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おじさんはチュートリアルから奇跡を起こす

第001話 人生最低最悪の日

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 老若男女問わず規則正しく並び、数百人を収容できる鉄の箱が来るのを待っていた。

 その箱が到着するなり、列の先頭からなだれ込み、すし詰めにパックされて次の場所に送られる。

 中継地で開封され、中から飛び出すと、カルガモの行進のように次の工程に進んでいく。

 まるで流れ作業のように変わり映えの無い日常。

 今日も俺は会社に出勤して、いつもと同じように仕事をするはずだった。

「関内巫光《せきうちみつる》、今日限りで君を解雇する」
「え、どういうことですか!?」
「うるさい。さっさと出ていけ!!」

 しかし、会社に行くなり、社長の部屋に呼び出されて理不尽にクビを言い渡された。食い下がろうとするが、社長は取り合うことなく俺を部屋から追い払う。

「はぁ……」

 部屋から出てため息を吐くと、数少ない同僚たちから同情的な視線が送られる。

 おそらく前回の大きな仕事の失敗の責任を俺に被せたのだろう。あの人のやりそうなことだ。こうなってはどうすることもできない。

 ここはあまり大きくない会社で、典型的なワンマン社長。法律的に辞めさせることはできないとしても、居場所がなくなって残り続けることは難しい。

 俺は、私物をまとめて適当な段ボールに詰め込んで会社を後にした。

「ん?」

 途方に暮れながら歩いていると、見知っている人物の姿が視界に入る。

 それは俺が付き合っている女性、北条加奈。しかし、彼女は若い男と二人で連れだって歩いていた。

 確か今日は仕事だと言っていたはず。あいつは誰だ?

「加奈」
「な、なんであなたがここに!?」

 不審に思って声を掛けると、加奈はひどく狼狽えた。

「おい、あんたは誰だ?」
「俺は加奈の彼氏だ」
「どういうことだ?」

 俺の返事に、男は話が違うとでもいいたげな表情で加奈を睨みつける。

「こんな奴が私の彼氏なわけないでしょ。付きまとわれて困ってるのよ……」

 しかし、加奈が鬱陶しそうにとんでもないことを言い始めた。

「ちょ、俺はそんなことはしていない」
「モテないからって女にストーカーしてんじゃねぇよ!!」

 慌てて詰め寄ろうとするが、男が間に入って俺を睨みつける。

 くっ。これではこれ以上近づけそうにない。

「もう二度と近づかないでよね。あんたみたいな奴が私に釣り合うわけないでしょ」
「痛い目に遭いたくなかったら失せろ。このストーカー野郎!!」

 加奈はうんざりしたような表情で言い放ち、すたすたと歩いていく。男も捨て台詞を吐いて去っていった。

 浮気をしていた彼女に言いがかりをつけられて振られた上に、間男に誹謗中傷までされる始末。

 俺がいったい何をしたっていうんだ……。

 周りから不審者のレッテルを貼られしまった俺は、いそいそとその場から逃げ出した。しかし、不幸はそこで終わりではなかった。

「あははは……マジで何が起こってんだよ……」

 俺はその光景に乾いた笑みを浮かべる他なかった。なぜなら、住んでいた家が真っ赤に燃え上がっていたからだ。

 俺の両親は他界している。家は両親から受け継いだものだ。警察から事情聴取を受けたり、手続きをしたりしたせいで、すっかり遅くなってしまった。

「今日から寝るところどうしようか……」

 時期が悪く、今日はどこのホテルもいっぱいで部屋がとれそうにない状況。こんな時に俺が頼れるのは兄貴だけだ。

「あ、兄貴か?」
『巫光、どうしたんだ?』

 兄貴は嫌な声色を全く感じさせずに電話に出てくれた。

「いや、家が燃えちゃってな」
『おいおい、大丈夫か? 分かった。今日はウチに泊まると良い』

 それだけ言うと、兄貴は察してくれる。

「兄貴、ありがとう」
『それくらい気にすんな。それじゃあ、待ってるからな』
「ああ」

 流石頼れる兄貴だ。気分が少し軽くなった。

 俺はすぐに兄貴の家の向かう。バスに乗り、最寄りのバス停で下りて兄貴の家を目指して歩く。

 しかし、もう終わったと思っていた俺の不幸はまだ続いていた。

 ――キキーッ

「うっ!?」

 ま、眩しい!?

 青信号を渡ったはずなのに、車が俺に向かって突っ込んでくる。考え事をしながら歩いていたせいで、反応が遅れてしまった。

 ――ドンッ

「かはっ」

 車に吹き飛ばされ、道路に背中を打ち付ける。肺から空気が押し出されて呼吸が止まる。

「お、おい、大丈夫か!?」

 誰かが俺に声を掛けてくれたのが分かった。でも、もう声を出せそうにない。そして、視界がだんだん暗くなって何も見えなくなった。



「ん……んん……ここは……」

 目を覚ますと、見覚えのない室内だった。

「あっ、おじさん!! 目を覚ましたんだね。よかったぁ……もう何日も眠ったままだったんだよ? 心配したんだからっ」

 ちょうどスライド式のドアが開き、中に入ってきたのは兄貴の娘、姪っ子の関内亜理紗だ。彼女は俺の様子を見て安堵するように大きく息を吐いた。

 何日も寝ていたせいか、声が上手く出なかったが、素直に頭を下げる。

「あ、あぁ、すまんな。心配かけた」

 亜理紗は数年合わないうちにすっかり綺麗に成長していた。クォーターでブロンドヘアーの活発系ポニーテール美少女だ。確かもう高校生だったか。前回会ったのは中学生になったばかりの頃だ。

 彼女は不思議と俺に懐いている。数年前まで結構頻繁に兄貴の家に行っていて、彼女の世話をすることが多かったせいかもしれない。

 俺は姪っ子の彼女を小さい頃からずっと可愛がっていた。

 兄貴たちが家に帰れない時に一緒に留守番をしてやったり、遊びに連れていったり。よく電話してきては、次はいつ来るのかと、せがまれたものだ。

「先生、呼んで来るね」

 過去を懐かしんでいると、亜理紗はすぐ病室を出ていった。しばらくすると、医師と看護師を連れて戻ってくる。

「関内さん、お加減はいかがですか?」
「あ、はい、どこにも異常は――ん? あれ?」

 先生にそう言われて体を起こそうとするけど下半身が全く動かない。
 おいおい、どうなってるんだ?

「ここ、触られているの分かりますか?」
「え?」

 先生の言葉に無意識に言葉が漏れる。

 俺は体の何処かを触られているのか?

「ここは?」

 俺は首を起こして先生の行動を確認する。先生の手は確実に俺の足を触っていた。しかし、全くなんの感覚もない。

 俺は先生に首を振る。

「関内さん、あなたは下半身不随になっている恐れがあります……」
「……」

 その宣告に俺は目の前が真っ暗になった。
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