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エピローグ

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「……ここは?」

 俺が目を覚ますと、見慣れない白の天井があった。
 背中に伝わるマットと下半身に被せられた布団の感触。どうやら俺は、ベッドに仰向けになっているらしい。

「気が付きましたかー」
「……サヤ」

 首だけ動かすと、ベッドのすぐ傍の椅子に座ってこちらを見つめているサヤがいた。
 起き上がろうとすると、

「いててっ」

 全身に激痛が走った。

「あれだけの事故をしたのでしから、じっとしとかなきゃですよー」
「事故……ああ」

 ぼんやりとしていた頭が働き始め、ようやく思い出した。俺は戻ってきた直後に轢かれたんだ。

「俺は、あれからどうなった?」
「救急車で病院に担ぎ込まれました。右足の骨折、全身打撲だそうです。そして、順平さんは心身がお疲れの様でして、丸一日眠ってましたよ」
「丸一日も……。そんなに寝てたのか」

 ナナとの戦いで俺は精根使い果たしていたから、体が休息を欲しがってたんだな。

「順平さんってば夢の中でも攻撃を避けていたのか、一晩中寝言を言ってましたよ」
「一晩中って……もしかして、ずっと傍にいてくれたのか?」
「当然ですっ。ナナさんも途中までは一緒だったのですが、上の世界に戻る時間が来てしまい、渋々ご帰還なされました」
「そっか。期限がね――って待て! じゃあなぜサヤがまだ居るんだ!?」

 けが人は絶対安静だけど、ここは盛大に驚かせていただく。サヤがこの世界に滞在できるのは、三日間――昨日までのはずだ。

「それはですねえ……。不幸を払うためです」
「はい? 誰の?」
「順平さんのですよぅ」
「……意味がわからない」

 俺の不幸は綺麗さっぱりなくなったはずだろ? これからは、溜まりに溜まった幸福を謳歌する予定なんだぞ。

「実は、通常とは違う世界で疑似運命を迎えてしまった影響だそうでして、順平さんの不幸はなくなりませんでした」
「……俺に不幸が残ってるなんて嘘だ」

 信じない、もとい信じたくない。

「本当ですよー。その証拠に、順平さん、事故に遭いましたからねぇ」
「…………」

 そういえばそうだ。あれは不幸としか思えない。

「しかしですね、死の心配はございませんし、徐々に減ってきているのでご心配なく。私は、無事不幸が消滅するまでお傍に居ますよー」
「消滅するまでって、いつ?」
「はてさて?」
「ふぜけてると怒るよ?」

 ここはふざけていい場面ではない。

「そ、それがわからないのですよぅ。減少幅も不安定でして、いつになるやら……」
「…………」

 なんだよその滅茶苦茶な展開は。俺に、安息の時は来ないってか?

「ですがご安心を。レベル3の不幸はしっかり回避できますよ」
「え? 不幸予測は出来ないんじゃなかったの?」
「イキガミであるナナさんがお帰りになった今は正常に動作してます。ついさっきもですね、順平さんの右足を吊るしている機材が分解して落ちるという不幸を観測しまして、看護師さんに無理言って外してもらってますよ」
「ああね」

 通りで骨折してるのに、テレビとかで観るあれがないわけだ。

「でもですねー。やっぱりバランスと反動の関係でレベル2と1は防げないのですけど」
「…………」

 まあそんなオチが来るだろうと思ったよ。俺はもう、金輪際不幸に関しては一喜一憂しない。
「というわけでありますよー。ではでは、改めまして……」
 椅子から立ち上がり、わざとらしくコホンと咳をして、

「高坂順平さん。私があなたをお守りします」

 初めて会った日と同じ台詞、同じ笑顔を見せてくれた。

「……ああ。頼みました」

 でも俺は、あの日と違って――笑顔を返した。

「ではでは。本部で順平さんの御身を案じてらっしゃるナナさんと、事務所で不眠不休の祈りを奉げている八頭さんに、意識が戻りましたと電話をしてまいりますねー」
「あ、サヤっ」

 回れ右したところで、無意識に声をかけていた。

「なんでしょうかー?」
「…………」
「私の顔をジーっと見つめて、どうなさいました?」
「……いや。なんでもない。連絡、頼んだ」
「はいですよー」

 元気よく部屋を出るサヤ。その小さい背中を眺めながら、さっき言おうとしたことを浮かべていた。

 俺は不幸のせいで迷惑を被っていた。
 俺は不幸が大嫌いで、絶対に払う、決別する、と断言していた。
 不幸は、余計なお荷物でしかなかった。
 でも……。
 サヤと一緒に、もう少し、騒がしくも愉快な毎日が送れるのなら――

 不幸も悪くないかもしれない。

 レベル2や1の不幸なんて、サヤが言ったように人生を楽しむ隠し味。
 ガラにもなく、そう思ったんだ。
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