メデューサの旅

きーぼー

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邪神モーロックの都

その36

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 さて、ここで時計の針は少し逆方向へ遡ります。
シュナンの処刑が今しも行われ王宮前の広場が魔牛兵と反ムスカル派の勢力との争いで大混乱に陥ろうとしていたまさにその頃ー。
広場とは目と鼻の先にあるモーロックの神殿の内部では子供たちを邪神モーロックの生贄として捧げる恐ろしい儀式が今から行われようとしていました。
神殿の内部にある大広間では中央に据えられた天井まで届くような巨大な神像の近くに生贄の子供たちが待機させられていました。
子供たちは大神像を中心とした大広間の両端にある長い階段の前にそれぞれ並ばせられていました。
階段付近は兵士たちによって囲まれており子供たちが逃げないように厳重に見張られていました。
もっとも狩り集められた子供たちは牢に閉じ込められている間にすっかり気力を奪われており逃げ出すどころか泣く事も出来ない状態に今ではなっていました。
牢に閉じ込められていた時の不潔な身体は洗い清められ白いシーツの様な簡易な衣服を身にまとっています。
これから子供たちは広間の両端にある階段を登り途中にあるいくつかの踊り場を経てモーロック神の像の身体に開いた七つの扉の前まで行きそこで待ち構えている兵士によって炎渦巻く扉の中に投げ込まれるのです。
通路の中間地点にあたる階段のいくつかの踊り場にもそれぞれ兵士が配置されており子供たちを七つある地獄の扉に効率良く振り分ける役目をになっていました。
子供たちは自分たちを死へ導く階段の前に従順に並んでいました。
まるで屠殺場へと向かう家畜の群れのように。
それは子供たちが親から引き離され牢に閉じ込められている間に人間としての尊厳と生きようとする気力を根こそぎ奪われていた為でした。
つまり子供たちは一種の洗脳状態に置かれていたのです。
儀式の司祭役を務めるカムラン市長はこの儀式はモーロックの都にとって必要不可欠なものであり生贄としては選ばれるのは光栄な事だと繰り返し子供たちに言い聞かせていました。
それがしいては子供たちの両親の為にもなるのだと。
そして無事に役目を果たした暁には神に新しい命を与えられて生まれ変わり今度こそ両親の元で幸せに暮らすことができるのだと。
純真な子供たちはカムランの嘘をすっかり信じ込んでしまいました。
そして長い牢屋暮らしで心身共に消耗している事もあり命令に逆らい逃げ出すどころか進んで生贄となるしかない心理状態にまで追い込まれていたのです。
自らを死に導く巨大な神像の左右に設置された二つの階段の前にそれぞれ居並ぶ生贄の子供たち。
子羊の様におとなしく炎の扉へと続く階段の前に並んでいる子供たちを眺めてカムラン市長はニヤリとほくそ笑みます。
この儀式を主宰する彼はモーロックの神像の正面にあたる広間を一望できる位置に兵士たちに守られながら立っていました。
彼は見通しのいいその場所から神殿内の各所を抜け目なくチェックします。
広間の両端に設置された子供たちが行列を作る階段付近の様子やその長い階段の途中に設けられたいくつかの踊り場。
そしてそこから延びる神像に取り付けられた細長い通路。
更にその先にある子供たちの最終目的地である神像の身体に空いた七つの炎の扉の前をー。
それらの各所に配置してある兵士たちに指示を飛ばし生贄の儀式を円滑に進める為です。
今日のカムランはいつものような洋服ではなく神官の着るローブみたいな服を着ています。
もちろん彼は神官の資格など持っていません。
元々カムランは約20年前にオロ元村長の下で経理を担当していた能吏でどちらかというと平凡で善良な男でした。
しかしムスカル王の配下となり出世の糸口をつかんだ事で彼は自分の中の人間的な部分をどんどんと切り捨てていきました。
最初はもちろん抵抗を感じていた子供を生贄として邪神に捧げる行為も次第に平気になっていきました。
彼は自己の保身と出世の為にムスカル王の作り上げたシステムに順応し機械の歯車のような存在になる道を選んだのです。
そしてカムラン市長は自分は国の繁栄の為に一生懸命に貢献しているのだと考えて己れを正当化していました。
いつしか彼は自分が偉大で強い人間であり政治家だと思い込むようになっていました。
しかしそれは間違いで彼は単に自身の不安や恐怖を生贄の子供たちを始めとする他人に押し付けてさも自分がそういう感情とは無縁であるかの様に振舞っていたに過ぎませんでした。
彼の本質は臆病で状況に流されやすいどこにでもいる普通の男だったのです。
さてそんなカムラン市長は儀式の準備がとどこおりなく整ったのを確認すると満足そうな表情でほくそ笑みました。
神官の衣装をまとった彼は高々と手をあげるといよいよ生贄の生贄の儀式の開始を宣言します。

「偉大なるモーロックの神よ。我らの捧げ物を受け取りたまえ。けがれなき子供たちを。そしてモーロックの都に更なる繁栄をもたらしたまえ。永遠の繁栄をー」

モーロックの神像の身体に空いた七つの扉から垣間見える炎がカッと燃え上がります。
そしてカムラン市長の合図で生贄の子供たちはその炎の扉の前まで行く為に神像の左右に設けられた長い階段をゆっくりと登り始めました。
その両端にある長い階段は途中にある幾つかの踊り場を経て神像の身体に空いた七つの扉と細長い通路でつながっていました。
広間の左右にある階段の前に二手に別れて並んでいた生贄の子供たちは兵士たちにうながされるままゆっくりとした歩みでその階段を登り続けます。
子供たちが登るその長い階段はいくつかの踊り場で区切られておりそこから細い通路が枝分かれするように神像の身体に空いた七つの扉まで延びています。
踊り場と各扉の前にはそれぞれ兵士たちが待機しておりまず踊り場で兵士によっていくつかのグループに振り分けられた子供たちは更にそこから長く延びた通路を使って七つの扉のうちいずれかの扉の前まで歩かされそこで待ち構えている別の兵士に次々と扉の中に放り込まれるのです。
子供たちは怯えた表情で足を震わせながらもこの試練を耐え抜けばきっと来世で両親に会えると信じてこの死への階段を一歩ずつ登っていました。
子供たちが従順に命令に従い自分たちを地獄へ落とすであろう炎の扉へ少しずつ近づく姿を離れた場所で眺めるカムランの顔に笑みが浮かびます。
このまま順調にいけばこの国の今後数年の繁栄が約束されカムラン自身もさらなる出世をする事が出来るはずです。
もはや彼にとって子供たちは自分と対等な人間ではなく利用すべき単なる道具でした。
ムスカル王の真の恐ろしさは人間が本来なら持っているはずの優しさや他者への思いやりを自ら捨てなければそこから排除されてしまう社会システムをこの地に作り上げた事でした。
これは人間の自己保存を最優先する性質を利用した悪魔の狡猾な戦略でした。
これにより人々の間の絆や連帯は失われバラバラな個人に分断された人間たちはその無力感と恐怖からムスカル王の支配を容易に受け入れるようになっていました。
実はムスカル王は人々が連帯し団結する事を最も恐れていました。
その力がいずれは自分を滅ぼす可能性がある事を知っていたからです。
だからこそ人間同士が対立し合う差別と搾取によって成り立った社会を作り上げたのです。
他者への不信感を社会に蔓延させ疑心暗鬼と恐怖によって個々の人間をバラバラで孤独な存在にする為にー。
そう、自分の支配を容易にする為に。
人間一人一人は卑小でぜい弱な存在であり連帯することを忘れ孤立した人間たちほどムスカル王を始めとする支配者たちにとって都合がいい存在はありませんでした。
こうしてムスカル王の作り出した抑圧的な社会システムの中で生きる市民たちは徐々に人間らしさを失って王の支配を受け入れ自分たちもまたシステムを維持するための機械の部品の様な存在に成り果てていたのです。
そして今、神殿において生贄の儀式を取り仕切るカムラン市長もまた冷徹な社会システムの中で生き残る為に人間らしさを捨てていった結果、機械の様に成り果てている男の一人でした。
彼は生贄の儀式が順調に推移し白い服を着た子供たちが整然と並んで死への階段を昇り神像の炎の扉へと徐々に近づいていくのを見て満足そうにうなずきます。
彼が儀式の成功を確信したその瞬間でしたー。

ドドドッドドドドーッ!!!!

凄まじい轟音と共に神殿の奥の壁が吹き飛びました。
そして爆発によって壁にできた大穴の中から神殿内の床に走り出てきたのはー。

「お前らっ!!やめろ、今すぐっ!!!」

「てめーら!!悪行はそこまでだっ!!!」

怒りの表情を浮かべた緑色の巨人ボボンゴ。
その隣で爆弾の筒束を振りかざす吟遊詩人デイス。
そしてー

ウオオオオオオオオオオオーッ!!!!!!

生贄の儀式を目の当たりにして怒り狂う子供を奪われたモーロックの都の大勢の市民たちでした。

[続く]





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