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「…………大丈夫。俺は、大丈夫」
努めて表情を変えない様にして、変わり果てた小麦の塊を袋に仕舞う。
生産者の皆様、製造者の皆様、申し訳ありません。食料を無駄にして、ごめんなさい。
はぁ。
「あ~。私のサンドイッチが残っていればよかったのですがー……」
「ボクも……すぐにお腹が一杯になっちゃうから少なくて、もう残ってない……」
「ううん。どっちも気にしないで」
サヤはサンドイッチ一つだし、悠人の弁当箱は女子が食べるにしても足りないと思えるほどに小さい。二人とも、そこまで気を遣ってくれる必要はないよ。
でも……。育ち盛りの学生のお腹は、満たされないワケでして。俺を嘲弄するように、腹が鳴るワケでして。
どうしようかと考えていたら、不意に光が差し込んできた。
「仕方ない。哀れな順平にあたしがおかずを進呈してやろうではないかっ」
「マジか!?」
不意にやってきた光の正体は、遥。我が幼馴染は後光と見間違えるほどの素晴らしい光を背後から放ち、素敵な笑みをお浮かべになられた。
「マジさ! ほれ、このだし巻き卵をあげるから、あーん、しなさいな」
「サンキュ! あーん」
まるで親からエサを貰う小鳥のように口を開け、ふっくらとした卵焼きをパクリ。ゆっくり咀嚼すると、卵とだしが見事に融合した上品な味が広がった。
「う~む。美味です」
「そうだろう、そうだろう。あたしの謹製だからね」
「嘘つけ。アンタの弁当は、おばさんが毎朝6時に起きて作ってくれてるんでしょうがよ」
この人は、料理――というか、家事全般がまったく駄目。カレーを温める時はかき回すのを忘れて焦がすわ、アイロンは加減がわからずシャツを黒こげにするわ。絵に描いたような典型的な失敗を何度も繰り返す強者で、『将来一人で生きていけるのだろうか』と、俺はいつも心配でたまらないんだよね。
「まーまー、細かいことはなしの方向で。次は、アスパラベーコンだぜ? いくかい?」
「おうっ。あたぼうよ――」
「な、ななななな何をなさってるのですかー!?」
突如サヤの絶叫が聞こえ、俺と遥は同時に発生源の方を向いた。
「な、なに? どうしたのさ?」
「い、今のはっ。カップルや新婚夫婦のイベント、『あなた、あ~ん。おまえ、パクっ』ではないですか! お、お二人はそういう関係だったのですかっ!!」
「あ~。そのことか」
「あ~。そのことねぇ」
俺と遥は顔を見合わせて苦笑した。
そういや、これと似たようなことを中学の時、悠人にも言われたっけ。面倒だけど説明しないといけないか。
「俺たちは物心付いた時からの幼馴染でさ、昔から一緒に寝て、ご飯食べたり風呂入ったり、本当の兄弟みたいに育ったんだよ。だからこれもその中の一つみたいなもんで、サヤが思ってるような関係ではないよ。ねえ遥」
家族より一緒にいる時間が長いから、遥と恋なんて有り得ない話。さっきのだって、俺たちにとっちゃ普通なんだけどねえ。
「……はぅ。あたし、は……そんな関係、でも、いい、よ? じゅんぺーくん……」
「オメーは何トチ狂ってんですか。ややこしくなること言うんじゃねーですよ」
なんだそのしおらしい仕草と口調は。初めてくん付なんてされたせいで、寒くもないのに全身に鳥肌が立ったわ。
「あははははは。そうムキになりなさんな。まあ順平の言う通りで、あたしたちは心の繋がった分身みたいなもんだからさ。サヤっちと悠人っちは安心しなよ」
「そ、そうでしたか……」
「そうそうっ。それじゃあ、昼休みが終わらないうちに残り食べちゃおうか。ほれ、順平」
「おお。サンキュです」
こうして遥の施しを受け、俺は無事、昼食を終えたのであった。
散々悪口を言ったけど、あれだね。幼馴染万歳!
☆
努めて表情を変えない様にして、変わり果てた小麦の塊を袋に仕舞う。
生産者の皆様、製造者の皆様、申し訳ありません。食料を無駄にして、ごめんなさい。
はぁ。
「あ~。私のサンドイッチが残っていればよかったのですがー……」
「ボクも……すぐにお腹が一杯になっちゃうから少なくて、もう残ってない……」
「ううん。どっちも気にしないで」
サヤはサンドイッチ一つだし、悠人の弁当箱は女子が食べるにしても足りないと思えるほどに小さい。二人とも、そこまで気を遣ってくれる必要はないよ。
でも……。育ち盛りの学生のお腹は、満たされないワケでして。俺を嘲弄するように、腹が鳴るワケでして。
どうしようかと考えていたら、不意に光が差し込んできた。
「仕方ない。哀れな順平にあたしがおかずを進呈してやろうではないかっ」
「マジか!?」
不意にやってきた光の正体は、遥。我が幼馴染は後光と見間違えるほどの素晴らしい光を背後から放ち、素敵な笑みをお浮かべになられた。
「マジさ! ほれ、このだし巻き卵をあげるから、あーん、しなさいな」
「サンキュ! あーん」
まるで親からエサを貰う小鳥のように口を開け、ふっくらとした卵焼きをパクリ。ゆっくり咀嚼すると、卵とだしが見事に融合した上品な味が広がった。
「う~む。美味です」
「そうだろう、そうだろう。あたしの謹製だからね」
「嘘つけ。アンタの弁当は、おばさんが毎朝6時に起きて作ってくれてるんでしょうがよ」
この人は、料理――というか、家事全般がまったく駄目。カレーを温める時はかき回すのを忘れて焦がすわ、アイロンは加減がわからずシャツを黒こげにするわ。絵に描いたような典型的な失敗を何度も繰り返す強者で、『将来一人で生きていけるのだろうか』と、俺はいつも心配でたまらないんだよね。
「まーまー、細かいことはなしの方向で。次は、アスパラベーコンだぜ? いくかい?」
「おうっ。あたぼうよ――」
「な、ななななな何をなさってるのですかー!?」
突如サヤの絶叫が聞こえ、俺と遥は同時に発生源の方を向いた。
「な、なに? どうしたのさ?」
「い、今のはっ。カップルや新婚夫婦のイベント、『あなた、あ~ん。おまえ、パクっ』ではないですか! お、お二人はそういう関係だったのですかっ!!」
「あ~。そのことか」
「あ~。そのことねぇ」
俺と遥は顔を見合わせて苦笑した。
そういや、これと似たようなことを中学の時、悠人にも言われたっけ。面倒だけど説明しないといけないか。
「俺たちは物心付いた時からの幼馴染でさ、昔から一緒に寝て、ご飯食べたり風呂入ったり、本当の兄弟みたいに育ったんだよ。だからこれもその中の一つみたいなもんで、サヤが思ってるような関係ではないよ。ねえ遥」
家族より一緒にいる時間が長いから、遥と恋なんて有り得ない話。さっきのだって、俺たちにとっちゃ普通なんだけどねえ。
「……はぅ。あたし、は……そんな関係、でも、いい、よ? じゅんぺーくん……」
「オメーは何トチ狂ってんですか。ややこしくなること言うんじゃねーですよ」
なんだそのしおらしい仕草と口調は。初めてくん付なんてされたせいで、寒くもないのに全身に鳥肌が立ったわ。
「あははははは。そうムキになりなさんな。まあ順平の言う通りで、あたしたちは心の繋がった分身みたいなもんだからさ。サヤっちと悠人っちは安心しなよ」
「そ、そうでしたか……」
「そうそうっ。それじゃあ、昼休みが終わらないうちに残り食べちゃおうか。ほれ、順平」
「おお。サンキュです」
こうして遥の施しを受け、俺は無事、昼食を終えたのであった。
散々悪口を言ったけど、あれだね。幼馴染万歳!
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