84 / 99
夢見る蛇の都
その38
しおりを挟む
「僕は君の顔を自分のこの目でちゃんと見てみたいー。僕自身のこの二つの目でー。蛇の前髪を上げて僕に君の顔を見せてくれ、メデューサ」
ラピータ宮殿前に広がる石造りの床の上に横たわるシュナン少年の傍で石畳に膝をついて座るラーナ・メデューサは少年のその願いの内容を聞くと蛇の前髪の下の魔眼をこれ以上無いほど大きく見開きます。
そして同じく蛇の前髪に隠されたその顔をサッと青ざめさせました。
何故なら今の本来の視覚を取り戻したシュナン少年に自分の素顔をまともに見せる事ー。
それはすなわち自分の石化の魔眼で彼を物言わぬ石像に変えその命を奪う事を意味していたからです。
シュナン少年の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサはまるで空気を引き裂くような悲痛な声で眼前に横たわる瀕死の彼に向かって叫びます。
「駄目よ、シュナン何を言ってるのー!?そんな事をすればあなたの身体は石と化してしまうわー!!あなたを石にして殺すなんて絶対に嫌ーっ!!嫌よーっ!!!それだけは絶対にできないわっ!!!」
少し離れた場所で拘束された状態で寝転がっているレダとボボンゴもシュナン少年が発した言葉に驚き石畳の上でその拘束された身体を懸命によじりながら近くにいるシュナンとメデューサの様子を何とか確認しようとしています。
「ああっ、シュ、シュナンー。と、とうとう頭がー」
「う、うう~っ。シュナン、しっかり、しろーっ」
しかし床上に伏せるシュナン少年はそんな仲間たちの心配と動揺の入り混じった視線を一身に受けながらも側に寄り添うように座るメデューサから視線を外す事は無く彼女の蛇に覆われた顔を石畳から少し頭を浮かせながら静かに見上げています。
「メデューサー、僕はどのみち死ぬ。幼少期からの厳しい鍛錬のおかげで今のところは何とか意識を保ってはいるがそれも長くはないだろう。僕は意識がある今のうちに君の顔をちゃんと見たいー。僕の一番大切な人の顔をー」
メデューサはシュナン少年の言葉に強く心を動かされながらもやはりその蛇で覆われた頭を激しく振ります。
「駄目よ、シュナンー。それだけは駄目ー。お願い、許してーっ」
けれどシュナン少年はそれでも諦めず石造りの床に身体を横たえながらそこからメデューサの蛇で覆われた顔を見上げ哀願するような口調で彼女に訴えます。
「メデューサ、僕は目がちゃんと見えるようになったんだよ。僕はその見えるようになった自分自身の目で君の顔をしっかりと見てみたい。僕が一番見たかったものをー」
それからシュナンは少し声の調子を落とすと自分やメデューサたちがいる場所からは距離を置いた宮殿を支える土台の外縁部にあたるスペースの端っこで煙を上げている魔神兵の残骸の方に目をやります。
「それに僕らにはもう時間がないー。僕の命が間も無く尽きようとしているのはもちろんだがー。見てごらん」
シュナン少年は寝た姿勢のまま手を上げると自分やメデューサたちがいるラピータ宮殿の門前に近い石畳が敷きつめられた場所からは延長線上にある宮殿を支える高い土台についた堀の底へと繋がる長い階段のとば口のあたりを指で差します。
するとその付近の石造りの床上にはシュナンが先ほど破壊した魔神兵のバラバラになった身体が転がっており石畳からはもうもうと煙が上がっていました。
しかしー。
さっきまでは首から上だけだった魔神兵の頭部からは新しい身体が生えつつありいつのまにか肩口から胸のあたりまで再生していました。
そしてその再生した上半身だけの魔神兵の頭部内では操縦者である魔術師レプカールがまだかろうじて生存しており操縦席にその身をうずめながら大火傷した顔に不敵な笑みを浮かべながら悪態をついていました。
「おのれ、シュナンめ・・・やりおったな。生きてるのが不思議なぐらいだわ。だが・・・ゲホッ!!待っていろ・・・。魔神兵が復活したら目にもの見せてくれる・・・」
横臥したシュナン少年の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサは自分たちがいるラピータ宮殿の門前付近からは距離を置いた宮殿を支える高い土台のてっぺん部分に広がる石造りのスペースの外縁部にあたる地点でもうもうと煙を上げつつ再生しつつある魔神兵の姿を遠目から見つめその蛇の髪で隠された顔に慄然とした表情を浮かべます。
そんなメデューサに対して彼女の傍で石床の上に仰向けに横たわるシュナンは途切れがちな声で言葉を続けます。
「もうすぐ魔神兵は復活する。そうなれば君を確保する為に動き出すだろう。もちろんメデューサ王である君が本気を出せば師匠などひとたまりも無い事は良く解ってる。だけど僕が君と一緒に過ごせる時間はおそらくもう後わずかだ。だから今のうちに見たいんだー。愛する君の顔をこの目でちゃんとー。僕のわがままかも知れないけれどー」
メデューサは魔神兵の方に向けていた顔を再び眼下の床に横たわるシュナン少年の方に振り向かせると石畳に頭を載せた彼の血で汚れた端正な顔を蛇の前髪の隙間から改めて涙目で見つめます。
そして眼下に横たわる彼に震える声で言いました。
「駄目よ・・・シュナン。いくら何でもそんな恐ろしい事やっぱり出来ないわ・・・。あなたを石にするなんてー。あなたを殺すなんて、そんな事ー。自分が殺された方が何千倍もましよー」
見かけや能力は怪物でも普通の少女の心しか持たないメデューサにとってシュナン少年の願いはあまりにも残酷なものでありとても応じる事が出来ない過酷で理不尽な要求でした。
たとえ愛する彼の最後の願いだとしてもー。
すると今度はメデューサの膝元で石床の上に横たわるシュナン少年のその側で二つに折れて転がっている少年が持つ師匠の杖がメデューサに向かっていきなり声を発します。
「メデューサー、頼む。シュナンの願いをかなえてやってくれー。シュナンの命は間も無く尽きる。苦難続きの人生だったこいつの最期のせめてもの願いなのだー。頼む、どうか聞き届けてやってくれー。お願いだー」
その杖の発する声の調子は道具でありながらあの冷酷な魔術師レプカールと元々は同じ人格だったとは思えないほど真摯で切実な感情を帯びていました。
しかしー。
「ごめんなさい・・・。わたしには・・・出来ない。シュナンを殺すだなんてー」
メデューサは師匠の杖の懇願にもそのかたくなな態度を崩す事は無く横臥するシュナン少年の傍でその蛇で覆われた頭をブンブンと振ります。
少し離れた場所で身体を拘束されたまま寝転がっているレダとボボンゴも石畳の上で自由にならないその身を懸命によじり仰向けになったシュナン少年の姿と彼の傍に座るメデューサの苦しげに首を振る様子を固唾を飲んで見つめています。
その時でしたー。
「ゲホッ!!」
横臥したシュナン少年の口元から再び鮮血が噴き出しました。
少年の口から飛び散った血の飛沫が彼の貴族風の服や彼が仰向きに横たわる石畳が敷かれた床の上を点々と赤く染めます。
「シュナンッ!!!」
彼の傍で石床の上に座っているメデューサは少年の血を吐く姿を見て思わず悲鳴を上げます。
そして前のめりの姿勢になってシュナン少年の身体に覆いかぶさると蛇の前髪の隙間から潤んだ瞳を大きく見開き口元から吐血する彼の姿を凝視します。
「黄金の種子」の詰まった麻袋が急に姿勢を変えたメデューサの膝上から転がり石畳の上に乾いた音を立てて落ちました。
石造りの床の上に仰向けになった瀕死のシュナン少年の身体に覆いかぶさり絹を裂くような声で悲鳴を上げるラーナ・メデューサ。
「シュナン!!シュナン!!いやあぁーっ!!!」
シュナンの倒れた身体の側の石畳の上で折れて転がっている師匠の杖や少し離れた場所で拘束されたまま寝転がっているレダとボボンゴも横臥した少年の口から血が飛び散るその有様を見て一斉に悲鳴を上げます。
「いかん!!シュ、シュナンッ!!!」
「いやーっ!!誰かっ!誰か、シュナンを助けてーっ!!!」
「うぅーっ!!シュ、シュナンッ!!うおおおーっ!!!」
一方、そんな仲間たちに取り囲まれながら石造りの床上で仰向けに横たわるシュナン少年は何とか咳が収まったのか石畳に載せた頭を上向きにしたままうっすらとその目を開けました。
そして石床の上で仰向けになっている自分の傍に座りまるでこちらに覆いかぶさるみたいな姿勢を取っているメデューサに向かってか細い声で言いました。
「やっぱり駄目かい・・・?メデューサ」
シュナン少年のか細く哀願するような口調の声を聞いたメデューサは床に伏せる彼に覆いかぶさる姿勢を取ったまま蛇の前髪の下のその目を深く閉じました。
やがて彼女は意を決したのかその顔を上げると蛇の前髪の隙間から瞳をこらし自分が覆いかぶさっている青灰色の髪の少年のやつれた姿を悲しみをこらえながら見つめます。
そして静かな声で彼に言いました。
「わかったわ、シュナン・・・」
彼女はそう言うと石床に仰向けになっているシュナン少年の身体に覆いかぶさるようにしていた自分の身体を更に彼に密着させます。
それからメデューサは石畳に頭を載せたシュナン少年の顔にまるで口づけをするように自分の顔を近づけました。
せめて今だけは彼の瞳に自分の姿が美しく映る事を神に祈りながらー。
石畳に頭を載せたシュナン少年は仰向けに横たわる自分の上に覆いかぶさりまるで口づけをするようにゆっくりと顔を近づけてくるメデューサの姿に一瞬強い情動を感じその身を官能に震わせます。
そんなシュナン少年の目の前にまで近づいたメデューサは自身の蛇の前髪を念力でスッと持ち上げると隠されていたその素顔を露わにします。
すると、それは少年の青く澄んだ瞳にしっかりと映ります。
その瞬間、シュナン少年の顔に今まで誰も見たことのない安らかな笑顔が浮かびます。
そして、次の瞬間ー。
彼は物言わぬ石像と化していました。
まるで彫刻のような端正な石の顔に幸せそうな笑みを浮かべたままでー。
ラーナ・メデューサは彼女の顔を見たシュナン少年が自分の身体の下で石像と化していくのに気づくと彼に覆いかぶさっていたその身を起こし床上に脱力したみたいにへたり込みます。
そして己れの膝元で石化してゆく少年の姿を蛇の髪の隙間から信じられない思いで眺めます。
ぺったりと腰が抜けたように床上にお尻をつけて座り込み自分の傍らでシュナン少年が横臥した姿勢のままあっという間に石化してゆく様子を呆然と見つめるメデューサ。
やがて彼女は少年が自分の膝元の床で完全に石像と化したのを目の当たりにすると今度は石と化した少年の物言わぬ身体に向かってまるでその身を投げ出すようにして抱きつきます。
彼女の蛇の前髪の下の魔眼からはもはや涙も尽き果てたのか血液のような赤い液体が溢れ出し止めどなく流れ落ちていました。
「うわああああぁぁぁーっ!!!!!!」
床に転がるシュナン少年の石像に抱きつきながらメデューサが発する獣の断末魔の叫びの様な悲痛な声が周囲の空気をつんざいてラピータ宮殿の門前に響き渡りました。
[続く]
ラピータ宮殿前に広がる石造りの床の上に横たわるシュナン少年の傍で石畳に膝をついて座るラーナ・メデューサは少年のその願いの内容を聞くと蛇の前髪の下の魔眼をこれ以上無いほど大きく見開きます。
そして同じく蛇の前髪に隠されたその顔をサッと青ざめさせました。
何故なら今の本来の視覚を取り戻したシュナン少年に自分の素顔をまともに見せる事ー。
それはすなわち自分の石化の魔眼で彼を物言わぬ石像に変えその命を奪う事を意味していたからです。
シュナン少年の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサはまるで空気を引き裂くような悲痛な声で眼前に横たわる瀕死の彼に向かって叫びます。
「駄目よ、シュナン何を言ってるのー!?そんな事をすればあなたの身体は石と化してしまうわー!!あなたを石にして殺すなんて絶対に嫌ーっ!!嫌よーっ!!!それだけは絶対にできないわっ!!!」
少し離れた場所で拘束された状態で寝転がっているレダとボボンゴもシュナン少年が発した言葉に驚き石畳の上でその拘束された身体を懸命によじりながら近くにいるシュナンとメデューサの様子を何とか確認しようとしています。
「ああっ、シュ、シュナンー。と、とうとう頭がー」
「う、うう~っ。シュナン、しっかり、しろーっ」
しかし床上に伏せるシュナン少年はそんな仲間たちの心配と動揺の入り混じった視線を一身に受けながらも側に寄り添うように座るメデューサから視線を外す事は無く彼女の蛇に覆われた顔を石畳から少し頭を浮かせながら静かに見上げています。
「メデューサー、僕はどのみち死ぬ。幼少期からの厳しい鍛錬のおかげで今のところは何とか意識を保ってはいるがそれも長くはないだろう。僕は意識がある今のうちに君の顔をちゃんと見たいー。僕の一番大切な人の顔をー」
メデューサはシュナン少年の言葉に強く心を動かされながらもやはりその蛇で覆われた頭を激しく振ります。
「駄目よ、シュナンー。それだけは駄目ー。お願い、許してーっ」
けれどシュナン少年はそれでも諦めず石造りの床に身体を横たえながらそこからメデューサの蛇で覆われた顔を見上げ哀願するような口調で彼女に訴えます。
「メデューサ、僕は目がちゃんと見えるようになったんだよ。僕はその見えるようになった自分自身の目で君の顔をしっかりと見てみたい。僕が一番見たかったものをー」
それからシュナンは少し声の調子を落とすと自分やメデューサたちがいる場所からは距離を置いた宮殿を支える土台の外縁部にあたるスペースの端っこで煙を上げている魔神兵の残骸の方に目をやります。
「それに僕らにはもう時間がないー。僕の命が間も無く尽きようとしているのはもちろんだがー。見てごらん」
シュナン少年は寝た姿勢のまま手を上げると自分やメデューサたちがいるラピータ宮殿の門前に近い石畳が敷きつめられた場所からは延長線上にある宮殿を支える高い土台についた堀の底へと繋がる長い階段のとば口のあたりを指で差します。
するとその付近の石造りの床上にはシュナンが先ほど破壊した魔神兵のバラバラになった身体が転がっており石畳からはもうもうと煙が上がっていました。
しかしー。
さっきまでは首から上だけだった魔神兵の頭部からは新しい身体が生えつつありいつのまにか肩口から胸のあたりまで再生していました。
そしてその再生した上半身だけの魔神兵の頭部内では操縦者である魔術師レプカールがまだかろうじて生存しており操縦席にその身をうずめながら大火傷した顔に不敵な笑みを浮かべながら悪態をついていました。
「おのれ、シュナンめ・・・やりおったな。生きてるのが不思議なぐらいだわ。だが・・・ゲホッ!!待っていろ・・・。魔神兵が復活したら目にもの見せてくれる・・・」
横臥したシュナン少年の傍で石床の上に座るラーナ・メデューサは自分たちがいるラピータ宮殿の門前付近からは距離を置いた宮殿を支える高い土台のてっぺん部分に広がる石造りのスペースの外縁部にあたる地点でもうもうと煙を上げつつ再生しつつある魔神兵の姿を遠目から見つめその蛇の髪で隠された顔に慄然とした表情を浮かべます。
そんなメデューサに対して彼女の傍で石床の上に仰向けに横たわるシュナンは途切れがちな声で言葉を続けます。
「もうすぐ魔神兵は復活する。そうなれば君を確保する為に動き出すだろう。もちろんメデューサ王である君が本気を出せば師匠などひとたまりも無い事は良く解ってる。だけど僕が君と一緒に過ごせる時間はおそらくもう後わずかだ。だから今のうちに見たいんだー。愛する君の顔をこの目でちゃんとー。僕のわがままかも知れないけれどー」
メデューサは魔神兵の方に向けていた顔を再び眼下の床に横たわるシュナン少年の方に振り向かせると石畳に頭を載せた彼の血で汚れた端正な顔を蛇の前髪の隙間から改めて涙目で見つめます。
そして眼下に横たわる彼に震える声で言いました。
「駄目よ・・・シュナン。いくら何でもそんな恐ろしい事やっぱり出来ないわ・・・。あなたを石にするなんてー。あなたを殺すなんて、そんな事ー。自分が殺された方が何千倍もましよー」
見かけや能力は怪物でも普通の少女の心しか持たないメデューサにとってシュナン少年の願いはあまりにも残酷なものでありとても応じる事が出来ない過酷で理不尽な要求でした。
たとえ愛する彼の最後の願いだとしてもー。
すると今度はメデューサの膝元で石床の上に横たわるシュナン少年のその側で二つに折れて転がっている少年が持つ師匠の杖がメデューサに向かっていきなり声を発します。
「メデューサー、頼む。シュナンの願いをかなえてやってくれー。シュナンの命は間も無く尽きる。苦難続きの人生だったこいつの最期のせめてもの願いなのだー。頼む、どうか聞き届けてやってくれー。お願いだー」
その杖の発する声の調子は道具でありながらあの冷酷な魔術師レプカールと元々は同じ人格だったとは思えないほど真摯で切実な感情を帯びていました。
しかしー。
「ごめんなさい・・・。わたしには・・・出来ない。シュナンを殺すだなんてー」
メデューサは師匠の杖の懇願にもそのかたくなな態度を崩す事は無く横臥するシュナン少年の傍でその蛇で覆われた頭をブンブンと振ります。
少し離れた場所で身体を拘束されたまま寝転がっているレダとボボンゴも石畳の上で自由にならないその身を懸命によじり仰向けになったシュナン少年の姿と彼の傍に座るメデューサの苦しげに首を振る様子を固唾を飲んで見つめています。
その時でしたー。
「ゲホッ!!」
横臥したシュナン少年の口元から再び鮮血が噴き出しました。
少年の口から飛び散った血の飛沫が彼の貴族風の服や彼が仰向きに横たわる石畳が敷かれた床の上を点々と赤く染めます。
「シュナンッ!!!」
彼の傍で石床の上に座っているメデューサは少年の血を吐く姿を見て思わず悲鳴を上げます。
そして前のめりの姿勢になってシュナン少年の身体に覆いかぶさると蛇の前髪の隙間から潤んだ瞳を大きく見開き口元から吐血する彼の姿を凝視します。
「黄金の種子」の詰まった麻袋が急に姿勢を変えたメデューサの膝上から転がり石畳の上に乾いた音を立てて落ちました。
石造りの床の上に仰向けになった瀕死のシュナン少年の身体に覆いかぶさり絹を裂くような声で悲鳴を上げるラーナ・メデューサ。
「シュナン!!シュナン!!いやあぁーっ!!!」
シュナンの倒れた身体の側の石畳の上で折れて転がっている師匠の杖や少し離れた場所で拘束されたまま寝転がっているレダとボボンゴも横臥した少年の口から血が飛び散るその有様を見て一斉に悲鳴を上げます。
「いかん!!シュ、シュナンッ!!!」
「いやーっ!!誰かっ!誰か、シュナンを助けてーっ!!!」
「うぅーっ!!シュ、シュナンッ!!うおおおーっ!!!」
一方、そんな仲間たちに取り囲まれながら石造りの床上で仰向けに横たわるシュナン少年は何とか咳が収まったのか石畳に載せた頭を上向きにしたままうっすらとその目を開けました。
そして石床の上で仰向けになっている自分の傍に座りまるでこちらに覆いかぶさるみたいな姿勢を取っているメデューサに向かってか細い声で言いました。
「やっぱり駄目かい・・・?メデューサ」
シュナン少年のか細く哀願するような口調の声を聞いたメデューサは床に伏せる彼に覆いかぶさる姿勢を取ったまま蛇の前髪の下のその目を深く閉じました。
やがて彼女は意を決したのかその顔を上げると蛇の前髪の隙間から瞳をこらし自分が覆いかぶさっている青灰色の髪の少年のやつれた姿を悲しみをこらえながら見つめます。
そして静かな声で彼に言いました。
「わかったわ、シュナン・・・」
彼女はそう言うと石床に仰向けになっているシュナン少年の身体に覆いかぶさるようにしていた自分の身体を更に彼に密着させます。
それからメデューサは石畳に頭を載せたシュナン少年の顔にまるで口づけをするように自分の顔を近づけました。
せめて今だけは彼の瞳に自分の姿が美しく映る事を神に祈りながらー。
石畳に頭を載せたシュナン少年は仰向けに横たわる自分の上に覆いかぶさりまるで口づけをするようにゆっくりと顔を近づけてくるメデューサの姿に一瞬強い情動を感じその身を官能に震わせます。
そんなシュナン少年の目の前にまで近づいたメデューサは自身の蛇の前髪を念力でスッと持ち上げると隠されていたその素顔を露わにします。
すると、それは少年の青く澄んだ瞳にしっかりと映ります。
その瞬間、シュナン少年の顔に今まで誰も見たことのない安らかな笑顔が浮かびます。
そして、次の瞬間ー。
彼は物言わぬ石像と化していました。
まるで彫刻のような端正な石の顔に幸せそうな笑みを浮かべたままでー。
ラーナ・メデューサは彼女の顔を見たシュナン少年が自分の身体の下で石像と化していくのに気づくと彼に覆いかぶさっていたその身を起こし床上に脱力したみたいにへたり込みます。
そして己れの膝元で石化してゆく少年の姿を蛇の髪の隙間から信じられない思いで眺めます。
ぺったりと腰が抜けたように床上にお尻をつけて座り込み自分の傍らでシュナン少年が横臥した姿勢のままあっという間に石化してゆく様子を呆然と見つめるメデューサ。
やがて彼女は少年が自分の膝元の床で完全に石像と化したのを目の当たりにすると今度は石と化した少年の物言わぬ身体に向かってまるでその身を投げ出すようにして抱きつきます。
彼女の蛇の前髪の下の魔眼からはもはや涙も尽き果てたのか血液のような赤い液体が溢れ出し止めどなく流れ落ちていました。
「うわああああぁぁぁーっ!!!!!!」
床に転がるシュナン少年の石像に抱きつきながらメデューサが発する獣の断末魔の叫びの様な悲痛な声が周囲の空気をつんざいてラピータ宮殿の門前に響き渡りました。
[続く]
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。


メデューサの旅
きーぼー
ファンタジー
ギリシャ神話をモチーフにしたハイファンタジー。遥か昔、ギリシャ神話の時代。蛇の髪と相手を石に変える魔眼を持つ伝説の怪物、メデューサ族の生き残りの女の子ラーナ・メデューサは都から来た不思議な魔法使いの少年シュナンと共に人々を救うという「黄金の種子」を求めて長い旅に出ます。果たして彼らの旅は人類再生の端緒となるのでしょうか。こちらは2部作の前半部分になります。もし気に入って頂けたのなら後半部分(激闘編)も是非御一読下さい


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる