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12話・温もりと愛

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三年に及ぶ長き戦いの末に室町幕府・朝倉家・浅井家を滅亡させた。
その後、織田軍は今もなお反抗を続ける石山本願寺と一揆衆の鎮圧に全力を上げ、長島の一向一揆を鎮圧し、高屋城の戦いでも勝利を収めた。
戦いはなおも続き、一時は浅井・朝倉らと共に包囲網の一括として徳川家の領土に侵攻した武田軍が一度撤退の後に再び挙兵し、徳川領の三河へと侵攻した。
 その報は徳川家より早馬で織田家と伝えられた。
「武田が挙兵したか?」
「はっ、武田信玄が病死し、その跡を継いだ勝頼が1万5000の兵を率いて長篠城を包囲したとのこと」
 戦況を勝家が詳細に報告する。その軍議の場には俺を含めて勝家、光秀、利家、そして先の戦での戦いが評価され、浅井家の後の近江の統治を任された旧姓・藤吉郎こそ羽柴秀吉、彼も名を解明し一大将として軍議に召集されていた。
 信長は今こそ武田を討つ好機とし、自ら3万の軍勢を率いて三河へと進軍した。軍には先鋒隊に光秀が指名され、勝家の他に佐久間信盛・丹羽長秀・池田恒興らの重臣の多くも参戦した。
 この戦は普段の戦いとは大きく戦法が異なった。鉄砲3000丁を用意し、川を挟んで堀を築いた上で馬防柵と呼ばれる柵を横長に展開した。
 これは戦国最強と謳われる武田の騎馬軍団に対抗する戦法であった。俺も初めて鉄砲を手に取ってみたが戦いとなると不思議な感じがした。
「連射が利かない武器をこんな活用法で戦に持ち出すなんて」
「それが信長様らしいってことだろ」
 此度は利家とも同じ布陣場所だった。利家は織田家の鉄砲奉行としてこの度の3000丁の増産に継ぐ増産を実現した男だ。射撃の腕も織田軍で1・2を争う腕前であった。
 戦の話に戻すが、武田軍は1万5000の兵を率いて三河に侵攻すると高天神城を落とし、長篠城を落城寸前に追い詰めていた。
 しかし、織田家の援軍の報を受けると3000の兵を残して1万2000を長篠・設楽原に布陣させた。
 戦前、設楽原一帯は大雨に包まれていたが、開戦前には日が顔を出していた。両軍の睨み合いが続く中、馬の
蹄の音が聞こえてきた。
 武田の騎馬隊が一斉攻撃を仕掛けてきたのだ。俺や利家は銃を構える。勝家がタイミングを計り、馬防柵に接近したところで……
「放てえ」
 鉄砲の銃口から弾が一斉射された。銃声に馬は驚き隊列が崩れ、騎乗の武将に弾が命中した者は負傷もしくは即死の状態で落馬した。
 続けざまに突進してくる。武田の騎馬隊に対して織田軍は容赦なく鉄砲の弾の嵐を容赦なくお見舞いした。
 一部奮戦した武田の部隊も馬防柵の最後の柵を超えることが出来た武将は1人としていなかった。
 武田がこの圧倒的不利な状況に追い込まれた要素はもう一つあった。設楽原での決戦の直前に織田・徳川連合軍の別動隊4000が長篠城監視に築かれた鳶ヶ巣山砦を急襲し、落とした。
 退路を失った武田軍は全身するしか道が無くなり、全軍で突撃したが接近戦に持ち込めないと意味がない騎馬戦法を距離を取った鉄砲作戦が上回ったことを世に示した戦いとなった。
 俺も実際に射撃を行い、現世のハイテクな物に比べると重くて使いずらくはあったが命中した急所を撃ち抜かれた人間のその場で落命した。兜首も3名ほど討ち取った。
 武田軍の武田勝頼は辛うじて退却したが、十数名の名だたる武将を含む3000人以上の戦死者を出した武田軍は大きな痛手を負うこととなった。
 武田という脅威を取り除いた信長は軍を再編し、天下布武への歩みを加速させた。各方面に軍団長を選出し、各地へ遠征軍を派遣することを決めた。
 軍団長には勝家(北国方面)、羽柴秀吉(中国・西国方面)・明智光秀(畿内方面)・丹羽長秀(紀州方面)・滝川一益(信州・東国方面)への派遣を決めた。
 当然、俺は勝家の軍勢に配属され、利家とも行動を共にすることになった。当面の柴田軍の標的は石山本願寺が先導する越前一向一揆の鎮圧である。それを終えれば越後の竜、軍神の異名を持つ上杉謙信率いる北国の雄・上杉家との対決も控えている。
 包囲網が解かれ、一向宗の士気も以前ほど高くなく、数は多けれど、そのほとんどが非戦闘員の門徒の民である。
 しかし、敵対する勢力に情けを掛けない信長は皆殺しを指示した。罪のない民を殺すことに俺は心を痛めていた。
 その苦しみを胸にしまい、北国へ2万の軍勢を率いて柴田軍は進軍した。勢いに乗る信長軍は連戦連勝を重ね、あっという間に越前を攻略した。
 その後も越中・加賀へと順調に進軍を続けた。柴田軍以外の軍団も順調に進軍を続ける。
 それに端を発して上杉謙信が越後から京に向かい南下、加賀への進軍を開始した。
 能登を手中に収めるべく、両軍がぶつかることになった。能登は畠山氏が収める領国であるが、当主の畠山義隆が急死し、幼少の嫡男が継いだ。
 しかし、家中は織田派と上杉派で対立していた。織田を支持する長続連の救援要請に応え、七尾城へ向かった。後発で羽柴秀吉・滝川一益・丹羽長秀らの織田の重臣勢も加わり、総勢は4万に達した。
 織田軍は梯川・手取川を越えて、小松村、本折村、阿多賀(能美郡)、富樫(石川郡)を焼き払い、順調に進軍を続けた。
 織田軍はその途中の水島(加賀郡)で軍議を開いた。
「上杉なんぞ、恐るるに足りず、このまま一気に加賀を平定し、一気に越後へと侵攻する」
 大半の諸将が賛同する中で1人だけ異を唱える者がいた。
「待つでござる。上杉謙信はあの戦国最強の武田信玄、相模の獅子・北条氏康に対等に渡り合い、自らを軍神と名乗る戦上手です。ここは守りを固め、慎重に戦を進めるべきでござる」
 俺は慎重を期す秀吉の考えは十分理解できる。しかし、普段は冷静な勝家がこの日は頑なに強硬論を主張した。
「所詮は平民上がりの猿よ。恐れを成したか?」
「戦において肝心なのは無駄な犠牲を出さないことでござる」
「城持ちになったからと言って調子に乗るでないぞ」
「命を尊く思うことのできないようでは総大将失格でござるな?」
「何?もう一片言ってみよ」
 勝家は蒸気を発するぐらい顔を紅潮させ、怒りを露わにした。
 しかし、秀吉は一歩も引かずにさらに強い口調で返す。
「分かるまで何度も言ってやりますとも、兵の命を粗末にする将など総大将の器にあらず」
 その言葉に勝家の怒りは最高潮に達し、ついに軍議の机や椅子を蹴り飛ばし、秀吉に掴み掛かろうとした。
 そんな勝家を俺と利家が身を呈して抑え、更に間に滝川一益が入り、仲裁する。
 しかし、両者の溝は埋まらずに秀吉は軍議を放り出して陣を引き上げた。勝家とその盟友である滝川は秀吉の行動を問題して相手にしなかったが、兼ねてより親交の深い俺と利家は心配になり、秀吉の陣へ赴いた。
 そこでは秀吉の軍勢およそ5000が撤退の準備を始めていた。慌てた形相で利家が秀吉に問い詰める。
「おい、秀吉こりゃあどういうつもりだ」
「利家、黒生殿、自身の持ち兵を生かしたくばすぐに離脱撤退の用意をした方が良いぞ」
「信長様の許可なくですか?」
「許可なんぞ待っておったら、軍が壊滅する。それにお前さんたちを待ってくれる大切な人たちがおるであろう。これはわしからの最後の忠告じゃ」
 撤退の準備が完了すると秀吉は所領の北近江・長浜へと撤退した。
 俺と利家はとことん悩んだ。俺たちは勝家の配下の武将だ。上司の命令に従うのは現世の会社員も同じことであろう。
 だが、秀吉の言う無謀な方向に進んていく者をみすみす見逃すことも出来ない。
 俺は一斉一大の賭けに出た。
「利家のおっさん。柴田のおっさんたちを少しでも七尾城に近づけないように説得してくれねえか?」
「お、お前、叔父御に逆らうのか?」
「違います。上杉謙信が秀吉殿の言うほどの恐ろしい相手であればまずは相手の情報を探り、我が軍に不利では無いかだけでも確かめなくては」
「なるほどな。分かった某が何とか時間を稼ぐ」
 利家を本陣に戻し、俺は雨の降りしきる中、七尾城を山中の道に身を潜めながら状況を探った。
 その時、何やら背後から不審な気配を感じた。脇差を抜くよう構え振り向くと……
「みーつけた」
 そこには医療支援部隊にいるはずの彩湖だった。俺は驚きのあまり唖然とした。
「お前、もしかして一人で来たのか?」
「それはこっちの言葉よ。秀吉様の陣に行ったと思って追ったら利家様が慌てて戻って勝家様を説得しているから様子がおかしいと思って問い詰めたら」
「あのおっさん相変わらず口止め出来ねえのかよ」
「安心しな。薬師の助手で山や草原は慣れてるから、それに私がいた方が傷の手当ても出来るしね」
「足手纏いになったら、置いていく」
 山の険しい道を辿って城下の関所近くに来た。俺と彩湖であったがそこには踊るべき光景を目にすることになった。
(あの家紋と旗印……「義」……!)
 上杉軍の旗印が七尾城に掲げられていたのだ。あの光景から見て七尾城は既に落城し、上杉の手に落ちていた。
「彩湖、すぐに戻るぞ」
「えっ?」
「七尾城は既に落ちた。このままでは敵の包囲網に突っ込むことになる。早く柴田のおっさん達を止めないと」
 その時、彩湖の背後から暗闇に光る何かが見えた。殺気を感じ俺は彩湖に覆いかぶさるように彼女の身を隠した。
 飛んできた物は俺の方を掠め、樹木に突き刺さる。それは忍が使うクナイであった。
「何か来る」
すると素早い動きで2人に接近する影があった。俺は持ち前の胴体視力で影の攻撃をすべて交わした。
すると目の前に口元を頭巾のような物で隠す遅みの者が姿を現した。
「拙者の攻撃をすべて受けきるとはお見事だ。ここに七尾城に偵察にくる奴は歯応えが無くてな」
「貴様は上杉の手の者か?」
「いや、そうだな認めた主にしか使えない影とでもいう存在かな?」
「そう簡単にやられねえよ」
「おっと、そう焦るな。拙者は其方たちにこれ以上気概を加える気はない。元々、あの七尾城を取りに来る奴がそれに相応しい器かどうかを試したかっただけだ」
「あなたもしかして七尾城のことを何か知っているの?」
 彩湖が単刀直入に質問をする。忍らしき者は一瞬、彩湖を睨んだ。
「貴様は何者だ。さっきから男に守られてばかりだが?」
「彼女は薬師で俺の大切な人だ。傷つけるようなら容赦しない」
 その言葉を聞いて忍らしき男は覆面を外した。その目は任務遂行の為にはすべての捧げる忠誠心と冷徹さを兼ね備えた顔つきの男であった。
「声の質から男であるとは察していたが見るからに俺と近しい年頃だな」
「かもしれんな。故にその身のこなしに感服した其方なら仕えるに値する。もし、拙者を雇ってくれるのであれば七尾城に関して良い情報を教えてやる」
「俺にその権限は無いが織田の為になるなら、掛け合ってみる」
「交渉成立だな。七尾城はお前さんの察する通りに既に落城した。城内は疫病が蔓延し、織田を支持した畠山の家臣連中は上杉と内通している家臣連中に皆殺しされた。そして上杉謙信は加賀に迫った織田軍を追討すべく既に出兵している」
「何だと」
 俺は動揺を隠せなかった。その男の説明では七尾城落城からかなりの時間が経っており、逆算すると上杉は既に織田を迎え撃つ準備を進めていることが用意に想像がついた。
「望みなら味方と合流する最短の道案内してやるよ。貸しとしてな」
「身軽さなら俺も自信がある。こいつを背負って後をおってやるから水島まで道案内してくれ。アンタ名前は?」
「忍の黒飛(くろひ)だ」
 黒飛の道案内で俺たちは山間部の険しい道を辿り最短ルートで水島に向かった。
 本陣に着いた時、幸いにも利家が粘ってくれており、軍は進軍していなかった。
「柴田のおっさん」
「何じゃ黒生。其方も騒々しいぞ。それにここではおっさんは……」
「直ぐに兵を退いてくれ。上杉が来る?」
「何じゃと? 何を言っておる?」
「七尾城は既に落城し、上杉軍はこちらを迎え撃つべく進軍しております。こちらは秀吉様が撤退され、布陣も十分ではありません。急襲されたら一溜まりもありません」
 俺の発言に躊躇う勝家であったが、まだ撤退の指示は出さなかった。
「そんな話、にわかには……」
「彼の話は本当でござる。拙者、畠山家前当主・畠山義隆直属の忍である黒飛と申します。既に上杉軍は七尾城を発ち、こちらに合流するのも時間の問題かと思われます」
 黒飛が話し終えたタイミングで伝令兵が慌てて駆け込んできた。
「申し上げます。上杉謙信率いる8000の軍勢が我が先鋒部隊を急襲、壊滅したとの報告。なおも追撃をつづけております」
 上杉軍が総攻めを掛けてきた。このままでは全滅してしまうことを悟った俺は勝家に詰め寄る。
「おっさん、撤退の決断を」
「……全軍、撤退じゃ」
 ついに勝家が撤退の指令を出した。丹羽・滝川の両重臣にもこの方を伝え、3万を超える軍勢の撤退戦が始まった。
 俺も勝家のおっさんに自身の率いる兵と共に引くよう指示を受けたが、俺は水島に留まった。
 そして、勝家の軍勢の撤退を指揮する利家の下に彩湖と向かった。
「利家のおっさん。彩湖を連れて後方支援の部隊と一緒に退いてくれ」
「何?」
「もはや、先鋒隊を治療している猶予はない。俺が腕利きの手勢を率いて一人でも多くの先鋒隊を退き返させる」
「無茶だ。少数での殿は犬死するだけだ」
「前田様の言う通りよ。ここはあなたも引くべきよ」
「出来ねえよ。俺たちがきちんとしていれば……秀吉殿の様にしていれば落とさずに済んだ命もあったはずだ。その責任を果たすのが部隊を率いる将の仕事だ」
 利家と彩湖の制止を振り払い、俺は最前線の部隊がいる手取川へ向かった。
 先鋒の軍は急襲を受けて混乱状態であった。撤退を進めるも敵がすぐ後ろに迫っている。
 俺は500ほどの兵で先鋒隊の前に出た。5000ほどいた先鋒部隊はおよそ3000程にまで減っていた。一人でも多くの兵を返すために俺は槍を振るった。
 一人また一人と薙ぎ倒す。ついて来てくれた将兵たちも命がけで戦ってくれた。そのおかげで上杉の進軍を一時的に食い止める。その隙に手取川を渡らせ、撤退させようとした時であった。
 バシャバシャと川の水が一気に増水し、急流となって川を渡る兵を流してしまった。
 上杉軍が川の堤防を破壊したのだ。これこそ上杉軍の真の狙いだった。
 川に溺れた兵と退路を断たれた兵が次々と上杉の攻撃を受ける。
 数で圧倒する上杉軍に流石に俺も限界が近づいた。
(クソ、ここまでか柴田のおっさん何とか逃げ切ってくれ)
 死を覚悟したその時、俺の周囲の敵がクナイで首などの急所を刺され倒れた。空から鳥の様に舞い降りたのは黒飛だった。
「拙者の新しい主君を失う訳にはいかないのでね」
「お前?」
「ここも長くは持たない。お前さんの兵だけでも迂回してここから脱出するぞ」
「逃げ道があるのか?」
「ああ、だが大軍が通るには不向きな場所だ。そこらへんに固まっているあんたの兵だけだ」
 苦渋の決断であったが俺は自身の家臣と動ける数名の先鋒部隊の一部を含む400程の兵を黒飛に道案内され撤退を開始した。
 手取川の戦いで織田軍は完敗。戦死者は1000を超える結果となった。
 勝家の所領である越前に戻ったのは撤退戦から4日たった後だった。
 俺の身体は傷こそ深くは無かったが無数のかすり傷を負い、疲労と出血で意識が朦朧としていた。
 城門近くでは利家と彩湖が待ち受けていた。馬から降り、早く勝家に報告しようと歩こうとしたが、俺はその途中で気を失ってしまった。
 それから5日間、勝家の居城・越前北ノ庄城下内の屋敷で療養を余儀なくされた。
 意識を取り戻した時、その横には彩湖と利家、そして襖を挟んだ渡り廊下に黒飛がいた。
「気が付いた?」
「俺は?」
「出血と疲労、それに脱水症状もあって意識を失ったのよ」
「彩湖殿、無事に撤退……」
(パシン)
 俺が言葉を発しようとした瞬間、彩湖に何時しかの様に頬をビンタされた。
 しかし、今回は泣きながら彼女は俺に抱き着いてきた」
「馬鹿、みんなが笑って暮らせる世を作るって浅井様やお市様と約束したんでしょ?」
「どうして……それを?」
「お前が寝ている間に謹慎中の秀吉がこの子に教えたんだよ。相変わらず無茶する弟分だな」
「ごめん」
 俺はそんな彼女に謝り、抱きしめた。彼女の身体は暖かく優しさに包まれていた。何時の日か俺は彩湖殿の傍にいることが当たり前になっていたが、彼女を加賀から撤退させた時に守らなくてはならないと自然と身体が動いたことに今更ながら気付いた。
 そんな時、俺は彼女に問いかけた
「俺は、彩湖殿を何時しか失ってはいけない存在と思っておりました」
「私は初めて会った時からです。皆とは風貌も言葉も変ですが、真っ直ぐ強い眼差しで進むあなたのことがずっと気になっていました。薬師としてあなたの前に現れたのもあなたの力になりたかったから……」
 その言葉を聞けただけで俺は十分だった。これからも彼女の隣にいてあげたい。
「無茶をしてすいません」
「許しません。あなたが私の隣にいてくれると言うまでは」
「無論、そのつもりで今後は戦います」
 既に俺と彼女の間には京での出会いから9年の月日が経っていた。
 この時の年齢は俺は現世の18歳から換算して27歳、彩湖はであった当時が15歳だったので数え歳で24歳であった。
 戦国時代では、恐らく遅咲の夫婦であった。
 しかし、愛という感覚を久しく忘れていた俺にとっては新鮮な感覚であった。
 その頃、近江・安土城には勝家と秀吉が信長の命により召喚されていた。
 秀吉は先の手取川の合戦で無断退却した責任を問われていた。勝家の敗戦の咎めもあったがそれが秀吉の撤退が原因であるという流れで話が進んでいた。
 そんな中、俺は怪我をおして利家、彩湖、黒飛に伴われて信長に謁見した。
「秀吉殿が処罰を受けているとお伺いしましたので参城いたしました」
「其方はこの場に呼ばれてはいないであろう」
 勝家は俺に余計な口出しをするなとばかりに叱責したが、俺は躊躇わずに話を続けた。
「先の戦は勝家殿の責任でも秀吉殿責任でもありません。七尾城の情報を先に伝えられなかった某たち家臣の責任です」
 勝家と秀吉が予想外の回答に面喰ったが、信長は表情を変えずに俺に質問した。
「義麗よ。何故、知らせなんだ」
「そのことについては我が家臣にして忍の黒飛から弁明いたします」
「前能登領主・畠山義隆に仕えておりました。黒飛と申します。此度、知らせが遅れたのは救援を求めた七尾城の織田方の者が既に皆殺しにされたこと、また情報収集にあたり城近辺にいた黒生殿と某が手合わせをしたことが遅延に繋がってしまいました。謹んでお詫び申しあげます」
 信長は刀を抜き、刃先を黒飛に向ける。
「其方は畠山の忍と申したな。何故、義麗に戦いを挑み家臣になろうと思った?」
「先代の義隆殿は死の間際から家臣の権力争いが起こっていることに心を痛めておりました。体の自由が利かなくなり、最後の瞬間に立ち会ったのが某でした。その時に殿は某を畠山から解放すると共に能登を収めるに相応しい主に仕えよとの命を受けました」
「して、それが義麗であると?」
「はい、某は畠山の家を離れ、上杉、武田、北条などの七尾城を狙う姑息な潜入部隊をあの山中で惨殺しておりました。しかし、それを女子を守りながら攻撃を交わし切った黒生殿の強さに感服いたしました。故にこれからは織田家の為に忠勤を励むつもりです。主君・黒生義麗が今回の責を負うのであればそれは某も同様でございます」
 黒飛に続いて利家も頭を下げて懇願した。
「親方様、どうか秀吉も叔父御も義麗も許してはいただけないでしょうか。秀吉、義麗、黒飛殿活躍で最低の事態は免れた訳ですし、何よりも義麗は祝言も控えております。そんなめでてええ日に残酷な仕打ちをしないでやってくれませぬか?」
 利家の言葉に周囲がきょとんとなる。一緒に来ていた彩湖も頬を真っ赤にして信長に頭を下げた。
「そうか、義麗とその女子がの? 名は確か」
「京で薬師をしております吉田抗斎(よしだこうざい)が幼女・彩湖でございます」
「そうか、戦の医療支援の部隊にいた」
「分かった。此度のことは其方と義麗の功績に免じて不問とする」
 その言葉を聞いて俺と利家はほっと胸をなでおろした。
 そして、信長は勝家と秀吉に命を下した。
「勝家、其方は上杉に備えて北国の守備を固め態勢を立て直せ」
「承知」
「秀吉、其方は長浜に戻り軍を再編の後に播磨へ向かい、毛利攻めに取り掛かれ」
「ありがたき幸せ」
「そして義麗よ。其方は療養し、早く戦線に復帰せよ。そして彩湖を勝家の養女とした上で婚姻を結び、勝家の所領の内の1万石を授かれ」
「1万石」
「其方は勝家の下で利家と佐々成政らと共に与力の大名として北国の平定に力を貸せ」
「御意」
 信長の考えに勝家は異論はなかった。1週間後、俺と彩湖は正式に祝言を上げ、夫婦となった。
 そして、俺は戦国の世に大名としての地位を確立して天下統一への戦いに再び繰り出した。
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