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11. ノブレスオブリージュ
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組織の車というと、黒塗りの高級車だったり、得体のしれない巨大なバンを想像するかもしれない。だが陽向についていった先にあったのは、拍子抜けするぐらい普通の軽自動車だった。
「リムジンとかじゃないんですか?」
明らかに不満げな梔倉を見て、陽向はガハハと笑った。
「世を忍ぶ組織がそんな目立つ車に乗れるかよ」
「中にマシンガンとかは…」
「無い」
「秘密の指令を再生した後に破壊されるデバイスは?」
「無い」
「シャンパンは?」
「無い…ってかあっても飲ませない。未成年だろうがお前」
つまらなそうな梔倉とは対照的に、絹人はかつてないほど緊張しながら車に乗り込んだ。手が震えて、シートベルトが上手く装着できない。
「よーし、2人ともシートベルトしたか?」
助手席に座った陽向が振り返る。
「ま、まだです、すいません…」
「風綿は緊張しすぎ!楽に構えてろよ!」
「は、はいっ…あ、できました」
「よし、じゃあ出発するぞ」
すると後部座席と運転席の間に仕切りがせり上がり、完全に遮断された。窓にはいつの間にかスモークがかかっており、内から外を伺うことができなくなっている。
「あら、秘密組織っぽいギミックちゃんとあるじゃない!」
「僕たちどこに連れて行かれるんだろう?ちょっと怪しくない?」
興奮気味の梔倉をたしなめるように、絹人は小声で囁いた。
「大丈夫よ。何たって私には異端の証明があるのよ?何かあっても切り抜けられるわ」
「それにね、陽向先生が悪い人だとはとても思えないでしょう?」なおも不安げな絹人に向かい、梔倉は微笑んだ。
車はもう動き出してしまった。今更騒いだところでどうにかなるわけないしな、と絹人は腹を括ることにする。ゾンビにもみくちゃにされていたさっきより状況が悪くなることはないだろう。今はとにかく、漏らしてしまった服を着替えて一息つければどこでも良いや、と深くため息をついた。
「風綿さんの力、どんなのかしらね」
「そのことなんだけどさ。僕なんかに本当に力があるのかな?ただそこにあった石を掴んでただけだったりして」
「でも私、セピオライトなんて石聞いたことないわ。そこら辺に転がってるものでもないでしょ」
「うーん……梔倉さんみたいに強い力だったらいいなあ」
梔倉が唇を歪めて俯く。しばしの沈黙の後、黒髪に血が付着し、所々束になって固まっている部分を指で弄りながら「ありがとう」とつぶやいた。
「え?」
「さっき私のこと、助けようとしてくれたじゃない。どう見ても私より弱いのに…自分のこと犠牲にするなんて、なかなかできることじゃないわ」
僕って梔倉さんより弱いと思われていたのか……いやそんなことはどうでもいい、あの梔倉さんが僕にありがとうと言ってくれた。絹人は若干ショックを受けながらも、お礼の言葉を心に刻み込んだ。
「僕こそ梔倉さんに助けてもらってばっかだよ。本当にすごいね、梔倉さんって」
「ふふ、ノブレスオブリージュってやつよ」
「ノブレスオブリージュって、梔倉。今の日本には身分制はないぞー」
突然仕切りが下がり、呆れた顔をした陽向がからかった。
「私は私であるだけで、他の人より優れた存在にあることは自明でしょう。というか、盗み聞ぎとはずいぶんご立派な趣味ですこと。どこかにカメラがあるの?私たちの様子を監視していたんですね」
「期待してるとこ悪いけどな、」
再びせりあがってきた仕切りを陽向が軽く叩くと、呆れるほど安っぽい音が返ってきた。
「これ、アクリル板を黒く塗っただけだから。話し声筒抜けなんだわ」
「そんなっ…高校の文化祭みたいな」
「手作りクオリティで悪かったな。とにかく、本部に着いたぞ。今ドア開けるからな、待ってろ」
車のロックが音を立てて解除された。
少し開いた隙間から、一筋の光と共に臭気と熱気がむわ、となだれ込んだ。
「ようこそ、エリナケウスへ」
「リムジンとかじゃないんですか?」
明らかに不満げな梔倉を見て、陽向はガハハと笑った。
「世を忍ぶ組織がそんな目立つ車に乗れるかよ」
「中にマシンガンとかは…」
「無い」
「秘密の指令を再生した後に破壊されるデバイスは?」
「無い」
「シャンパンは?」
「無い…ってかあっても飲ませない。未成年だろうがお前」
つまらなそうな梔倉とは対照的に、絹人はかつてないほど緊張しながら車に乗り込んだ。手が震えて、シートベルトが上手く装着できない。
「よーし、2人ともシートベルトしたか?」
助手席に座った陽向が振り返る。
「ま、まだです、すいません…」
「風綿は緊張しすぎ!楽に構えてろよ!」
「は、はいっ…あ、できました」
「よし、じゃあ出発するぞ」
すると後部座席と運転席の間に仕切りがせり上がり、完全に遮断された。窓にはいつの間にかスモークがかかっており、内から外を伺うことができなくなっている。
「あら、秘密組織っぽいギミックちゃんとあるじゃない!」
「僕たちどこに連れて行かれるんだろう?ちょっと怪しくない?」
興奮気味の梔倉をたしなめるように、絹人は小声で囁いた。
「大丈夫よ。何たって私には異端の証明があるのよ?何かあっても切り抜けられるわ」
「それにね、陽向先生が悪い人だとはとても思えないでしょう?」なおも不安げな絹人に向かい、梔倉は微笑んだ。
車はもう動き出してしまった。今更騒いだところでどうにかなるわけないしな、と絹人は腹を括ることにする。ゾンビにもみくちゃにされていたさっきより状況が悪くなることはないだろう。今はとにかく、漏らしてしまった服を着替えて一息つければどこでも良いや、と深くため息をついた。
「風綿さんの力、どんなのかしらね」
「そのことなんだけどさ。僕なんかに本当に力があるのかな?ただそこにあった石を掴んでただけだったりして」
「でも私、セピオライトなんて石聞いたことないわ。そこら辺に転がってるものでもないでしょ」
「うーん……梔倉さんみたいに強い力だったらいいなあ」
梔倉が唇を歪めて俯く。しばしの沈黙の後、黒髪に血が付着し、所々束になって固まっている部分を指で弄りながら「ありがとう」とつぶやいた。
「え?」
「さっき私のこと、助けようとしてくれたじゃない。どう見ても私より弱いのに…自分のこと犠牲にするなんて、なかなかできることじゃないわ」
僕って梔倉さんより弱いと思われていたのか……いやそんなことはどうでもいい、あの梔倉さんが僕にありがとうと言ってくれた。絹人は若干ショックを受けながらも、お礼の言葉を心に刻み込んだ。
「僕こそ梔倉さんに助けてもらってばっかだよ。本当にすごいね、梔倉さんって」
「ふふ、ノブレスオブリージュってやつよ」
「ノブレスオブリージュって、梔倉。今の日本には身分制はないぞー」
突然仕切りが下がり、呆れた顔をした陽向がからかった。
「私は私であるだけで、他の人より優れた存在にあることは自明でしょう。というか、盗み聞ぎとはずいぶんご立派な趣味ですこと。どこかにカメラがあるの?私たちの様子を監視していたんですね」
「期待してるとこ悪いけどな、」
再びせりあがってきた仕切りを陽向が軽く叩くと、呆れるほど安っぽい音が返ってきた。
「これ、アクリル板を黒く塗っただけだから。話し声筒抜けなんだわ」
「そんなっ…高校の文化祭みたいな」
「手作りクオリティで悪かったな。とにかく、本部に着いたぞ。今ドア開けるからな、待ってろ」
車のロックが音を立てて解除された。
少し開いた隙間から、一筋の光と共に臭気と熱気がむわ、となだれ込んだ。
「ようこそ、エリナケウスへ」
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