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第3章 想い編

第28話 別れのキス/亮二

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「俺は……千夏ねぇとは付き合えない……」

 やはり千夏ねぇとは恋人にはなれない。
 それが俺の出した結論だ。

「ハハハ、そっかぁ……ってことは、やっと亮君にも春が来たんだねぇ?」

「えっ!?」

「だからぁ、昨日、広美ちゃんにちゃんと告白してオッケーもらったんでしょ? そして二人は晴れてカップルに……」

「ち、違うよ」

「えっ!?」

 今度は逆に千夏ねぇの方が驚いた表情をしている。

「昨日、広美には好きだという事は伝えたよ。でも付き合って欲しいとは言わなかったんだ」

「えーっ!? 何でなの!? 好きだって言ったんでしょ? なら普通はそのまま付き合って欲しいって言うもんじゃない!?」

 うーん、納得していない千夏ねぇにどう説明すれば……

「お、俺さ……千夏ねぇが告白してくれてから今日までの間に色々と考えさせられることがあって……それでその考えた中の一つに広美に対して好きだという思いは知って欲しいけど、付き合って欲しいとは言わないって決めたんだよ……」

「なっ、何それ!? 亮君は小さい頃から広美ちゃんの事が好きでたまらかなったクセに何で急に付き合って欲しいって言わないなんて決めちゃったのよ? そ、それと……広美ちゃんと付き合わないなら私と付き合えばいいことじゃん。なのに何で私とは付き合えないの?」

 そ、それは……

「私が亮君にあんなことを言ったからダメなの? それに何人もの男性と付き合っていた事もマイナス要素なのかな……」

「千夏ねぇ、それは違うよ。あの時、千夏ねぇに『亮君の初めてになりたい』って言われた時は本当に心が揺らいだんだ。マジで童貞を卒業たいと思っていたし……そこまで言ってくれた千夏ねぇに感謝すらしたんだよ。それと今まで千夏ねぇがいくらたくさんの人と付き合おうが俺には関係無いし、決してマイナス要素では無い。千夏ねぇは美人だし、世話好きで優しいし、魅力いっぱいの女性だよ。ただ……」

「ただ何?」

「ただ、俺の中の千夏ねぇは今も、これから先も幼馴染のお姉ちゃんなんだ。小さい頃から千夏ねぇに対して憧れみたいなのはあったけど、どうしても恋愛対象にはならなくて……それなのに童貞を捨てる為だけに千夏ねぇと付き合うっていうのは、やっぱおかしいというか、俺の事を本気で好きだといってくれている千夏ねぇに失礼というか……先で絶対に後悔すると思うんだ……」

「・・・・・・」

 千夏ねぇは俯きながら黙っている。次に言う言葉を考えているのかもしれない。だから千夏ねぇが次の言葉を言う前に俺はもう一つの理由を言う事にする。

「そ、それとさ……俺さ、大学に進学する事にしたんだよ。だからこれから必死に勉強をしなくちゃいけないし、彼女をつくっている場合じゃないっていうのも理由の一つかな……」

 俺がそう言うと千夏ねぇが少し驚いた表情をしながら顔を上げ俺の顔を真っすぐ見ながら話し出す。

「驚いたなぁ……亮君、大学に進学する事にしたんだ? あれだけ就職するって言っていたのに意外だね?」

「そうだね……自分でも驚いてるよ。でも決めたからには勉強を頑張らないと……だから、せっかく千夏ねぇに紹介してもらった焼き鳥屋でのバイトも近いうちに辞めようと思っているし、エキサイトランドのバイトも夏休みが終わったら辞めるつもりなんだ」

「そっかぁ……山田さん達、とても寂しがるだろうなぁ……亮君の事、とても気に入っていたから……」

 本当は焼き鳥屋のバイトは辞めたくないけど、今の俺の成績ではどこの大学にも受からない気がするし、出来ることなら塾に行きたいと思っている。まぁ、父さんや母さんが承諾してくれたらの話だが……

「ほんと、辞めるのは辛いけど……ただ20歳になったら今度は客として通うつもりだけどね」

「ハハハ、それはいいねぇ。私もそうしよっかな……っていうか、亮君の想いはとても分かったわ。まぁ、私も大人だしさ、フラれたからって18歳の少年に駄々をこねる気もないし……はぁ、そうだよねぇ……私はいつまで経っても幼馴染のお姉さん役が似合っているのかもしれないなぁ……」

「千夏ねぇ……ゴメン……」

「別に謝らなくてもいよ。これで私も決断することができるから」

「え、決断?」

「うん、そうよ。実はさ、就職が内定している会社が一社あるんだけどね、そこの会社の子会社工場がこの青葉市にあるの。で、私はその子会社の事務系希望なんだけど、この会社の決まりとして最初の2年間は東京本社に勤務しないといけないみたいで……もし亮君と付き合う事が出来たら遠距離恋愛になっちゃうし、凄く迷っていたんだぁ。でもこれで私は何のためらいも無く東京に行けるかなと思ってさ……」

 そう言えばそうだった!! 今、千夏ねぇは大学4年生なんだ。来年には社会人になる人だった。それに比べてもし合格したとしても俺は学生……そう考えただけでも千夏ねぇと俺は釣り合わないよなぁ……

 そう考えると広美もだよな。女優とサラリーマン……千夏ねぇよりも厳しいよな? 直ぐに破局になっちまいそうだ。それと小学5年生と高校3年生……これは論外だな。ってか俺が犯罪者扱いになり完全にアウトになっちまう。今はだけど……


「そ、そうなんだ。なんか複雑な気持ちになるけど……」

「亮君が気にする必要は無いよ。元々、私はこの会社に就職したかったんだしさ。それに広美ちゃんと目的は違うけど、私も一度は東京で働くのも悪く無いんじゃないかって思っているしね。もしかしたらずっと東京に居座るかもしれないわよぉ」

 今まで当たり前のように俺の近くにいた広美や千夏ねぇがいなくなってしまうのかぁ……二人のいない日常ってどんな感じなんだろう? きっと慣れるまで寂しくなるんだろうなぁ……

 俺の少し寂し気な表情とは対照的に千夏ねぇはニコッと微笑み、そして……

「はい」

「え?」

「え? じゃないわよ。握手よ、握手」

「握手?」

「これから私達は新たな気持ちで前に進む感じになるでしょ? だからお互いに頑張ろうっていう握手よ」

「な、なるほど……」

 俺はそう言うとテーブル越しに少しだけ前かがみになる形で千夏ねえと握手をした。

 すると千夏ねぇの握手をしている方の手の握りが少し強くなったと思ったと同時に俺の手を千夏ねぇの方に引っ張ってきた。そして逆に千夏ねぇは俺に顔を近づけ……

「えっ!?」

 千夏ねぇから俺にキスをしてきたのだった。

「ち、千夏ねぇ……な、な、何でキスなんかを……?」

「フフフ、亮君、キスにも色んな種類があるんだよ。今のはお別れのキスだから、気にしなくていいから……」

 気にするなというのは無理があるだろ?
 それに俺は二日続けて女子からキスをされてしまったって事だよな?

 男として、それはそれで複雑だ……




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お読みいただきありがとうございました。

次回は千夏視点を少しと加奈子&桜視点をお送りする予定です。
第3章は残り2話ですので宜しくお願い致します。
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