メデューサの旅 (激闘編)

きーぼー

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アルテミスの森の魔女

その28

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 広場に立ち尽くすデイスとチキに肩をいからせながら歩み寄る屈強な漢たち。
今にもヒャッハーと叫び出しそうです。
「冥土服」姿のチキはデイスの背中に隠れるように立ちブルブルと震えています。
しかしそんな彼女をかばうようににじり寄ってくる漢たちの前に立ちはだかる吟遊詩人デイスは竪琴を武器のように構えながらニヤリと笑って言いました。

「あっしらになんか文句があるんですかい?ちゃんと言ってくれないとわからないですぜ」

デイスの落ち着いた態度と言葉に腹を立てたのか漢たちは広場に立つ二人に詰め寄りながら次々と怒声を浴びせます。

「しゃらくせえっ!あんな悪い魔女に味方しやがって!!」

「これ以上、余計な事をするとタダじゃおかないぞっ!」

「痛い目を見ないうちにさっさとこの土地から出て行きやがれっ!!」

「ヒャッハーッ!!ヒャッハーッ!!」

「俺の名前を言ってみろっ!!」

恐ろしげな形相をその顔に浮かべながら広場に立つデイスとチキをぐるりと取り囲む村の不良たち。
広場にいる一般の村人たちもそんな緊迫した状況を固唾を呑んで見守っています。
しかし当事者である吟遊詩人デイスは不良たちに息がかかりそうな距離にまで肉薄されながらも相変わらずその顔に余裕の表情を浮かべていました。
そして自分の背中に隠れているチキの方を肩越しに一べつしてからもう一度前を向き正面にいる男たちに低い声で言いました。

「この、ろくでなし共と言いたいところだがー。どうやらあんたたち誰かに操られているようですな」

その言葉を聞いた不良集団のうちの一人が激昂し目の前のデイスに飛びかかり彼の胸ぐらを絞めあげようとします。

「わけのわからない事言ってんじゃねぇ!!ぶっ殺されてえのか!!」

しかしその男が眼前に立つ吟遊詩人につかみかかろうとしたその時でしたー。

「カタルシス・ウェーブ!!!」

デイスが奇妙なかけ声と共に手に持ったオルフェウスの竪琴を素早く弾き鳴らしました。
するとー。

「ううぅーっ!!頭がー」

絶叫と共にデイスに飛びかかろうとしていたその男は頭を抱えて地面に倒れ伏しました。

「ううーっ!!」

「な、なんだ!これはーっ!!」

「お、お婆ちゃんが川の向こうにーっ!!」

デイスとチキを取り囲んでいた他の男たちも奇声を上げながら広場の地面にバタバタと倒れこんで行きます。
信じられない事に威勢のよかった男たちはデイスとその背中に隠れているチキの目の前で次々と膝から崩れ落ち一瞬後には彼ら全員が意識を失った状態でだらしなく地面に横たわっていました。
迫り来る男たちに怯えデイスの背中に隠れるようにしがみついていたチキは恐る恐る首を伸ばしてデイスの背後から地面に倒れ伏している男たちを覗き見ると怯えた声で自分がしがみついている吟遊詩人に聞きました。
事態を遠巻きにしていた広場にいる村人たちも驚きの目で倒れた男たちを見つめ更に彼らを倒したであろうチキをかばいつつ平然と立つ吟遊詩人デイスの方にもチラチラと視線を送っています。

「デイスさん!こいつらどうしちゃったの!?デイスさんが何かしたんでしょう!?」

そんなチキの叫びに彼女の隣に立つデイスは肩をすくめながら答えます。

「こいつら、マンスリー様を憎むように思考をゆがめられていたからその術を解いただけですぜ。まぁ、ちょっと脳にショックを与えたからそれで気絶したみたいですがすぐに目を覚ましますぜ」

デイスはそう言うと手に持った竪琴をもう一度弾き鳴らしました。
するとしばらくしてから地面にだらしなく倒れていた男たちは口々にウンウンとうめき声を上げ始めました。
やがて順番に目を覚ました彼らは次々にムクリと身体を起こすとまだ立つことが出来ないのか広場の地面にそれぞれが所在なくうずくまっていました。
彼らは一様に憑き物が落ちたような表情をその顔に浮かべており手足を伸ばしたり膝を抱えたりしておのおのバラバラの方角を見ながら地面に座り込んでいました。
やがて地面に放心状態で座っている男たちの一人がおもむろに立ち上がると周りに座り込んでいる仲間たちに叱るような口調で呼びかけました。

「おい、てめえらっ!こんな往来で座り込んでんじゃねぇっ!迷惑だろうが!!」

リーダーらしきその男の呼びかけで他の男たちも次々と地面から立ち上がります。
そして彼らはゾロゾロと歩きながら広場から去って行きます。
彼らは去り際にデイスとその背中に隠れているチキの前を通りましたがその際なぜかチキは手元にわずかに残っているチラシを男たちに差し出しました。
リーダー格の男は一瞬驚いたようでしたがすぐに照れた表情を浮かべながらそのチラシを受け取りました。

「ありがとう、嬢ちゃん。俺たちなんかが店に行ってもいいのかい?」

チキがうなずくと他の男たちも次々と手を差し出してチラシを受け取ります。
そして彼らは道を歩きながら互いにそのチラシを見せ合いワイワイと話し合いながら肩を並べて村の広場から去って行きました。
男たちにからまれていたデイスとチキを心配して遠巻きに彼らの様子を見ていた他の村人たちも二人が無事だった事に安堵したのか周りからいなくなりやがて広場の人の流れは元に戻り人々は何事もなかったかのようにデイスたちの前を通り過ぎて行きます。
デイスの隣で脚を震わせながら立っていた新米魔女チキは事態の急展開についていけずその顔に困惑の表情をずっと浮かべていましたが少し気持ちが落ち着くと隣で竪琴を構える吟遊詩人にあらためて聞きました。

「どういう事?なんであの人たち急におとなしくなっちゃったの?あんなに怒ってたのにー」

彼女の隣で白マントをひるがえして立つ吟遊詩人デイスは広場を往来する人々の姿を眺めながらしれっとした口調で答えます。

「あいつらに植え付けられていたマンスリー様に対する憎しみを消しただけですぜ。このオルフェウスの琴でね」

デイスが手に持っている竪琴をポロンと弾き鳴らします。
しかしチキはまだ納得がいかないのか更にデイスに尋ねます。

「でも、いくらなんでも態度が変わりすぎじゃない?性格まで変わっちゃったみたい」

デイスは相変わらず広場を行き来する人々を見つめながら淡々とした口調で言葉を続けます。

「ついでにあいつらの心の中の恐怖心や猜疑心も緩和しておきましたぜ。まぁ、元々の性格を直すことはできませんが攻撃的な生き方をやめるきっかけぐらいにはなりますぜ」

デイスの言葉に目を丸くするチキ。
魔法使いでもないのにこんな力が使えるとはいったいこの男は何者なのでしょうか。
チキがデイスに更なる疑問をぶつけようとしたその時でした。

「まさか、わたしの術が解かれるとはな。ただの吟遊詩人ではあるまい」

いつのまにか人々で賑わう広場の中央付近に並んで立っているデイスとチキの前に一人の男が影のように佇んでいたのです。
その男は僧侶服のようなフードのついたゆったりとした衣服を身にまとっていました。
手には魔法使いの持つ樫の木でできた杖を持ち顔立ちはどちらかといえば平凡で一見するとどこにでもいる中年男のようでした。
彼は大勢の人々が足早に通り過ぎる中、ただ一人立ち止まって広場の真ん中でデイスとチキに向かい合い舐めるような視線で二人を見つめます。
デイスと共に広場の真ん中に立つ魔女チキは人混みの中から急に現れたその男の姿におびえ思わず隣にいるデイスの腕にギュッとしがみつきます。
一方、しがみつかれたデイスはおびえた様子のチキの方をチラリと見ると正面に立つローブを着ている男の方に視線を戻しニヤリと笑って言いました。

「ついに、現れましたな、黒幕が。それじゃそろそろ決着をつけるとしましょうぜ」

男はデイスの挑発にも動ずることなく眼前に立つ二人を無言で見つめています。
そうー。
彼こそが町の不良たちを操ってマンスリーに危害を加えようとしていた影の黒幕であり村に老魔女に関する悪い噂を流して彼女をこの土地から追い出そうとしていた張本人だったのです。
彼の名はマローン。
長年にわたりこの近辺を牛耳る古株の黒魔術師でした。

[続く]
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