高坂くんは不幸だらけ

甘露煮ざらめ

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「……こちらの手違いが判明。任務は、直ちに中止」
「……そんなことが……くそっ!!」

 拳を作り、地面を叩きつけた。
 サヤが命を張った途端に……中止だなんて。本当なら、俺の不幸が終わった後のはずなのに……これも俺の不幸のせいなのかよ! 大きくなった不幸がサヤに影響して、嘲笑ってるのかよっ!!

「ちくしょう……! ちくしょう……っ!」

 何度も何度も叩きつける。鈍い音がして、痛みが走っても、拳の先に妙な温かみを感じても、殴り続ける。こんな、こんなことって、あるのかよ!

「……ごめんなさい」
「…………お前は、悪くないよ」

 ナナは命令に従っただけ。イキガミだって、世界の秩序を守るために動いただけ。
 誰にも非なんてない。

「……ジュンペイ」
「…………ごめん。悪いけど、今は二人にしてくれないか」
「……わかった」

 静かに頷いて、ナナの周囲が歪み、消えた。

「……サヤ」

 彼女は眠っているように目を閉じていた。
 ごくわずかな呼吸音は聞こえるけど、背中に回した俺の手が見える程に身体は透けてしまっている。

「……サヤ。サヤ……」

 視界がぼやけ、生暖かい水滴が頬を通り顎を伝い落ちていく。苦しくもないのに、息が上手くできない。

「……温かい、です」
「サヤっ!」

 サヤがゆっくりと弱弱しく瞳を開いた。

「……あらら……。泣かないでくださいよぅ」
「あ、ああ。ご、ごめんな」

 手の甲で瞳を擦って視界を回復させ、袖でサヤの頬を拭った。

「…………私、大好きな人の為に命を使えて、とっても幸せです」
「なっ、何バカなこと言ってるんだよ! 俺のために、そんなことを……」

 涙腺が限界まで刺激される。でも今だけは我慢する。これ以上サヤに涙は見せられない。

「…………私の魂どうなるのですか、ねぇ。もしも、生まれ変わってこの世界の人間になれたら、順平さんとお付き合い、できます、ね」
「…………」
「…………すみません。順平さん、迷惑でしたよね。私、なんて……」
「そんなことないよ! 絶対にない! サヤはこんなにも俺を想ってくれてるのに……」

 力いっぱい、大きく、首を左右に振る。

「…………ありがとう、ございますですー」
「さ、サヤっ!」
「…………なんだか、眠くなってきました」

 力なく口元を緩ませて、瞳をゆっくりと閉じた。

「目を開けてくれ! ど、どうせ何食わぬ顔して復活すんだろ? もう三文芝居はこの辺でいいから、起き上がれよっ! 早く、あの笑顔を見せてくれよ!! 早く、早く……」
「………………すみません」

 瞳は開くことなく、ようやく聞こえる声で呟いた。

「……サヤ」
「………………あはは。シガミの私が、言うのも、なんですけど、死ぬのって怖いみたいですぅ」
「…………」
「………………なので、抱きしめてもらえ、ますかぁ? 順平、さんの腕の中で、消えたい、です……」
「わかった!」

 絶対に放さないように抱きしめる。

「………………順平さんの温かさが、伝わり、ます」
「…………サヤ」

 もう、ほとんど消えてしまって……サヤは、自分の最期をわかっているんだ……。

「………………しっかり、抱きしめて、ください、ね」
「ああ!」

 力を加えれば壊れそうな華奢な体をしっかりと抱きしめた。

「…………しっかり、抱きしめて、くださいね」
「ああ!」

 残っている力を全部使って、抱きしめる。

「……しっかり、抱きしめてくださいね」
「ああ!!」

 存在を確かめるように、何度も何度も強く抱きしめる。

「しっかり、抱きしめてくださいね」
「ああ!!」

 一秒でも長く、こうしていたい。

「しっかり抱きしめてくださいね」
「ああ!! …………あれ……?」

 サヤの声が段々、元気になってきている。
 どうして?
 嬉しいことだけどおかしなことなので、家訓するために少し顔を離して――

「へ?」

 顔を離すと、サヤの体がすっかり元通りになっていた。絹のような真っ白の肌が、目の前に、あった。

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