高坂くんは不幸だらけ

甘露煮ざらめ

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「こ、こんにちは」
「こんにちはですー」
「なんだてめぇ!?」

 ドアを潜ると……。いきなり、モヒカンお兄さんの射抜くような眼差しがお出迎えをしてくれた。
 こぢんまりとした内装とは正反対の剣呑とした雰囲気だ。背後に飾られている『一日一善』の色紙が明らかに浮いている。

「あのですね、八頭龍造さんにお会いしたくて来たんですけど」
「あぁ! 若頭に用ってか? テメーらが?」

 若頭ってなんだったけ。偉い、のか?

「はい。龍造さん、いらっしゃいますか?」
「いるにはいるが、あの人はお前らが会っていいようなお人じゃねーよ」

 いや、前日に会ってんだけど。しかも、そちらからいらしてますけども。
 ほらね。この名刺が証拠です。

「あん? これをどこで手に入れやがった?」
「八頭さんにお会いして」
「たまたま拾ったんじゃねーのー。アニキはよく物を落とすからよ」

 ここでフラッと新手の金髪さんが登場。状況が厄介になりつつある。

「いえ、直接頂いたんです。とにかく、八頭さんにお会いしたいんです」
「いーや駄目だね。他の組の斥候かもしれねーしな」

 俺たちがそんな危険人物に見えますか? 特に俺は現在進行形で、狩る側ではなく狩られる側ですよ?

「お願いしますっ。八頭さんに会わせてくださいっ!」
「しつけーよ。さっさと帰りやがれ」

 ここで追い返されては元も子もないので必死に頭を下げるけど、首を縦には振ってくれない。

「どうにか一目だけでも。そしたらわかってもらえ」
「てめえ、いい加減にしねえと痛い目見ることになるぞ?」

 金髪さんが拳を作り、はぁ~と息をかける。これに何の効果があるか不明だけど、殴られるととっても痛そう。
 前門の金髪、後門のイキガミ。
 でも、金髪は命まで取らないだろうから……顔が腫れる覚悟をしてでも八頭さんに声が届くように、全力で名前を叫んで――

「八頭さーん! 八頭さーん! 八頭さーん! 八頭さーん!」
「ちょっ、サヤっ!?」

 突然隣で、口に手を添えて大声を発せられた。
 俺が考えていた行動を実行したからビックリだが、お前どんだけ勇者なんだよ。ほら、眼前では青筋を立ててる二人が――ってこら。山彦を聞くポーズをするんじゃないっ。火に油を注ぐだけだからっ。

「……どうやら、ヤキ入れられてぇようだなぁ?」
「い、いえ。こ、これは……その……」

 指をバキバキ鳴らして今にも蹂躙開始の勢い。てか、ここの方針はかたぎに手を出さない、じゃないの? ありがちな、下っ端だから無視なの?

「なんだ? 表が騒がしいじゃねーか」

 ! って思っていたら、サヤの声が耳に入ったらしい。不機嫌な顔で、会いたかった人が現れた。

「てめえら、なにやって――あっ!」

 おお、早速気付いてくれた。眼前では拳が振り上げられて下手に動けないから、目礼をする。

「アニキ、この餓鬼が会わせろってしつこくてしつこくておぶっ」

 わぁ。稲妻のような掌底がモヒカンさんの顎を打ち抜いた。

「何してるんすか! と、ところでこの小僧が若頭の名刺をくぶぅ?」

 今度は、惚れ惚れする右フックが金髪さんのテンプルを打ち抜いた。
 お二人とも、殺虫剤を喰らった虫のようにピクピクなされてる。

「こ、これはどうも旦那に姉御。うちの若い奴らが粗相を致しまして」
「い、いえ。突然来た俺たちが悪いんですから」

 言動に問題があるものの、俺らが来なければすごむこともなかったんだ。あまり怒らないであげてください。

「あ、アニキ、な、何を……?」
「バカ共が……この御二人はオレの命の恩人だ。次失礼なことしたら、許さねえからな」
「「は、はぃぃ」」
「ったく。ところで今日は、どのようなご用件で?」
「えーとですね。実は武器を持った女の子に狙われてまして、しばらくかくまって欲しいなと」

 武器持ちの少女が襲ってくる。こんな荒唐無稽な話を信じてくれるだろうか。


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