メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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夢見る蛇の都

その27

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 一方、吟遊詩人デイスはその頃、ラピータ宮殿の中を一心不乱に走っていました。
メデューサを宮殿の一階部分の広いフロアに一人置いて、宮殿の内部に侵入した彼は、そこに設置された螺旋階段をぐるぐると駆け上がり、宮殿内のある場所を目指します。
実は彼は先日「黄金の種子」を捜索した際に、宮殿内のあちこちに網の目の様に張り巡らせられた、隠れ通路の存在に気づいていました。
デイスはその通路が伸びている方向から、恐らくラピータ宮殿の周囲に広がる、深い堀の外周部へと繋がっているのだろうと考えました。
多分、メデューサ族がいざという時の脱出路として作ったものなのでしょう。
デイスはその逃げ道を使って一人で逃げ出すつもりなのでしょうか?
しかし、白いゆったりとした衣服を揺らしながら走る彼の目は、逃亡者のおびえた目では無く、その目にはまるで獲物を懸命に追いかける肉食動物の様な必死の光が宿っていました。
デイスはラピータ宮殿の一階部分の吹き抜けの広間から、そこに設置された螺旋階段を駆け上がり、次々と上の階を目指します。
一体、何階分の階段を昇った事でしょうー。
ようやく目的の階に到着したデイスは、螺旋階段と繋がっているその階の横に伸びた長い通路の方に移動すると、今度はそこを全力疾走で駆け抜けます。
そこは先日、デイスが仲間たちと共に「黄金の種子」を探す際に入り込んだ宮殿の南側に位置するエリアであり、かつては居住区域として使われていた場所でした。
デイスは広い居住区域の中を貫くように伸びているその長い通路を懸命に走り、やがてその両側に居並んでいる数多くの部屋の中の一室に入り込みます。
そこは約500年前のパロ・メデューサの滅亡以前には、宮殿で働く人々の休憩所として使われていた部屋でした。
吟遊詩人デイスはその大きな部屋をぐるりと見回すと、部屋の側面の壁についた、人ひとり入れるくらいの目立たない小さな扉を見つけます。

「この扉だ」

デイスが件の小さな扉を開けると、その奥は階段となっており下へ向かって延々と急角度の階段が延びていました。
デイスは人ひとり入れるくらいのその小さな扉の中に入ると、そこから下に向かって深々と延びる階段を降り始めます。
件の階段は下に向かって延々と続いており、なんとそれはラピータ宮殿を支える高い土台の中を縦トンネルみたいに刺し貫き、更に驚いた事にはその長い階段の下側の先端は、ラピータ宮殿を支える土台が立っている、宮殿の周りに広がる深い堀の地下部分にまで到達していました。
そのとてつもなく長い地下へと続く階段を、吟遊詩人デイスは息を切らせて駆け下ります。
途中にいくつか踊り場のような地点は設けられていたものの、足を踏み外して階段を転げ落ちれば、高い山の急角度の斜面を転げ落ちるのと同じで、もちろんタダではすまなかったでしょう。
しかし吟遊詩人デイスはそんな落下の恐怖に耐えつつ、また足がもつれそうになりながらも、その急角度の階段を猛スピードで降りて行きます。
そしてとうとう彼はとてつもなく長い階段を下りきって、その終点である、階段の一番下の段が地面から突き出ている、石造りの地下の小部屋へとたどり着きました。
その部屋からは今度は四方向に長い横向きの通路が伸びており、デイスは身体を休める暇もなく今度は四つの道の中の一つを選んで通路内に侵入すると、脱兎の勢いで駆け出して通路の奥へと突き進みます。
その通路は高い土台に支えられたラピータ宮殿の周りを取り囲む、広く深い堀の更に地下部分を堀の底の地面と平行に走っており、デイスが必死にそこまで降りてきたラピータ宮殿内の室内から宮殿を支える高い土台を貫いて延びる、煙突状の空間内についた長い縦階段とはその終着点である小部屋を結点として、ちょうど直角の線をなしており、両端にあるラピータ宮殿内の部屋と、宮殿を同心円状に囲む堀の外周部の壁との間を、長い連絡通路で結んでいました。
そして吟遊詩人デイスはと言えば、その真横に走る地下通路を懸命に移動して、高い土台に支えられたラピータ宮殿を円筒状のスペースの中に内包している、堀の外周部の壁を一路目指していたのです。
堀の底の地下を走る横に長く延びた通路を、全力で駆け抜ける吟遊詩人デイス。
しかし、いったい何故ー。
地下通路を走る彼の頭上には、地中を挟んでラピータ宮殿の周囲を取り巻く、広く深い堀の底の地面が広がっており、更にその地面の上にはそこにひしめく、宮殿の土台を足元から包囲する大勢の兵士たちの姿がありました。
けれども、宮殿を包囲する彼らは、自分たちが立っている堀の底の石造りの地面の下に通路が走っており、今現在そこを一人の男が、必死に駆け抜けているなどとはまったく気づいていませんでした。
やがて、懸命に地下通路を走るデイスの目に横に長く延びた通路の終点が見えて来ました。
そこはデイスが、ラピータ宮殿内の部屋から長い下り階段で降りた時にたどり着いた、現在、彼が移動している地下通路の出発点だった場所とよく似ている小部屋でした。
そしてそこには、やはり同じように、非常に傾斜のきつい階段が長々と上に向かって伸びています。
今現在、デイスのいるこの地下の小部屋は、ラピータ宮殿を大きく取り巻く広く深い堀の外縁部の壁の、ちょうど真下にあたる場所でした。
そしてそれは、ラピータ宮殿の内部から宮殿を支える高い土台を縦方向に貫く、煙突状のトンネル内に設けられた、長い乗降用階段のその先につながる、周囲に広がる深い堀の地下を横断して走る連絡通路の一方の終端地点であり、また、そこから上方に延びる長い階段は、地下部分から堀の外周部を取り巻く円周状の壁の内壁を這うように付けられた、メンテナンス用の縦階段につながっており、更にそれは堀の内部に造られた巨大水門へと直結していたのです。
ですから、現在いる地下部分の小部屋から、その上に向かって長く伸びる階段を昇れば、デイスが最終的に目指している、ラピータ宮殿を取り巻く堀に設置されている、大きな水門にまでたどり着けるはずでした。
実はデイスはシュナンたちを助けるために、自分も何か出来ないかと考えており、悩んだ末に宮殿を取り巻く堀に設置された、古い防御システムを再起動させる事を思いついたのです。
大きな湖につながるその水門を開ければ、そこから大量の水が流れ込んで、堀の中でラピータ宮殿を包囲する、ペルセウス軍を壊滅させる事が出来るはずです。
その為に彼は、メデューサを置いてラピータ宮殿から離れ、前日に見つけた隠し通路を移動して、密かにこんな場所まではるばる一人でやって来たのです。
吟遊詩人デイスは今現在いる、その地下の小部屋から、長々と天に向かって伸びる階段を見上げて、大きく息を吐きます。

「やれやれ、今度は上りですかい。この中年の肉体にはやたらこたえますぜ。だけど乗りかかった舟ー。ここは漢(おとこ)デイス、やるしかないですぜ。待っててくだせえ、シュナンの旦那」

そして彼は気力を振り絞って、今度はそのほとんど垂直の角度を持つ階段を、急いで登り始めました。
ラピータ宮殿を取り巻く巨大な堀の壁に設置された湖につながる水門を開くために。
そしてその水門から吹き出た水流によって、ラピータ宮殿を包囲する堀の中にひしめくペルセウス軍を一気に滅ぼすためにー。

[続く]
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