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はじまりのしょう
02.方針を決める
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体感で6年ぶりの熱いシャワーに体をさらして、シャンプーやボディソープを使えば、驚くほどの垢で2度3度洗わなければロクに泡立ちもしなかった。
さっぱりした後、寝間着に着替えて案内された艦長室のベッドに迷わずダイブ。
気がつけば寝ていたらしい。
「……あんなハイキングコースモドキでここまで疲れるとか、体貧弱すぎるな……あいたたた」
筋肉痛で痛む体を起こしながら、枕元に目を向ける。
時間を気にしようとして、はたと気づく。そういえば何ら一切艦の移動に関して指示を出していなかった。
「ニャル」
『はい、キャプテン』
「現在の艦の状況は?」
『現在、光学迷彩による隠密行動中。地表から約200メートルの空域で待機中です』
「光学迷彩かけてたのはナイスだ! 俺が気づかないところまでフォローありがとう」
『お褒めにあずかり光栄です』
艦制御AIを全力で褒めながら、ベッドを下りる。
「いたたたた……食堂まで案内を。それから艦は一度大気圏外まで上昇させて、周回衛星軌道に乗せてくれ」
『了解いたしました。廊下に標識を表示いたします』
久方ぶりのトーストの朝食をとりながら、修人は思考を続ける。
(身の安全と衣食住は確保できたけど……これからどうしよう)
何もやることがない。
普通転生者というなら生まれに伴う何らかの問題があったり、生き残るために必死に道を模索するが、チートでとりあえず生存は確実になってしまったし、生け贄という境遇であったため人間関係も恐ろしくすっきりしていて、それすら無くなってしまった。
「んー……ごくん、ニャル、俺の元居た世界のインターネット回線に接続できるか?」
『次元測定中……イエス、キャプテン。キャプテンが亡くなった直後の時期に設定し、開きます』
AIの言葉と共に空中にホログラムディスプレイが浮かんで、見慣れたインターネット検索画面が出てきた。
行きつけの動画投稿サイトを検索にかけ、うろ覚えの登録メールアドレスととパスワードを宙に浮かぶホログラムキーボードで入力。懐かしいチャンネルアイコンが並んだ。
「……本当にどうするかな。暇つぶしにも困らなくなってきたぞ」
いっそ本格的にヨグ=スォートスに引きこもろうかとも考えたところでふと思い至る。
引きこもりが選択肢になると言うことは、当然外があるのだ。
「……ニャル、俺が住んでいた惑星の調査は出来るか?」
『どのような調査をいたしましょう? 惑星の大きさや大気組成でしょうか』
「いや、そっちは別に良い。俺が知りたいのは地理的なものと文化的なものだ」
『了解いたしました。探査用の小型ロボットを惑星全体にとばします。地理的なモノにつきましては、現在地である周回軌道上から撮影した映像を利用すればすぐに簡易的なものであればご覧になれますが?』
「ああ、まずはこの星の地理から頼む」
『イエス、キャプテン』
目の前に惑星を再現した球体がホログラムで浮かぶ。
トーストの最後のひとかけらを口に放り込むと、すっと手を伸ばしてぐるぐる回す。
「えらいすっきりした陸地だな……パンゲアというか……ニャル、俺を拾ったのは、この島が連なってるところか?」
惑星唯一の大陸の東側に、二つ三つほどの列島があった。日本で言うと本州と四国、九州だけを並べてさらに簡略化したような感じだ。
『イエス、キャプテン。一番細長い島の北寄りの山間でキャプテンはピックアップさせていただきました』
「日本風なのは、やはり地政学的に似ているからか……」
そんなことを呟く。
『キャプテン、この星の文明に積極的に介入なさるおつもりですか?』
「それはこれからの調査次第だな。むしろそれを決めるために調査させてるようなものだし」
修人が認識している限り、自分の住んでいた辺りは近世に入る前の日本ぐらいの文明レベルだった。
しかし他の文化圏もそうなのだという保証はない。
そもそも鬼なんて存在が実在していたし、妖術と言えば良いのか何やら超常の力を使っているようにも見えた。
文明レベルが中世ぐらいでも、宇宙にまで平気でこれるような超常の力があるのなら、そうのんびりとはしていられない。
この星系を捨てて外宇宙に飛び出すか、いっそまた別の異世界に跳ぶかというのも選択肢に入る。
という様なことを思いつくままに口にしてみれば、ニャルが有益な情報をくれた。
『……未だ調査は開始したばかりですが、その可能性は極めて低いことは申し上げておきます。どうも惑星の概念すら無いようで、いわゆる平面上の世界と認識している文明しか見つかっていません』
「本当か? 地球でも、古代ギリシャの時点で知識人は地球が丸いことは予見していたりしたが?」
別に直に大地が丸いことを視認する必要は無い。
星の見える角度、太陽の昇る時差、証拠は様々にある。
『この惑星の過去においても、似たような発見がなされた可能性はありますが、少なくとも今現在においてはその認識は一般的ではありません』
「ふぅん……ならひとまずは、ここに居さえすれば危険は無いかな」
この星に異星人が圧倒的科学力で攻めてでも来ない限り。
そうなったらどうするべきか。逃げるか。別に助ける義理もないし。侵略者であっても建前として「未開文明を啓蒙するため」とか掲げてるなら、むしろ生活レベルが向上する可能性すらある。
「ま、危険が迫ればその時はその時か。ニャル、マッサージチェアとかあるか? 筋肉痛で辛いんだ」
『イエス、キャプテン。残念ながらマッサージチェアはありませんが医務室にて、マッサージの施術が出来ます』
「さすが、チート艦。んじゃ医務室に行くか」
元居た世界の、動画投稿サイトからお気に入りのチャンネルを見ながら、機械操作のあんま器でマッサージを受ける。
この体の体力のなさは実に問題だ。
『キャプテン、一つの国家のおおよその調査が終わりました』
「ん……見せてくれ」
ホログラムディスプレイを操作して、報告書を寝転んでいる眼前に持ってくる。
『これから順次、調査が終了した国家が報告に上げられると思います』
「……中世ヨーロッパ風の文化圏が広いな……」
地図上の色分けされた国家と見比べながらそんな事を呟く。
『はい、明らかに異様な広さです。中華風の文化圏の広さと比べても一目瞭然かと』
地図上が今度は三色に塗り分けられた。
青色の範囲が大陸の二分の一を覆っており、赤と黄色でそれぞれ八分の一程度ずつの広さになっている。
どの色にも塗り分けられていない場所にはエルフやドワーフといった亜人種が暮らしているらしい。
「……アラブ風の文化圏もやけに狭いな。地中海が無いから追いやられた? いや、あれはどっちかというと気候に根付くからな……大陸の殆どが温帯に属するから、か?」
惑星の北半球に殆どすっぽり入っている大陸だ。砂漠気候の広さを考えれば解らなくも無い。だが
「どうも作為的というか……人種も……いや、コーカソイドに類似する人種はいないのか?」
『それらしき人種はおりませんね』
「おかしいじゃないか。アングロ・サクソン系らしいのも居るようだし、今の俺はもちろんモンゴロイドらしいのもいる。ここまで地球に寄せているなら、人種の系譜としてコーカソイドに該当する人種が居ないと成り立たないぞ?」
『可能性として……元々「このような世界」として作られた可能性を上げることは出来ます』
「世界五分前創造説か? まぁこうして現実を列挙していって見れば……」
そこでふと、気になったことがあってホログラムの資料のページを戻していく。
『何か、気になる点でもございましたか?』
「ああ、あるな……流し見てしまっていたけど、この世界、やけに学校が多くないか?」
各国の主要な施設一覧の中に、かなりの頻度で入っている国立の学校。
『はい、それは私も認識していました。文明レベルの割に学習施設、それも私塾の類いでは無く公的な学校が多い、と』
学校というのは文明レベルが現代に近くなければ発生し得ない。
教育とは重要な物であるが、地球の近世以前において教育を受けられるのは、家庭教師を雇える経済的に裕福な者だけである。
平和な社会において個人が行う社会福祉レベルのものはあるにはあるが、文字の読み書きや簡単な計算を教えるのが大半で学校と呼ぶには弱い。
「学校が存在する……世界五分前創造……この世界観を必要とする……ニャル、この世界の平均結婚年齢は解るか?」
『データが不足気味です。優先して収集いたしますので少々お待ちください』
「頼む。それから、俺以外の転生者がこの世界に居るか、確認できるか?」
『イエス、キャプテン。次元双曲線の測定は本艦で直接行えますので、転生者の確認の方が早く済みます』
「そうか、なら、平均結婚年齢と一緒に転生者の特定と情報収集も頼む」
『イエス、キャプテン』
大分筋肉痛が抜けた体を起こして、またお腹が空いてきたなと修人は食堂に足を向けた。マッサージだけでえらい時間を食ってしまったようだ。
『転生者の確認が出来ました』
アジフライ定食を選択したところで、ニャルが報告してきた。
「何人居た?」
『キャプテン以外で、現在28人が確認できます』
「おいおい、多いな」
半ば確信を持って複数人居るだろうとは思っていたが、まさか余裕の二桁とは。
『それから、おおよそ平均結婚年齢も。20.4歳です』
「やっぱり、文明レベルに比して高いよな」
『イエス、キャプテン。魔法を除いた医療技術レベルも未熟なこの惑星において、十代半ばが結婚の適齢期であるはずです』
食物生成装置から出てきたアジフライ定食のトレイを持って、手近な席に着く。
「転生者を……性別で分けてリストアップしてくれ。俺の予想通りなら、大半が女性の筈だ」
『イエス、キャプテン。表示致します。しかし、何故解ったのです? 女性が多いと』
「ああ、この世界の作られ方というかな……多分ここは、乙女ゲーだとか少女漫画だとか言われるものの集合した世界だよ」
味噌汁の具を箸で拾いながらそう言ってのける。
ホログラムで示されたリストはやはり大半が女性だった。
『後学のために、なぜキャプテンがそのような推測を立てたのかを伺いたく思います』
「……中世ヨーロッパ風の世界に、普通なら学校なんてモノは無い。けど、絶対では無いにしろ比較的多くの場合において、学校という『舞台』が設置されうるのがティーンエイジャーの女性をターゲットにした創作物だ」
一息に言った後、久しぶりに口に入れるフライの感触を楽しむ。
『創作物、というのならば理解できますが、そこまでターゲットは限定的でしょうか? 同世代の男性向けでもあり得るのでは?』
「んむぐ……ごくん。これもまた絶対じゃあないんだが、男性向けの場合剣と魔法の世界に求められるのは学校じゃ無い。冒険者ギルドだよ」
この世界にはやはり魔物とかモンスターと呼ばれる類いの生き物が居るようなのだが、それを討伐するためのフリーランスの職業と、フリーランスを統括する組織が存在していない。
『男性ティーンエイジャー向けでも、高校を舞台にした作品は多いのではありませんか?』
「そりゃ地球の、俺が居た時代をモデルにした世界観ならそうさ。日本人の十代は学校に通ってる人間が殆どなんだから」
たくあんの食感を口全体で味わい、飲み込む。
「……けど、異世界を舞台とした作品なら『学校なんか行きたくない』っていう欲望を前面に出すんだよ」
『なるほど、だから男性向けである可能性は低い、と』
前世において修人は乱読家だった。
自分で興味を持ったライトノベルを読み、友人から薦められた少年誌の漫画を読み、妹の持つ女性向け同人誌を読み、伯母の本棚にあった少女漫画を読み、父に買い与えられた歴史小説を読み、他に読む物が無ければ大して興味の無い会社の資料すら深く読み込む生粋の活字中毒。
無意識のうちに蓄積された情報さえあるなら、傾向を見抜くのはさほど難しくは無い。
「……よし、決めた」
味噌汁を飲み干して器をトレイに置く。
「転生者を集める」
『集めて……どうなさいます?』
「何もしない。ただみんなでグータラ生きる」
どうどうと言い放つような内容ではなかった。
『……果たしてそれで皆さん納得しますか?』
「別に全員に納得して貰う必要は無い。最悪2、3人でもいいんだ」
そこで自嘲するような笑い顔になる。
「流石にひとりぼっちじゃ寂しいだろ」
さっぱりした後、寝間着に着替えて案内された艦長室のベッドに迷わずダイブ。
気がつけば寝ていたらしい。
「……あんなハイキングコースモドキでここまで疲れるとか、体貧弱すぎるな……あいたたた」
筋肉痛で痛む体を起こしながら、枕元に目を向ける。
時間を気にしようとして、はたと気づく。そういえば何ら一切艦の移動に関して指示を出していなかった。
「ニャル」
『はい、キャプテン』
「現在の艦の状況は?」
『現在、光学迷彩による隠密行動中。地表から約200メートルの空域で待機中です』
「光学迷彩かけてたのはナイスだ! 俺が気づかないところまでフォローありがとう」
『お褒めにあずかり光栄です』
艦制御AIを全力で褒めながら、ベッドを下りる。
「いたたたた……食堂まで案内を。それから艦は一度大気圏外まで上昇させて、周回衛星軌道に乗せてくれ」
『了解いたしました。廊下に標識を表示いたします』
久方ぶりのトーストの朝食をとりながら、修人は思考を続ける。
(身の安全と衣食住は確保できたけど……これからどうしよう)
何もやることがない。
普通転生者というなら生まれに伴う何らかの問題があったり、生き残るために必死に道を模索するが、チートでとりあえず生存は確実になってしまったし、生け贄という境遇であったため人間関係も恐ろしくすっきりしていて、それすら無くなってしまった。
「んー……ごくん、ニャル、俺の元居た世界のインターネット回線に接続できるか?」
『次元測定中……イエス、キャプテン。キャプテンが亡くなった直後の時期に設定し、開きます』
AIの言葉と共に空中にホログラムディスプレイが浮かんで、見慣れたインターネット検索画面が出てきた。
行きつけの動画投稿サイトを検索にかけ、うろ覚えの登録メールアドレスととパスワードを宙に浮かぶホログラムキーボードで入力。懐かしいチャンネルアイコンが並んだ。
「……本当にどうするかな。暇つぶしにも困らなくなってきたぞ」
いっそ本格的にヨグ=スォートスに引きこもろうかとも考えたところでふと思い至る。
引きこもりが選択肢になると言うことは、当然外があるのだ。
「……ニャル、俺が住んでいた惑星の調査は出来るか?」
『どのような調査をいたしましょう? 惑星の大きさや大気組成でしょうか』
「いや、そっちは別に良い。俺が知りたいのは地理的なものと文化的なものだ」
『了解いたしました。探査用の小型ロボットを惑星全体にとばします。地理的なモノにつきましては、現在地である周回軌道上から撮影した映像を利用すればすぐに簡易的なものであればご覧になれますが?』
「ああ、まずはこの星の地理から頼む」
『イエス、キャプテン』
目の前に惑星を再現した球体がホログラムで浮かぶ。
トーストの最後のひとかけらを口に放り込むと、すっと手を伸ばしてぐるぐる回す。
「えらいすっきりした陸地だな……パンゲアというか……ニャル、俺を拾ったのは、この島が連なってるところか?」
惑星唯一の大陸の東側に、二つ三つほどの列島があった。日本で言うと本州と四国、九州だけを並べてさらに簡略化したような感じだ。
『イエス、キャプテン。一番細長い島の北寄りの山間でキャプテンはピックアップさせていただきました』
「日本風なのは、やはり地政学的に似ているからか……」
そんなことを呟く。
『キャプテン、この星の文明に積極的に介入なさるおつもりですか?』
「それはこれからの調査次第だな。むしろそれを決めるために調査させてるようなものだし」
修人が認識している限り、自分の住んでいた辺りは近世に入る前の日本ぐらいの文明レベルだった。
しかし他の文化圏もそうなのだという保証はない。
そもそも鬼なんて存在が実在していたし、妖術と言えば良いのか何やら超常の力を使っているようにも見えた。
文明レベルが中世ぐらいでも、宇宙にまで平気でこれるような超常の力があるのなら、そうのんびりとはしていられない。
この星系を捨てて外宇宙に飛び出すか、いっそまた別の異世界に跳ぶかというのも選択肢に入る。
という様なことを思いつくままに口にしてみれば、ニャルが有益な情報をくれた。
『……未だ調査は開始したばかりですが、その可能性は極めて低いことは申し上げておきます。どうも惑星の概念すら無いようで、いわゆる平面上の世界と認識している文明しか見つかっていません』
「本当か? 地球でも、古代ギリシャの時点で知識人は地球が丸いことは予見していたりしたが?」
別に直に大地が丸いことを視認する必要は無い。
星の見える角度、太陽の昇る時差、証拠は様々にある。
『この惑星の過去においても、似たような発見がなされた可能性はありますが、少なくとも今現在においてはその認識は一般的ではありません』
「ふぅん……ならひとまずは、ここに居さえすれば危険は無いかな」
この星に異星人が圧倒的科学力で攻めてでも来ない限り。
そうなったらどうするべきか。逃げるか。別に助ける義理もないし。侵略者であっても建前として「未開文明を啓蒙するため」とか掲げてるなら、むしろ生活レベルが向上する可能性すらある。
「ま、危険が迫ればその時はその時か。ニャル、マッサージチェアとかあるか? 筋肉痛で辛いんだ」
『イエス、キャプテン。残念ながらマッサージチェアはありませんが医務室にて、マッサージの施術が出来ます』
「さすが、チート艦。んじゃ医務室に行くか」
元居た世界の、動画投稿サイトからお気に入りのチャンネルを見ながら、機械操作のあんま器でマッサージを受ける。
この体の体力のなさは実に問題だ。
『キャプテン、一つの国家のおおよその調査が終わりました』
「ん……見せてくれ」
ホログラムディスプレイを操作して、報告書を寝転んでいる眼前に持ってくる。
『これから順次、調査が終了した国家が報告に上げられると思います』
「……中世ヨーロッパ風の文化圏が広いな……」
地図上の色分けされた国家と見比べながらそんな事を呟く。
『はい、明らかに異様な広さです。中華風の文化圏の広さと比べても一目瞭然かと』
地図上が今度は三色に塗り分けられた。
青色の範囲が大陸の二分の一を覆っており、赤と黄色でそれぞれ八分の一程度ずつの広さになっている。
どの色にも塗り分けられていない場所にはエルフやドワーフといった亜人種が暮らしているらしい。
「……アラブ風の文化圏もやけに狭いな。地中海が無いから追いやられた? いや、あれはどっちかというと気候に根付くからな……大陸の殆どが温帯に属するから、か?」
惑星の北半球に殆どすっぽり入っている大陸だ。砂漠気候の広さを考えれば解らなくも無い。だが
「どうも作為的というか……人種も……いや、コーカソイドに類似する人種はいないのか?」
『それらしき人種はおりませんね』
「おかしいじゃないか。アングロ・サクソン系らしいのも居るようだし、今の俺はもちろんモンゴロイドらしいのもいる。ここまで地球に寄せているなら、人種の系譜としてコーカソイドに該当する人種が居ないと成り立たないぞ?」
『可能性として……元々「このような世界」として作られた可能性を上げることは出来ます』
「世界五分前創造説か? まぁこうして現実を列挙していって見れば……」
そこでふと、気になったことがあってホログラムの資料のページを戻していく。
『何か、気になる点でもございましたか?』
「ああ、あるな……流し見てしまっていたけど、この世界、やけに学校が多くないか?」
各国の主要な施設一覧の中に、かなりの頻度で入っている国立の学校。
『はい、それは私も認識していました。文明レベルの割に学習施設、それも私塾の類いでは無く公的な学校が多い、と』
学校というのは文明レベルが現代に近くなければ発生し得ない。
教育とは重要な物であるが、地球の近世以前において教育を受けられるのは、家庭教師を雇える経済的に裕福な者だけである。
平和な社会において個人が行う社会福祉レベルのものはあるにはあるが、文字の読み書きや簡単な計算を教えるのが大半で学校と呼ぶには弱い。
「学校が存在する……世界五分前創造……この世界観を必要とする……ニャル、この世界の平均結婚年齢は解るか?」
『データが不足気味です。優先して収集いたしますので少々お待ちください』
「頼む。それから、俺以外の転生者がこの世界に居るか、確認できるか?」
『イエス、キャプテン。次元双曲線の測定は本艦で直接行えますので、転生者の確認の方が早く済みます』
「そうか、なら、平均結婚年齢と一緒に転生者の特定と情報収集も頼む」
『イエス、キャプテン』
大分筋肉痛が抜けた体を起こして、またお腹が空いてきたなと修人は食堂に足を向けた。マッサージだけでえらい時間を食ってしまったようだ。
『転生者の確認が出来ました』
アジフライ定食を選択したところで、ニャルが報告してきた。
「何人居た?」
『キャプテン以外で、現在28人が確認できます』
「おいおい、多いな」
半ば確信を持って複数人居るだろうとは思っていたが、まさか余裕の二桁とは。
『それから、おおよそ平均結婚年齢も。20.4歳です』
「やっぱり、文明レベルに比して高いよな」
『イエス、キャプテン。魔法を除いた医療技術レベルも未熟なこの惑星において、十代半ばが結婚の適齢期であるはずです』
食物生成装置から出てきたアジフライ定食のトレイを持って、手近な席に着く。
「転生者を……性別で分けてリストアップしてくれ。俺の予想通りなら、大半が女性の筈だ」
『イエス、キャプテン。表示致します。しかし、何故解ったのです? 女性が多いと』
「ああ、この世界の作られ方というかな……多分ここは、乙女ゲーだとか少女漫画だとか言われるものの集合した世界だよ」
味噌汁の具を箸で拾いながらそう言ってのける。
ホログラムで示されたリストはやはり大半が女性だった。
『後学のために、なぜキャプテンがそのような推測を立てたのかを伺いたく思います』
「……中世ヨーロッパ風の世界に、普通なら学校なんてモノは無い。けど、絶対では無いにしろ比較的多くの場合において、学校という『舞台』が設置されうるのがティーンエイジャーの女性をターゲットにした創作物だ」
一息に言った後、久しぶりに口に入れるフライの感触を楽しむ。
『創作物、というのならば理解できますが、そこまでターゲットは限定的でしょうか? 同世代の男性向けでもあり得るのでは?』
「んむぐ……ごくん。これもまた絶対じゃあないんだが、男性向けの場合剣と魔法の世界に求められるのは学校じゃ無い。冒険者ギルドだよ」
この世界にはやはり魔物とかモンスターと呼ばれる類いの生き物が居るようなのだが、それを討伐するためのフリーランスの職業と、フリーランスを統括する組織が存在していない。
『男性ティーンエイジャー向けでも、高校を舞台にした作品は多いのではありませんか?』
「そりゃ地球の、俺が居た時代をモデルにした世界観ならそうさ。日本人の十代は学校に通ってる人間が殆どなんだから」
たくあんの食感を口全体で味わい、飲み込む。
「……けど、異世界を舞台とした作品なら『学校なんか行きたくない』っていう欲望を前面に出すんだよ」
『なるほど、だから男性向けである可能性は低い、と』
前世において修人は乱読家だった。
自分で興味を持ったライトノベルを読み、友人から薦められた少年誌の漫画を読み、妹の持つ女性向け同人誌を読み、伯母の本棚にあった少女漫画を読み、父に買い与えられた歴史小説を読み、他に読む物が無ければ大して興味の無い会社の資料すら深く読み込む生粋の活字中毒。
無意識のうちに蓄積された情報さえあるなら、傾向を見抜くのはさほど難しくは無い。
「……よし、決めた」
味噌汁を飲み干して器をトレイに置く。
「転生者を集める」
『集めて……どうなさいます?』
「何もしない。ただみんなでグータラ生きる」
どうどうと言い放つような内容ではなかった。
『……果たしてそれで皆さん納得しますか?』
「別に全員に納得して貰う必要は無い。最悪2、3人でもいいんだ」
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