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第4章 成長編
第36話 憧れの人/加奈子
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「加奈子、演劇部への入部は考えてくれたかな?」
平田姉妹から演劇部とバスケ部に誘われてから一週間が経った日の朝、教室で沙耶香が私にそう聞いてきた。でも私はまだどうしようか悩んでいる。
「まだ、ちょっと悩んでいて……」
「えーっ? そんなに悩むことなのかなぁ? とりあえず入部して嫌なら辞めちゃえばいいんだし……でも演劇って一回、大勢の人の前で演技をしたら凄く気持ち良くて絶対にハマると思うんだけどなぁ……」
「そ、そうなんだぁ……でも大勢の前で演技をするところを想像しただけで緊張しちゃうけど……」
それに嫌になったから辞めるっていうのも私にはできないだろうし……
「まぁ結論はまだいいわ。それじゃぁ一度、演劇部の練習を見に来てよ? その方が決めやすいんじゃない? ほら、よく言うでしょ? 百分は一見にしかずって……」
「沙耶香、それを言うなら『百聞は一見に如かず』だよ」
「えっ、いつから?」
「昔からだよ」
「えーっ、よくパパがそう言っていたからそういうことわざだと思っていたのに。それによくこの言葉を使って部員集めまでしていたんだよ……どおりで皆、私がそれを言うと不思議そうな顔をしていたんだわ!! パパのバカッ!! やっぱりパパは桃花と一緒で運動しか能の無いバカだった!!」
うわぁ、沙耶香のお父さん可哀想……
私は答えを正してしまった事で沙耶香と父親との仲が悪くなるかもしれないと思い、後悔すると同時に沙耶香には苦笑いをすることしかできなかった。
しばらくして父親に対しての怒りが少し落ち着いた沙耶香が突然、身の上話を始めた。
「私さ、本当は青葉三中に行きたかったんだ……」
「え、何で?」
「私ね、元々は三中校区に住んでいたの。だから小学校5年生までは青葉第六小学校に通っていたんだよ」
「へぇ、そうなんだぁ……」
ってことは沙耶香はりょう君や広美さんと同じ小学校に通っていたんだ。それはビックリだなぁ……
「それでね、私が8歳の時に三中の文化祭に行ったの。それで演劇部のお芝居を観たんだけど、そうしたらとても演技が上手なお兄さんとお姉さんがいてさ、私、凄く感動しちゃって……それで私も4年生になったら演劇部に入ろうと思ったんだぁ……」
「そうだったんだねぇ……」
ん? 沙耶香が8歳の頃で演技が上手な中学生のお兄さんとお姉さん……いや、まさかね……
「だから私、お芝居が終わった後にさ、二人のところまで行ったのよ。でもお兄さんに話しかけるのはちょっと恥ずかしくて無理だったんだけど、お姉さんには話しかけることができて、そして握手をしてもらったの。本当に私、その二人の大ファンになっちゃって……で、家に帰ってからママにその事を言うとお姉さんの方はママの知り合いの娘さんだって言うから、めちゃくちゃ驚いたわ」
「えっ、知り合いの娘さん?」
「そうなの。それでパパにもその話をしたらそのお姉さんは同級生の娘だって言うから更に驚いちゃって……あ、ちなみにうちのママはパパよりも一つ年上なのよ。それで二人共、六小、三中出身なの。だから正確に言うとそのお姉さんのパパは私のママの青六小演劇部時代の後輩だったんだよぉ。凄い偶然でしょ?」
「うん、凄い偶然だね……」
「それでそのお姉さんの名前は五十鈴広美さんっていうんだけど私の憧れの人なんだぁ」
五十鈴広美!? まさかとは思ったけど、そのまさかだったんだ。
本当に驚いたなぁ……まさか沙耶香の憧れの人が広美さんで沙耶香の両親が広美さんのお父さん……りょう君の呼び方をマネると隆おじさんとは先輩や同級生の関係だっただなんて……
でも待って。沙耶香が憧れているお姉さんが広美さんだという事は……
「と、ところでさ……もう一人演技が上手だった沙耶香の憧れのお兄さんの名前は知っているの?」
「それがさぁ、残念ながら名前は知らないんだぁ。でも顔はハッキリと覚えているから今でも会えば直ぐに分かるとは思うよ。お姉さんも美人だったけど、お兄さんも私の好きなタイプの顔をしていたんだよなぁ……」
ど、どうしよう……もしそのお兄さんがりょう君だとしたら……
沙耶香の口ぶりじゃ今でもそのお兄さんの事を憧れている感じだし、これは絶対にりょう君の事は沙耶香には言わないでおこう……うん、絶対にその方がいいわ。
「どうしたの、加奈子? 何だか顔色が悪いような気がするんだけど」
「え? だ、大丈夫だよ。別に具合が悪い訳じゃないから……ただ沙耶香の話が凄すぎたから驚いちゃっただけだよ……」
「フフフ、加奈子甘いわね。凄いのはこれからよ」
「えっ? ま、まだ凄い話があるの?」
「そうだよ。これは凄いよ。何故、私が三中に行きたかったかっていう事なんだけど……」
「え? それはその五十鈴広美さんやお兄さん達がいた同じ学校の演劇部に入部したかったからじゃないの?」
「まぁ、それも理由の一つではあるけど、その演劇部にはもっと凄い先輩が昔、在籍していたのよ」
「もっと凄い先輩?」
「加奈子も岸本ひろみっていう女優は知っているよね?」
「岸本ひろみは知ってるよ。映画やドラマで大活躍だし、日本で知らない人なんていないんじゃないの? って、も、もしかして……」
「そうよ。そのもしかよ。その女優の岸本ひろみさんも六小、三中の元演劇部なんだよ。そしてうちのママは演劇部時代の岸本ひろみさんの先輩だし、パパも広美さんのパパ同様に同級生だったのよ。これって、メチャクチャ凄いと思わない!?」
そうだったんだぁ……あの女優の岸本ひろみが六小、三中出身だっただなんて……
りょう君はその事は知っているのかな?
広美さんが東京に行ってからりょう君はあまり私に広美さんの話はしないからなぁ……きっと私に気を遣ってくれているんだと思うけど……
「加奈子、どうなの? 凄いと思わない?」
「え? うん、ほんと凄いわ。三中から有名人が出ていたなんて驚いたわ」
広美さんの頑張り次第では先でもう一人有名人が増える可能性もあるけど……
「でしょう? だから私は三中に行きたかったの。岸本ひろみさんや五十鈴広美さんの母校に私も通いたかったなぁ……でも両親がこっちの校区に家を買っちゃったから仕方無いんだけどね……」
しかし世間って狭いんだというのを私はつくづく感じてしまった。
「まぁ、いつまでも悩んでいても仕方が無いから一度、演劇部の練習風景を見学させてもらおうかな。沙耶香、今日は練習あるのかな?」
「えっ!? 見学に来てくれるの!? やったーっ!! うん、今日は練習日だよ!! それじゃぁ今日の放課後、私と一緒に部室に行きましょう!!」
「う、うん……よろしくお願いね?」
私はとりあえず演劇部の見学に行く事を決めた。それは沙耶香の話を聞いてそう思ったのは間違いないけど、中学生時代にりょう君が頑張っていた演劇部ってどんなところなのだろう……という興味が沸いてきたからというのもあった。
りょう君って沙耶香が憧れる程、お芝居が上手だったんだぁ……
今夜、そこらへんをメールで聞いてみようかなぁ……
平田姉妹から演劇部とバスケ部に誘われてから一週間が経った日の朝、教室で沙耶香が私にそう聞いてきた。でも私はまだどうしようか悩んでいる。
「まだ、ちょっと悩んでいて……」
「えーっ? そんなに悩むことなのかなぁ? とりあえず入部して嫌なら辞めちゃえばいいんだし……でも演劇って一回、大勢の人の前で演技をしたら凄く気持ち良くて絶対にハマると思うんだけどなぁ……」
「そ、そうなんだぁ……でも大勢の前で演技をするところを想像しただけで緊張しちゃうけど……」
それに嫌になったから辞めるっていうのも私にはできないだろうし……
「まぁ結論はまだいいわ。それじゃぁ一度、演劇部の練習を見に来てよ? その方が決めやすいんじゃない? ほら、よく言うでしょ? 百分は一見にしかずって……」
「沙耶香、それを言うなら『百聞は一見に如かず』だよ」
「えっ、いつから?」
「昔からだよ」
「えーっ、よくパパがそう言っていたからそういうことわざだと思っていたのに。それによくこの言葉を使って部員集めまでしていたんだよ……どおりで皆、私がそれを言うと不思議そうな顔をしていたんだわ!! パパのバカッ!! やっぱりパパは桃花と一緒で運動しか能の無いバカだった!!」
うわぁ、沙耶香のお父さん可哀想……
私は答えを正してしまった事で沙耶香と父親との仲が悪くなるかもしれないと思い、後悔すると同時に沙耶香には苦笑いをすることしかできなかった。
しばらくして父親に対しての怒りが少し落ち着いた沙耶香が突然、身の上話を始めた。
「私さ、本当は青葉三中に行きたかったんだ……」
「え、何で?」
「私ね、元々は三中校区に住んでいたの。だから小学校5年生までは青葉第六小学校に通っていたんだよ」
「へぇ、そうなんだぁ……」
ってことは沙耶香はりょう君や広美さんと同じ小学校に通っていたんだ。それはビックリだなぁ……
「それでね、私が8歳の時に三中の文化祭に行ったの。それで演劇部のお芝居を観たんだけど、そうしたらとても演技が上手なお兄さんとお姉さんがいてさ、私、凄く感動しちゃって……それで私も4年生になったら演劇部に入ろうと思ったんだぁ……」
「そうだったんだねぇ……」
ん? 沙耶香が8歳の頃で演技が上手な中学生のお兄さんとお姉さん……いや、まさかね……
「だから私、お芝居が終わった後にさ、二人のところまで行ったのよ。でもお兄さんに話しかけるのはちょっと恥ずかしくて無理だったんだけど、お姉さんには話しかけることができて、そして握手をしてもらったの。本当に私、その二人の大ファンになっちゃって……で、家に帰ってからママにその事を言うとお姉さんの方はママの知り合いの娘さんだって言うから、めちゃくちゃ驚いたわ」
「えっ、知り合いの娘さん?」
「そうなの。それでパパにもその話をしたらそのお姉さんは同級生の娘だって言うから更に驚いちゃって……あ、ちなみにうちのママはパパよりも一つ年上なのよ。それで二人共、六小、三中出身なの。だから正確に言うとそのお姉さんのパパは私のママの青六小演劇部時代の後輩だったんだよぉ。凄い偶然でしょ?」
「うん、凄い偶然だね……」
「それでそのお姉さんの名前は五十鈴広美さんっていうんだけど私の憧れの人なんだぁ」
五十鈴広美!? まさかとは思ったけど、そのまさかだったんだ。
本当に驚いたなぁ……まさか沙耶香の憧れの人が広美さんで沙耶香の両親が広美さんのお父さん……りょう君の呼び方をマネると隆おじさんとは先輩や同級生の関係だっただなんて……
でも待って。沙耶香が憧れているお姉さんが広美さんだという事は……
「と、ところでさ……もう一人演技が上手だった沙耶香の憧れのお兄さんの名前は知っているの?」
「それがさぁ、残念ながら名前は知らないんだぁ。でも顔はハッキリと覚えているから今でも会えば直ぐに分かるとは思うよ。お姉さんも美人だったけど、お兄さんも私の好きなタイプの顔をしていたんだよなぁ……」
ど、どうしよう……もしそのお兄さんがりょう君だとしたら……
沙耶香の口ぶりじゃ今でもそのお兄さんの事を憧れている感じだし、これは絶対にりょう君の事は沙耶香には言わないでおこう……うん、絶対にその方がいいわ。
「どうしたの、加奈子? 何だか顔色が悪いような気がするんだけど」
「え? だ、大丈夫だよ。別に具合が悪い訳じゃないから……ただ沙耶香の話が凄すぎたから驚いちゃっただけだよ……」
「フフフ、加奈子甘いわね。凄いのはこれからよ」
「えっ? ま、まだ凄い話があるの?」
「そうだよ。これは凄いよ。何故、私が三中に行きたかったかっていう事なんだけど……」
「え? それはその五十鈴広美さんやお兄さん達がいた同じ学校の演劇部に入部したかったからじゃないの?」
「まぁ、それも理由の一つではあるけど、その演劇部にはもっと凄い先輩が昔、在籍していたのよ」
「もっと凄い先輩?」
「加奈子も岸本ひろみっていう女優は知っているよね?」
「岸本ひろみは知ってるよ。映画やドラマで大活躍だし、日本で知らない人なんていないんじゃないの? って、も、もしかして……」
「そうよ。そのもしかよ。その女優の岸本ひろみさんも六小、三中の元演劇部なんだよ。そしてうちのママは演劇部時代の岸本ひろみさんの先輩だし、パパも広美さんのパパ同様に同級生だったのよ。これって、メチャクチャ凄いと思わない!?」
そうだったんだぁ……あの女優の岸本ひろみが六小、三中出身だっただなんて……
りょう君はその事は知っているのかな?
広美さんが東京に行ってからりょう君はあまり私に広美さんの話はしないからなぁ……きっと私に気を遣ってくれているんだと思うけど……
「加奈子、どうなの? 凄いと思わない?」
「え? うん、ほんと凄いわ。三中から有名人が出ていたなんて驚いたわ」
広美さんの頑張り次第では先でもう一人有名人が増える可能性もあるけど……
「でしょう? だから私は三中に行きたかったの。岸本ひろみさんや五十鈴広美さんの母校に私も通いたかったなぁ……でも両親がこっちの校区に家を買っちゃったから仕方無いんだけどね……」
しかし世間って狭いんだというのを私はつくづく感じてしまった。
「まぁ、いつまでも悩んでいても仕方が無いから一度、演劇部の練習風景を見学させてもらおうかな。沙耶香、今日は練習あるのかな?」
「えっ!? 見学に来てくれるの!? やったーっ!! うん、今日は練習日だよ!! それじゃぁ今日の放課後、私と一緒に部室に行きましょう!!」
「う、うん……よろしくお願いね?」
私はとりあえず演劇部の見学に行く事を決めた。それは沙耶香の話を聞いてそう思ったのは間違いないけど、中学生時代にりょう君が頑張っていた演劇部ってどんなところなのだろう……という興味が沸いてきたからというのもあった。
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