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宗教国家オセの悲劇

不死者転生49 暗躍する死の影

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 新教皇が即位後、オセでは大規模な弾圧、、もとい異端狩りが徹底して行われた。その規模は凄まじく、人口2万人程度のオセにおいて異端もしくは嫌疑のある者として実に1500余名が告発されその全てが処刑されることになる。

 徹底した異端狩りにより、異端とのオセにおける聖戦の勝利を教皇は宣言するに至る。更に、世界の平和の為、ノエル教徒の魂の安全の為として、各国に異端狩りを徹底するよう布告。オセでさえ人口の7%以上の損失を出している。しかも、異端というが、本当にそんなものがありえるのか?一般の農民等と違い知識階層を中心に懐疑的な勢力があらわれ、更に自国領の人民へ教会からの直接の布告という事態に危機感を覚えた周辺国からの反発を受けることになる。

 それぞれの立場で、この問題にどう対処すべきかを真剣に考え始めた矢先、その事件は起こった。

 オセに近く宗教色の強い聖王国イスタルトの貴族ルキロカレによる反乱である。彼の愛娘はオセより派遣された異端審問官により告発され壮絶な拷問の末に異端を認め処刑されたのだ。何より審問中、娘がどのように汚され、この世を呪って死んだのかを聞かされた時に敬虔な信徒であるルキロカレは死んだ。

 異端審問官は、その職務を盾に己の欲望を満たす醜悪な人種であり、それを推奨する現在のノエル教は得体の知れない何かになってしまったように思われた。

 彼は娘を死に追いやった異端審問官達を捕らえると娘がされたように拷問し、なぜ娘を異端としたのかを問いただした。最初は頑なに魔神との繋がりを示す印があったのだと嘘ぶいていたが、四肢を切り落とすと脅し、実際に片手を落とした時点で、彼は娘を見た時に抱いた邪な欲望を叶える為に告発したと認めたのだった。

 そのまま嬲り殺しにしたい衝動を抑え、彼は教皇に異端審問官の不正及びその真実を正す為にことの顛末を綴った書簡を出したが返事はなく、逆に教会の徒である審問官を解放するように命令してくる始末である。同時に報告していた聖王国イスタルトの王でさえ、教会の意向に従うように指示してくるのだ。

 事ここに至って、ルキロカレは領民を守る為に、ノエル教の異端審問を禁止する令を布告すると現教皇を否定しノエル教本来の教えを解放する為の聖戦を宣言する。呼応するように異端審問に疑問を示していた周辺領主も同調し、聖王国内では現教皇を支持する勢力と否定する勢力との間で摩擦を強めていった。


「ご主人様、予定通りルキロカレを中心に反教皇派と教皇派で対立する構図が出来上がりましたね。」

アリアは各地域に派遣している魔人からの報告を集約し、良いタイミングで異端審問官を使ってネタを仕込み、魔人の力で思考誘導を実施、この状況を作り上げてくれた。

「国には人と領土が必要だが、何よりも武力が必要だ。次いで、それを維持拡大できる経済力を持つ必要がある。商会の取り込みの方はどうだ?」

「はい、そちらもシュトリを派遣して聖王国内の二大商会の一つヴェルザー商会に入り込んでおります。フォーリン商会の長であるアントンとの会食が、本日予定されておりますので、そこでシュトリがアントンを取り込むでしょう。」

「シュトリ欲しさにフォーリン商会はヴェルザー商会に身売りすることになる、か。それぞれ歴史の長い商会なのに、まったく愚かな事だな。」

 その夜、二大商会の長同士による会食の場に、絶世の美女が現れる。彼女はヴェルザー商会会長の秘書として会食の場に参加したのだ。アントンは一目見た瞬間に恋に落ちた。40を過ぎた中年が一目惚れなど滑稽な話だが、彼の成功を約束された人生にとって、その秘書を手に入れる事もまた約束された運命のように感じた事だろう。

 ヴェルザー商会会長が席を立った後、シュトリはその魅了能力を持ってアントンを完全に堕としてみせた。先に戻ったヴェルザー商会会長、バルトロに対し彼は秘書を譲るよう商談を開始する。

 もし、その場に他の誰かが居合わせていれば、その異常な商談の雰囲気に気付けただろう。アントンの最大のミスは、己を過信しすぎるあまり、一人で商談を行う点にあるだろう。いや、過信だけではない、他を信じないのだ。彼の祖父が秘書に裏切られ大事な商談の為の情報を横流しされ大損害を被ったのを知っていた彼は誰にも心を許さなかったのだ。

 結果、アントンは全ての商会の権利を、たかが秘書1人と交換するに至る。彼の個人資産は既に国の年間予算に匹敵する。商会など今更なくなろうともこの女を手に入れられるなら構わないと。事実、彼がその気になれば私財を元手に再び大商会を作り上げる能力はあるのだ。妻を早くに亡くし、子がいなかった事も要因かもしれない。

 これにより聖王国を二分していた大商会はヴェルザー商会に統合されることになる。資産や債券を引き継いだヴェルザー商会は、聖王国に限って言えば、王族から下級貴族に至るまで、全ての特権階級を経済的に支配したと言えるだろう。

 反教皇派と国王率いる教皇派の間で、武力衝突が起きたのはそれから一月後だ。それぞれが、ヴェルザー商会から支援を受け、血で血を洗うような消耗戦を繰り広げることになる。戦いの舞台は、いつもコルポー盆地が指定された。誰一人、それに疑問を抱かなかったのは何故なのか、後の歴史家達は暗躍した不死者による精神誘導の結果だと結論付けている。

 この時代、軍隊は専従ではなく大半は農民や奴隷、傭兵が兵力の大半を占めていた。ヴェルザー商会は、戦争での利益により莫大な財を為すだけでなく、アントンのから支援された資金を使い国内外の傭兵を大量に招き入れ、死地であるコルポー盆地へ送り込み続けた。

 聖王国の総人口は20万人程度である。開戦から半年で既に2万人が戦死、傭兵も含めると5万人とも言われる異常な数値を記録していた。この時代の、しかも内乱における死者数としては突出している。誰もがこの紛争の意味を、目的を見失い、だが止める事も出来ずに殺し合い続けていた。

 誰の目にも異常でしかない。周辺国もこの異常な殺し合いの原因を探る中、動いたのが教皇率いる教区オセだ。教皇は、この異常な殺し合いが魔神の復活に繋がる、つまり異教徒が仕掛けた壮大な儀式の一環であるとし停戦を呼びかけた。

 確かに、コルポー盆地には死が溢れ、瘴気に穢れた土地へと変貌しつつあったのだから、ノエル教からすれば危機感は相当に強いと思われる。

 教皇は対異教徒の名目で聖騎士隊を組織、白銀の鎧に身を包み、顔は表情の読み取れない仮面を身につけているその軍隊は練度が高く、一矢乱れぬ行軍を見た者は神の軍隊と称賛したという。

 慌てたのは周辺諸国家である。突然現れた聖騎士隊の規模は1万人。オセの総人口の半分を超えている。そんな軍隊を突然用意するなど不可能だ。しかも、練度はかなり高いと見られるだけでなく、寸分違わぬ白銀の鎧などいつ用意したというのか。

 その疑問に応えるように、教皇は聖騎士隊は儀式によりもたらされた神の軍隊であると宣言する。無から有を生み出したと、神によりもたらされた聖なる騎士。一般民衆は歓喜し、神の軍隊を讃え平和がもたらされると安堵した。

 各国の首脳部は当然そんな戯言など信じはしなかった。何が起こっているのかわからないが、オセは異常だ。神の軍隊のインパクトは相当なもので、ノエル教徒を敵に回しかねない為にオセに敵対的な姿勢は取れない。だが、この異常事態にそれぞれ暗部を使ってオセの調査を本格化させることになる。

 コルポー盆地に着いた聖騎士隊を率いたのは、均整の取れた美しい顔に銀髪を持つ絶世の美女。一矢乱れぬ白銀の軍隊も相まって、その姿を見た兵士は口々に女神様と讃えたという。その女神と言われた指揮官の隣には、似た容姿だが燃えるように赤い瞳を持つ副官が控えていた。そして、両陣営に停戦を呼びかける。通常通り仲介者たる聖騎士隊を交えた交渉の場はすぐに持たれた。両軍の首脳部はこの会談を境に狂気に目覚めたと言われている。

 会談の翌日、両軍は総攻撃を開始。なんの作戦もない全軍による正面突撃である。こうなっては停戦の呼びかけなど無意味だ。聖騎士隊は、両軍の将は異端者に操られている断罪、二手に分かれて各司令所を強襲、これを撃破すると戦闘の終了を宣言する。

 捕虜となった各陣営の首脳部は、教皇自らによる洗礼によりを解かれ、自らがどのようにして異端に操られたのかを語るに至る。だが、それでも最終的な戦死者6万人の責任は免れない。周辺諸外国へも異端の画策による内乱から始まる戦争の顛末が周知された。

 教皇は荒れ果てた聖王国の再建及びコルポー盆地の浄化を教会が担うことを宣言すると、責任を取る形で聖王国現国王は退任。更に教会より派遣された政務官兼任の高位司祭が宰相として着任し、次期国王が成人するまでの間、政務を取り仕切ることになる。

 教会は更にコルポー盆地の穢れが魔神を呼び起こしかねないとし、浄化を進める一方で更なる戦乱を防ぐ為の聖騎士隊拡充を宣言。神の軍隊たる聖騎士隊は兵糧の概念がないと言われている。兵糧を気にせず戦闘が可能な軍隊というのはそれだけで脅威である。コルポー盆地では浄化の儀式と合わせて、聖騎士を呼びだす儀式が執り行われている、、と言われている。

 次々に現れる新たな聖騎士達は教会の総本山であるオセに一万、聖王国各地に更に派兵され治安維持にあたる。総数を正確に把握した国はいないが、およそ5万から7万と言われている。当初現れた一万に、盆地での戦死者の数と凡そ一致する総数だ。
 
 ある国の諜報機関の記録によると聖騎士隊の白銀の鎧はヴェルザー商会が中心となり揃えているとされている。神よりもたらされた軍隊は人の手による鎧を纏っていたことになる。その中身は一体何なのか、、、各国はオセが異端の総本山ではないか?そう疑うに十分な状況証拠を少しづつ手にし始めていたが、武力面だけでなく、国中に存在する教徒という憂いから表立っての批判ができないでいた。

「メアの人口繭の研究の成果だな。最後の楽園で生産した兵士と合わせて、瘴気が満ちたコルポー盆地での生産も順調だ。」

予定通りに事が運び、戦力が拡大するのは気分が良い。

「さすがご主人様の計画です。ですが、、、」

「何だアリア?」

「周辺各国はオセを疑い始めております。性急過ぎたのでは?」

「問題ないさ。各国に送り込んだシュトリの配置を思い出せ。」

「はい、、、」

アリアは地図を見ながらシュトリの派遣された地を確認する。

「これは、、各国の貿易の要に、、、国境付近ですか?」

「そうだ、戦略的に国の防衛の為に死守すべき地点というのがある。経済と国防の観点から外せない地を選んで派遣している。」

「我々が、聖王国を取り込み十分に魔人にとって住み良い土壌にする為には、まだまだ時間が必要だ。だか、各国がそれを黙って見過ごすとは思えない。そこで、無視できない場所でタイミングを見て反乱を起こさせる。」

「なる程、、最初から王族を狙った方が確実なのでは?」

「それも考えたが、、、オレには悠久の時間がある。」

「はい、おっしゃる通りです、、。」

疑問が解けない様子のアリアに答えを伝える。単純な話だ。

「いつか全てを支配したとして、何の変化もなければ退屈なだけだろ。それに国はいつか滅ぶものだ。だが経済は滅びない。オセも聖王国もどうでもいいんだ。最終的には全ての国の経済を掌握できればいい。国は目立ちすぎるしな。」

「経済を掌握というのが、、よくわからないのです。」

「アリアはオレに永久の忠誠を捧げるのだろ?そのうちわかるさ。気になるのは森の、、魔神だな。アレだけは手に負えない。できれば、森から離れた地に拠点を移したいところだが、さすがに瘴気が薄過ぎる。まずは聖王国で地盤を固めて、、どこかのタイミングで離れた国を乗っ取りたいものだ。」

永久に傍らに居ろ、と言われたと受け取ったのかアリアは冷たい頬を赤く染める。

あぁ、、、これは、スイッチが入ったな。
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