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第7章 試練編

第73話 失われた記憶/亮二

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 俺が2年ぶりに目を覚ましてから3ヶ月が過ぎ今は平成24年1月……
 ようやく俺はリハビリを開始した。

 俺が初めて目を覚ました時、目の前には驚いた顔をしている真保姉ちゃんらしき人がいた。らしきというのは俺が知っている真保姉ちゃんよりもずっと大人の人だったから……

 でも泣きながら俺に抱きつき「亮二が目を覚ました!! 亮二が!! うわーっ!!」と泣き叫んでいるその声は紛れもなく真保姉ちゃんの声だ。

「ま、真保姉ちゃんだよね……?」

「そうよ。お姉ちゃんよ!!」

「ほ、本当に……?」

「え? も、もしかして亮二、私の顔を忘れたの!?」

「い、いや……何だか真保姉ちゃんの顔が大人っぽく見えるから……どう見ても中学生らしくないというか……」

「えっ!? 亮二、まさか……」

 その後、主治医の先生や両親も直ぐに駆けつけいくつかの質問に答えるという簡単んな検査が行われた後に脳の精密検査を行った。

 検査の結果、俺は一部に記憶障害があることが分かる。

 一部の記憶障害……俺の記憶は何故か中学生の1学期くらいまでの記憶しかない。勿論、学力も小学校6年生レベルで止まっている。

 真保姉ちゃんから今の俺は22歳で大学2年生の時に事故にあい、2年もの間、ずっと眠った状態だったと聞かされた時は直ぐには信じる事ができなかった。

 でも鏡で自分の顔を見た時に俺の記憶に残っている13歳の顔よりも成長している顔を確認して真保姉ちゃん達が言っている事が本当なんだというのは理解できた。

 中学や高校での記憶が無いのに実は大学生だったというのは俺にとってはかなりショックだった。未来にタイムスリップしたような感覚だけど、漫画やアニメなどでよくあるタイムスリップは今までの記憶がある状況でのタイムスリップなのに何故、俺の場合は肝心なところの記憶が無いんだよともどかしさと腹立たしさが入り混じっていた。まぁ、本当にタイムスリップした訳では無いけども……

 友達の顔も小学生時代の友人や中学1年の時のクラスメイト、それと演劇部の人達しか覚えていないので、2学期以降に仲良くなったと思われる友人や高校、大学から知り合った人達、大学でサークルにも所属していたみたいだけど誰一人、俺は覚えていない。

 山田さんという家族と昨年、再婚したという根津さんという家族がお見舞いに来てくれた事があったけど俺はこの人達と今まで何をしてきたのか、どんな思い出があるのか、何一つ、思い出せなかった。

 根津さんというおじさんからバイト繋がりだと教えてもらったけど、俺はバイトという言葉にあまりピンとこなかった。バイトって高校生にならないとできないものだし……

 その時、山田さんの息子さんだという翔太君という若い子が何か言いたそうな顔でジッと俺の顔を見ていたけど、何も言わず、帰り際になって「本当に何も覚えていないんですか……」と肩を落としながら呟いていたのがとても印象に残り今でも忘れられない。だから退院した時には彼とは一度、ゆっくり話がしたいとは思った。

 せっかくお見舞いに来てくれても俺がその人達の事を全然覚えていない事を知ると落ち込んだり泣きながら帰って行く本当は親しい間柄だったはずの人達の姿を見るととても辛く悲しかった。

 だから俺も必死に彼等の事を思い出そうとしたけど、思い出そうとすればする程、頭が痛くなり吐き気が起こってしまうので主治医の青木先生からは「無理に思い出そうとすれば体に悪い影響を与えるかもしれないから今は焦らず自然に任せよう」と言われ、今はなるべく何も考えないようにしている。

 幸い全ての記憶を失った訳ではなく広美家族や千夏ねぇ家族の事は中学生1学期頃までの記憶はある。それだけが俺にとっては救いだけど、ただ現在、広美は女優として活躍していているらしいし、あの千夏ねぇは社会人で俺の事故を知って直ぐにに東京本社勤務から地元の橋本金属工業青葉工場勤務に変更し、地元に戻ってからは毎日俺のお見舞いに来てくれていたと聞き凄く驚いた。ちなみに今も毎日、お見舞いに来てくれている。

 驚いたといえば広美は昨年公開された映画がデビュー作なのに、その作品で『助演女優賞』を受賞したらしく全国区の女優になったそうだ。恐らく俺は広美がここまでなる過程を知っていたんだろうし、応援もしていたんだろうけど、今の俺は何も覚えていない。目を覚ますと子供の頃から片思いをしていた広美がいきなり雲の上の人になってしまっていて戸惑いを隠せなかった。

 戸惑いと言えば三田加奈子という名前のとても綺麗な女の子……

 俺が中1の夏休みにエキサイトランドで迷子になっていた当時、幼稚園児だった加奈子ちゃんを助けたのが最初の出会いで、それから5年後に再びエキサイトランドで再会してからの付き合いだそうで……そして俺が事故にあったのは車に轢かれかけていた加奈子ちゃんを助けたからだという事だけど……

 でも俺はこの子の事は何も覚えていない。あの翔太君や一緒に来ていた桜ちゃんと同い年で中学3年生の女の子らしいけど……3月に高校の受験があり、俺が通っていたらしい青葉東高校を受けるそうだ。

 っていうか、俺がよくあんな進学校に行けたよなぁと思わず感心してしまう。多分、広美が隆おじさんの母校でもある青葉東高校に行くって小さい頃から言っていたから……『広美の事が好きな俺』も一緒の高校に行く為に必死で勉強を頑張ったんだろうけど……

 俺が目覚めた日に加奈子ちゃんが病室に来てくれた。でも俺が彼女の事を何も覚えていない事を知った途端、彼女は泣き崩れてしまった。

 俺は申し訳無さ過ぎて彼女の事を必死に思い出そうとしたけど、頭が痛くなってしまい、薬の影響もありそのまま眠ってしまった。

 そして次の日の夕方、病室に加奈子ちゃんが再びやって来た。

「え? き、君は……昨日の……」

「りょう君、私の名前は三田加奈子です。今まで通り、今日からも毎日、病院に来るから改めてよろしくね?」

 加奈子ちゃんの表情は昨日と違って何か吹っ切れたようなキリッとした表情をしている様に見えた。

「え? あ、ああ……よろしく……ってか今、毎日来るって言った? 今朝、真保姉ちゃんから君の事はある程度教えてもらったけど、三田さんって受験生なんだよね? 今、とても大事な時期なのに病院なんかに来ている場合じゃ……」

「大丈夫!! ここで勉強するから!! それに今のりょう君は勉強が小学生レベルなんでしょ? だから私が中学の勉強を教えてあげたいし……リハビリが始まった時にはそのお手伝いもするつもりだし!!」

「えっ!?」

 いくら俺が助けたからといって何でこんなに美人の女子が俺なんかの為にそこまで……もしかしたら、これは罪滅ぼしなのかもしれない……

 そんな罪滅ぼしのつもりで三田さんの大切な時間を俺なんかの為に犠牲にさせるなんて嫌だ。

「み、三田さん……罪滅ぼしのつもりなら止めて欲しい。俺は君を恨んでなんていないし無理して毎日来なくてもいいから……」

「違う!! 無理なんかしていないわ!!」

「え? で、でもさ……」

「罪滅ぼしだけで来るんじゃない。私はりょう君の事がずっとずっと小さい頃から大好きだったの!! だ、だから毎日来たいの!! りょう君の顔を毎日見たいから来るの!!」

「み、三田さんが俺を……?」

「うん、今は思い出せなくてもいつかきっと……それと私の事を三田さんって呼ぶのは止めて欲しい。私の事はカナ……いえ、加奈子って呼んで欲しい……」

「えっ!?」

 全然、知らない美少女にいきなり名前呼びするのはハードルが高過ぎるというか……

「りょう君、お願い!!」

「わ、分かった……それじゃぁ……か、加奈子ちゃん……」

「はい、りょう君、これからもよろしくね?」

 
 加奈子ちゃんは俺が記憶を無くしてしまった人達の中で何度もお見舞いに来てくれる唯一の人となった。

 俺としてはこんな可愛い子が毎日病室に来てくれるのは嬉しいし、有難い。けれど凄く緊張もする。それに俺は広美の事が……

 広美にずっと片思いしている俺が本当に22歳までこんな可愛い子と仲良くしていたのだろうか? 

 中学生以降の記憶を早く取り戻したい。そして俺と加奈子ちゃんの『本当の関係』を知りたい……
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