メデューサの旅

きーぼー

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旅立ち

その8

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 妖精が呼んできた森に住む馬の下半身を持つ力自慢の魔物ケンタウロスの力を借りてメデューサは気絶しているシュナンを砦内に建つ屋敷の部屋まで運びました。
その来客用の部屋には大きなベッドがあり気を失ったシュナンはそこに寝かされました。
土と埃にまみれた貴族風の服やマントは脱がされ下着だけの姿になっています。
ちなみに落ちていた師匠の杖も無事拾われベッドの側の壁に立て掛けられていました。
手伝ってもらった半人半獣の魔族ケンタウロスにお礼を言い森に帰ってもらってからメデューサはシュナンが横たわるベッドの側に木の椅子を置くとそこにチョコンと座りました。
蛇の髪の下から心配そうにベッドで眠るシュナンの目隠しした顔を見つめるメデューサ。
それからメデューサは用意した柔らかい湿布でシュナンの汗で汚れた身体を拭こうとして顔を赤くしながらも彼の下着を胸元までたくし上げました。
そしてー。
そのあらわになった彼の裸の上半身を見てメデューサは驚愕します。
なんとシュナンの肉体は大小さまざまな醜い傷によってびっしりと覆われていたのです。
中には明らかに10年以上前につけられたと思われる古い切り傷もありました。
そのあまりのひどさに両手で口を覆って絶句するメデューサ。
そんなメデューサを見て部屋の壁に立て掛けられた師匠の杖が言いました。

「びっくりしたかね。ひどいものだろう?」

口を手で覆いながら震えて部屋の隅に立て掛けられた師匠の杖に尋ねるメデューサ。

「なにこれ?魔物の大群とでも戦ったの・・・?」

師匠の杖の先端の円盤に刻まれた大きな目が光ります。

「いや、シュナンの生まれ育った村の住民たちの仕業だよ。幼い頃に失明したシュナンは村の厄介者だったからな。子供の頃から村の連中の理不尽な暴力を受けて育ったんだ。命を失いかけた事も何度かあったらしい。わたしが都から村に来て彼を引き取るまでその苦しみは続いたー」

「信じられない・・・どうしてこんな酷い事ができるの?目が見えないからって・・・。同じ人間なのに・・・」

シュナンの傷だらけの肉体を見つめながらメデューサは怒りと恐怖のこもった口調で呟きます。
そして壁に立て掛けられた師匠の杖は尚も淡々と話し続けました。

「貧しい村だったからな。人並みに働けないシュナンは村人たちには憎悪と軽蔑の対象だった。幼い頃に両親は盗賊に殺され自身はそのショックで失明し守ってくれる人もいなかった。だから彼は村人たちの不満の格好のはけ口にされひどい迫害を受けたんだ。本当に牛馬以下の扱いだった。たまに恵まれる残飯や捨てられた腐った食べ物でかろうじて命を繋ぎもちろん住む家もなかった」

シュナンを見つめたままメデューサが尋ねます。

「それをあなたが助けたという訳?」

師匠の杖が目を光らせながら答えます。

「そういう事だ。わたしが旅をしている最中にその村に立ち寄ってシュナンに出会ったんだ。最初に会った時は本当にひどい有り様だった。髪は伸び放題でガリガリに痩せていてほとんど裸の姿で木の下にうずくまっていた。まるで死にかけの獣のようだった。言葉もほとんど喋れなかったんだ。わたしは彼を都に連れ帰って弟子にした。魔法の才能はとてもありそうだったからね」

「そう、でもー」

メデューサが師匠の杖の話をさえぎり言いました。

「この子はー。シュナンは自分の村の人たちの為に「黄金の種子」を手に入れたいと言ってた。村の人々を助けたいって。何でそんな事をするのかしら。こんな酷い目にあわされたのに。村の人間たちに対する憎しみでいっぱいのはずなのに・・・」

「フム・・・」

師匠の杖が少し声の調子を落とします。

「わしは孤児だったシュナンを都に連れ帰り弟子にして彼を鍛え上げた。そして目の見えない彼の為にワシの意識を封じ込めた魔法の杖ー。つまり今、君が見ているこの杖だがー。それをシュナンに与え周囲の状況を把握できるようにした。だがー」

師匠の杖は話し続けます。

「約一年前に我らは国王の命を受けて「黄金の種子」を探す旅を始めた。そして君に会いにとうとうこの山までやって来た。だが正直なところシュナンがどういう思いでこの危険な旅に身を投じているのかはワシには分からん。村人達を助けたいとは言ってはいるがもしかしたら自分を迫害した連中を見返したいだけかも知れん」

メデューサは杖の言葉を聞きながらベッドに寝ているシュナンの身体の汗を湿布で拭いていました。
その時彼女は彼がかすかに身動きしているのに気付きました。
そう、シュナンがようやく目覚めたのでした。
メデューサはホッとしながらも慌てて自分の魔眼を蛇の前髪を動かして隠します。
そんな彼女に壁に立て掛けた師匠の杖が言います。

「魔眼を隠す必要はない。どのみちシュナンは目が見えないのだから。それより彼の手にワシを握らせてくれ。そうすれば彼は周囲の状況が把握できるだろう」

やがてシュナンはウゥッと声を上げて完全に意識を取り戻しました。
しかし杖を持っていないせいで目が見えず自分がどこにいるのかも分からない様子でした。
両手をあちこちに伸ばして周りを確かめようとするシュナン。
そんな不安そうなシュナンにメデューサは壁に立て掛けていた師匠の杖を手に取ってそっと彼の指に握らせました。
その杖を持つ事によって杖に刻まれた目からシュナンの頭に周囲の様子が視覚情報として送り込まれます。
目が見えるようになったシュナンはベッドから半身を起こすと足を伸ばして座り直しました。
シュナン少年は杖を通じて改めて自分の置かれた状況を確認します。
下着姿で見知らぬ部屋のベッドで寝かされている事を。
そしてベッドの側でメデューサが椅子に座り心配そうな様子で彼を見ている事も。
シュナンはベッドの上から側で座るメデューサの方へ目隠しをした顔を向けて言いました。

「ありがとう。君が助けてくれたんだね。あの怪物はどうなった?」

メデューサは無言で部屋の窓から見える中庭の方向を指差しました。
部屋から見えたその中庭には大きな石像と化した怪物のひび割れた亡骸がうずくまっているのが確認出来ました。
シュナンはベッドの上で上半身を起こしておりそこから窓の外の情景を見つめながら言いました。

「すまない。庭に妙なものを持ち込んでしまったね。きっと僕のせいだ」

しかしメデューサは師匠の杖をジロリと横目で見ながら言いました。

「あなたのせいだとは思わないけどね・・・とにかくあなたはしばらくこの部屋で休みなさい。ひどく疲れてるみたいだしさっき身体も強く打ったんだから」

「ありがとうメデューサ」 

「すまんな世話になる」

メデューサの言葉を受けてシュナンと師匠の杖がそれぞれお礼を言います。
メデューサはプィッと横を向くと怒った様な口調でそれに答えました。

「別に心配してなんかいないんだから」

魔眼が効かないシュナンにとって杖を通じて見る彼女の拗ねた横顔はなんだか普通の女の子みたいに見えました。

[続く]
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