからだ。浩平は正剛のことをよくイケメンなんて褒めてくれるが、正剛からすれば浩平のほうが余程イケメンに思える。

「そういえばさ、俺んとこも剛んとこと一緒で母ちゃんいないんだよな」
「そうだったのか?」
「おう。まあ俺んとこは病気とかじゃなくて普通に離婚しただけだし、今もたま~に会うことあるんだけどな」
「母親のほうについては行かなかったんだな」
「父ちゃんのほうが大好きだったからな、俺。弟は母ちゃんのほうについて行っちまったけど、そっちもたまに一緒に遊んだりするぜ」
「弟がいるのか。羨ましいな……」

 一人っ子の正剛は兄弟というものに対してひどく憧れがある。頼りになる兄、可愛くて甘えん坊の弟――どちらか片方だけでもいてくれたらと何度思ったかわからない。

「弟はいいぞ~。めっちゃ可愛いし癒しになるわ。けど最近ちょっと生意気になってきて、腹が立つことも増えてきたけどな」
「何歳なんだ?」
「十二歳。小六だよ」
「多感な時期だな……」

 といっても正剛は十二歳の頃に親や周囲の大人たちに反抗した覚えなんてないが、一般的には反抗期の入口に差し掛かる年齢だということは知っている。

「そういえば、浩平はいつ頃ゲイを自覚したんだ?」
「う~ん……確か中一くらいだったと思うけどな~。当時の体育教師がマッチョで顔もまあまあイケメンだったんだけど、水泳の授業んときにそいつの水着姿に興奮して思わず勃っちまったのが始まりだったと思う。まあそれまでも男のチンポに興味はあったりしたんだけど、はっきりと自覚したのはそんときだったかな~」
「俺以外で身の回りにカミングアウトしてる相手はいるのか? というか浩平って友達いるのか?」

 真剣に訊ねると、浩平は少し拗ねたような顔で睨んでくる。

「微妙に失礼なこと訊いてんじゃねえよ、この野郎」
「あ、いや、すまん。他のやつと一緒にいるところを校内で見かけたことがないもんだから、つい……」
「話をするくらいの浅い付き合いのやつは何人かいる。けどまあ……ゲイなの知ってるのは剛だけだな。父ちゃんにも言ってねえ。まあ剛の場合も事故みたいなもんだったんだけどよ」
「確かにそうだな……」

あのとき浩平はなんてことないように自分がゲイであることを認めたが、本当は正剛に逢瀬の邪魔をされて自棄になっていたところもあったのかもしれない。

「剛は今まで男を好きになったことってねえの?」
「一度もないが……どうかしたか?」
「俺が思うに、剛には少なからずゲイの素質があるんだと思うぜ? いくらすげえ気持ちいいっつったって、普通はここまで男同士のセックスに順応できねえよ」
「まあそれは認めてもいいと思っているが……」

 そういう目的で自分から浩平を家に誘ったり、彼と繋がることに一切の不快感を抱いていないのだ。それはもう自分が完全なる異性愛者じゃないということを示しているも同然と言える。

「しかし浩平以外の男とそういうことをできるかというと、そうじゃない気がする。正直想像するのも難しいな……」
「俺だけ特別ってやつ? 嬉しいこと言ってくれるじゃねえの」

 浩平は本当に嬉しそうに笑う。

「俺も今は剛のチンポしか要らねえわ。他のチンポ欲しいとか全然思わねえ」
「今は、ということは、いつかは他のを求めるつもりか?」
「そういう意味じゃねえよ。剛が相手してくれてるうちは全然他のに興味湧かねえってこと。剛のデカチン気持ちいいし、優しくしてくれるし……こう見えても俺さ、あんたのこと結構好きなんだぜ?」

 好き、の一言に、正剛の胸がまるでお湯を注ぎこまれたみたいにぶわっと熱くなる。その熱がじわじわとせり上げてきて、顔まで熱を帯びていくような感覚がした。

(なんなんだ、これは……)

 恥ずかしいような、それでいて嬉しいような――明るい感情が寄り集まって膨らみ、弾けて全身に散らばる。それは甘さを孕んだ余韻を残し、まるで微熱に浮かされたときのような心地いい気怠さに包み込まれる。

(落ち着けよ、俺っ……)

 初めて味わう強烈な感情に戸惑いながらも、正剛はすぐに心を鎮めようと努めた。今の浩平の「好き」にはきっと特別な意味はない。それはきっと平凡な好意であって、恋愛的な意味合いは含まれていないはずだ。
 だけど――そうだとわかっていても、舞い上がってしまった。そして舞い上がると同時に自覚した。目の前のこの男に対して、正剛は恋慕の想いを抱いている。男女問わず今まで誰に対しても抱いたことのない気持ちが今胸の中に溢れている。

「剛?」

 沈黙してしまった正剛に、浩平が少し心配そうな声で呼びかけて来る。だけど今目が合えば胸の中のこの熱い想いが漏れ伝わってしまいそうで、正剛はなかなか顔を上げることができなかった。


 3-2


 昨夜、就寝前に浩平のために客用の布団を準備してやったのだが、結局浩平は正剛のベッドに侵入してきて二人一緒に寝たのだった。正剛は百八十五センチ、浩平は百七十五センチとどちらもそれなりの体格をしていたのでなかなか狭かったが、好きな人と一晩中くっついていられるのは幸せだった。
 翌日の今日は紅葉狩りに近くの広域公園を訪れていた。遊歩道に沿って整然と立ち並ぶ木々は皆一様にその葉を鮮やかな色に染め、それを地面に散らした木も少なくない。ちょうど見頃といった雰囲気だが、平日だからか人気は少なく、おかげでゆっくりと見物できた。
 紅葉狩りと聞いて昨日は「そんなつまんねえことしたくねえ」とごねていた浩平も、今は楽しそうにスマホで写真を撮っている。そのことにホッとしつつ、正剛もこの時期にしか見られない美しい景色を写真に収めていく。

「なあなあ、一緒に写真撮ろうぜ?」

 こちらがいいとも言ってないのに浩平は正剛の腕を引っ張り、その腕に自分の腕を絡めて密着した上で、大きな銀杏の木をバックに写真を撮った。

「剛なんか変な顔してる」
「今のは不意打ちだったから……」
「じゃあ今度はしっかり笑えよ? ほら、三、二、一」

 慌てて表情を繕った瞬間にシャッター音が鳴り、二人でスマホの画面を覗き込む。

「今度は一応笑ってるな。もっとワーッて感じで笑ってくれてもいいんだぜ?」
「そういうのあんまり得意じゃないんだ。というかお前は少し人目を気にしろよ。こんな男同士でくっついて」

 写真を撮り終わっても浩平の腕はまだ絡まったままだ。

「そんな小せえこと気にすんなよ。誰も見てないっつーの」
「同じ学校の生徒に見られたらどう言い訳するんだ……」
「別に見られてもよくね? キスとかしてるわけじゃねえんだし、こんなのダチ同士のスキンシップだろ。それに言いたい奴には言わせときゃいいんだよ。剛だってもう生徒会長じゃなくなるんだし、就職も決まってるから何も失うもんなんかねえだろ?」
「それはまあ……そうなんだが」
「じゃあいいじゃん。ほら、次行くぞ」

 腕を引っ張って歩き出した浩平に、正剛は慌ててついていく。

「昨日はつまらなそうだのとごねたくせに、ずいぶんと楽しそうだな……」
「紅葉狩りがこんなに楽しいなんて知らなかったんだから仕方ねえじゃん。まああんたがいるからそう感じるのかもしんねえけど」

 そばにいることを許容されている。むしろ自分の存在が歓迎されているのだとわかって、正剛の胸は歓喜に満ち溢れた。好きな人と同じ時間を共有することがこんなにも嬉しくて幸せなことだということを、人生で初めて知る。もっと一緒にいたい。もっといろんな話をしたい。もっと浩平のことを見ていたい。そんな欲深い気持ちが次々と湧き出してくる。
 けれど正剛の願いとは裏腹に楽しい時間はあっという間に過ぎていき、気づけば辺りが暗くなり始めていた。まだ終わりたくない。そんな願いも虚しく公園の出入り口に着いてしまう。

「今日はここで解散だな。こんなに歩いたの久々だからなんか疲れたわ」
「じゃ、じゃあ今日もうちに泊まっていくか?」
「いや、さすがに今日は帰るよ。父ちゃんも一人じゃ寂しがるだろうしな。それに制服も持ってきてねえし」
「そうか……」

 俺だって寂しいのに、という言葉はぎりぎりのところで飲み込んだ。好意を悟られるそうで恐かったし、それを口にすると情けない男だと思われそうで嫌だった。

「何寂しそうな顔してんだよ?」

 けれど口に出さずとも顔には出ていたらしい。浩平がからかうように笑った。

「これで最後ってわけじゃねえだろ? 会おうと思えばいつでも会える距離に住んでるんだし、もうちょいしたらクリスマスとか正月とかいろいろイベントやって来るじゃん。そういうの今までスルーしてきたけど、今年は二人で遊んだりしようぜ?」
「そうだな……」

 これは永遠の別れじゃない。明日学校で電気科の教室を訪ねれば浩平に会えるだろうし、それ以外でもお互いの都合さえ合えばいつだって会えるのだ。それをわかっていても、今この瞬間のひと時の別れを寂しく感じてしまう。一晩一緒にいたから余計にそう感じるのかもしれない。
 浩平が駐輪場から自分の自転車を押して出て来る。本当に家に帰ってしまうのだ。

「じゃあ行くわ。またな」
「……ああ。気をつけてな」
「剛もな」

 ニッと笑って浩平はペダルを漕ぎ出し、あっという間に互いの間にあった距離が開いていく。百メートルほど行ったところで一度こちらを振り返り、勢いよく手を振ってきたのに正剛も手を振り返した。
 柔らかく吹き付けてきた風は昨日よりも冷たさを孕んでいる。まるで自分の心の中を表しているようだと感じながら、正剛もゆっくりと歩き出した。

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