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3章
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雨の音が聞こえる。まだ夜中だった。いつからだろう。気圧や湿度の変化を敏感に感じるようになったのは。今もそうだ。雨が降り始めると目覚めてしまうのだ。起きてしまうのは、仕方ない。ただ、一度も覚醒せずに朝を迎えた時と比べると、身体が重いし、頭も固まってしまっているようだ。夜中は静かだ。特に雨が降っていると、時の流れも昼間よりゆっくりに感じる。父さんの研究を手伝うようになって、もうどれぐらい経つのだろう。学校には馴染むことができず、担任の先生の配慮で何とか義務教育は終えることができた。病気を抱えている訳ではないが、一定の集団の中で同じことを行い、ある程度の友人を見つけ、何となく学校に毎日行く。世間ではごく当たり前に行われている事が、苦痛に感じてしょうがなかった。友人を作ろうと思った時期もあったが、どうしても仲良くなれないのだ。そして一度変わり者というレッテルを貼られたら最後、いじめられはしないが、空気感分かってしまう。避けられていると。そうなると、勉強、スポーツ、全てに身が入らなくなる。勉強は好きだ。知らない事を知ると楽しいし、何に活かせるか考える。スポーツも球技は全般的に好きだと思う。ただ、その楽しさを共有できる相手がいない。自分自身との対話も嫌いではないが、限界がある。自分の秘めた想いを誰かに話し、喜びを共有したかった。同級生の話に合わせるため、必至に流行にも敏感になった。ただ、話初めてある程度すると自然と一人になっていく。気持ちとは裏腹に、人は離れていく。いつの日か焦燥感に取り囲まれ、楽しいとか嬉しいという感情が消えてしまったように感じた。自分で解決する問題だ、大人に話したところで、結局は自分で突破口を見つけるしかないのだ。特に何もしていなくても、疲労感が慢性的になり、頭も重くなってしまった。思いきって父さんに相談してみた。真摯に話しを聞いてくれた。その時の僕は、自分の頭が回転してなく、非常に気持ち悪かった。最も距離が近い父さんと話すのさえ苦労した。話しているうちに言葉が支離滅裂になっていくような錯覚を感じた。父さん曰く、聞き手側からすると、落ち着いて話しているようにしか感じなかったそうだ。言葉が1つひとつが正しく伝わっているか、相手が優しいが為、理解してくれてるふりをしてくれてるだけなんじゃないか。深い闇のなか、もはや何の気力も沸かなかった。喜怒哀楽、全ての感情のスイッチが切れ、今まで好きだった事をしても、身体を動かしても、心が沸くことはなかった。唯一、父さんが作ってくれたご飯、父さんの仕事を手伝うことには、抵抗がなく、気持ちが落ち込むことなく行動ができた。その頃から、学校に行く事をやめた。学校からの計らいで、課題を提出することで、進級を認めてくれた。学校に行かなくなることにより、何か大切な部分が歯抜けになってしまうように感じた。しかし、学校に無理して行くことにより、何か大事な部分が失われてしまうようにも感じた。辛かった。しんどかったが、もはやその時の僕には正常な思考が働いてなかったと思う。学校を休んでからの記憶はあまりない。毎日規則正しく生活をする。朝、昼、夜ちゃんと食べる。適度に運動や勉強をする。当時はそれだけの事をするのに、物凄くエネルギーを使った。自分が何者か分からなくなった。他人と比較するつもりはないが、どうしても最低限のラインにすら立てていないような気がしてならなかった。よく他者と比較する事は無意味だみたいな言葉や文を目にしたり、聞いたりする。それはある程度の基礎レベルをクリアし、ある程度の水準に達している人だからこそ成り立つのではないのだろうか。衣食住が揃っていて、健康状態も特に問題なし。そういうレベルで生活ができる。それが必要最低条件な気がする。心や身体に欠陥がある場合、その理論は成り立つどころか、逆効果になると思う。体調を崩す原因は、人それぞれだし、解決方法もそれぞれに合った方法のみ効果を発揮するのではないか。他者と比較しないで、自分のペースでコツコツやる。価値基準は、人それぞれだから、焦る必要はない。一見普通のことのように見えるこの言葉は、そもそもこれらのことができない異常な状況にいる人たちには的外れも良いところである。普通の感覚でいることができない。他者のアドバイスを受け入れる余裕がない。脳がキャパオーバーなのだ。脳、心、原因不明の個人の問題。そこにアプローチをしなければ、一向に状況は好転しないであろう。ただし、世の中にその方法があるとは思えなかった。医者の出す薬は、人類が築き上げた努力の結晶だ。日々大勢の人が助けられている。ただ、メンタル系の薬はどうだろう。海外の実験や理論を日本に取り入れ、長い年月をかけて臨床試験をする。聞くところによると、日本は科学や医療先進国だ。安全性、効果、副作用などあらゆる角度から分析をしているだろう。父さんに連れられて、数え切れないほどの医者に助けを求めた。しかし、医者の種類も大きく分けて2つのパターンにわかれた。薬ありきの考え方で、患者個人にはほとんど興味を示さない医者。患者個人の話をじっくり聴いてくれるが、解決策を一向に示さない医者。焦りは禁物というのは、理解できるが、果たして医者に任せたままで良いのか、誰か教えて欲しい。そんな想いを常に抱えたまま、日常生活をする。とてもじゃないが、一人で抱えきれるほど、強くもなく気力もなかった。ただ一人、父さんだけが、辛抱強く、待っていてくれた。世間で言う、登校拒否やらうつ病だったのだろう。当時はその2つがまさか、自分に降りかかっていた症状だとは思わなかった。気持ちは学校に行かなきゃ、もっと頑張らなきゃ、同級生に遅れてしまう、自分はまだこんなもんじゃない、など、落ち込んでいるというよりは、前を向いている。なので、うつ病と聞くと、自殺願望が強い、やる気が起きない、感情が消えてしまうというような、負のサイクルのイメージが強い。言葉で説明をすると難しいが、自分の中の秘めた気持ちは非常に強いが、脳内で適切な情報処理がされず、心や身体に上手く循環されない。そんな感覚だった。学校には行かないが、毎日疲弊していた。かろうじて規則的な生活を送れていたが、もう社会には戻れない。自分は特殊で、一般的な人のように学校を出て、就職をする。素敵な女性と出会い、温かい家族を作る。学校生活はその全ての基礎となり、歯抜けになってしまうと、夢も希望も失ってしまうし、学校にすら行けない僕を受け入れてくれる人なんて世の中に存在しないと思った。ご飯を食べるときは少し楽しみだったし、心が動かされた。毎朝お湯を沸かし、卵料理を作る。父さんに言われた。適切な栄養素をとり、体質を改善してみようと。地球も人間も約70%は水で構成されているのは何となく知っていた。ただ、たんぱく質もとても重要な栄養素の1つだと、その時初めて知った。卵はとてもコスパが良いとのことだった。僕は目玉焼きが透きだが、ゆでたまご、たまごみそ、だし巻きたまご、ほうれん草とたまご、ベーコンの炒め物なと、メニューを考えるのが1つの楽しみなっていった。父さんは紅茶とゆでたまごという謎の組み合わせが多かったが、父さんなりに色々と試した結果、それが最も落ち着くのだろう。僕なりにも栄養素について勉強をしてみた。そうすると、食べ物にも沢山の種類があり、栄養素が人体に与える影響の大きさを学ぶことができた。食事は毎日普通に行われている。コンビニやスーパー、インターネットで、いつでも好きなときに好きな物を食べられる。ファーストフードに関しては、いつも安定した品質と味を保っていて、食に関しては世界的に見てもとても恵まれているみたいだ。ただ、日本の食料自給率を調べてみて、驚いた。もはや輸入に依存してると言っても過言ではない。海外で大量生産をして、日本に輸入するシステムが構築されていた。総合商社に関しては、海外の農園、倉庫、工場、販売ルート、空輸、船、日本の倉庫、卸売業社、スーパー、コンビニ全てに関わっていた。川上から川下まで網羅的に管轄していた。基本は、投資や貿易だが、商社マンは海外の僻地まで訪問し、新規開拓や実情を調査し、日本の利益になるように日々磨耗し、命を削っているのだ。商社マンの仕事内容や、財閥系の総合商社の企業理念を見ると、殻に閉じ籠っている僕もワクワクした。こういう壮大な仕事をしてみたい。自分が主体的に行動し、何かと日々戦い、日本という国に少しでも多くの利益をもたらしたかった。学校には行かなかったが、日々の小さな出来事から、僕はヒントを見つけ、コツコツと階段を登り始めたのだ。客観的に見ると、大人に成長する過程で誰もが考えることであるような気がしたが、そんなの誰にも分からない。勉強は好きだったので、学校は高卒の資格はとることができた。友人はできなかったが、僕の心の中には一つ一つ独自の価値観ができあがり、将来やりたいこと、体調をコントロールする方法を見つけることができた。もしかしたら、父さんが僕の雰囲気を注意深く観察し、進むべき道を示してくれたのかもしれない。今は僕自身と毎日会話し、自分の心の声を聴いてみる事が習慣になってきた。もちろん朝起きると体調が良くなかったり、意味不明な不安に押し潰されそうになる。そういう時こそ、あらゆる方法を試さなければならない。ご飯をゆっくり食べてみたり、お肉やお魚、野菜や果物を選んで、自分の身体と心を充分にケアをする。栄養素の問題ではなく、原因は運動不足かもしれない。自分との対話を心掛けてはいるが、正解が常に把握できる訳ではない。一つ一つ考えられる方法を選択し、自分を管理していくのだ。自分マニュアルを作ろうとした時期もあったが、感覚的なことも多いので、文章化は難しかった。他の人とは歩み方は違うが、僕はちゃんとやるべき事はやったと思う。親しい友人はできなかったが、毎日きちんと真面目に生活をした。唯一耐えきれないというか、涙が止まらない時があった。夜だ。寝る前は何故か1日の出来事、過去、現在、未来のことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。孤独感に押し潰されそうになった。ただ、雨の夜は心地よかった。不平等なことが多い世の中で、雨だけは平等であると感じた。雨の音、匂い、気圧の変化、空気間が変わり、悲しさに包まれた僕の心を優しく癒してくれる気がした。泣きたくないと思っても、流れる涙は留まるところを知らずに、永遠に僕の頬を通っていった。
息子の異変を感じたのは、何となくとしか説明できないが、何となく元気がないような気がしたからだ。研究に没頭し、明るい未来を作りたい。その想いを胸に日々実験を繰り返していた。学生時代もどちらかと言うと、目立たない生徒だったと思う。女性とも縁がなく、デートというものをしたことがなかった。ただ、知らないことを知りたい。自分で試して作り上げたい。そんな想いは、常に抱いており、毎日はやりたいことに溢れていた。れんを授かったのは自分の中では、奇跡に近いものだった。学生時代も相変わらず勉強や研究ばかりだった。そんなある日、一人の女性と知り合ったのだ。「まさのりくん、今度一緒にランチでもしない?」最初は、その言葉が自分に向けらたものではないと思い、反応しなかった。「まさのりくん?」そこには、自分を真っ直ぐに見ている一人の女性が立っていた。「え?」突然のことで呆然と立ち尽くす自分に、キラキラとした笑顔で応えてくれた。「えっと…。」「まさのりくん私のこと知らないでしょ?」質問の意味が分からなかった。「うん…。ごめん。」「そうだよね。まさのりくんっていつも考え事してるし、研究室でも自分の事しか見えてないって感じだもんね。」全く意味が分からなかった。この女性は一体何者なんだろう。「そしたらはじめましてのご挨拶からかな。まさのりくんと同じ学部、同じ研究室所属のあやかです。よろしくお願いします!」「?!?!?」「そうなの?」「同級生なんだから、顔ぐらいは把握してるかなって思ったんだけど、本当に知らなかったんだね。」同級生だったのか。いつの日からか他人に興味を失っていたので、人の顔やら名前が記憶に残らなくなっていたのか。まさか人から話しかけられて、しかも女性とこんなにも長い時間向き合ったのは、久々すぎた。「で、どうなの?」「えっと、何だっけ?」「だから、わたしとランチしない?って聞いてるじゃん!」「らんち?」昼ごはんのことか。ランチという言葉も最後に聞いたのはいつだったか。「ランチ…。」「わたしは宇宙人と話してるのかな?それともわたしの言葉が宇宙語に聞こえる感じ?」「いや…。」「じゃあ今からご飯行くから、ちょっと付き合ってよ!」「付き合うって…。」強引に背中を押され、ランチに向かった。彼女の手はとても温かく、押された背中から温もりを感じた。一瞬で、頭の中が晴れやかにパッと明るくなった感じがした。その感覚が心地よく、世界の色が変わり、どんよりとした世界から解放された気分だった。学問は好きで、心理学やコミュニケーション術の理論は知識としてはインプットされていたが、彼女はその全てを凌駕していた。人との距離、雰囲気、話し方。相手の気持ちや雰囲気など気にせず、一気に距離を縮められ、気付いたら全てを持っていかれた。彼女の笑顔、声、雰囲気、話し方、全てが輝いていて、心を奪われそうになるのを意識的にセーブする事で精一杯だった。後から気付いたのだが、この感覚がいわゆる恋という物だったに違いない。それからというもの、毎日研究室で一緒に過ごし、休みの日には色々な場所に旅行にいった。純粋に楽しかった。自分の頭の中で完結していた世界が、外へ外へと広がっていく感覚が嬉しすぎて、幸せだった。あの日あやかが、突然現れ、最初は戸惑うことばかりだったが、毎日新鮮な気持ちで生きることができた。お互い学生で海外旅行に行く時間も余裕もなかったので、国内が多かった。特に印象深かったのが、京都だ。初めての京都旅行は、東京駅から新幹線で向かった。人混みを避けていた時間が多かったからか、東京駅に着くとまずは歩き方が分からなくなった。「まさのり!東京駅だよ!まだ出発まで時間あるしさ、色々見て回ろうよ!もしわたしとはぐれたら、銀の鈴前にいてね!」「ぎんのすず?」「もう、まさのりって何時代の人よ?」「だって…。もう何がなんだか分からない。」「本当に自分の興味があること以外は無頓着なんだね。」「ごめん。」この人混みの中、イキイキとし出した彼女を見て、混乱する一方、ああ何て素敵な笑顔なんだろう。この笑顔のおかげでどれほど助けられているのだろう。一緒にいる時間は増えてきたが、毎回この笑顔と声にドキドキせずにはいられなかった。「もうしょうがないな。」何がしょうがないのか、もはや思考が追い付かない。次の瞬間、彼女が手を握ってきた。「え?」「え?じゃないよ。ポンドは男性の方からリードしてほしいんだから。じゃあ初旅行と行きますか!」女性とほとんど関わらなかったので、どうして良いか本当に分からない。「まさのりの手、つめた!」「あ、ごめん。」咄嗟に手を話してしまった。「何で話すのよ。」今度は、ぐっと近付き、腕を組まれてしまった。「ちょっと…。」もはや、頭の中は、真っ白だ。何も考えられないし、言葉も出て来ない。「こうやってないと、きっとまさのりは、迷っちゃうからね。」「ありがとう。」「まさのりって何だか白って感じだよね。」「しろ?」城、白、シロ、なんの白を示すのか分からない。「何でもない。さぁ行こうか!」「あ!もう新幹線が出発するよ!」「あー!まさのりがモタモタしてるから、何にも買えなかったじゃん!」「やばい!何番線?」「ダッシュ、ダッシュ!」横並びになりながら、階段を登り、駅のホームを走る。不思議とまわりの目は、気にならなかった。彼女の独特の雰囲気が優しく守ってくれている。そんな気がした。「ギリギリセーフ!さあ、座ろう!」「えっと、座席番号は…。」「やっと落ち着いたね。」「うん。凄く楽しい。ありがとう、あやか。」「こちらこそだよ。毎日、同じことの繰り返し。成果が出るか分からない実験ばかりだからね。たまにはリフレッシュしよ。」「あやかはどうしてこの研究室を選んだの?」「まあ成り行きかな?まさのりは?」質問を質問で返され、思考が停止した。「まあ、ゆっくり話そ。」不思議と先回りにして、気持ちを理解してくれている。「ちょっと電子タバコ吸いたい。」「あー!そうやってムードを自ら壊しに来るとは、やりますなお主!」「???」いつもそうだが、こちらが予想している言葉とは全く違うレスポンスが来る。「良いけどさ、実はわたしも電子タバコユーザーなのだ!」意外性の塊みたいだな。言葉には出さず、頭の中で突っ込みを入れてみた。「あ?いま、意外だな!よく分からない女子だな!みたいなこと思ったでしょ?」「思ってないよ。」嘘を付いてみた。「ほんとかなー?」新幹線には、喫煙部屋は設けてあり、2人で入った。「まさのりは、何吸ってるの?」「んー、アロマカプセル入りの、何だっけな。」ごそごそとカバンの中を探していると、「同じ同じ。わたしもアロマカプセル入りのやつなんだー。」まさかの共通点だ。「これ、身体にはもちろん害があるけど、良い香りがするから、この種類だけしか使ってないんだ。」「わたしも。」窓から見える景色を眺めながら、一息付いた。「不思議だね。」「何が?」不思議なことだらけ過ぎて、分からない。「窓から見える景色だよ。」また意外な返答だ。「新幹線に乗ってるとさ、気付いたら目的地に着く。だけど、こうやって景色を見てると、物凄い速さで、線路の上を走ってる。」「分かる気がする。当たり前に感じることが、実は当たり前じゃない。それにふと気付く瞬間って不思議な感覚に包まれるよね。」「そうそう。その感覚を持ってる人って、一体世の中にどれぐらいいるんだろうね。」「んー、少なくても学生時代には、出会えなかったかな。」「わたしもそうなんだよね。別に感性とか価値観って、人それぞれじゃん?だから、そこをどうこう言っても意味がない。意味がないけど、物事を多角的に、俯瞰的に見える人とそうではない人。どちらかと言うと、後者の方が多い気がするんだよね。」「確かに。まあ小学生、中学生は仕方がないけど、高校生ぐらいから、一人でもそうそう人と巡り会えていたら、また違う道を選んでたのかな。」「そうそう。わたしはどちらかと言うと、臨機応変に柔軟に環境に合わせる事ができた。友だちもいたし、部活やバイトも一通りは、順調に経験してきた。」「僕はあやかとは、正反対かな。早い段階で、見切りを付けた。環境に合わせる、自分を変えて行く事から逃げてきたんだよ。」「それをきちんと自覚してるじゃん、まさのりは。それが大事なことだと思うの。」座席に戻って、今度は座席の窓から見える景色を見ながら、ずっと会話をしている。こんなに人と長い時間、会話のキャッチボールができるとは思わなかった。あやかと話していると、自然と言葉が溢れてくる。ようやく思考が追い付いてきた。「わたしは、これからも時代の流れや、変化に敏感に対応して、やっていこうと思う。だけど、まさのりに出会ってさ、何だか今まで無理して背伸びしていた自分に気付けたの。そしたら、少しずつ疲れて来ちゃってさ。」「そうは、見えないけどなー。」「あー、ひどい!人がせっかく真面目モードのスイッチをオンにしているのにー。空気を読みなさい!」「ごめんね。」怒っているのだろうが、喜怒哀楽がハッキリしている彼女は、魅力的にしか映らなかった。「だからさ、初めてまさのりを研究室で見た時に、衝撃を受けたの。この世の中、色んな情報、人の感情が渦巻く環境の中を、等身大でしかも、粛々と自分の世界を生きている。そうそう人って今まで出会ったことなかったの。」「そうなの?」誉められているのか、急に何かのスイッチが入ったようだ。「何で僕に話しかけようと思ったの?」「それ聞いちゃうんだ。何となく…かな?」「ビックリしたよ。」「ビックリさせたかったのよ。」しばらく沈黙になった。「ねえ、あやか。」「なーに?」「さっきさ、僕は白って感じって言ってたでしょ?それってどういうこと?」「何となくそんな気がしただけ。」「色が見えるの?」「分からない。」「じゃあどうして白なの?」「感覚的なことでさ、その人のイメージカラーが、思い浮かぶの。」「それって例えば、純粋そうな人は白っぽくイメージされるってこと?」「そうかもしれない。でも、そうではないかもしれないの。」心なしか、落ち込んでいる様子だ。「でもさ、色を感じられるって、どういうことなのかな?」「それが分からないのよ。」「もしかしたら、京都ってそういうスピリチュアルな人たちが多い気がする。」「そうだね。そうかもしれない。でもわたしはまさのりとの時間を楽しみたいの。」「ありがとう。ストレートに気持ちを表現してくれるから、嬉しいよ。」「なんだかしんみりしちゃったね。」「僕はこういう話も好きだよ。明るくて溌剌とした、あやかも真面目なあやかも魅力的だと思うよ。」それから二人とも眠りについた。車内のアナウンスで目覚めた僕らは、無事に京都駅に着いた。「あー、やっと着いた!喉乾かない?」「うん、何かの飲もうか。」「そしたら、そこのカフェに入ろう!」改札内で、一息ついた。「なんだか、京都弁って新鮮だね!」「うん、店員さんは、普通に京都の人だもんね。」京都弁で話す店員も、とても珍しく感じた。同じ日本なのに、人の雰囲気や空気間が全く違う。「そろそろ行こうか!」「うん、そうしよう!」楽しい、嬉しい、ワクワクの感情が沸いてきた。「さぁ、着いたぞ!京都!」あやかは完全に持ち前の明るさを取り戻していた。「取り敢えず歩こうか。」「さんせーい!」とても呼吸がしやすい。空気が軽い。空が広い。最初に感じた印象だ。「なんか空気が軽くて、息しやすーい!」あやかも同じように感じているみたいだ。「そこのコンビニに入ってみていい?」「もちろん!」僕は試しにコンビニに入ってみた。東京と差はあるのか。「なんだか小綺麗だね!」同感だ。掃除が完璧にされているのか。商品はほとんど向こうと変わらない。「何が違うんだろ。」「んー、旅行に来ている我々の気持ちの問題ではないでしょうか?」「ん?」「だってさ、綺麗なコンビニぐらい都内にもあるよ。ただ、日常の中に入り込み過ぎて、何の感情も沸かないのです。一方、こちらは旅行者として京都に来ております。初めての京都、そして何と言っても、わたくしあやかと一緒にいるまさのりは、てんしょんが上がりきったフィルターを通して、コンビニを見ているのであります。えっへん!どうだ、参ったか!」「要するに、楽しいから全てが楽しく感じられるってこと?」「その通りでございます!」確かにそうかもしれない。非日常感が、特別間に変わり、気持ちがワクワクしている。そう考えるのが妥当だろう。「ねえ、せっかくなら、現地の人たちと話してみようよ?」「え?でもどうやって…。」僕がモジモジしていると、スマホで何かを調べ始めた。「飲食店で、お店の人にオススメスポットを聞こう!」スマホで地図を見ながら、お店に入った。「京都と言えば、おばんざいでしょ!さあ何食べようかな?」またあやか独特の勢いに持っていかれた。もはや、その勢いにのまれている方が心地よい。「まさのりは、何にする?」「同じのでいいよ。」「はい、バツでーす。男性がリードするのが基本にも関わらず、メニューも人任せとか、不正解の大きなバツ!!」「えっとそしたら…。」ぐっと攻められ、また頭が真っ白になった。「冗談だよ!最初はわたしが適当に注文するから、あとはゆっくり選ぼう!」あやかには、全てがお見通しのようだ。あやかは、持ち前の明るさとコミュニケーション能力で、オススメの観光地、飲食店、神社などを店員にヒアリングしていた。「凄いね。」「ん?なにが?」「どうして初対面の人に、そんな風に話せるの?」「そんな風って?」「いや、僕だったら、見ず知らずの人に話しかけたり、会話を続けるのは物凄く無理。」「んー、目的の問題かな。わたしだって、知らない人と話すのは、気を使うし、タイミングを見計らうよ。ただ、まさのりとの時間を大切に過ごしたい。その為だったら、多少恥をかこうと、人に変人って思われようと、ある程度は我慢できる。」「僕のためにってこと?」「そうだよ!参ったか!」僕は嬉しかったと同時に、一抹の不安を感じた。あやかは、全く表情に出さない。結局は、無理をしているのだ。おそらく総合的な判断により、あやか自身が動いた方が良いと判断した物は、僕に相談することなく、淡々と進めているのだ。それが、あやかのスタイルで、最も落ち着く立ち振舞いであったら良いのが、もしそうでなかったとしたら…。「あ、まさのり何一人で考え込んでるのよ?」「ごめん。あやかに無理させてる気がしてさ。」「正直でよろしい!本心を言葉で伝えることが大切なのです。」「まさのりだいぶ変わったよ?」「何が?」「わたしと普通に会話してるじゃん。」「どういうこと?」「んとね、まさのりは繋ぎの言葉が不足してると思うの。」「繋ぎの言葉?」「そうそう。だいたいみんなそうなんだけどさ、言葉に出してる部分って、思ってることのほんの一部分だと思うわけ。」「それは何となく分かる。」「で、まさのりみたいに頭が良い人って、会話の間に入ってくるフレーズを省いてしまう傾向にあるわけです。」「そうなの?」「今はさ、まさのりもだいぶリラックスしているし、わたしにも慣れてきたわけで。感じた疑問をそのまま直球で聞いてるでしょ?」「うん。」「でもさ、会話が続いていくと、どんどんズレが生じていくのは分かる?」「あんまり人と長い会話したことないから、ちょっと想像できないかも。」「そう。その一言が言えるかどうかが、コミュニケーションにおいて、非常に重要なわけであります。」「???」「要するに、会話の途中での理解度の確認と思いやりの心があると、スムーズに会話が進むのよ。」「理解度の確認は、何となく分かる。けど、思いやりの心って、親しい人以外に優しくなるって難しくないかな?」「そこがポイントなのです。」「ポイントね…。」「うん、さっきまさのりは、わたしが無理してないか心配してくれたでしょ?」「うん、だって心配だから。」「それが思いやりの心。実は、理解度の確認の要素も少し含まれているので、わたし的には100点満点の受け答えな訳です。」「ちょっともう、思考が追い付かないよ。」「それで良いのよ。理解度の確認になるし、何よりも言葉で言ってくれないと、話している方は、相手がどういう心境か分からないじゃん?」「そうだと思う。」「だよね。だから、わたしとの会話はとてもとても順調に行われているから、心配しないでね。」「もしかして、無理してるかどうか心配、への回答を具体的にしてくれたの?」「その通りです!」「凄いな!!」僕は単純に嬉しかった。いきなり脱線し、地雷を踏んでしまったかと、勘違いしていた。それが、僕の何となくのセリフに対して、ここまできちんと説明してくれる。あやかは、普段からこのように人と会話をしているのだろうか。「あやかさ、いつもそうやって、色んなひととき会話をしてるの?」「うん!そうだよ!と言いたいところだけど、最近は限界を感じております。」「そうだよね。そこまで気を使っていたら、疲れると思う。」「そうそう。だから、まさのりを最初に見たときに、少し安心したのよ。」「僕の世界が僕の中だけで完結してる話だっけ?」「うん。この世の中さ、どこに行ってもコミュニケーション能力、相手視点、価値基準の擦り合わせのオンパレードじゃん?だから、そこからは逃げることができないと思ってたの。だけど、歩み方は違ったけど、結局わたしと同じ研究室に着地してるじゃん?まさのりは。」「そうだけどさ。」「だから、少し休憩しようかと思って。」「休憩?」「そ。今まではベクトルを他者に向けていたの。それを自分へ向けてみよっかなって。」「そっか。それである意味その目的に一番雰囲気が似た僕に、声をかけたの?」「きっかけはね。」「うーん、感心するよ。物事全てに定義付けや、意味を見出だそうとしてるんだね。それは疲れるよ。ほとんどの人はそもそも自分中心だし、他者のことを本当に思いやる心を持ってる人も少ないんじゃない?」「わたしもそう思う。」「もしかして、そこに対しても何か考えがあるの?」「まあね。その為に、この道に足を踏み入れたわけですな。」あやかは、とても真面目だ。一つ一つの疑問にこれ以上ない丁寧さで応えてくれる。ただ、やはり完璧ではない。どこか危うさ、脆さが垣間見える。直接聞いてみようと思ったが、適切な言葉が見つからなかった。「具体的には、何をするつもりなの?」「具体的にか…。現時点では説明するのが難しいんだけど、人の基準値とか節度をある一定のレベルまで合わせていきたいの。」「うん。」「そうすれば、マイノリティの、まさのりもわたしも、住みやすい世の中になるのかなって。」「今でも便利な世の中だと思うけどなー。」「便利は便利なの。だけど、正直者が損をしたり、気持ちが理解できる人の方が苦労する、そういう風潮に一度歯止めをかけたいの。その手段の一つとして、半導体とかAIシステムを使ってみても良いかなって。」「壮大な夢だと思う。応援するよ。」「ありがとう。ただ、まだ社会に出てから何をするかは、全然決まってないんだ。まさのりは、何でこの道を選んだの?」「僕の場合は、消去法かな。興味がない所から削って、最後に残ったのが、ここだった。だから、やりたいことは、まだ特に見つかってないんだ。」僕は毎日をコツコツと生きてきた。自分の世界の中で、興味があること、無いことを完全に切り離し、自分を常に見つめていた。早い段階で、集団行動が合わない事や、協調性が欠けている事に気付いた。だからこそ、自分を見つめ、短所は切り捨て、長所に焦点を当てようを思ったのだ。「まさのりとわたしは、真逆だね!常に新鮮な気持ちになるよ。まさのり殿といると!」会話が途切れそうになったり、僕が困りそうになると、あやかは独特の表現で、空気を和ませてくれる。そんなあやかを僕は心底好きなんだと思う。どちらかと言うと、僕の方があやかを追いかけている。あやかを失いたくない。ずっと二人きりでいたい。言葉に表現できない程の感情が、僕の中で渦巻いている。不思議とあやかの気持ちを確認する気にはならなかった。あやかの雰囲気や感情表現がストレートなので、確認する意味もなかった。もし仮にあやかの方に恋愛感情とは全く別の感情が根底にあり、僕があやかに抱いている気持ちとは違っていても、もはやそれでも良かった。あやかと一緒にいることができれば何でもいい。それ以上望むことは何もなかった。「まさのりくん、君は一体何をそんなに難しい表情をしているのだね?眉間にシワばっかり寄せてると、余はご立腹になりますぜよ!」「ごめん。ごめん!」僕は嬉しかった。空気感や表情を瞬時に察知し、僕の心を優しく包み込んでくれている。そんな気持ちになりながら、二人だけの時間を楽しんだ。「明日はどこに行こうか?」「うーん、神社とか?」「普通過ぎる!もっと何かこう、いつもとは違うことしよ!」「もちろん、それも良いけど、取り敢えず有名どころの神社は巡りたいな。」僕は自分の意見を言ってみた。「まさのりが自分の意見を言うなんて、安心しました!」「良かった。あやかになら、自分の意見をちゃんと伝えても意味があるかなって思う。」「意味がある?」「うん。何て言うかな、今までは他者とのコミュニケーションを避けてきたけど、理由があってさ。」「珍しい!過去のことを話してくれるのね?」「そのつもり。あくまで僕自身が考えすぎていて、思い過ごしかもしれないけどさ。」「うんうん!」あやかは笑顔で聴いている。「自分の気持ちをストレートに表現した結果なんだけど、3つのパターンに大きく分かれると思ってて。」「面白いね、それ!」「まず、反発。みんな自分の意見をある程度は持っていて、日々我慢や妥協の連続なんだと思う。次が、賛同。言葉に出した結果、受け入れてくれるパターン。そして最後なんだけど、賛成パターンと繋がってるんだけどさ、本心とは別の返答で応えてくれる場合かな。」「なるほど、なるほど。どうぞ、続けて下さい。」今気付いたが、理解度の確認と会話の間の繋ぎをしてくれている。長く話していると、脱線してないか、独りよがりではないか、ちゃんと伝わっているか不安になる僕には、とてもありがたかった。世の中には、あやかのコミュニケーションの取り方を良く思わない、屈折したマインドを持つ人はいるのだろうか。「本音と建前、思いやり、空気を読む…色々と言葉はあるけどさ、言ってる事と思ってる事が違っているパターンが、ほとんどだって感じてしまうんだ。そう考えると、表面上ではスムーズにコミュニケーションが行われている雰囲気にはなるんだけど、少しずつ気持ちのズレが生じていく。そしてそれが、違和感として残ってしまう。そうなるとさ、相手の気持ちが何となく理解できる感受性とか共感力、協調性が優れている方がしんどくなっていくんだよ。」「んー、分かるような、分からないような。」「そうなるよね。僕自信も話の着地点が分からないまま、本音を少しずつ伝えているからさ。」「要するに、人の気持ちを理解するのが難しくて、自分自信もその他の人も傷付けないように気を付けていたのかな?」「そう思いたいんだけど、多分僕はそこまで優しくはないと思う。ある地点で、もう一人の自分がいることに気付いたんだ。僕はなるべく誠心誠意、相手の状況を考えて言葉を選んだり、行動をしてきたつもりなんだけど。どうしてそれを、余計なお世話とか変人って捉える人がいるんだよ。そうすると、自分の中の優しい気持ちが、怒りへと変化していくのが分かる。」「人はみんな喜怒哀楽…色んな感情を持ってるし、それが普通じゃない?」「僕もそう思いたい。だけどいつの日か正義感とか優しさが、何かのキッカケで悪の方にベクトルが向いてしまったら怖いと思ってる。」「それは怖いかも。」「うん、事件や殺人を犯す人に賛成するわけじゃないけど、複雑な感情、状況、他者からの意識の向けられ方、自分の中の気持ち…積み重なった結果、悪の道へ促されてしまう人もいると思うんだ。ニュースとかで見てもさ、犯人に所縁のある人へのインタビューで、真面目そうとか、まさかそんな事をする人だとは思わなかった、みたいな報道をされてたりするしさ。」「んー、犯罪者心理と結び付けは少し飛躍し過ぎてるかもしれないけど、人の感情の構造にフォーカスすると混乱するよね。」「うんその点、アメリカとかの海外は分かりと思うだけどさ。」「まあ有名な話だよね。言葉に出さないと伝わらない。以心伝心という感覚がないんだよね。」「そう、だから取り敢えず口に出して思いを伝える。分かりやすくてある意味楽かもしれない。」「でもさ、考え方によっては厳しいかもね。」「うん、僕もそう思う。人の気持ちなんて分からなくて当然だけど、表情とか空気間で分かる部分はあるしさ。もしかしら、世界的に見て、日本人は人の感情理解度レベルが高い方かもしれない。」「そうかもしれない。なんて言うかな、人との会話もそうなんだけど、日々の出来事一つ一つを深く考え過ぎると、毎日がしんどくならない?時には何も考えずに、ある程度身の回りの環境の流れに身を任せても良いんじゃないかな?」「うん、そうだね。僕も休憩は必要だと思う。」気付くと閉店の時間になり、僕たちは店を後にした。「なんか綺麗だね。」「うん、呼吸が楽な気がする。」店を出たあと、近くにある散歩道を歩いていた。「気持ちの問題なのかもしれないけど、京都の空気間ってやっぱり東京と違う気がする。」「そうだね。コンビニでは、気のせいかなって思ったんだけど、ちょっと特殊な雰囲気かも。」「お店の前に盛り塩をしている所も沢山あったし、何か理由があるのかな。」「その理由を探してみようよ!」「うん、それ面白いね。」短い旅行だが、目的は定まった。僕も人とのコミュニケーションに臆病にならずに、やってみようかな。人の感情、雰囲気に敏感になりすぎても良くない場合もあるかもしれない。話してみて、失敗したら、ドンマイ!そんなスタイルになれたら、世界が広がるかな。僕は一歩前に踏み出そうと決意した。「あの人はどうかな?」あやかが、聞いてきた。次の日、京都について快くお話をしてくれそうな人を、直感で選ぼうという話になった。普段、本能よりも理性を優先させている僕にとって、新鮮な試みだった。「何だか京都弁ってだけで、非日常間があるね。」「わたしも京都弁練習しよっかな!」「雰囲気はとても良いんだけど、一つ気付いた。」「聞きましょうか?」「商売上手な人が多いと思う。」「たしかに。」「最初の数分で相手がどんな人か探ってる感じがするんだよね。」「なるほどね。まあ、京都って観光客が多いし、接客に慣れてるって側面もあるよね。」「うん。東京の人よりも話しかけやすい雰囲気持ってるかもね。多分観光で都内に来ても、東京の人に話しかけるって感じではない気がする。しかも、気取ってるっていうか、話しかけるなって雰囲気も感じる。」「そうね。ただ変な人も多い世の中だし、やっぱり関東だろうと関西だろうと見ず知らずの人には基本的に関わらないことが、安全なんだろうね。」「そうなんだと思う。頭がいい人ほど、総合的に考えて、妥当な選択をするからね。あとは、昔と違って、人との縁や繋がりの価値観も変わってるしね。」「あー、それは思う。同じ土地の人、会社の人、家族との繋がりがあるから、自然に人との関わりがあったんだと思う。だから、近所の人とか同じ職場の人ともある程度話せるし、家族や親族で集まる機会が多かった。でも今はさ、地代が違う。人との繋がり方は、個人の自由で、むしろ強制的に個人に繋がりを持たせようとする方が、睨まれる世の中になってきたよね。」「うん。あとは、ネットで沢山の情報を個人で収集できるようになった。だから、選択肢が広がるし、無理に人と話さなくても不自由なく暮らせるようになってきた。そう考えると尚更、年齢差がある年輩の方々とは話が合わないのは当然だよね。それを無理矢理、価値観や個人の感情を理由に、年下の人とか子どもに押し付けると、心の距離は離れていくね。」「何て言うか、アレコレ突き詰めて考えていくことはできるけどさ、ある意味鈍感力って大事な気がする。」「うんうん。知らぬが仏って言葉あるじゃん?あれって凄い深い気がする。」「そうだよね。人との関わりも、自分を取り巻く環境に疑問も感じず、世界が自分の中とか似たような人の中だけで完結できると、楽かもしれない。」「あれ?どこかで聞いたようなセリフだね?」「あ。もしかして僕のこと?」「ご名答!」「気付かなかった…。あ、でも、当事者は気付かないっていうしね。」「まあ、まさのりくんが鈍感とは言わないけどさ、世界が自分の中で完結してるっていう点では、そういうことなんだろうね。」「んー、いつの間にか人の気持ちを考えたり、知ろうともせずに逃げたのは、確かだと思う。でも、そういう思考になると少しずつ鈍感になっていくのかな。脳のスイッチを切って、情報を限りなくシャットアウトする。まあ楽な道を選んだねって言われると、それまでなんだけどさ。」「それが、個性とか生活だよ!って優しく思える人だったら良いんだけどね。それを人とズレてるとか、変な人って感じる人が変人なんだよ。変人は、自分のことを変人って把握してないってことが、またややこしい所でもあるんだよね。」「世の中の若手社長さんとか、まあ大手企業の経営層の方々って、自分のスタイルを貫いた結果、新しいビジネスとか価値観を発信してる。それってさ、いま僕たちが感じるていることを日々感じながら、自分の中で折り合いをつけて、選択の繰り返しだったんだろうなって思うんだよね。」「それは言えてる。そういう人たちってさ、表舞台では華やかな成功者って感じで、キラキラ輝いてみえるじゃん?だけど、人が日々何に悩んでいて、何に喜びを感じるなんて分からない。」京都旅行は、凄く楽しい。結局、当初の目的からは脱線してしまったが、あやかとの会話は楽しかった。京都の空気感のおかげで、気持ちが解放され、バラバラになっていた情報が少しずつ、繋がっていく。きちんとした理由は分からないが、きっと京都という場所が、僕の中の大切なスイッチを入れる後押しをしてくれたんだ。またいつか僕にも大切な仲間ができたら、京都に来たいな。そう思いながら、あやかとの京都旅行は、すぐに終わりの日を迎えてしまった。
いつの日からだったか。もう一人の自分と対話するようになったのは。誰かがあの人の暴走を止めなければ。いや、暴走とまではいってないかもしれない。だが、このまま行くと何か良くないことが起きる気がする。何となくそんな気がする。当時もそうだった。優しくて脆いのだ。守ってあげなければ。他に誰が気付くだろうか。
誰かがやらなければならない。個人でできることには限界がある。自分を変えることはもう限界だ。良い世界にしよう。住みやすい、綺麗な世界にしよう。平和な世界にしよう。まだまだできることはあるはず。負けない。やってみせる。他に誰ができるだろうか。
息子の異変を感じたのは、何となくとしか説明できないが、何となく元気がないような気がしたからだ。研究に没頭し、明るい未来を作りたい。その想いを胸に日々実験を繰り返していた。学生時代もどちらかと言うと、目立たない生徒だったと思う。女性とも縁がなく、デートというものをしたことがなかった。ただ、知らないことを知りたい。自分で試して作り上げたい。そんな想いは、常に抱いており、毎日はやりたいことに溢れていた。れんを授かったのは自分の中では、奇跡に近いものだった。学生時代も相変わらず勉強や研究ばかりだった。そんなある日、一人の女性と知り合ったのだ。「まさのりくん、今度一緒にランチでもしない?」最初は、その言葉が自分に向けらたものではないと思い、反応しなかった。「まさのりくん?」そこには、自分を真っ直ぐに見ている一人の女性が立っていた。「え?」突然のことで呆然と立ち尽くす自分に、キラキラとした笑顔で応えてくれた。「えっと…。」「まさのりくん私のこと知らないでしょ?」質問の意味が分からなかった。「うん…。ごめん。」「そうだよね。まさのりくんっていつも考え事してるし、研究室でも自分の事しか見えてないって感じだもんね。」全く意味が分からなかった。この女性は一体何者なんだろう。「そしたらはじめましてのご挨拶からかな。まさのりくんと同じ学部、同じ研究室所属のあやかです。よろしくお願いします!」「?!?!?」「そうなの?」「同級生なんだから、顔ぐらいは把握してるかなって思ったんだけど、本当に知らなかったんだね。」同級生だったのか。いつの日からか他人に興味を失っていたので、人の顔やら名前が記憶に残らなくなっていたのか。まさか人から話しかけられて、しかも女性とこんなにも長い時間向き合ったのは、久々すぎた。「で、どうなの?」「えっと、何だっけ?」「だから、わたしとランチしない?って聞いてるじゃん!」「らんち?」昼ごはんのことか。ランチという言葉も最後に聞いたのはいつだったか。「ランチ…。」「わたしは宇宙人と話してるのかな?それともわたしの言葉が宇宙語に聞こえる感じ?」「いや…。」「じゃあ今からご飯行くから、ちょっと付き合ってよ!」「付き合うって…。」強引に背中を押され、ランチに向かった。彼女の手はとても温かく、押された背中から温もりを感じた。一瞬で、頭の中が晴れやかにパッと明るくなった感じがした。その感覚が心地よく、世界の色が変わり、どんよりとした世界から解放された気分だった。学問は好きで、心理学やコミュニケーション術の理論は知識としてはインプットされていたが、彼女はその全てを凌駕していた。人との距離、雰囲気、話し方。相手の気持ちや雰囲気など気にせず、一気に距離を縮められ、気付いたら全てを持っていかれた。彼女の笑顔、声、雰囲気、話し方、全てが輝いていて、心を奪われそうになるのを意識的にセーブする事で精一杯だった。後から気付いたのだが、この感覚がいわゆる恋という物だったに違いない。それからというもの、毎日研究室で一緒に過ごし、休みの日には色々な場所に旅行にいった。純粋に楽しかった。自分の頭の中で完結していた世界が、外へ外へと広がっていく感覚が嬉しすぎて、幸せだった。あの日あやかが、突然現れ、最初は戸惑うことばかりだったが、毎日新鮮な気持ちで生きることができた。お互い学生で海外旅行に行く時間も余裕もなかったので、国内が多かった。特に印象深かったのが、京都だ。初めての京都旅行は、東京駅から新幹線で向かった。人混みを避けていた時間が多かったからか、東京駅に着くとまずは歩き方が分からなくなった。「まさのり!東京駅だよ!まだ出発まで時間あるしさ、色々見て回ろうよ!もしわたしとはぐれたら、銀の鈴前にいてね!」「ぎんのすず?」「もう、まさのりって何時代の人よ?」「だって…。もう何がなんだか分からない。」「本当に自分の興味があること以外は無頓着なんだね。」「ごめん。」この人混みの中、イキイキとし出した彼女を見て、混乱する一方、ああ何て素敵な笑顔なんだろう。この笑顔のおかげでどれほど助けられているのだろう。一緒にいる時間は増えてきたが、毎回この笑顔と声にドキドキせずにはいられなかった。「もうしょうがないな。」何がしょうがないのか、もはや思考が追い付かない。次の瞬間、彼女が手を握ってきた。「え?」「え?じゃないよ。ポンドは男性の方からリードしてほしいんだから。じゃあ初旅行と行きますか!」女性とほとんど関わらなかったので、どうして良いか本当に分からない。「まさのりの手、つめた!」「あ、ごめん。」咄嗟に手を話してしまった。「何で話すのよ。」今度は、ぐっと近付き、腕を組まれてしまった。「ちょっと…。」もはや、頭の中は、真っ白だ。何も考えられないし、言葉も出て来ない。「こうやってないと、きっとまさのりは、迷っちゃうからね。」「ありがとう。」「まさのりって何だか白って感じだよね。」「しろ?」城、白、シロ、なんの白を示すのか分からない。「何でもない。さぁ行こうか!」「あ!もう新幹線が出発するよ!」「あー!まさのりがモタモタしてるから、何にも買えなかったじゃん!」「やばい!何番線?」「ダッシュ、ダッシュ!」横並びになりながら、階段を登り、駅のホームを走る。不思議とまわりの目は、気にならなかった。彼女の独特の雰囲気が優しく守ってくれている。そんな気がした。「ギリギリセーフ!さあ、座ろう!」「えっと、座席番号は…。」「やっと落ち着いたね。」「うん。凄く楽しい。ありがとう、あやか。」「こちらこそだよ。毎日、同じことの繰り返し。成果が出るか分からない実験ばかりだからね。たまにはリフレッシュしよ。」「あやかはどうしてこの研究室を選んだの?」「まあ成り行きかな?まさのりは?」質問を質問で返され、思考が停止した。「まあ、ゆっくり話そ。」不思議と先回りにして、気持ちを理解してくれている。「ちょっと電子タバコ吸いたい。」「あー!そうやってムードを自ら壊しに来るとは、やりますなお主!」「???」いつもそうだが、こちらが予想している言葉とは全く違うレスポンスが来る。「良いけどさ、実はわたしも電子タバコユーザーなのだ!」意外性の塊みたいだな。言葉には出さず、頭の中で突っ込みを入れてみた。「あ?いま、意外だな!よく分からない女子だな!みたいなこと思ったでしょ?」「思ってないよ。」嘘を付いてみた。「ほんとかなー?」新幹線には、喫煙部屋は設けてあり、2人で入った。「まさのりは、何吸ってるの?」「んー、アロマカプセル入りの、何だっけな。」ごそごそとカバンの中を探していると、「同じ同じ。わたしもアロマカプセル入りのやつなんだー。」まさかの共通点だ。「これ、身体にはもちろん害があるけど、良い香りがするから、この種類だけしか使ってないんだ。」「わたしも。」窓から見える景色を眺めながら、一息付いた。「不思議だね。」「何が?」不思議なことだらけ過ぎて、分からない。「窓から見える景色だよ。」また意外な返答だ。「新幹線に乗ってるとさ、気付いたら目的地に着く。だけど、こうやって景色を見てると、物凄い速さで、線路の上を走ってる。」「分かる気がする。当たり前に感じることが、実は当たり前じゃない。それにふと気付く瞬間って不思議な感覚に包まれるよね。」「そうそう。その感覚を持ってる人って、一体世の中にどれぐらいいるんだろうね。」「んー、少なくても学生時代には、出会えなかったかな。」「わたしもそうなんだよね。別に感性とか価値観って、人それぞれじゃん?だから、そこをどうこう言っても意味がない。意味がないけど、物事を多角的に、俯瞰的に見える人とそうではない人。どちらかと言うと、後者の方が多い気がするんだよね。」「確かに。まあ小学生、中学生は仕方がないけど、高校生ぐらいから、一人でもそうそう人と巡り会えていたら、また違う道を選んでたのかな。」「そうそう。わたしはどちらかと言うと、臨機応変に柔軟に環境に合わせる事ができた。友だちもいたし、部活やバイトも一通りは、順調に経験してきた。」「僕はあやかとは、正反対かな。早い段階で、見切りを付けた。環境に合わせる、自分を変えて行く事から逃げてきたんだよ。」「それをきちんと自覚してるじゃん、まさのりは。それが大事なことだと思うの。」座席に戻って、今度は座席の窓から見える景色を見ながら、ずっと会話をしている。こんなに人と長い時間、会話のキャッチボールができるとは思わなかった。あやかと話していると、自然と言葉が溢れてくる。ようやく思考が追い付いてきた。「わたしは、これからも時代の流れや、変化に敏感に対応して、やっていこうと思う。だけど、まさのりに出会ってさ、何だか今まで無理して背伸びしていた自分に気付けたの。そしたら、少しずつ疲れて来ちゃってさ。」「そうは、見えないけどなー。」「あー、ひどい!人がせっかく真面目モードのスイッチをオンにしているのにー。空気を読みなさい!」「ごめんね。」怒っているのだろうが、喜怒哀楽がハッキリしている彼女は、魅力的にしか映らなかった。「だからさ、初めてまさのりを研究室で見た時に、衝撃を受けたの。この世の中、色んな情報、人の感情が渦巻く環境の中を、等身大でしかも、粛々と自分の世界を生きている。そうそう人って今まで出会ったことなかったの。」「そうなの?」誉められているのか、急に何かのスイッチが入ったようだ。「何で僕に話しかけようと思ったの?」「それ聞いちゃうんだ。何となく…かな?」「ビックリしたよ。」「ビックリさせたかったのよ。」しばらく沈黙になった。「ねえ、あやか。」「なーに?」「さっきさ、僕は白って感じって言ってたでしょ?それってどういうこと?」「何となくそんな気がしただけ。」「色が見えるの?」「分からない。」「じゃあどうして白なの?」「感覚的なことでさ、その人のイメージカラーが、思い浮かぶの。」「それって例えば、純粋そうな人は白っぽくイメージされるってこと?」「そうかもしれない。でも、そうではないかもしれないの。」心なしか、落ち込んでいる様子だ。「でもさ、色を感じられるって、どういうことなのかな?」「それが分からないのよ。」「もしかしたら、京都ってそういうスピリチュアルな人たちが多い気がする。」「そうだね。そうかもしれない。でもわたしはまさのりとの時間を楽しみたいの。」「ありがとう。ストレートに気持ちを表現してくれるから、嬉しいよ。」「なんだかしんみりしちゃったね。」「僕はこういう話も好きだよ。明るくて溌剌とした、あやかも真面目なあやかも魅力的だと思うよ。」それから二人とも眠りについた。車内のアナウンスで目覚めた僕らは、無事に京都駅に着いた。「あー、やっと着いた!喉乾かない?」「うん、何かの飲もうか。」「そしたら、そこのカフェに入ろう!」改札内で、一息ついた。「なんだか、京都弁って新鮮だね!」「うん、店員さんは、普通に京都の人だもんね。」京都弁で話す店員も、とても珍しく感じた。同じ日本なのに、人の雰囲気や空気間が全く違う。「そろそろ行こうか!」「うん、そうしよう!」楽しい、嬉しい、ワクワクの感情が沸いてきた。「さぁ、着いたぞ!京都!」あやかは完全に持ち前の明るさを取り戻していた。「取り敢えず歩こうか。」「さんせーい!」とても呼吸がしやすい。空気が軽い。空が広い。最初に感じた印象だ。「なんか空気が軽くて、息しやすーい!」あやかも同じように感じているみたいだ。「そこのコンビニに入ってみていい?」「もちろん!」僕は試しにコンビニに入ってみた。東京と差はあるのか。「なんだか小綺麗だね!」同感だ。掃除が完璧にされているのか。商品はほとんど向こうと変わらない。「何が違うんだろ。」「んー、旅行に来ている我々の気持ちの問題ではないでしょうか?」「ん?」「だってさ、綺麗なコンビニぐらい都内にもあるよ。ただ、日常の中に入り込み過ぎて、何の感情も沸かないのです。一方、こちらは旅行者として京都に来ております。初めての京都、そして何と言っても、わたくしあやかと一緒にいるまさのりは、てんしょんが上がりき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」「うんその点、アメリカとかの海外は分かりと思うだけどさ。」「まあ有名な話だよね。言葉に出さないと伝わらない。以心伝心という感覚がないんだよね。」「そう、だから取り敢えず口に出して思いを伝える。分かりやすくてある意味楽かもしれない。」「でもさ、考え方によっては厳しいかもね。」「うん、僕もそう思う。人の気持ちなんて分からなくて当然だけど、表情とか空気間で分かる部分はあるしさ。もしかしら、世界的に見て、日本人は人の感情理解度レベルが高い方かもしれない。」「そうかもしれない。なんて言うかな、人との会話もそうなんだけど、日々の出来事一つ一つを深く考え過ぎると、毎日がしんどくならない?時には何も考えずに、ある程度身の回りの環境の流れに身を任せても良いんじゃないかな?」「うん、そうだね。僕も休憩は必要だと思う。」気付くと閉店の時間になり、僕たちは店を後にした。「なんか綺麗だね。」「うん、呼吸が楽な気がする。」店を出たあと、近くにある散歩道を歩いていた。「気持ちの問題なのかもしれないけど、京都の空気間ってやっぱり東京と違う気がする。」「そうだね。コンビニでは、気のせいかなって思ったんだけど、ちょっと特殊な雰囲気かも。」「お店の前に盛り塩をしている所も沢山あったし、何か理由があるのかな。」「その理由を探してみようよ!」「うん、それ面白いね。」短い旅行だが、目的は定まった。僕も人とのコミュニケーションに臆病にならずに、やってみようかな。人の感情、雰囲気に敏感になりすぎても良くない場合もあるかもしれない。話してみて、失敗したら、ドンマイ!そんなスタイルになれたら、世界が広がるかな。僕は一歩前に踏み出そうと決意した。「あの人はどうかな?」あやかが、聞いてきた。次の日、京都について快くお話をしてくれそうな人を、直感で選ぼうという話になった。普段、本能よりも理性を優先させている僕にとって、新鮮な試みだった。「何だか京都弁ってだけで、非日常間があるね。」「わたしも京都弁練習しよっかな!」「雰囲気はとても良いんだけど、一つ気付いた。」「聞きましょうか?」「商売上手な人が多いと思う。」「たしかに。」「最初の数分で相手がどんな人か探ってる感じがするんだよね。」「なるほどね。まあ、京都って観光客が多いし、接客に慣れてるって側面もあるよね。」「うん。東京の人よりも話しかけやすい雰囲気持ってるかもね。多分観光で都内に来ても、東京の人に話しかけるって感じではない気がする。しかも、気取ってるっていうか、話しかけるなって雰囲気も感じる。」「そうね。ただ変な人も多い世の中だし、やっぱり関東だろうと関西だろうと見ず知らずの人には基本的に関わらないことが、安全なんだろうね。」「そうなんだと思う。頭がいい人ほど、総合的に考えて、妥当な選択をするからね。あとは、昔と違って、人との縁や繋がりの価値観も変わってるしね。」「あー、それは思う。同じ土地の人、会社の人、家族との繋がりがあるから、自然に人との関わりがあったんだと思う。だから、近所の人とか同じ職場の人ともある程度話せるし、家族や親族で集まる機会が多かった。でも今はさ、地代が違う。人との繋がり方は、個人の自由で、むしろ強制的に個人に繋がりを持たせようとする方が、睨まれる世の中になってきたよね。」「うん。あとは、ネットで沢山の情報を個人で収集できるようになった。だから、選択肢が広がるし、無理に人と話さなくても不自由なく暮らせるようになってきた。そう考えると尚更、年齢差がある年輩の方々とは話が合わないのは当然だよね。それを無理矢理、価値観や個人の感情を理由に、年下の人とか子どもに押し付けると、心の距離は離れていくね。」「何て言うか、アレコレ突き詰めて考えていくことはできるけどさ、ある意味鈍感力って大事な気がする。」「うんうん。知らぬが仏って言葉あるじゃん?あれって凄い深い気がする。」「そうだよね。人との関わりも、自分を取り巻く環境に疑問も感じず、世界が自分の中とか似たような人の中だけで完結できると、楽かもしれない。」「あれ?どこかで聞いたようなセリフだね?」「あ。もしかして僕のこと?」「ご名答!」「気付かなかった…。あ、でも、当事者は気付かないっていうしね。」「まあ、まさのりくんが鈍感とは言わないけどさ、世界が自分の中で完結してるっていう点では、そういうことなんだろうね。」「んー、いつの間にか人の気持ちを考えたり、知ろうともせずに逃げたのは、確かだと思う。でも、そういう思考になると少しずつ鈍感になっていくのかな。脳のスイッチを切って、情報を限りなくシャットアウトする。まあ楽な道を選んだねって言われると、それまでなんだけどさ。」「それが、個性とか生活だよ!って優しく思える人だったら良いんだけどね。それを人とズレてるとか、変な人って感じる人が変人なんだよ。変人は、自分のことを変人って把握してないってことが、またややこしい所でもあるんだよね。」「世の中の若手社長さんとか、まあ大手企業の経営層の方々って、自分のスタイルを貫いた結果、新しいビジネスとか価値観を発信してる。それってさ、いま僕たちが感じるていることを日々感じながら、自分の中で折り合いをつけて、選択の繰り返しだったんだろうなって思うんだよね。」「それは言えてる。そういう人たちってさ、表舞台では華やかな成功者って感じで、キラキラ輝いてみえるじゃん?だけど、人が日々何に悩んでいて、何に喜びを感じるなんて分からない。」京都旅行は、凄く楽しい。結局、当初の目的からは脱線してしまったが、あやかとの会話は楽しかった。京都の空気感のおかげで、気持ちが解放され、バラバラになっていた情報が少しずつ、繋がっていく。きちんとした理由は分からないが、きっと京都という場所が、僕の中の大切なスイッチを入れる後押しをしてくれたんだ。またいつか僕にも大切な仲間ができたら、京都に来たいな。そう思いながら、あやかとの京都旅行は、すぐに終わりの日を迎えてしまった。
いつの日からだったか。もう一人の自分と対話するようになったのは。誰かがあの人の暴走を止めなければ。いや、暴走とまではいってないかもしれない。だが、このまま行くと何か良くないことが起きる気がする。何となくそんな気がする。当時もそうだった。優しくて脆いのだ。守ってあげなければ。他に誰が気付くだろうか。
誰かがやらなければならない。個人でできることには限界がある。自分を変えることはもう限界だ。良い世界にしよう。住みやすい、綺麗な世界にしよう。平和な世界にしよう。まだまだできることはあるはず。負けない。やってみせる。他に誰ができるだろうか。
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