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旅立ち
その10
しおりを挟む「結局、無駄足か。ガッカリしたぞ。シュナン」
ぶつくさ文句を言う師匠の杖を持ちシュナン少年は朝霧にけむる山道を歩き魔の山から下山しようとしていました。
結局、彼は師匠の杖に逆らいメデューサを連れ出す事をあきらめて一人で山を降りる事にしたのです。
彼は自らの手に持っている師匠の杖になだめる様な口調で言いました。
「やはり無理強いはできませんよ、師匠。それに確かに彼女には人間たちの為に危険な旅に出る理由は無い。この山で静かに暮らしていくのが一番なのかもしれません」
「しかしな、シュナン」
なおも文句を言おうとする師匠の杖にシュナンが答えます。
「旅は自分の意思でするものです。僕が師匠と一緒にこの旅を始めたのも王命という事もありますが最終的には自分の目的を果たす為です。「黄金の種子」はなんとか僕たちだけで捜しましょう。西方のメデューサ族の旧都の神殿に行けば何か手がかりが見つかる筈です」
師匠の杖は押し黙ってしまいました。
「・・・」
こうしてしばらく無言のまま師匠の杖と共に山を降りていたシュナンでしたがやがて魔の山に入る際に化け物蜘蛛アラクネと遭遇した地点にさしかかりました。
シュナンの火炎魔法で焼かれた場所でしたが既にその痕跡は無く木々は青々と繁りアラクネが木と木の間に張った巨大な蜘蛛の巣も元どおりに復活していました。
シュナンはその場所を立ち止まらずに通り過ぎようとしたのですがそんな彼に空中から声をかける者がいました。
そう木々の間に張った大きな蜘蛛の巣の上に鎮座した化け物蜘蛛アラクネです。
彼女はシュナンの立っている場所のちょうど真上の木の間に張られた蜘蛛の巣の網の中にうずくまりその不気味な複眼をきらめかせシュナン少年を宙から見下ろしています。
「やあ、久しぶりじゃないか?とっくにメデューサに捕まって石にされたと思っていたよ。あのおっかない怪物娘には会えたかい?」
シュナンは目隠しをした顔を上に向けアラクネに対して言い返しました。
「メデューサは怪物じゃない。普通の女の子だよ。少なくとも彼女が持っている心はね」
アラクネの複眼が不思議な色にきらめきます。
「ふぅん、やっぱり捕まっちゃたみたいだね。いや、捕まえたのはむしろあの娘のほうか」
「・・・?」
アラクネの意味不明な言葉にシュナンは首をかしげます。
しかしアラクネはそれだけ言うとフッと口から糸を吐いて木々の間の空中に張り巡らせた白い網をスルスルと登りその大きな蜘蛛の巣の楼閣の奥へと消えてしまいました。
アラクネが姿を消したその自分の真上の木々の間に張られている巨大な蜘蛛の巣をいぶかしげに見つめるシュナン少年。
そんな彼に手に持っている師匠の杖が言いました。
「シュナン、先を急ごう」
シュナンは師匠の言葉を受けてうなずくとアラクネの巣に背を向けて再び山を下りるため歩き始めました。
しばらく山霧に包まれた道を降りていたシュナンはやがて大きく開けた場所に出ました。
そこは山の麓と頂上を繋ぐいくつかの道が交差する広場の様な場所でした。
そしてその場所の真ん中にある大きな切り株の上にチョコンと座っていたのはー。
メデューサでした。
荷物の入った大きな紐付き袋を肩にかけて旅人が持つ木の杖を手にして切り株に座っています。
そう彼女は旅立ったシュナンの後を追う為に急いで旅支度を整え山道を先回りして彼がこの場所に到着するのをずっと待っていたのでした。
驚いたシュナンはメデューサが座る切り株に小走りで近づき彼女に尋ねます。
「メデューサ・・・どうして?あんなに嫌がっていたのに」
メデューサは座ったままツンと横を向いてシュナンに答えます。
「別に・・・ただあんたが何故ひどい事をされたろくでなしの人間どもの為に危険な旅をするのかー。その理由が知りたくなっただけよ」
シュナンは口元に笑顔を浮かべます。
「うん・・・わかったメデューサ。僕は君の疑問にいつかきっと答えるよ。約束する」
師匠の杖もその大きな目を光らせてメデューサにお礼を言います。
「ありがとうメデューサ。この旅はきっと君にとっても非常に意義深いものとなるだろう」
メデューサは二人の言葉を聞くとプンッと鼻を鳴らして切り株から降りスッと立ち上がりました。
そして師匠の杖を持つシュナンの方を振り返って彼に言いました。
「さぁ、行きましょう。「黄金の種子」とやらを探すんでしょ?」
メデューサはシュナンたちをうながす様にそう言うと彼らに背を向けて山を降りる一本道の方へスタスタと歩いて行きます。
「待ってくれ、メデューサ」
慌てて後を追うシュナン。
やがて二人は人里へと通じている下りの山道を肩を並べて歩き始めました。
メデューサが後ろを振り返ると魔の山の山頂が白い霧に包まれているのが見えました。
あのあたりに彼女が住んでいた古い砦があるはずでした。
(行ってきます。お母さん、お父さん)
メデューサは心の中でつぶやきました。
実は彼女は屋敷を出る前に石像となった父と母の墓に挨拶をしていました。
母のお墓の前にひざまずき父の石像を横目で見ながら別れの言葉を二人に告げるメデューサ。
「あたし行きます、母さま父さま。母さまは邪悪な生き物だから人間には関わるなと言っていたけど。でもわたし自分の目で確かめてみたい。本当に人間が救うに値しない存在なのか。わたしたちの一族もかつては人間だった。だからわたしは知りたい。自分自身を含め人間の本当の姿を。シュナンと一緒に旅をすればそれが分かる気がするの」
メデューサはそう言うと墓の前から立ち上がりいなくなったシュナンに追いつく為、生まれ育ったその砦を後にしたのでした。
そして彼女が急いで山道を下りる姿を見かけた怪物グモのアラクネは木々の間に張った巣の上からその様子をいぶかしげに複眼を光らせつつ見下ろしていました。
こうしてシュナンと山の麓で合流したメデューサは彼と二人で人間の住む村々へと続く山道を下りながら心の中で故郷である魔の山そして今は亡き父母にそっと別れを告げました。
ふと横を見るとシュナン少年はそれに気づいてメデューサの方を見つめ返します。
そしてその目隠しで覆われた顔でニコッと彼女に微笑みました。
メデューサは何故か慌てて彼から目を逸らします。
魔眼を持つメデューサにとってまともに視線を合わせる事ができる人間は恐らくシュナンが初めてでした。
しかも同年代の男の子となれば尚更です。
少し顔を赤くしてツンと前を見ているメデューサにシュナンの持つ師匠の杖がからかう様にその目を光らせます。
「おやおや、藪から出た我らが蛇姫は随分と恥ずかしがり屋の様だ」
その言葉を聞いたメデューサはさらに顔を赤くして師匠の杖を睨みつけます。
「うっさいわね!叩き折るわよっ!」
師匠の杖はあきれた様な口調で彼女に答えます。
「やれやれ、元々は王族の直系なのに随分と粗野な言葉使いをするものだ。魔の山の気に当てられたか。どう思うシュナン」
「は、はぁ」
いきなり話を振られて困惑するシュナン。
メデューサと師匠の杖の言い合いを聞きながら彼は黙々と歩き続けます。
そして始まったばかりのこの旅のこれからを思い深い溜息をつくのでした。
ともあれこうして怪物メデューサの子孫である女の子と不思議な杖を持った盲目の魔法使いの少年との奇妙な旅が始まったのでした。
朝もやの立ち込める狭い山道を肩を並べて歩くメデューサとシュナン。
その姿を霧に霞む魔の山の頂が遥かな高みから静かに見下ろしていました。
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メデューサの旅が始まる。
[続く]
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