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2巻
2-1
しおりを挟む第一話 最初の街を抜けて
一人の少女が、大樹の前で跪いて頭を垂れた。
手を組んで祈りを捧げてから、十代後半程度のその少女は目を開けて、悲しげな表情で大樹を見上げる。
少女の容姿は恐ろしいほどに整っていた。人間とは違う、細長くて先端が尖った耳。流れるような金髪のロングヘアー。サファイアのように青い瞳。
彼女は、森の妖精と呼ばれるエルフの一人だった。
少女が絶望的な表情で呟く。
「あぁ……世界樹様。私達は、これからどうしたらよろしいのでしょうか……」
少女がそう呼びかけた大樹は、ただの木とは比べ物にならないほど大きい。
その樹高は山と言っても過言ではなく、幹は城のような巨大な建物がすっぽりと入るほどに太かった。
その木の枝に普段通り葉が茂っていれば、世界樹という名前に違わぬ雄大さを見せつけられていただろう。
しかし現在、世界樹は衰弱しており、今やかつての姿は見る影もない。
枯れた葉は舞い散り、幹や枝は干からびてところどころ割れてしまっていて、弱々しさを感じさせる。もはや風前の灯火だ。
数カ月前までは、この大樹も青々とした葉を茂らせて悠然とそびえ立っていた。しかしある日を境に、木は前触れなく徐々に葉を枯らして、乾燥するように干からびてしまった。
そこにやってきた二十代前半の青年のエルフが、祈りを捧げる少女に声をかける。
「女王陛下」
大樹の前で祈る少女は、青年が呼びかけた通り、この辺り一帯の森を統べる女王だった。
少女がスッと立ち上がって振り返る。
「どうかしましたか?」
「イーストウッド氏族にも病が広がっています。いかがいたしますか?」
青年が苦々しい顔で報告した。
世界樹の衰弱化とともに、エルフの森に訪れたもう一つの危機。それが未知の病だった。瞬く間にエルフの森に流行った病気で、罹った者は高熱を出して徐々に弱っていく。
とれる対策も、感染者を隔離することや、感染者の弱体化を遅らせるためにポーションを飲ませるくらい。
彼女は森の被害が拡大していくのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
死者が出ていないのだけが不幸中の幸いだ。
だがそれも時間の問題で、もう動けないほどに衰弱し、ベッドの上で横になっている者も多い。
いつ誰が命を落としてもおかしくはなかった。
「世界樹様がこのようなお姿になった時に疫病まで広がるなんて……神が与えた試練だというにはあまりに酷ですね」
青年の言葉を聞き、少女が表情を曇らせて空を見上げた。
一拍置いてから、彼女は青年に指示を出す。
「とにかく、今は弱体化を抑える以外に方法がありません。薬師と治療師を総動員して、患者が衰弱しないよう治療にあたってください」
「承知しました」
少女の指示を聞くと、青年は一礼してその場を去った。
「都合のいい話かもしれませんが、この森の危機を誰か助けてくれないものでしょうか……こほっ」
一人になった少女は、大樹の前で自嘲気味に呟く。
そんな彼女にも病の影は迫っていた。
彼女はもう一度世界樹を振り返って少し見つめた後、気持ちを入れ替えてその場を後にするのだった。
◆ ◆ ◆
「いやぁ、まさに旅立ちに相応しい日だな」
冒険者の総本山アルクィメスという街を出発した俺――ケンゴは、そう言いながらグイッと身体を伸ばした。
「ケンゴは嬉しそうね」
旅をする仲間であり、俺の彼女でもあるリンネが隣で微笑む。
「そりゃあ、嬉しいよ。今までは街の外をゆっくり見ることもできなかったからな」
俺はそう言って、街の外の空気を目一杯に吸いこんだ。
何度も夢想してきたファンタジーの世界をのんびり旅できるんだから、テンションが上がってしまうのも仕方ないだろう。
思えば、この世界に転移してから今までは、あまり外の世界を満喫できていない。
最初は、俺が『言語理解』しかスキルを持っていないからという理由で、転移先の国王から、『奈落』と呼ばれるどん底に突き落とされて、脱出することで頭がいっぱいだった。
無事脱出してリンネと出会ってからも、まずは冒険者としての基本を身につけるために特訓の日々だったし……常に何らかの目標を優先していて、かなり忙しなかった気がする。
でも、今は異世界での生活にもかなり慣れてきたし、Sランク冒険者としての地位も確立した。
収入も、モンスターの素材を売って確保できている。
ゆくゆくはリンネと並ぶSSSランク冒険者を目指したり、商売で稼いだりと、やりたいこともたくさんあるが、せっかくならその道中も楽しみ尽くしたいよな。
肩に乗っていた、狐と猫を足したような不思議な生物のイナホが元気よく鳴く。
『お外、初めて!』
イナホは、悪徳商人のマルモーケの屋敷に忍び込んだ時に保護した動物だ。尻尾の数や額の模様など、少し違ったところがあるが、猫とあんまり変わらない。
住んでいた里を出たところで捕獲されたことは以前聞いたが、それ以外の過去については何も知らない。
このリアクションを見る限り、生まれた時から森の奥深い秘境にでも棲んでいたのだろうか?
ちなみに、俺がイナホと意思疎通を図れるのは、『言語理解』スキルのおかげだ。
国王は見向きもしなかったが、俺が持っている『言語理解』は固有スキルに属していて、異種族との会話ができたり、古代文字を読めたりといった力がある。
「おお。イナホも俺と一緒か。楽しもうな」
『うん!』
俺が頭を撫でてやると、イナホは気持ちよさそうに喉を鳴らして俺の顔に頭を擦りつける。
「言われてみれば、私も初めて冒険に出た時はワクワクしたかも」
俺の言葉を聞いていたリンネが、顎に人差し指を当て、少し遠くを見つめながら同意した。
「だろ?」
「ええ。でも、すぐに嫌になるわよ?」
「おいおい。せっかく楽しみにしてるんだから、水を差さないでくれよ」
俺は肩を竦めた。
「ふふふ、ごめんなさい」
いたずらっ子のような笑顔を見せつつ、リンネが謝る。
彼女が言わんとすることもなんとなく分かる。
この世界の移動は基本的に徒歩か馬車で、移動は楽しむというより、時間も労力もかかるという認識だ。馬車の乗り心地も決していいものではないし、夜はモンスターがいて、ゆっくり休むこともできない。問題点をあげればキリがない。
だが俺には、『奈落』に落とされた際に、謎の巨大船を偶然見つけて所有者になったことで手に入れた、オーパーツの数々がある。
この世界の技術力では、到底生み出せないような高性能な機械だ。これらがあれば、苦行だと思われている移動でさえ快適にできる自信があった。
まぁ、今はこの空気感を楽しむために、まだ使わないけれど……
「ところで、俺達が向かうのってどんなところなんだ?」
俺は気持ちを切り替えて、リンネに尋ねた。
何も考えずに彼女に従って歩いてきたから、肝心なことを聞いていなかった。
「そういえば伝えていなかったわね。今目指しているのは大洞窟よ」
「大洞窟?」
俺は聞いたことのない名称に首を傾げる。
「大洞窟っていうのは、その名の通り大きな洞窟なんだけど、その広大さのあまり、まだ誰も最奥まで到達できていない魔境の一つね。モンスターが巣食う内部は、その強さに応じて浅層、中層、下層、深層という風に分かれているわ。それから、深層にはSSランク以上のモンスターが溢れているそうよ。私もまだ行ったことがないんだけど、広すぎて深層にたどり着くまで二カ月はかかるみたい」
「深層まででそんなにかかるなら、その先の最奧に行くのにはかなり時間が必要になるな。よっぽど物好きじゃないと、最深部に行きたいとは考えないだろう」
大洞窟を攻略しようと思ったら、行きと帰りを合わせて半年分くらいの食料や道具を持っていかなければならない。少なくとも大量の荷物を収納できるマジックバッグは必要不可欠。
それに、ダンジョンの中で半年以上の生活を強いられるとなれば、相当のストレスになるはず。
深層に辿り着ける人間でさえかなり少なそうだ。
「物好きで悪かったわね」
頬を膨らませてそう言うリンネに、俺は慌てて弁解する。
「別に悪いとは言ってないだろ? それに、リンネが行きたい場所なら、俺はどこでもついていくさ」
「もうっ!」
それだけ言うと、リンネは顔を赤くして俺の脇を肘で小突く。
さっきの俺の「初めての旅」発言に水を差されたからな。つい意地悪なことを言ってしまった。
そのまま歩き続けていると、いつの間にか街道を行き交う人々がいなくなっていた。
そろそろアレの出番かな。
徒歩でのピクニックは十分堪能したし、俺達以外には誰もいない状況。これならオーパーツを使っても問題なさそうだ。
いつまでもこのまま歩いて……ってわけにもいかないだろうし。
「ちょっと止まってくれ」
俺がリンネに呼びかけると、彼女はその場で足を止めた。
「どうしたの?」
「そろそろ乗り物を出そうと思ってな」
「レグナータ、だっけ? あの黒い乗り物のこと?」
リンネが、不思議そうにこちらの顔を覗き込む。
レグナータは、俺が『奈落』から脱出した時に使った、超高速で走るバイクのことだ。
「いや、別のやつさ。旅にぴったりのな」
だが今回は、それとは違う乗り物を使うつもりだった。
「馬を買わなかったのには意味があったのね」
得意げな俺の言葉に、リンネが感心して頷いた。
俺はそのまま適当な効果音を口ずさんで、手首に身につけたエイダスを起動した。
これは、俺が『奈落』で手に入れた巨大船の倉庫から自由にアイテムを取り出したり、自分が手に入れた素材などを別空間に収納したりできるデバイスだ。いわばこの世界で言う、マジックバッグのようなもの。ちなみに仲間や船の内部との通信も可能である。
「テレレッテレー! 普通の馬車~!」
俺はそう言って、倉庫にあった馬車を目の前に出現させる。
最初に倉庫を見た際に、ずっと使いたいと思っていた乗り物だった。レグナータ同様、超技術で造られた馬車だ。馬型のロボットがキャンピングカーのような見た目の箱を引いている。
リンネが馬車を見て、口をパクパクさせてから俺に噛みついた。
「全っ然、普通の馬車じゃないわよ! 馬は生き物じゃないし、後ろの箱も見たことないような形してるじゃない!」
形だけとはいえ、馬が箱を引いているんだから、俺の中では馬車でいいと思うんだが……
イナホはそんなリンネの様子を気にすることもなく、俺の肩から降りて馬車に近づいた。周囲を歩き回ってあちこち見ている。
『すっごーい! おっきいね!!』
新しい物好きなのだろうか、かなり興味津々だ。
「この馬車はチャリオン。そして馬はヒッポロイドという馬型のロボ……ゴーレムみたいなものだな。高い知能を持っていて、自分の判断で障害物を自動的に避けてくれるし、目的地まで勝手に進んでくれるんだぞ?」
「そんな馬、見たことも聞いたことないわよ!」
俺が丁寧に馬車の説明をしている横で、リンネはぷりぷりと怒っていた。
リンネの反応が面白くて、ついふざけてしまったが、そろそろ本気で怒られそうだな。
俺はリンネの頭をポンポンと軽く撫でる。
「はははっ。悪い悪い。冗談だって」
リンネがため息を吐いて、ようやく落ち着いた。
「そういえば、このヒッポロイドに名前でもつけるか。知能があるし、生き物じゃないとはいえ可哀想だからな」
「そうね……ゴレホーという名前はどうしかしら?」
リンネが少し俯いて考えた後、自信ありげに答える。
その名前のどこにそんな自信を持てる要素があるのか問い詰めたいところだが、いったん理由を聞くか。
「……なんでそんな名前になったんだ?」
「え? ゴーレムの馬なんだから、二つを掛け合わせたのよ」
リンネは俺の傍で、さも普通でしょ、と言わんばかりの顔をしていた。
「な、なるほどな」
俺は彼女の話を聞き流しつつ、そのネーミングセンスに戦慄した。顔を引きつらせることしかできない。
ここはヒッポロイドのためにも、俺がいい名前をつけてやらないと。
「シルバ、というのはどうだろう」
ヒッポロイドのメタリックカラーから連想した。我ながらかっこいい名前な気がする。
「ふーん。ケンゴがいいなら、それでいいんじゃない?」
特にリンネも、自身のゴレホー案を推すこともなかったので、俺が名付けたシルバで正式決定した。
「よし! それじゃあ、お前は今日からシルバだ」
『マスター、承知しました! これからよろしくお願いします』
シルバがひひーんと嘶き、俺に挨拶した。
「おう、よろしくな」
俺がシルバの首を撫でていると、リンネが尋ねてくる。
「ケンゴはシルバとも話せるわけ?」
「ん? ああ、そうみたいだな」
リンネに言われてから気付いたが、『言語理解』のおかげなのか、俺はシルバの言葉も分かるようだ。
「ケンゴはいいわねぇ。イナホとも話すことができるし」
イナホやシルバと楽しそうに会話をしている様子を見て羨ましくなったのか、リンネがジトッとした視線を送ってきた。
「ははははっ。これも俺のスキルのおかげさ」
俺は腰に手を当ててドヤ顔で応える。
すると、俺から視線を逸らしてリンネがイナホを呼んだ。
「イナホ、おいで~」
『ん? お姉ちゃん、呼んだ~』
イナホは、馬車の方から戻ってリンネの胸に飛び込む。
「別にいいわ。私の方がイナホに好かれてるもの」
イナホに頬ずりしながら、ニヤリと口を歪めるリンネ。
ぐぬぬ……俺が主なのに!
「ふ、ふん、そんなことしたって、悔しくないんだからね!」
俺はそう言い返すが、悔しさのあまり、変な口調になってしまった。
「それよりも、せっかく出したんだから馬車の中を見ましょうよ」
「そうだな」
リンネに促されて、俺はキャンピングカーのような屋形のドアを開いて中へ入った。
「お手をどうぞ、お姫様」
「ふん」
俺がご令嬢をエスコートするように恭しく手を差し出すと、リンネがそっぽを向きながら自分の手をのせた。
そのままひょいっと彼女を中へ引き上げる。
リンネの表情を見る限り、満更でもなさそうだ。
屋形の中は、二十畳以上の広さで、高級ホテルのようだった。システムキッチンのような区画の他、リビングと思しき場所にはソファやテーブルなどが置かれている。さらには、巨大なディスプレイが壁に備え付けられていた。
これなら揺れてもお尻が痛くならないだろうし、快適な旅が送れるはずだ。
「な、なんなのよこれ……! やっぱり普通じゃないわよ……外から見たら、こんなに広くなかったはずなのに。マジックバッグと同じだわ……」
リンネは、俺の横で呆然としていた。
空間魔法が施されたマジックバッグでさえ、希少とされている世界だ。その魔法が乗り物に施されているともなれば、驚いてもおかしくはない。
「凄いだろ?」
「え、ええ……」
俺が自信たっぷりに問いかければ、リンネは心ここに在らずといった様子で頷く。
それから、彼女は少し俯いて考え込んだ後――
「ねぇ……」
顔を上げて、意を決したように俺に声をかけた。
「ん?」
「……ケンゴっていったい何者なの? レグナータといい、この馬車といい、国宝なんて目じゃない道具をたくさん持っているうえに、私達でさえ倒せない巨大な魔獣をあっさり倒せる力がある……それなのに、戦闘技術そのものは素人レベルだったし、皆が常識だと思っていることを知らない時がある。あなたみたいにちぐはぐな人は見たことないわ」
リンネが、自分の疑問を吐き出す。
冒険者の過去を無暗に探るのはご法度とはいえ、流石にここまで気になる要素が積み重なれば、触れたくもなるだろう。
こちらとしても、そろそろ話そうと思っていたところだったので、リンネから切り出してくれたのはありがたかった。
リンネは俺の彼女でもあるし、このまま隠し通す必要もないしな。
「そうだな。移動しながら話すよ。ソファに座ってくれ」
「分かったわ」
俺はシルバに道なりに進むように指示を出してから、飲み物をテーブルに置いてリンネの隣に腰を下ろした。
『お話が終わったら、起こしてね~』
イナホは、俺達が座ったソファとは別の場所で丸くなって眠り出した。
リンネが俺の持ってきた飲み物に口を付けて、テーブルに戻す。
彼女が落ち着くのを待ってから、俺は説明を始める。
「どこから話せばいいかなぁ。そうだな……俺はこことは別の世界から来た人間だ」
「別の世界?」
リンネが首を傾げて、オウム返しする。
まぁ、別の世界といきなり言われても分からないよな。
パラレルワールドや異世界という概念はなさそうだし……
「うーん、そうだな。普通の手段では行くことができない、もの凄く遠い国とでも思ってもらえればいい。そこにはこの世界とは全く違う環境や文化があって、魔法やモンスターは存在しない。戦いも起きないし、平和な国だ」
「ふーん。こことは違いすぎるわね。じゃあ、この馬車もその国の技術なの?」
リンネに伝わるように、言葉を選んで話したからか、彼女はなんとなくだが理解してくれたようだ。
首を傾げながら、リンネが馬車について言及する。
「いや、この馬車は……俺がいたところのものともまた違うな。後で話すよ」
もちろんもとの世界の技術でできている部分もあるが……順を追って話さないと俺が混乱しそうなので、いったん後回しにする。
「そうなのね。それから?」
「あ、あぁ……つまり、もともと俺はそういう世界で育った一般人だったんだ。その日も普段通り仕事に行く途中だったんだけど……急に光に包まれたと思ったら、いつの間にかヒュマルス王国に召喚されていた」
「それって勇者召喚とかってやつじゃないの? ケンゴって勇者だったの?」
リンネがキョトンとした表情で俺に問う。
勇者召喚自体はリンネも知っているようだ。それなら話が早いな。
「いや、確かに召喚はされたんだが……どうやら別の勇者候補の召喚に巻き込まれただけだったみたいでな。手に入れたスキルは、俺だけ一般人以下。そのせいで、国王には役立たずだって追放されて、リンネが挑んでいたあのダンジョンに送られたんだ」
「なんですって!? 追放!?」
リンネは俺の話を静かに聞いていたが、追放という言葉が出たところで、声を荒らげながら俺に詰め寄った。いつもは可愛らしいその顔は、今は怒りで歪んでいる。
「あ、いや、今はこうしてリンネと一緒に旅できているし」
俺が宥めようとするが、リンネの怒りは収まらない。
「いや……でも、何の力も持たないあなたをあんなところに放り込むなんて! ただの人殺しじゃない! 一歩間違えれば死んでいたかもしれないのよ!?」
俺のために怒ってくれるのはとても嬉しいが、これでは話の続きができなくなってしまう。
「もちろん俺だって、ヒュマルスの国王に思うところはあるけど……とりあえず終わったことだから。な?」
俺が頭を軽く叩くようにポンポンと撫でながら言うと、リンネはようやく落ち着きを取り戻した。
「そうね……興奮しすぎたわ。ご、ごめんなさい……」
「怒ってるわけじゃないから気にしないでくれ……で、飛ばされた後の話だが、その部屋には大きな秘密があった。天井に魔法陣のような模様に似せた暗号が隠されていてな。俺が『言語理解』のスキルを使ってそれを読み解くと、隠し部屋が現れたんだ。そしてそこには、この世界ではありえないほど高度な技術を持った船が一隻置いてあった」
「なるほどね。この馬車に使われている技術も、そこで見つけたものってことね?」
「その通り。船――アルゴノイアを見つけた俺は、そのまま所有者になった。若々しい身体やレグナータ、この馬車みたいなアイテムを手に入れられたのは、その恩恵だ」
「そうだったのね。道理で常識や戦闘技術がないわけだわ」
俺がひと通り説明を終えると、リンネはすっきりした表情になった。
これまで自分の中でモヤモヤしていたものは、どうやら消え去ったようだ。
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