74 / 74
エピローグ
しおりを挟む
「……ここは?」
俺が目を覚ますと、見慣れない白の天井があった。
背中に伝わるマットと下半身に被せられた布団の感触。どうやら俺は、ベッドに仰向けになっているらしい。
「気が付きましたかー」
「……サヤ」
首だけ動かすと、ベッドのすぐ傍の椅子に座ってこちらを見つめているサヤがいた。
起き上がろうとすると、
「いててっ」
全身に激痛が走った。
「あれだけの事故をしたのでしから、じっとしとかなきゃですよー」
「事故……ああ」
ぼんやりとしていた頭が働き始め、ようやく思い出した。俺は戻ってきた直後に轢かれたんだ。
「俺は、あれからどうなった?」
「救急車で病院に担ぎ込まれました。右足の骨折、全身打撲だそうです。そして、順平さんは心身がお疲れの様でして、丸一日眠ってましたよ」
「丸一日も……。そんなに寝てたのか」
ナナとの戦いで俺は精根使い果たしていたから、体が休息を欲しがってたんだな。
「順平さんってば夢の中でも攻撃を避けていたのか、一晩中寝言を言ってましたよ」
「一晩中って……もしかして、ずっと傍にいてくれたのか?」
「当然ですっ。ナナさんも途中までは一緒だったのですが、上の世界に戻る時間が来てしまい、渋々ご帰還なされました」
「そっか。期限がね――って待て! じゃあなぜサヤがまだ居るんだ!?」
けが人は絶対安静だけど、ここは盛大に驚かせていただく。サヤがこの世界に滞在できるのは、三日間――昨日までのはずだ。
「それはですねえ……。不幸を払うためです」
「はい? 誰の?」
「順平さんのですよぅ」
「……意味がわからない」
俺の不幸は綺麗さっぱりなくなったはずだろ? これからは、溜まりに溜まった幸福を謳歌する予定なんだぞ。
「実は、通常とは違う世界で疑似運命を迎えてしまった影響だそうでして、順平さんの不幸はなくなりませんでした」
「……俺に不幸が残ってるなんて嘘だ」
信じない、もとい信じたくない。
「本当ですよー。その証拠に、順平さん、事故に遭いましたからねぇ」
「…………」
そういえばそうだ。あれは不幸としか思えない。
「しかしですね、死の心配はございませんし、徐々に減ってきているのでご心配なく。私は、無事不幸が消滅するまでお傍に居ますよー」
「消滅するまでって、いつ?」
「はてさて?」
「ふぜけてると怒るよ?」
ここはふざけていい場面ではない。
「そ、それがわからないのですよぅ。減少幅も不安定でして、いつになるやら……」
「…………」
なんだよその滅茶苦茶な展開は。俺に、安息の時は来ないってか?
「ですがご安心を。レベル3の不幸はしっかり回避できますよ」
「え? 不幸予測は出来ないんじゃなかったの?」
「イキガミであるナナさんがお帰りになった今は正常に動作してます。ついさっきもですね、順平さんの右足を吊るしている機材が分解して落ちるという不幸を観測しまして、看護師さんに無理言って外してもらってますよ」
「ああね」
通りで骨折してるのに、テレビとかで観るあれがないわけだ。
「でもですねー。やっぱりバランスと反動の関係でレベル2と1は防げないのですけど」
「…………」
まあそんなオチが来るだろうと思ったよ。俺はもう、金輪際不幸に関しては一喜一憂しない。
「というわけでありますよー。ではでは、改めまして……」
椅子から立ち上がり、わざとらしくコホンと咳をして、
「高坂順平さん。私があなたをお守りします」
初めて会った日と同じ台詞、同じ笑顔を見せてくれた。
「……ああ。頼みました」
でも俺は、あの日と違って――笑顔を返した。
「ではでは。本部で順平さんの御身を案じてらっしゃるナナさんと、事務所で不眠不休の祈りを奉げている八頭さんに、意識が戻りましたと電話をしてまいりますねー」
「あ、サヤっ」
回れ右したところで、無意識に声をかけていた。
「なんでしょうかー?」
「…………」
「私の顔をジーっと見つめて、どうなさいました?」
「……いや。なんでもない。連絡、頼んだ」
「はいですよー」
元気よく部屋を出るサヤ。その小さい背中を眺めながら、さっき言おうとしたことを浮かべていた。
俺は不幸のせいで迷惑を被っていた。
俺は不幸が大嫌いで、絶対に払う、決別する、と断言していた。
不幸は、余計なお荷物でしかなかった。
でも……。
サヤと一緒に、もう少し、騒がしくも愉快な毎日が送れるのなら――
不幸も悪くないかもしれない。
レベル2や1の不幸なんて、サヤが言ったように人生を楽しむ隠し味。
ガラにもなく、そう思ったんだ。
俺が目を覚ますと、見慣れない白の天井があった。
背中に伝わるマットと下半身に被せられた布団の感触。どうやら俺は、ベッドに仰向けになっているらしい。
「気が付きましたかー」
「……サヤ」
首だけ動かすと、ベッドのすぐ傍の椅子に座ってこちらを見つめているサヤがいた。
起き上がろうとすると、
「いててっ」
全身に激痛が走った。
「あれだけの事故をしたのでしから、じっとしとかなきゃですよー」
「事故……ああ」
ぼんやりとしていた頭が働き始め、ようやく思い出した。俺は戻ってきた直後に轢かれたんだ。
「俺は、あれからどうなった?」
「救急車で病院に担ぎ込まれました。右足の骨折、全身打撲だそうです。そして、順平さんは心身がお疲れの様でして、丸一日眠ってましたよ」
「丸一日も……。そんなに寝てたのか」
ナナとの戦いで俺は精根使い果たしていたから、体が休息を欲しがってたんだな。
「順平さんってば夢の中でも攻撃を避けていたのか、一晩中寝言を言ってましたよ」
「一晩中って……もしかして、ずっと傍にいてくれたのか?」
「当然ですっ。ナナさんも途中までは一緒だったのですが、上の世界に戻る時間が来てしまい、渋々ご帰還なされました」
「そっか。期限がね――って待て! じゃあなぜサヤがまだ居るんだ!?」
けが人は絶対安静だけど、ここは盛大に驚かせていただく。サヤがこの世界に滞在できるのは、三日間――昨日までのはずだ。
「それはですねえ……。不幸を払うためです」
「はい? 誰の?」
「順平さんのですよぅ」
「……意味がわからない」
俺の不幸は綺麗さっぱりなくなったはずだろ? これからは、溜まりに溜まった幸福を謳歌する予定なんだぞ。
「実は、通常とは違う世界で疑似運命を迎えてしまった影響だそうでして、順平さんの不幸はなくなりませんでした」
「……俺に不幸が残ってるなんて嘘だ」
信じない、もとい信じたくない。
「本当ですよー。その証拠に、順平さん、事故に遭いましたからねぇ」
「…………」
そういえばそうだ。あれは不幸としか思えない。
「しかしですね、死の心配はございませんし、徐々に減ってきているのでご心配なく。私は、無事不幸が消滅するまでお傍に居ますよー」
「消滅するまでって、いつ?」
「はてさて?」
「ふぜけてると怒るよ?」
ここはふざけていい場面ではない。
「そ、それがわからないのですよぅ。減少幅も不安定でして、いつになるやら……」
「…………」
なんだよその滅茶苦茶な展開は。俺に、安息の時は来ないってか?
「ですがご安心を。レベル3の不幸はしっかり回避できますよ」
「え? 不幸予測は出来ないんじゃなかったの?」
「イキガミであるナナさんがお帰りになった今は正常に動作してます。ついさっきもですね、順平さんの右足を吊るしている機材が分解して落ちるという不幸を観測しまして、看護師さんに無理言って外してもらってますよ」
「ああね」
通りで骨折してるのに、テレビとかで観るあれがないわけだ。
「でもですねー。やっぱりバランスと反動の関係でレベル2と1は防げないのですけど」
「…………」
まあそんなオチが来るだろうと思ったよ。俺はもう、金輪際不幸に関しては一喜一憂しない。
「というわけでありますよー。ではでは、改めまして……」
椅子から立ち上がり、わざとらしくコホンと咳をして、
「高坂順平さん。私があなたをお守りします」
初めて会った日と同じ台詞、同じ笑顔を見せてくれた。
「……ああ。頼みました」
でも俺は、あの日と違って――笑顔を返した。
「ではでは。本部で順平さんの御身を案じてらっしゃるナナさんと、事務所で不眠不休の祈りを奉げている八頭さんに、意識が戻りましたと電話をしてまいりますねー」
「あ、サヤっ」
回れ右したところで、無意識に声をかけていた。
「なんでしょうかー?」
「…………」
「私の顔をジーっと見つめて、どうなさいました?」
「……いや。なんでもない。連絡、頼んだ」
「はいですよー」
元気よく部屋を出るサヤ。その小さい背中を眺めながら、さっき言おうとしたことを浮かべていた。
俺は不幸のせいで迷惑を被っていた。
俺は不幸が大嫌いで、絶対に払う、決別する、と断言していた。
不幸は、余計なお荷物でしかなかった。
でも……。
サヤと一緒に、もう少し、騒がしくも愉快な毎日が送れるのなら――
不幸も悪くないかもしれない。
レベル2や1の不幸なんて、サヤが言ったように人生を楽しむ隠し味。
ガラにもなく、そう思ったんだ。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」
GOM
キャラ文芸
ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。
そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。
GOMがお送りします地元ファンタジー物語。
アルファポリス初登場です。
イラスト:鷲羽さん
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
薔薇と少年
白亜凛
キャラ文芸
路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。
夕べ、店の近くで男が刺されたという。
警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。
常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。
ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。
アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。
事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる