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6話・生きる道標

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 京における上洛戦に勝利した織田軍の陣営は勝利の宴に湧いていた。
 俺は首級を17個上げた。戦装束と甲冑は真っ赤な血で染まっていた。
 そんな中で俺は勝家に声を掛けられ、織田信長に拝謁した。
「親方様、ご無礼仕ります」
「勝家か、利家も一緒か。入るが良い」
「御意」
 勝家は目配せをして隣に座るように合図を送る。
 それに従い俺は信長と対面し、腰を下ろした。
「黒生と申したな」
「はい」
「此度の戦、そちの手で首級17挙げたことはここにいる勝家、利家から耳にしておる。初陣にして見事な武働きじゃ、褒めて遣わす」
「ありがとうございます」
 俺は慎重に言葉を選び信長に返した。言葉遣いは勝家に再三注意されたからだ。信長は俺の時代で言うと会社の社長クラスの上司に当たるのだというのは何となく感じていた。それに媚び諂うのは正直好きではないが、時代のルールとして郷にいては郷に従えということと言うのを叩きこまれた。
 無論、勝家と利家には心から感謝している。厳しい面や面倒な面もあるが、熱血の部活の顧問のような感覚に見ていると嫌な気はしなかった。
「此度の武功一番の其方に褒美を与えたいと考えておる。望の物をくれてやるが、何を所望する」
「俺が望むのは力です」
「力? 権威を欲するということか?」
「いえ、守るべきものを守れる力です」
「守るべきものを守る?」
「俺は一度死んだ身であり、アンタみたいに人を従えるだけの器は無い。ならば、己が全てを受け止める防護壁となってやる」
「ふっ。やはり、その他は可笑しなことを申すのだな。しかし、ただ信長に平伏し、言いなりになる者など面白くもない」
 信長は立ち上がると俺の目の前に移動した。そして脇差を鞘ごと抜き、俺の目の前に突き出した。
「其方に取らせる。わしの懐刀となることを許そう。戦において最前線で己が武功を見せつけよ」
「言われずとも」
 信長は険しい表情の中に不敵な笑みを浮かべた。
そして、勝家と利家にも声を掛けた。
「勝家、利家。次の戦、先鋒はそのたちに任せる。抜かるで無いぞ」
『はっ』
 そう言い残して信長は立ち去った。
空気が落ち着いたのを見計らって利家が俺に近づき、背中をバシンと叩いた。
「お前は本当に怖いもの知らずな奴だな。肝を冷やしたぜ」
「だが、親方様は其方のことを相当気に入ったようだ。次の戦は近い。わしは其方に一番槍を命じるつもりだ。厳しく鍛錬してやる」
「おっさんもやる気じゃんか。楽しみしてるぜ」
 俺は燃えた。自分の腕を買った信長には感謝した。
現世において喧嘩など悪しきものとして評価などされない。
 しかし、この時代においては戦い戦果(結果)を出すことが評価だ。俺にも出来ることがあると実感した。
 だが、その喜びは自分の指摘ではない。その思う背景には彼女の存在が頭に残り続けた。
 その彼女に会う為に俺は自分の陣所に戻った。そこにいる。彩湖に会う為だ。
 彩湖は陣所に匿われたまま、戦が終わるのを待っていた。陣屋の中では火を起こしたり、負傷兵の看病を手伝っていた。忙しく働く彼女がふと顔を上げた時に俺の存在に気付いた。
 すると、足早に俺の下に駆け寄ってきた。そして、俺の頬に右手を当てた。
「生きて……帰ってきたの?」
「戦は勝ったぞ」
「どうして?」
「お前の帰る場所なんだろ? ここは……」
「はい」
「俺に出来るのはこれぐらいだからよ。それに俺が生きる意味が何となく分かることが出来た」
「あなたはやはり愚か者です。でも……ありがとう」
 彼女の目には涙が溢れていた。その姿はますます妹の姿に重なった。この娘の苦しむ姿を見たくない。笑顔にしたい。これは現世の時から変わらない。
 恐らく、それを再認識させられる戦いであったのだとこの時は思えてならなかった。
 戦が終わり、焼け野原と化した京を手中に収めた信長は早速復興に取り掛かった。
 関所を廃止して、楽市楽座を開いた。京の街は数年であっという間に活気を取り戻していった。
 彩湖はその復興が落ち着いた頃合いに俺の下を離れることとなった。
 匿ってくれていた勝家と利家にも別れの挨拶をした。
「長い間、お世話になりました」
「いえ、京の街が再興出来たのも、あなたや京の民の協力があったからこそです」
 勝家が丁寧な言葉で返す。
 この後、俺は勝家に命じられて家路まで彩湖を送り届けることになった。道中、お互いなかなか会話を交わさなかったが不意に彼女が話しかける。
「意外と様になってるわね」
「ああん?」
「あの変な装束はもう着ないの?」
「装束じゃなくて学ランっていう制服だ」
「だから、知らないわよ」
 彼女は俺を貶すような言葉を発するも表情は楽し気であった。悲し気な顔は妹に似ていたが、普通に話している分には同級生と会話している感覚であった。
「でも、今の装束の方があなたは似合ってる」
「ああ、柴田のおっさんが武士らしい恰好をしろってうるさくてな」
「柴田様があなたを叱っている時なんてまるで親子みたいですよ」
「あんな堅苦しいおっさん、父親とは思いたくねえよ」
「また、戦に出ると聞きましたが?」
「ああ、越前の朝倉なんとかってやつが信長様の上洛の呼びかけを無視しているとかって利家のおっさんが言ってたな」
「くれぐれも無茶をして柴田様たちにご迷惑をかけないように」
「お前は俺を馬鹿にしてんのか?」
「どうでしょ」
 こいつは時々ムカつくことを言うが、隣で話していると何故だか安心してしまう自分もいる。
 そしてその横で笑ってはいるがどこか寂しさを隠している彼女の表情があった。
 ただ、その時は気付いて気付かないふりをした。戦を前にしてお互い感情移入し過ぎると何かを失った時の喪失感が大きくなると自分たちが分かっていたからだ。
「ここで大丈夫です。送り届けていただきありがとうございます」
「おう」
 彼女は会釈をしてその場を立ち去ろうとした。遠ざかる彼女の背中を寂しく感じる自分がいた。
 その時……
「おい」
「はい?」
「幸せに生きるんだぞ」
「言われなくてもそうします」
 彼女をよく見ると瞳は潤んできらきらとしていた。必死で涙を堪えているのがすぐに分かった。
 彼女はぐっとこらえて家路を急いだ。
 俺は彼女と反対に京に向かって戻っていた。
 その数日後、織田信長は越前・朝倉義景の追討の令を出した。総勢3万の軍勢を差し向ける準備が水面下で進められていた。
 俺も柴田のおっさんと戦に向けた準備の為、武器周りの確認や兵糧の確保を進めた。その最中、俺は勝家に話を始めた。
「なあ、おっさん」
「何じゃ」
「この戦いに勝ち続ければ、大事なものは失わないんだよな」
「さあな。何を守りたいかによって話は変わってくる。仲間を守りたいということであれば戦場で死ぬこともある。戦に敗れれば家族とて例外ではない。ただ、少なくとも勝てば多くの物を守れる可能性は必然と高まるということじゃ」
 戦支度を進めている最中に利家が慌てた様子で俺と勝家の下に姿を現した。
「義麗、叔父御と一緒にいたのか?」
 初陣から時が経ち、兄貴分を気取る利家は俺を下の名前で呼ぶようになった。息を切らしながら、慌てた様子であった。
「どうした又左?」
「あ、いや、信長様から義麗に近江に向かえという命を伝えよと」
「何?」
「近江? 確か、信長様の妹のお市さんの嫁ぎ先で浅井長政さんとか言ったか?」
「ああ、此度は浅井殿にも加勢を依頼せよと」
「それを俺が」
「親方様には何か考えがあるやもしれん。道案内の者は付ける故、行ってまいれ」
「おう」
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