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第2章 再会編

第15話 彼の唇/加奈子

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「か、カナちゃん……なのかい……?」

 私は涙が止まらなかった。
 あの時と同じ優しい顔をした、そして少し大人っぽくなった感じのりょう君……
 アルバイトをしているってことは今は高校生? それとも大学生なのかな?
 
 そんなりょう君が急いだ感じで私に近づこうとしている。
 私は居ても立っても居られなくなり思わず搭乗口と前列を塞ぐ為にされている鎖の下をくぐろうとしてしまい、搭乗口にいる女性が私に注意された。

 私はハッとしたと同時にとても恥ずかしくなった。そしてお母さんの方を見ると広美さんと夢中で話をしていていたので私が注意されたことに気付いていないみたいでホッとした。

 良かった。今のをお母さんに見られたら叱られるところだったわ。

 そう思いながら再びりょう君を見ると私の方に来るのを止めて急いで操縦室中に入ってしまった。どうしよう、今の私の危険な動きを見て怒っちゃったんじゃ……

 私が不安にかられていると操縦室のドアが開き、りょう君が出て来た。そして再び急いで私の所へと来てくれたのだ。

 私の前まで来たりょう君は少し緊張した感じで「か、カナちゃんだよね?」と話しかけてきた。

 この優しい声は間違いなくあの時のりょう君の声と同じだけど、夢を見ている様な感じだった私は「う、うん……加奈子だよ。りょう君……本当にりょう君なの?」と疑った聞き方をしてしまう。でもりょう君は笑顔で「ああ、本当にりょうだよ。あの日、お互いのぬいぐるみを交換したりょう、鎌田亮二だよ」という言葉を聞いた私は嬉し過ぎて更に涙が溢れ出してくる。

 するとりょう君は鎖を外して搭乗口の外に出て来たかと思うといきなり私の手を握ぎりると「カナちゃん、さっき俺に何か言おうとしたんだよね? 俺もカナちゃんと色々とお話したいし、今から休憩に入るから二人でハリケーン・エキスプレスの裏にあるベンチに行ってお話しないかい?」と言ってきた。

 私は「うん」とだけ言い小さく頷くと、りょう君は傍にいた私の両親にもその事を伝えてくれ、お父さんもお母さんも快く了承してくれたのでホッとした。

「それじゃカナちゃん、行こうか?」

 りょう君がそう言った瞬間、お母さんの間迎えにいた広美さんの叫び声「久子!!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

 えっ!?

 私とりょう君は驚きながらお互いの顔を見合わせ、そして広美さんの方を見た。すると広美さんは泣きながら久子おばさんに抱き着いている。

「え?」

 そうだ、りょう君は知らないんだ。
 久子おばさんと広美さんが知り合いだっていうことを……

 っていうか今、広美さん、久子おばさんのことを『久子』って呼び捨てにしていたような? だから久子おばさんも凄く驚いた顔をしているんだと思うのだけど。

 それに気づいたのか広美さんは「ひ、久子おばさん!!」と言い直していたのが少し面白かったけど、今の私は面白がっている場合じゃなかった。

 今からりょう君と二人でお話をしなくちゃいけないのに……
 どんな話をすればいいのだろう?

 今日、りょう君に会えることを知っていればもっと違う未来があったかもしれないのに……もしかしたら翔太の家に行く日だって伸ばしていたかもしれない……そうすれば翔太にキスをされることも無かったかもしれないのに……

 あの時の光景が頭の中に蘇り、私は気が重くなってしまった。悔やんでも悔やみきれない。そんな私の気持ちを知らないりょう君は広美さんと久子おばさんが知り合いだったのを凄く驚いているみたいでいっこうに私とハリケーン・エキスプレスの外に出ようとせず、そまま茫然と立っている。

 思わず私は「りょう君、行かないの?」と催促をしてしまった。するとりょう君もようやく私を待たせていたことに気付いたのか「そ、そうだね」と言って再び歩き出した。

 そんな中、久子おばさんも「広美ちゃん、久しぶりだね……まさか泣いてまで私との再会を喜んでくれるとは思わなかったわ。私が広美ちゃんと会ったのはとても小さい頃だったし、数える程しか会ってなかったし……よくおばさんのことを覚えてくれていたわねぇ……」と少し涙ぐみながら広美さんに話しかけている。

「わ、忘れるはずない……ずっと会いたかった……」

 久子おばさんって凄く優しいもんなぁ……きっと広美さんも小さい頃にとても可愛がってもらったんだろうなぁ……

「ひ、広美ちゃん……おじさんの事も覚えてくれているのかな?」

 あっ、そっか。おじさんも広美さんとは会っているんだよね?
 でも広美さんの返しは……

「覚えてない……」

「えーっ!? 嘘ーっ!! 久子の事はめちゃくちゃ覚えているのにぃ?」

 おじさんがあんなに落ち込んでいる姿を見るのは久子おばさんや翔太に何かで責められていた時以来だなぁ……でもそんな落ち込んでいるおじさんに広美さんは涙を拭いながら笑顔で「ハハハ、冗談ですよ。ちゃんとおじさんの事も覚えていますから……」言っている。

「ああ、良かったぁ!! おじさんなんて一度、広美ちゃんのオムツを取り替えたこともあったくらいだからねぇ……」

 おじさんの言葉に何故か反応している様なりょう君……それを見て何か嫌な気持ちになった私……そして少し顔を赤くしながら「そんなことを此処で言わないで」と笑顔で言っている広美さんがいるのだった。

 するとおばさんが広美さんに不思議な言葉を投げかけた。

「それにしても広美ちゃんとの再会って『何年も会えなかった親友と再会した』みたいな感覚だわぁ。なんだか不思議な気持ちだねぇ……まぁ名前も『ひろみ』だから余計にそう感じたのかもしれないわねぇ……」

「わ、私も……です」

 どういうことかな? 
 私は二人の会話の意味があまり理解できなかった。
 っていうか、今はそんな事を気にしている場合じゃ無かったわ。


 結局、広美さんもりょう君と同じ時間に休憩させてもらうことになり、私達はそれぞれ1時間程、別行動をとる事ととし、昼前にハリケーン・エキスプレスの前に集合となった。

 広美さんは私のお父さん、お母さん、静香、そして山田さん夫婦の6人で屋根のある大きなテーブル席へと歩いて行く。

 桜ちゃんのお母さんは根津さんに会いに行くと言って事務所の中に入っていった。

 そして翔太と桜ちゃんはそのまま残り二人でハリケーン・エキスプレスに乗る事に。頑張って桜ちゃん!!

 そして私はりょう君に手を引かれて事務所裏のベンチへと向かう。
 りょう君の手、とても温かいなぁ……このままずっと手を繋いでいたいなぁ。



 私達二人はベンチに座っている。

 私は緊張してしまい、ずっと下を向いていた。そんな私の緊張をほぐそうとりょう君は必死に話かけてくれている。

「まさかもう一度カナちゃんに会えるとは思っていなかったよ。本当に驚いたなぁ……それに山田さん達とも知り合いだったなんてこれは奇跡としか思えないよねぇ? それに広美が幼稚園の時の先生がカナちゃんのお母さんだってこともメチャクチャ驚いたよ。あっ、広美っていうのはさっき久子さんに泣きながら抱き着いていた子で俺達は幼馴染なんだよ」
 
 そうなんだ。広美さんとりょう君は幼馴染だったんだ……そう言えば私が迷子になった日に会った綺麗なお姉さんって……そっか広美さんだったんだね。

 それと……りょう君は私とは二度と会えないと思っていたんだ……
 まぁ、そうだよね? それが普通だよね……でも……

「私は思っていたよ……」

「え?」

「私はいつかまたりょう君に会えるとずっと思っていたよ」

「そ、そうなんだ……カナちゃんって凄いね? 思いって通じるんだって事を教えてもらったよ。カナちゃんの強い思いのお陰でまたこうやってあえて嬉しいよ。ありがとね」

「私、凄くなんかないよ……」

 私は全然、凄くなんかない……それどころか最近の私は最低だと思っている。
 翔太を脅して無理矢理、桜ちゃんと付き合わせているのだから……

 桜ちゃんは嬉しそうにしているし、応援したい気持ちはとてもあるけど、もし桜ちゃんに本当の事がバレてしまったら……繊細な性格の桜ちゃんは絶対に落ち込んでしまう。それを考えただけで不安でたまらない。

 時間が経つにつれて私は翔太に『私のことが好きな証拠を見せなさい』『私と絶交しない為の条件』を言った事を悔やんでいるし、恥じていた。だから……

「ハハハ、そんな事はないさ。高校生の俺よりもしっかりしているように見えるしさ。ところでカナちゃんって今は何年生なんだい?」

「5年生……」

「へぇ、そうなんだぁ。もう5年生なんだぁ。って事は前に会ったのがちょうど5年前だから、あの時はまだ幼稚園生だったんだね?」

「うん……」

 沈黙が流れる。きっとりょう君は私を和ませる話を考えてくれているんだろうなぁ……何か申し訳無い気持ちになってしまう。私も頑張って何か言わなくちゃ……

 私はりょう君の横顔を見ようと顔を上げた時、視界にりょう君の唇が入ってきた。

 りょう君の唇、綺麗な形をしているなぁ……きっと、りょう君なら今までに誰かとキスくらいしているんだろうなぁ……

 でも、もし誰ともキスをしていないのなら、私がりょう君の初めてになりたい。

 もし、りょう君が誰ともキスをしていないのなら……
 私が突然、キスをしたらりょう君は怒るかな?

 あっ、あの時の翔太も私にこんな気持ちになっていたのかな?

「りょう君、一つ質問してもいい?」

「え? ああ、いいよ。何でも聞いてちょうだい」

「あ、あのね……りょう君って……キ……キスしたことある……?」

 私の思いがけない質問に驚いたりょう君の顔はみるみる赤くなっていく。
 そして……

「え……えーっ!?」

 私達以外に誰もいないベンチの周りをりょう君の驚いた声が響いている。






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お読みいただきありがとうございました。
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