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序章
赤い車の少女
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シーン1
それは雨の日だった。
僕とパパは車に乗って道路を走ってた。
夜の8時くらいだったかな?
僕たちは前の日から泊りがけでディズニーランドに遊びに行っててその帰り道だったんだ。
遊び疲れたのかパパも運転しながら、ちょっと眠そうだった。
まだそんなに遅い時間でもないのになぜか道路はすごくすいていて前や後ろにほかの車の姿はなくまた反対側から走って来る車とすれ違うこともなかった。
雨の降りしきる中、延々と続く夜の道路を僕たちの車だけがどこまでも走り続けている。
僕はなぜか、この道路の先に恐ろしい何かが待っている気がした。
その時だったー。
僕たちの車の前に突然、女の子の姿が現れたのは。
パパ「うわーっ!!」
パパの絶叫と共に車に急ブレーキがかかった。
ガクン!!
僕とパパの体が前につんのめる。
僕たちの車は女の子の立っていた場所を通過しタイヤをきしませながら止まった。
女の子をはねてしまったと思ったのだろう、パパはあわてて車を飛び出しそばに倒れているはずの少女の姿をさがした。
だけど車のまわりには誰もおらず何かをはねた形跡もなかった。
パパ「これは一体?確かにまだ小さい女の子が道路の真ん中に」
パパは混乱しているようだった。
パパ「たけし、お前も見たよな?」
パパが聞いてきたので僕はおびえながらもしっかりとうなずいた。
その時、上の方から声が聞こえた。
少女「この車じゃない」
僕とパパが驚いて空を見上げるとそこには雨の降りしきる中、宙に浮かんだ少女の姿があった。
その少女は黒一色でフリルがついたドレスを着ていた。
少しウェーブがかかった黒髪ですごくきれいな顔立ちをしていたけれど顔色は血の気がなく真っ青だった。
そしてその目は氷のような冷たい光をたたえており右目の下には小さな泣きボクロがあった。
僕とパパは恐怖のあまり彼女から目をそらすこともできず抱き合ってふるえていた。
宙に浮かんだ女の子はそんな僕たちを冷たい目で見下ろしながらつぶやいた。
少女「赤い車だけどこの車じゃない」
そして彼女は消えた。
文字通り雨の夜空にとけこむように急に消え失せたのだ。
後に残されたのは道路でおびえながら抱き合う僕とパパ。
後ろから来た車がクラクションを鳴らすまで、僕たちは恐怖でその場から一歩も動くこともできず、ふるえながら抱き合っていた。
シーン2
私の初めての記憶。
それはあなたの顔。
あなたはつぶらな瞳をキラキラと輝かせ、私を見つめていた。
今でもはっきりと思い出せるあなたの眩しい笑顔。
それは私が初めて見たこの世の光。
ベットに横たわる私にあなたは毎日会いに来てくれた。
そして色々な話をしてくれた。
お父さんやお母さんの事、学校の友達や好きな先生の事。
私には何も答える事はできなかったけれども。
私達は毎日のように会っていたけど直接触れ合う事はなかった。
それは私の世界とあなたの世界の間は目に見えない何かで遮られていたから。
でも、あなたは言った。
私とあなたの世界はもうすぐ一つになるのだと。
お父さんが約束してくれたのだと。
その日が来れば私はあなたの胸に抱かれ、あなたを直接感じる事ができるのだろう。
あなたの体温、あなたの匂い、そして心臓の鼓動。
その日はもう少しでやって来る。
あともう少しで。
でもあの赤い車がやって来る。
そして血が。
シーン3
俺の名は白壁鈍太郎、市内の中学校に通う学生だ。
一見、誰が見ても平凡な学生である俺だが実は人には無い秘められた力がある。
幼馴染の美湖はそんなのは気のせいだ、自意識過剰なだけだと言うがそんな事はない。
俺は確かに自分自身に他の人間にはない特別な何かを感じるのだ。
そんな訳で俺は力の暴走を防ぐため右手に包帯を左目に眼帯を付けており、今が授業中であるにも関わらず教室の机からいきなり立ち上がって叫んだ。
鈍太郎「このままではこの宇宙が滅んでしまう!!だ、誰か俺にインファニティーストーンを!!」
クラスの連中の畏敬と恐怖の視線を一身に浴びて恍惚となる俺。
するとその時。
パカン!!!
教科書で後頭部を叩かれた。
担任の椎名だった。
椎名先生「何ふざけてる!!廊下に立っとれ!!」
こうして俺は授業が終わるまで廊下に立たされる事になった。
このパワハラ教師め。
俺が世界の王になったら真っ先に粛正してやる。
この椎名という教師は真面目な生徒達には優しいが俺みたいにたまに授業を妨害する様な生徒に対してはとことん厳しい教師だ。
まぁ当たり前かもしれないが。
そんなこんなで俺はその日、権力者からの不当な扱いを受けて少しムシャクシャしていたのだが、そんな俺の耳にクラスメイトの話すある噂話が飛び込んできた。
赤い車の少女に関する噂だ。
シーン4
「ねえ聞いた?また赤い車の少女が現れたんだって」
「やっぱり、それってー」
教室に飛び交う噂話を聞いてわたしはすごく嫌な気持ちになった。
わたしの名前は鈴木美湖この中学校に通う女生徒だ。
わたしの通う中学校ではちょっと前から「赤い車の少女」という怪談話の噂で教室の話題は持ち切りだ。
それは雨の日に走る赤い車の前に交通事故に遭って亡くなった少女の幽霊が現れるという、如何にもありがちな怪談話なのだが既に数十台の車が被害に遭っており中にはその際、怪我をした人もいるそうだ。
だがこの学校でこの怪談が流行っているのには一つ特別な理由があるのだ。
それはわたしのクラスの担任である椎名先生の存在だ。
実は先生の一人娘である、よしこさんが三ヶ月前に交通事故で亡くなっているのだ。
それもひき逃げによる事故で犯人はまだ捕まっていない。
これは本当の事がどうかわからないのだがそのひき逃げをした車は赤い色だったという。
そして赤い車の少女の事件が起き始めたのが約三ヶ月前、無責任な誰かによってこの二つの出来事は結びつけられ、いつの間にか赤い車を襲う幽霊少女の正体は死んだ先生の娘だという事になり、赤い車の少女の事件が起こるたびに学校中を尾ひれのついた酷い噂が飛び交うようになってしまった。
本当にひどい話だと思う。
椎名先生の心情を思うとわたしの胸は痛くなった。
この噂話はおそらく椎名先生の耳にも届いているに違いない。
一人娘を理不尽な事故で失い、その上その娘が幽霊となって車を襲う事件を起こしているなんて酷い噂を立てられているのだ。
見かけは普段通りに振る舞ってはいるが、先生の心の中は悲しみと怒りでいっぱいのはずだ。
わたしは無責任な噂を流した人間そしてそれに便乗して噂話に興ずるクラスメイト達にも強い怒りを覚えた。
肉親を失った悲しみは誰にも癒す事はできないだろう。
ましてや理不尽な死に方をしたのなら尚更だ。
せめて口をつぐんで静かに見守るのが、その人の周りにいる人間のすべき事ではないのか。
椎名先生にはよしこちゃんの死を静かに悼む権利がある。
椎名先生は優しくて本当にいい先生なのだ。
鈍太郎なんかは椎名先生の事を横暴だとか悪口を言ってるけど、授業中にいきなり立ち上がって奇声を上げれば怒られるのは当たり前だ。
鈍太郎は本当に子供でバカだ。
まるで自分を客観視できていない。
あいつと幼馴染なんだと思うと涙が出る。
一学年しか違わないのに護法先輩とは雲泥の差だ。
わたしはふと、ある人物の事を頭に思い浮かべた。
わたしがこの学校で一番信頼できる人物だ。
美湖「そうだ。護法先輩に相談してみよう」
護法先輩はこの学校の生徒会長であり、全国模試で常に一位というものすごい秀才だ。
そして「オカルト科学研究会」というおかしな同好会の代表でもあった。
シーン5
オカルト科学研究会の活動拠点である教室は旧校舎の二階にある。
今、その教室では一組の男女が机に向かい合って座っていた。
一人は悩みを相談に来た女生徒、鈴木美湖そして彼女の向かい側に座る男子生徒こそオカルト科学研究会の会長にして生徒会長でもある護法童司であった。
時刻は放課後、夕日が差し込む窓からは部活動をする生徒達の声が微かに聞こえてくる。
ちなみにオカルト科学研究会には護法先輩の他に何人か会員はいるのだがいわゆる幽霊部員で実質、日常的に活動しているのは彼のみであった。
護法先輩「それじゃ、美湖君は誰かが面白半分に椎名先生の亡くなったお嬢さんが件の幽霊少女だという噂を流していると思うんだね」
美湖「そうです。オカ研の会長の先輩には申し訳ないですけど幽霊なんかいるわけありません。偶然起こった事故を幽霊のせいにして面白がってるんです。ひどいと思います」
護法先輩「ふむ」
護法先輩は鼻からずり下がった眼鏡を指でくいっと直した。
眼鏡のサイズが合っていないのだ。
せっかく直してもまたすぐにずれてしまう。
護法先輩「君の考え方は決して悪くはないと思う。だが人の噂にも一定の真実が含まれている事が多いのもまた確かだ」
美湖「どういうことです?」
護法先輩は美湖の目をじっと見つめると言葉を続けた。
護法先輩「僕は自分で言うのもなんだが合理的な人間だ。そんな僕がオカルトを研究しようと思ったのは不合理なものに対して強い疑問を持っていたから。それに君も知っての通り僕の家は古い神社でね。色々な古臭い因習を代々伝えていてそれに反発する気持ちもあった。でもね、オカルトを研究し僕自身が色々な体験をする内にこの世には人智を超えた現象は確かに存在するのだと思う様になったんだ」
護法の言葉に美湖は反発した。
美湖「じゃあ先輩は幽霊少女の正体はやっぱり椎名先生の娘さんだって言うんですか?」
護法先輩は首を振って答える。
護法先輩「そうは言ってないよ。僕が言いたいのはたとえ不可思議な現象に見えても頭から否定せず色々な可能性を考えてみないと真実には辿りつけないということなんだ。君はこんな話を知ってるかな?夜の山道で一人の登山者が大きなリュックを背負い歩いていた。すると背後から何か巨大な怪物の影の様なものが追いかけて来たんだ。驚いたその男は必死に山道を走って逃げた。だが逃げても逃げても件の怪物は追いかけて来る。とうとう男は力尽きて道に倒れてしまった。その時、男のリュックから灯りのついた懐中電灯が転がり落ちた。何の事はない。男が必死に逃げようとしていたその怪物の正体は男が背負ったリュックに入っていた点きっぱなしの懐中電灯の光がリュックから漏れて出来た彼自身の影だったんだ」
美湖は護法先輩の話を聞くと俯いて、少し間を置いてから言った。
美湖「誰かが自分の目的を果たすために幽霊に見せかけた事件を起こしているって事ですか?例えば立体映像とかを使って」
護法先輩はまた鼻からずり下がってしまった眼鏡の位置を指でくいっと直すと美湖に答えた。
護法先輩「君はやっぱり頭がいいな。まぁ、そういう可能性もあるってことだ」
ちゃんとした眼鏡を買えばいいのにと美湖は思った。
シーン6
チンピラ「へへへへあの車のカップル、滅茶苦茶びびっていやがったぜ!」
俺の名は田中珍平、あだ名はチンピラだ!!
俺の趣味はあおり運転や危険運転をする事。
つい先程も若いカップルの乗った軽自動車を十数キロぴったり背後に張り付いて煽ってやったぜ。
この俺の愛車、赤いフェラーリでな。
ザマァー見さらせ。
リア充爆発しろっ!!
俺は一仕事終えた(あおり運転の事)充実感にひたりながら国道を40キロオーバーで走行していた。
普段は自宅警備員(ニート)をしており暇を持て余している俺にとってこの狩りの時間は至福のひと時であり一種のスポーツでもあった。
朝飯を食べてからすぐに車で出かけ昼飯はドライブインで済ませて夕飯前に家に帰るまで俺はあちこちを車で徘徊し、あおり運転や危険運転を仕掛ける獲物の姿を探していた。
まさしくハンター!!
俺に目を付けられた奴は運が無いのさ。
まぁ確かに色々とヤバい事はあったさ。
子供を跳ねそうになったりな。
あれ?実際に跳ねちゃったんだっけ?
まぁ、どうでもいいけど。
そういえば最近この辺りに子供の幽霊が出るらしい。
赤い車に跳ねられて死んだ女の子の霊でそのせいか赤い車を狙って現れるそうだ。
ふんっバカバカしい幽霊なんているか。
人間は死んだらそれでおしまい。
ジ-エンド死人に口なしって奴だ。
だから生きているうちに好き勝手やるのが一番かしこいのさ。
俺も赤いくるまに乗っているが幽霊なんて気にしない。
でも、これだけ大騒ぎになってるんだ、何かを見たのは本当なのかも。
俺は推理を働かせた。
チンピラ「そうだ、誰かが何かのトリックを使って幽霊がいるように見せてるんだ!ほらバーチャルなんとかってやつだ、ディズニーで見たやつだ!」
俺は誰だか知らないがこんな悪質な悪戯を仕掛ける奴に対して心からの義憤を覚えた。
チンピラ「まったく少しは人の迷惑を考えろよ」
とにかく俺は幽霊なんか信じないし、変なトリックに騙されたりもしない
俺はアクセルを踏み込んでさらに車のスピードを上げた。
あれっ?さっきまで快晴だったのに急に雨が降ってきやがった。
ポツポツと正面のガラスに雨の水滴が当たる。
俺はワイパーのスイッチを入れた。
シーン7
視界が煙る、いやな雨だ。
雨の降りしきる中、まわりに他に車の姿は無くたった一台で道路を走っているとなんだか別の世界に迷い込んだ様な不安な気持ちになってくる。
俺が珍しくそんな空想的な気分に浸っていると突然それは俺の目の前に現れた。
俺の車の進路を塞ぐかの様に突如として道路の真ん中にそれは出現したのだ。
黒いドレスを身に付けたまだ幼い黒髪の少女の姿が。
チンピラ「うおーっ!!出やがったな!!幽霊め!!」
俺は一瞬、怯んだがブレーキを踏まず逆にアクセルを踏んで道路に棒立ちになっている少女に対して車を突っ込ませた。
そして俺の車は少女の立っていた位置から十数メートル以上通過した場所でようやくブレーキをかけて停止した。
俺は「戦果」を確認する為、車から降りた。
幽霊だか生身の人間だか知らないが俺の車の前に急に現れるなんて轢き殺されて当然だ。
急ブレーキなんて絶対にかけるものか。
だが俺が車から降りて通過した道路の付近を見回してもそこには誰もいなかった。
もちろん死体も転がっていない。
チンピラ「あれっ?車の勢いでどこかに吹っ飛ばされたのかな」
雨は降り続いている、例え地面に血が流れたとしてもすぐに洗い流されてしまうだろう。
幽霊少女「何を探しているの?」
突然、空から声がした。
チンピラ「ううっ!!」
俺が上を見上げると、ちょうど俺の車が停止している場所の真上にさっき確かに車で轢いたはずの少女が空中に浮かんでいた。
少女は黒いアンティークのドレスを着ており髪は黒髪でウェーブのかかったセミロング。
そして何より特徴的なのはその鋭く冷たく光る目であり右目の下には、ぽつんと泣きボクロがあった。
奇妙にも雨が降っているにもかかわらず少女の体にはまったく濡れた様子はなかった。
俺はさすがに驚いたがすぐに気をとりなおし幽霊なんか居るわけない、これは何かのトリックなんだと強く心に言い聞かせた。
そして足元に転がっていた石コロを拾って少女に向かって投げつけ叫んだ。
チンピラ「このインチキ幽霊目!!俺は騙されないぞ!舐めた真似するんじゃねえ!!」
案の定、俺の投げた石は少女の体をすり抜け放物線を描いて彼女の背後に落ちた。
チンピラ「ふん!やっぱりバーチャルなんとかなんだな。どこかに機械を隠して映像を見せてるんだろ!」
空中に浮かぶ少女は鋭く無慈悲な目で俺を見下ろしていたがやがてゾッとする様な冷たい声で言った。
幽霊少女「あなたはあの赤い車の運転手じゃない。でも悪い人みたいね。無関係な人間を殺す気は無かったけど。あなたには特別に死んでもらおうかしら」
俺は鼻で笑った。
チンピラ「はんっ!ただの映像が何言ってやがる。今から機械を操作してる奴らを見つけ出してやるからな。覚悟しやがれ!!」
幽霊少女「わたし赤い車が大嫌い」
空中に浮かぶ幽霊少女の目が妖しく光った。
それと同時に俺の背後でメキメキと異様な音が鳴り響いた。
思わず俺は後ろを振り返ると恐怖と驚きで大きく目を見開いた。
俺の車がくしゃくしゃに丸められている。
そうまるで鼻をかんだ後のティッシュのように。
車体がめくれタイヤはパンクし窓ガラスは粉々に砕け散りエンジンは紙の箱のように潰れワイパーは変形していく。
油が断続的にピュッピュッと吹き出し極限まで圧力をかけられた部品がバチバチと火花を散らす。
そうして鋼鉄で出来ているはずの俺の車はいともたやすくボール状に丸められあっという間に人の頭ぐらいの大きさに圧縮されたシュウシュウと白煙を上げる醜く黒い金属の塊と化していた。
チンピラ「うわああああああーっ!!」
この現実離れした光景を目撃した俺はパニックを起こし大声で叫び続けた。
チンピラ「こ、これはトリックだ!!何かのトリップなんだ!!」
俺は少しでも正気を保つために必死で叫んだ。
だが最早そんな言葉に何の意味も無い事は俺自身もよくわかっていた。
トリックであれなんであれ目の前にいるこの少女が俺を瞬時に抹殺できる力を持っていることは間違いないのだ。
俺は少女に背を向け脱兎のごとく逃げ出そうとした。
その瞬間、俺の右肩に激痛が走った。
右肩の骨が目に見えない力によって粉々に砕けたのだ。
チンピラ「ぎゃあああーっ!!」
大きな悲鳴を上げる俺。
続いて左肩にも激痛が走る。
チンピラ「うぎゃああーっ!!」
左肩の骨も砕かれた俺は獣のような叫び声を上げながらそれでも必死に逃げようとした。
砕かれた両腕をだらりと下げて、目から涙をポロポロと流し、降りしきる雨の中をよたよたと走りながら、少しでも幽霊少女から遠ざかろうとする。
だが今度は両膝に同時に激痛が走った。
チンピラ「ぎゃおおおーっ!!」
無残にも両膝の骨を同時に砕かれた俺はたまらず道路に膝から崩れ落ちた。
アスファルトに両膝を落とし涙を流しながら直立の姿勢で呻く俺はまるで処刑場に引き出された罪人のようだ。
最早、激痛のあまり悲鳴を上げることすら出来なかった。
(トリック、トリック、トリック)
俺はなぜか頭の中で何度も呪文の様に同じ言葉を唱え続けた。
全く意味も無い言葉を涙を流しながら。
少しでも何かにすがりつかなければ恐怖と苦痛で俺が発狂してしまうことは確実だったからだ。
(トリック、トリック、トリック、トリック、トリックー)
すると空に浮かんでいた幽霊少女は俺の背後から正面へとまわり込みスーッと俺の目の前まで降りて来た。
宙に浮きながら。
そして息がかかりそうなほど近く俺の顔に自分の顔を近づける。
そして俺に向かってささやいた。
幽霊少女「わたしの目を見なさい」
俺は少女の目を見た。
見てしまった。
少女の目は不自然なほど大きく美しかった。
だがその瞳はガラス玉のように虚ろであった。
そしてその瞳の奥には「死」があった。
そうだこれはトリックなんかじゃない。
そしてコイツはこの幽霊少女は絶対に人間なんかじゃない。
生まれて初めてかもしれないその鋭い洞察とともに俺の精神は深い闇の底へと沈んでいった。
シーン8
本田刑事「また降ってきたな」
愛知県交通課所属の本田刑事は覆面パトカーで雨に濡れた道路を一人パトロールしていた。
時刻は夕方遅くすれ違う車の多くは仕事を終え自宅に帰る人たちが運転しているのだろう。
本田刑事も本来なら今は勤務時間外なのだが上司の命令で路上パトロールを仕方なくやらされていた。
本田刑事「これも例の幽霊騒ぎのせいだ」
この地域ではしばらく前から赤い車の少女という子供の幽霊にまつわる怪事件が連続して起こっていた。
雨の日に赤い車を運転していると突如として道路上に黒服のまだ幼い少女の幽霊が現れ運転手の顔を確認するとまた煙のように消えてしまうのだという。
一件や二件ならともかくこんなオカルトじみた事件が数十件も報告されているのだ。
幸い今までの事件で大きな怪我をした被害者はおらずせいぜい急ブレーキをかけた際、首を痛めたり幽霊から走って逃げ出そうとして転んで怪我をした者が数名いるくらいであった。
だが実際に事件として報告が上がっている以上、県警としては無視する事もできずパトロールを強化する事になり、こうして勤務外の本田刑事までが巡回要員として駆り出されているのであった。
ちなみに本田刑事自身は幽霊などまったく信じておらず今回の一連の幽霊騒ぎも誰かのイタズラか集団ヒステリーによるものだと思っていた。
本来なら自分が自由に使えるはずの時間がこんなくだらない幽霊騒ぎの為に犠牲になっている事が本田刑事にはとても腹立たしく不満であった。
晴れた日ならともかくこんな雨の日に単調な景色の続く道路で一人、車を走らせているとだんだん気分が沈みがちになってくる。
おまけに今日は幽霊事件とは別の奇妙な案件もあった。
本田刑事がパトロール中に市民からの通報で対応したのだが頭のおかしい中学生が自転車で高速道路に侵入し他の乗用車の走行を妨げたのだ。
本田刑事が現場にパトカーで急行し補導したその中学生は赤い自転車に乗っており奇声を上げながら高速道路を何度も往復していたという。
彼は頭もおかしいが格好もおかしく怪我もしていないのに眼帯を付けており腕にも包帯を巻いていた。
おまけに言動も変で自転車も車の一種だから車道を走る権利があるなどとほざいていたが中学生にもなって一般道路と高速道路の区別もつかないのであろうか。
本田刑事「まったく変わった子だったな。まぁ悪いやつではなさそうだったが。そういえば、あいつ幽霊を退治するとか言っていた。もしかしてあの赤い車の少女のことなんだろうか」
本田刑事は苦笑まじりにその少年の事を思い出していたが突然、警報音と共にパトカーに搭載された警察無線が情報を流し始めた。
その内容は驚くべきものだった。
なんと赤い車の少女がらみの事件で初めて重傷者が出たというのだ。
被害者は市内に住むチンピラ青年、田中珍平(30歳)。全身骨折の状態で道路に倒れていた所を通りがかった車に発見されたらしく救急車で病院に緊急搬送される際、赤い車の少女に関するうわごとを繰り返していたという。
幸い一命はとりとめたそうだが精神と肉体に深刻なダメージを受けたであろう事は間違いなかった。
そして不思議な事に被害者の乗っていた乗用車は事故現場から忽然とその姿を消していた。
彼の乗車していた車は一体どこへ消えたのか?
被害者の車の行方、それは最初は大きな謎であった。
だがそれはすぐに発見された。
なんとボーリングの球大の鉄の塊に圧縮され道路の隅に転がっていたのだ。
あまりに変わり果てた姿に最初はそれが車だとは誰も気づかなかったのだ。
信じられない情報を無線で聞く本田刑事の背中を冷たい汗が流れる。
本田刑事「くそっ!!一体何が起こってるんだ!?」
車窓の外を流れる陰鬱な景色に向かって本田刑事は吐き捨てるように言った。
彼が運転するパトカーの進行方向、道路の先には深い闇が広がっている。
雨はまだ降り続いていた。
[第1章に続く]
それは雨の日だった。
僕とパパは車に乗って道路を走ってた。
夜の8時くらいだったかな?
僕たちは前の日から泊りがけでディズニーランドに遊びに行っててその帰り道だったんだ。
遊び疲れたのかパパも運転しながら、ちょっと眠そうだった。
まだそんなに遅い時間でもないのになぜか道路はすごくすいていて前や後ろにほかの車の姿はなくまた反対側から走って来る車とすれ違うこともなかった。
雨の降りしきる中、延々と続く夜の道路を僕たちの車だけがどこまでも走り続けている。
僕はなぜか、この道路の先に恐ろしい何かが待っている気がした。
その時だったー。
僕たちの車の前に突然、女の子の姿が現れたのは。
パパ「うわーっ!!」
パパの絶叫と共に車に急ブレーキがかかった。
ガクン!!
僕とパパの体が前につんのめる。
僕たちの車は女の子の立っていた場所を通過しタイヤをきしませながら止まった。
女の子をはねてしまったと思ったのだろう、パパはあわてて車を飛び出しそばに倒れているはずの少女の姿をさがした。
だけど車のまわりには誰もおらず何かをはねた形跡もなかった。
パパ「これは一体?確かにまだ小さい女の子が道路の真ん中に」
パパは混乱しているようだった。
パパ「たけし、お前も見たよな?」
パパが聞いてきたので僕はおびえながらもしっかりとうなずいた。
その時、上の方から声が聞こえた。
少女「この車じゃない」
僕とパパが驚いて空を見上げるとそこには雨の降りしきる中、宙に浮かんだ少女の姿があった。
その少女は黒一色でフリルがついたドレスを着ていた。
少しウェーブがかかった黒髪ですごくきれいな顔立ちをしていたけれど顔色は血の気がなく真っ青だった。
そしてその目は氷のような冷たい光をたたえており右目の下には小さな泣きボクロがあった。
僕とパパは恐怖のあまり彼女から目をそらすこともできず抱き合ってふるえていた。
宙に浮かんだ女の子はそんな僕たちを冷たい目で見下ろしながらつぶやいた。
少女「赤い車だけどこの車じゃない」
そして彼女は消えた。
文字通り雨の夜空にとけこむように急に消え失せたのだ。
後に残されたのは道路でおびえながら抱き合う僕とパパ。
後ろから来た車がクラクションを鳴らすまで、僕たちは恐怖でその場から一歩も動くこともできず、ふるえながら抱き合っていた。
シーン2
私の初めての記憶。
それはあなたの顔。
あなたはつぶらな瞳をキラキラと輝かせ、私を見つめていた。
今でもはっきりと思い出せるあなたの眩しい笑顔。
それは私が初めて見たこの世の光。
ベットに横たわる私にあなたは毎日会いに来てくれた。
そして色々な話をしてくれた。
お父さんやお母さんの事、学校の友達や好きな先生の事。
私には何も答える事はできなかったけれども。
私達は毎日のように会っていたけど直接触れ合う事はなかった。
それは私の世界とあなたの世界の間は目に見えない何かで遮られていたから。
でも、あなたは言った。
私とあなたの世界はもうすぐ一つになるのだと。
お父さんが約束してくれたのだと。
その日が来れば私はあなたの胸に抱かれ、あなたを直接感じる事ができるのだろう。
あなたの体温、あなたの匂い、そして心臓の鼓動。
その日はもう少しでやって来る。
あともう少しで。
でもあの赤い車がやって来る。
そして血が。
シーン3
俺の名は白壁鈍太郎、市内の中学校に通う学生だ。
一見、誰が見ても平凡な学生である俺だが実は人には無い秘められた力がある。
幼馴染の美湖はそんなのは気のせいだ、自意識過剰なだけだと言うがそんな事はない。
俺は確かに自分自身に他の人間にはない特別な何かを感じるのだ。
そんな訳で俺は力の暴走を防ぐため右手に包帯を左目に眼帯を付けており、今が授業中であるにも関わらず教室の机からいきなり立ち上がって叫んだ。
鈍太郎「このままではこの宇宙が滅んでしまう!!だ、誰か俺にインファニティーストーンを!!」
クラスの連中の畏敬と恐怖の視線を一身に浴びて恍惚となる俺。
するとその時。
パカン!!!
教科書で後頭部を叩かれた。
担任の椎名だった。
椎名先生「何ふざけてる!!廊下に立っとれ!!」
こうして俺は授業が終わるまで廊下に立たされる事になった。
このパワハラ教師め。
俺が世界の王になったら真っ先に粛正してやる。
この椎名という教師は真面目な生徒達には優しいが俺みたいにたまに授業を妨害する様な生徒に対してはとことん厳しい教師だ。
まぁ当たり前かもしれないが。
そんなこんなで俺はその日、権力者からの不当な扱いを受けて少しムシャクシャしていたのだが、そんな俺の耳にクラスメイトの話すある噂話が飛び込んできた。
赤い車の少女に関する噂だ。
シーン4
「ねえ聞いた?また赤い車の少女が現れたんだって」
「やっぱり、それってー」
教室に飛び交う噂話を聞いてわたしはすごく嫌な気持ちになった。
わたしの名前は鈴木美湖この中学校に通う女生徒だ。
わたしの通う中学校ではちょっと前から「赤い車の少女」という怪談話の噂で教室の話題は持ち切りだ。
それは雨の日に走る赤い車の前に交通事故に遭って亡くなった少女の幽霊が現れるという、如何にもありがちな怪談話なのだが既に数十台の車が被害に遭っており中にはその際、怪我をした人もいるそうだ。
だがこの学校でこの怪談が流行っているのには一つ特別な理由があるのだ。
それはわたしのクラスの担任である椎名先生の存在だ。
実は先生の一人娘である、よしこさんが三ヶ月前に交通事故で亡くなっているのだ。
それもひき逃げによる事故で犯人はまだ捕まっていない。
これは本当の事がどうかわからないのだがそのひき逃げをした車は赤い色だったという。
そして赤い車の少女の事件が起き始めたのが約三ヶ月前、無責任な誰かによってこの二つの出来事は結びつけられ、いつの間にか赤い車を襲う幽霊少女の正体は死んだ先生の娘だという事になり、赤い車の少女の事件が起こるたびに学校中を尾ひれのついた酷い噂が飛び交うようになってしまった。
本当にひどい話だと思う。
椎名先生の心情を思うとわたしの胸は痛くなった。
この噂話はおそらく椎名先生の耳にも届いているに違いない。
一人娘を理不尽な事故で失い、その上その娘が幽霊となって車を襲う事件を起こしているなんて酷い噂を立てられているのだ。
見かけは普段通りに振る舞ってはいるが、先生の心の中は悲しみと怒りでいっぱいのはずだ。
わたしは無責任な噂を流した人間そしてそれに便乗して噂話に興ずるクラスメイト達にも強い怒りを覚えた。
肉親を失った悲しみは誰にも癒す事はできないだろう。
ましてや理不尽な死に方をしたのなら尚更だ。
せめて口をつぐんで静かに見守るのが、その人の周りにいる人間のすべき事ではないのか。
椎名先生にはよしこちゃんの死を静かに悼む権利がある。
椎名先生は優しくて本当にいい先生なのだ。
鈍太郎なんかは椎名先生の事を横暴だとか悪口を言ってるけど、授業中にいきなり立ち上がって奇声を上げれば怒られるのは当たり前だ。
鈍太郎は本当に子供でバカだ。
まるで自分を客観視できていない。
あいつと幼馴染なんだと思うと涙が出る。
一学年しか違わないのに護法先輩とは雲泥の差だ。
わたしはふと、ある人物の事を頭に思い浮かべた。
わたしがこの学校で一番信頼できる人物だ。
美湖「そうだ。護法先輩に相談してみよう」
護法先輩はこの学校の生徒会長であり、全国模試で常に一位というものすごい秀才だ。
そして「オカルト科学研究会」というおかしな同好会の代表でもあった。
シーン5
オカルト科学研究会の活動拠点である教室は旧校舎の二階にある。
今、その教室では一組の男女が机に向かい合って座っていた。
一人は悩みを相談に来た女生徒、鈴木美湖そして彼女の向かい側に座る男子生徒こそオカルト科学研究会の会長にして生徒会長でもある護法童司であった。
時刻は放課後、夕日が差し込む窓からは部活動をする生徒達の声が微かに聞こえてくる。
ちなみにオカルト科学研究会には護法先輩の他に何人か会員はいるのだがいわゆる幽霊部員で実質、日常的に活動しているのは彼のみであった。
護法先輩「それじゃ、美湖君は誰かが面白半分に椎名先生の亡くなったお嬢さんが件の幽霊少女だという噂を流していると思うんだね」
美湖「そうです。オカ研の会長の先輩には申し訳ないですけど幽霊なんかいるわけありません。偶然起こった事故を幽霊のせいにして面白がってるんです。ひどいと思います」
護法先輩「ふむ」
護法先輩は鼻からずり下がった眼鏡を指でくいっと直した。
眼鏡のサイズが合っていないのだ。
せっかく直してもまたすぐにずれてしまう。
護法先輩「君の考え方は決して悪くはないと思う。だが人の噂にも一定の真実が含まれている事が多いのもまた確かだ」
美湖「どういうことです?」
護法先輩は美湖の目をじっと見つめると言葉を続けた。
護法先輩「僕は自分で言うのもなんだが合理的な人間だ。そんな僕がオカルトを研究しようと思ったのは不合理なものに対して強い疑問を持っていたから。それに君も知っての通り僕の家は古い神社でね。色々な古臭い因習を代々伝えていてそれに反発する気持ちもあった。でもね、オカルトを研究し僕自身が色々な体験をする内にこの世には人智を超えた現象は確かに存在するのだと思う様になったんだ」
護法の言葉に美湖は反発した。
美湖「じゃあ先輩は幽霊少女の正体はやっぱり椎名先生の娘さんだって言うんですか?」
護法先輩は首を振って答える。
護法先輩「そうは言ってないよ。僕が言いたいのはたとえ不可思議な現象に見えても頭から否定せず色々な可能性を考えてみないと真実には辿りつけないということなんだ。君はこんな話を知ってるかな?夜の山道で一人の登山者が大きなリュックを背負い歩いていた。すると背後から何か巨大な怪物の影の様なものが追いかけて来たんだ。驚いたその男は必死に山道を走って逃げた。だが逃げても逃げても件の怪物は追いかけて来る。とうとう男は力尽きて道に倒れてしまった。その時、男のリュックから灯りのついた懐中電灯が転がり落ちた。何の事はない。男が必死に逃げようとしていたその怪物の正体は男が背負ったリュックに入っていた点きっぱなしの懐中電灯の光がリュックから漏れて出来た彼自身の影だったんだ」
美湖は護法先輩の話を聞くと俯いて、少し間を置いてから言った。
美湖「誰かが自分の目的を果たすために幽霊に見せかけた事件を起こしているって事ですか?例えば立体映像とかを使って」
護法先輩はまた鼻からずり下がってしまった眼鏡の位置を指でくいっと直すと美湖に答えた。
護法先輩「君はやっぱり頭がいいな。まぁ、そういう可能性もあるってことだ」
ちゃんとした眼鏡を買えばいいのにと美湖は思った。
シーン6
チンピラ「へへへへあの車のカップル、滅茶苦茶びびっていやがったぜ!」
俺の名は田中珍平、あだ名はチンピラだ!!
俺の趣味はあおり運転や危険運転をする事。
つい先程も若いカップルの乗った軽自動車を十数キロぴったり背後に張り付いて煽ってやったぜ。
この俺の愛車、赤いフェラーリでな。
ザマァー見さらせ。
リア充爆発しろっ!!
俺は一仕事終えた(あおり運転の事)充実感にひたりながら国道を40キロオーバーで走行していた。
普段は自宅警備員(ニート)をしており暇を持て余している俺にとってこの狩りの時間は至福のひと時であり一種のスポーツでもあった。
朝飯を食べてからすぐに車で出かけ昼飯はドライブインで済ませて夕飯前に家に帰るまで俺はあちこちを車で徘徊し、あおり運転や危険運転を仕掛ける獲物の姿を探していた。
まさしくハンター!!
俺に目を付けられた奴は運が無いのさ。
まぁ確かに色々とヤバい事はあったさ。
子供を跳ねそうになったりな。
あれ?実際に跳ねちゃったんだっけ?
まぁ、どうでもいいけど。
そういえば最近この辺りに子供の幽霊が出るらしい。
赤い車に跳ねられて死んだ女の子の霊でそのせいか赤い車を狙って現れるそうだ。
ふんっバカバカしい幽霊なんているか。
人間は死んだらそれでおしまい。
ジ-エンド死人に口なしって奴だ。
だから生きているうちに好き勝手やるのが一番かしこいのさ。
俺も赤いくるまに乗っているが幽霊なんて気にしない。
でも、これだけ大騒ぎになってるんだ、何かを見たのは本当なのかも。
俺は推理を働かせた。
チンピラ「そうだ、誰かが何かのトリックを使って幽霊がいるように見せてるんだ!ほらバーチャルなんとかってやつだ、ディズニーで見たやつだ!」
俺は誰だか知らないがこんな悪質な悪戯を仕掛ける奴に対して心からの義憤を覚えた。
チンピラ「まったく少しは人の迷惑を考えろよ」
とにかく俺は幽霊なんか信じないし、変なトリックに騙されたりもしない
俺はアクセルを踏み込んでさらに車のスピードを上げた。
あれっ?さっきまで快晴だったのに急に雨が降ってきやがった。
ポツポツと正面のガラスに雨の水滴が当たる。
俺はワイパーのスイッチを入れた。
シーン7
視界が煙る、いやな雨だ。
雨の降りしきる中、まわりに他に車の姿は無くたった一台で道路を走っているとなんだか別の世界に迷い込んだ様な不安な気持ちになってくる。
俺が珍しくそんな空想的な気分に浸っていると突然それは俺の目の前に現れた。
俺の車の進路を塞ぐかの様に突如として道路の真ん中にそれは出現したのだ。
黒いドレスを身に付けたまだ幼い黒髪の少女の姿が。
チンピラ「うおーっ!!出やがったな!!幽霊め!!」
俺は一瞬、怯んだがブレーキを踏まず逆にアクセルを踏んで道路に棒立ちになっている少女に対して車を突っ込ませた。
そして俺の車は少女の立っていた位置から十数メートル以上通過した場所でようやくブレーキをかけて停止した。
俺は「戦果」を確認する為、車から降りた。
幽霊だか生身の人間だか知らないが俺の車の前に急に現れるなんて轢き殺されて当然だ。
急ブレーキなんて絶対にかけるものか。
だが俺が車から降りて通過した道路の付近を見回してもそこには誰もいなかった。
もちろん死体も転がっていない。
チンピラ「あれっ?車の勢いでどこかに吹っ飛ばされたのかな」
雨は降り続いている、例え地面に血が流れたとしてもすぐに洗い流されてしまうだろう。
幽霊少女「何を探しているの?」
突然、空から声がした。
チンピラ「ううっ!!」
俺が上を見上げると、ちょうど俺の車が停止している場所の真上にさっき確かに車で轢いたはずの少女が空中に浮かんでいた。
少女は黒いアンティークのドレスを着ており髪は黒髪でウェーブのかかったセミロング。
そして何より特徴的なのはその鋭く冷たく光る目であり右目の下には、ぽつんと泣きボクロがあった。
奇妙にも雨が降っているにもかかわらず少女の体にはまったく濡れた様子はなかった。
俺はさすがに驚いたがすぐに気をとりなおし幽霊なんか居るわけない、これは何かのトリックなんだと強く心に言い聞かせた。
そして足元に転がっていた石コロを拾って少女に向かって投げつけ叫んだ。
チンピラ「このインチキ幽霊目!!俺は騙されないぞ!舐めた真似するんじゃねえ!!」
案の定、俺の投げた石は少女の体をすり抜け放物線を描いて彼女の背後に落ちた。
チンピラ「ふん!やっぱりバーチャルなんとかなんだな。どこかに機械を隠して映像を見せてるんだろ!」
空中に浮かぶ少女は鋭く無慈悲な目で俺を見下ろしていたがやがてゾッとする様な冷たい声で言った。
幽霊少女「あなたはあの赤い車の運転手じゃない。でも悪い人みたいね。無関係な人間を殺す気は無かったけど。あなたには特別に死んでもらおうかしら」
俺は鼻で笑った。
チンピラ「はんっ!ただの映像が何言ってやがる。今から機械を操作してる奴らを見つけ出してやるからな。覚悟しやがれ!!」
幽霊少女「わたし赤い車が大嫌い」
空中に浮かぶ幽霊少女の目が妖しく光った。
それと同時に俺の背後でメキメキと異様な音が鳴り響いた。
思わず俺は後ろを振り返ると恐怖と驚きで大きく目を見開いた。
俺の車がくしゃくしゃに丸められている。
そうまるで鼻をかんだ後のティッシュのように。
車体がめくれタイヤはパンクし窓ガラスは粉々に砕け散りエンジンは紙の箱のように潰れワイパーは変形していく。
油が断続的にピュッピュッと吹き出し極限まで圧力をかけられた部品がバチバチと火花を散らす。
そうして鋼鉄で出来ているはずの俺の車はいともたやすくボール状に丸められあっという間に人の頭ぐらいの大きさに圧縮されたシュウシュウと白煙を上げる醜く黒い金属の塊と化していた。
チンピラ「うわああああああーっ!!」
この現実離れした光景を目撃した俺はパニックを起こし大声で叫び続けた。
チンピラ「こ、これはトリックだ!!何かのトリップなんだ!!」
俺は少しでも正気を保つために必死で叫んだ。
だが最早そんな言葉に何の意味も無い事は俺自身もよくわかっていた。
トリックであれなんであれ目の前にいるこの少女が俺を瞬時に抹殺できる力を持っていることは間違いないのだ。
俺は少女に背を向け脱兎のごとく逃げ出そうとした。
その瞬間、俺の右肩に激痛が走った。
右肩の骨が目に見えない力によって粉々に砕けたのだ。
チンピラ「ぎゃあああーっ!!」
大きな悲鳴を上げる俺。
続いて左肩にも激痛が走る。
チンピラ「うぎゃああーっ!!」
左肩の骨も砕かれた俺は獣のような叫び声を上げながらそれでも必死に逃げようとした。
砕かれた両腕をだらりと下げて、目から涙をポロポロと流し、降りしきる雨の中をよたよたと走りながら、少しでも幽霊少女から遠ざかろうとする。
だが今度は両膝に同時に激痛が走った。
チンピラ「ぎゃおおおーっ!!」
無残にも両膝の骨を同時に砕かれた俺はたまらず道路に膝から崩れ落ちた。
アスファルトに両膝を落とし涙を流しながら直立の姿勢で呻く俺はまるで処刑場に引き出された罪人のようだ。
最早、激痛のあまり悲鳴を上げることすら出来なかった。
(トリック、トリック、トリック)
俺はなぜか頭の中で何度も呪文の様に同じ言葉を唱え続けた。
全く意味も無い言葉を涙を流しながら。
少しでも何かにすがりつかなければ恐怖と苦痛で俺が発狂してしまうことは確実だったからだ。
(トリック、トリック、トリック、トリック、トリックー)
すると空に浮かんでいた幽霊少女は俺の背後から正面へとまわり込みスーッと俺の目の前まで降りて来た。
宙に浮きながら。
そして息がかかりそうなほど近く俺の顔に自分の顔を近づける。
そして俺に向かってささやいた。
幽霊少女「わたしの目を見なさい」
俺は少女の目を見た。
見てしまった。
少女の目は不自然なほど大きく美しかった。
だがその瞳はガラス玉のように虚ろであった。
そしてその瞳の奥には「死」があった。
そうだこれはトリックなんかじゃない。
そしてコイツはこの幽霊少女は絶対に人間なんかじゃない。
生まれて初めてかもしれないその鋭い洞察とともに俺の精神は深い闇の底へと沈んでいった。
シーン8
本田刑事「また降ってきたな」
愛知県交通課所属の本田刑事は覆面パトカーで雨に濡れた道路を一人パトロールしていた。
時刻は夕方遅くすれ違う車の多くは仕事を終え自宅に帰る人たちが運転しているのだろう。
本田刑事も本来なら今は勤務時間外なのだが上司の命令で路上パトロールを仕方なくやらされていた。
本田刑事「これも例の幽霊騒ぎのせいだ」
この地域ではしばらく前から赤い車の少女という子供の幽霊にまつわる怪事件が連続して起こっていた。
雨の日に赤い車を運転していると突如として道路上に黒服のまだ幼い少女の幽霊が現れ運転手の顔を確認するとまた煙のように消えてしまうのだという。
一件や二件ならともかくこんなオカルトじみた事件が数十件も報告されているのだ。
幸い今までの事件で大きな怪我をした被害者はおらずせいぜい急ブレーキをかけた際、首を痛めたり幽霊から走って逃げ出そうとして転んで怪我をした者が数名いるくらいであった。
だが実際に事件として報告が上がっている以上、県警としては無視する事もできずパトロールを強化する事になり、こうして勤務外の本田刑事までが巡回要員として駆り出されているのであった。
ちなみに本田刑事自身は幽霊などまったく信じておらず今回の一連の幽霊騒ぎも誰かのイタズラか集団ヒステリーによるものだと思っていた。
本来なら自分が自由に使えるはずの時間がこんなくだらない幽霊騒ぎの為に犠牲になっている事が本田刑事にはとても腹立たしく不満であった。
晴れた日ならともかくこんな雨の日に単調な景色の続く道路で一人、車を走らせているとだんだん気分が沈みがちになってくる。
おまけに今日は幽霊事件とは別の奇妙な案件もあった。
本田刑事がパトロール中に市民からの通報で対応したのだが頭のおかしい中学生が自転車で高速道路に侵入し他の乗用車の走行を妨げたのだ。
本田刑事が現場にパトカーで急行し補導したその中学生は赤い自転車に乗っており奇声を上げながら高速道路を何度も往復していたという。
彼は頭もおかしいが格好もおかしく怪我もしていないのに眼帯を付けており腕にも包帯を巻いていた。
おまけに言動も変で自転車も車の一種だから車道を走る権利があるなどとほざいていたが中学生にもなって一般道路と高速道路の区別もつかないのであろうか。
本田刑事「まったく変わった子だったな。まぁ悪いやつではなさそうだったが。そういえば、あいつ幽霊を退治するとか言っていた。もしかしてあの赤い車の少女のことなんだろうか」
本田刑事は苦笑まじりにその少年の事を思い出していたが突然、警報音と共にパトカーに搭載された警察無線が情報を流し始めた。
その内容は驚くべきものだった。
なんと赤い車の少女がらみの事件で初めて重傷者が出たというのだ。
被害者は市内に住むチンピラ青年、田中珍平(30歳)。全身骨折の状態で道路に倒れていた所を通りがかった車に発見されたらしく救急車で病院に緊急搬送される際、赤い車の少女に関するうわごとを繰り返していたという。
幸い一命はとりとめたそうだが精神と肉体に深刻なダメージを受けたであろう事は間違いなかった。
そして不思議な事に被害者の乗っていた乗用車は事故現場から忽然とその姿を消していた。
彼の乗車していた車は一体どこへ消えたのか?
被害者の車の行方、それは最初は大きな謎であった。
だがそれはすぐに発見された。
なんとボーリングの球大の鉄の塊に圧縮され道路の隅に転がっていたのだ。
あまりに変わり果てた姿に最初はそれが車だとは誰も気づかなかったのだ。
信じられない情報を無線で聞く本田刑事の背中を冷たい汗が流れる。
本田刑事「くそっ!!一体何が起こってるんだ!?」
車窓の外を流れる陰鬱な景色に向かって本田刑事は吐き捨てるように言った。
彼が運転するパトカーの進行方向、道路の先には深い闇が広がっている。
雨はまだ降り続いていた。
[第1章に続く]
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