蒼き航路

きーぼー

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事件

その6

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 ベッドの上に横たわる俺は下船をうながすそのアナウンスを天井に顔を向けながら呆然とした気持ちで聴いていた。
俺の名は野原伸太。
俺は妻のなな子共に3日前の夜、今から入港しようとしている日本の港から出立し二泊三日の新婚旅行へと意気揚々と旅立った。
しかし、不慮の病により乗船中に意識を失いその旅程の大半をベッドの上で気絶しながら過ごしたのだ。
今、俺の横たわるベッドの傍らで心配そうな表情で木の椅子に座る妻の奈菜子にその間ずっと見守られながらー。

やがて、俺たちの乗るサンタフェス号は3日前の夜に出航した港へと再び舞い戻りその構内に入港すると波止場の埠頭に巨大な船体を接岸させた。
そして乗客をそこに降ろすために長い乗降用のタラップ式の階段を甲板から垂らし波止場のコンクリート製の床にそれをしっかりと固定した。
一方、その船内の一室で事の成り行きに呆然としながらベッドに横たわっていた俺は下船の準備をうながす船内放送が壁についたマイクから室内に鳴り響くとようやく身体を起こしベッドの上に半身になって座り込んだ。
そんなベッド上に座り込んだ俺に対し傍らで椅子に座る奈菜子が声を掛けてきた。

「とりあえず、船を降りましょう、伸太さん。ちゃんとした病院で精密検査も受けた方が良いわ」

俺が奈菜子の手助けを受けて服装を整え荷物をまとめて船室を出るとすでにサンタフェス号は港の埠頭に接岸しており大勢の人々が甲板に出ていてコンクリートで出来た波止場に降ろされた長い階段を使い下船しているまっ最中であった。
既に埠頭のコンクリート製の床と甲板とを繋ぐみたいに下ろされた長い階段の上には大勢の人たちが数珠繋ぎとなって列を作っており荷物を片手に次々に港の波止場に降り立っている。
俺も奈菜子に付き添われながら甲板上を移動する大勢の人の流れに加わり地上へと降りる為に設置された船の上から下ろされた長い階段のとば口に向かって歩き始める。
ふと見るとその大勢の人の流れの中に旅行初日に俺とトラブルを起こした派手な身なりのカップルの姿があった。
そのカップルのうち男の方はそちらを見ていた俺と目が合うと何故かニヤリと口元に楽しげな笑みを浮かべた。
もしかしたら俺が病に倒れ旅行中はずっと船室で意識を失いながら寝ていた事を知っているのだろうか。
なんだか不愉快に感じ、俺はそいつの顔からプイッと視線をそらした。
そして隣にいるなな子に付き添われながらまるで人の波に押し流されるかの様に甲板上を移動するとやがて船の側面に取り付けられた地上に降りる為の長い階段のとば口へとようやくたどり着いた。
そんな俺たちに背後から声をかけてきたのはー。

「やあ、2日ぶりですな。お加減はいかがですか?」

それは旅行初日にトラブルに巻き込まれた俺に声をかけてくれまた甲板上で俺が倒れた時は気を失った俺の身体を船室に運ぶのを手伝ってくれたかの中年男性であった。
夫婦連れの旅行者である彼は俺たちと同じく船を降りる為、周りの人の流れに身をまかせながら妻らしき女性と一緒に俺たちのすぐ背後を歩いていた。

「その節はありがとうございました。本当にー。御恩は忘れません」

「いずれ、改めてお礼をいたします。主人を助けていただき本当にありがとうございます」

甲板上を移動しながら中年夫婦にお礼を言う俺となな子。
中年夫婦も俺たちと同じく甲板上を他の乗客たちと共に移動しながら俺たちに笑顔でうなずき返す。
やがて船の側面から港の埠頭に下された乗降用の長い階段のとば口へとたどり着いた俺たちは他の乗客たちと共にその階段の前に整列すると二列縦隊の数珠繋ぎとなってその長い階段のタラップを降り始める。
そして、一緒に下船し港の波止場に降り立った俺となな子は船から降りた他の乗客と出迎えの人々でにぎあう港の様子をキョロキョロと見回しながら人混みの中、佇んでいた。
もしかしたら、親類や友人たちが出迎えに来ているのではないかと思ったのだ。
そんな俺たちに向かって人混みをかき分けるみたいに近づいてくる人たちがいた。
男性の三人連れでそのうちの一人は俺の見知っている人であった。

「お義父さん」

そう、今、船に降りたばかりの俺たちの方に近づいて来るその初老の男性こそ俺の隣にいるなな子の父親であり俺にとっては義父にあたる人物。
そして数多くの会社を経営する社長であり俺たちの背後の海に浮かぶサンフェスタ号をはじめ多数の船舶や不動産を所有している大富豪。
大徳寺一郎その人であった。
彼は両脇を固める見知らぬ他の二人の男性と共に波止場にひしめく群衆の間をすり抜ける様にこちらに近付いて来る。
やがて、俺となな子の前にまでたどり着いた彼は大きく息を吐きながらこちらを見つめつつ言った。

「伸太くんー」

俺となな子はそんな息を切らせる義父の姿を二人して見つめると互いに顔を見合わせた。
それからそれぞれが年配である義父を気づかう様な口調で目の前に立つ彼に声をかける。

「お義父さん、出迎えに来てくれたんですね。お仕事が忙しいのに、すいません」

「もう、お父さんたらそんなに息を切らせてー。もう、歳なんだから無理しないで」

しかし俺たちの前に立つ一郎氏は大きくかぶりを振ると憔悴した様子で俺たちの言葉に答える。

「それどころじゃない、伸太くん。それどころじゃー」

すると義父の傍らにいた二人の見知らぬ男たちがスッと前に出て俺のなな子の前に立ちはだかった。
そして俺たちの方を二人してジッと見つめるとどこか威圧感を感じる声で言った。

「野原伸太さんですね。わたしたちは愛知県警に所属する刑事です」

「実はあなた方にお聞きしたい事があります。特に伸太さんにね」

そして、二人の男のうち鋭い眼をした背の低い男の方がコートの内側から手帳らしきものを取り出すとそれを呆然と立つ俺となな子の鼻先にビシリと突きつけて来た。
警察手帳だった。

「実は伸太さん。あなたの元恋人だった女性が一昨日の夜に市内のホテルの一室で殺害されました。あなた方ご夫婦には旅行直後でお疲れの所、大変申し訳ありませんがこれから我々と一緒に警察署に同行していただきます。色々と諸般の事情を伺いたいのです。そう、犯人を特定する為にー」

[捜査篇に続く]



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