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六膳目
めでたい誕生日に美味しいカツレツを・上
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あれからしばらくしのは足を引きずっていたが、医者の診断通り骨に異常はなかったようだ。最近は、普通に歩いている。俺は尋常小学校で渡すと目立つから、しのを連れてかよとふみの家に行った。ドロップスを渡して「有難う」と礼を言うと、二人は素直に喜んでくれた。これからも変わらずしのと仲良くすると言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。
ふみには、血で汚してしまった手拭いの代わりにまつさんがお薦めしてくれた手拭いを渡した。ふみは驚いた顔から真っ赤になって、「あたしこの色好きなの」とぎゅっとその手拭いを抱き締めた。普段、大人びている彼女らしからぬ様子にしのと顔を見合わせて、俺達は首を傾げた。
残っていた鳥のもも肉は、軽く茹でてから一口ぐらいの大きさに切って塩と少しの唐辛子、酒で香ばしく焼いたものにして食べた。しのは猫舌で辛い物もあまり得意ではないようで、唐辛子は少し控えめにした。おっかさんは辛いものが口に合うようで、「もっと辛くてもいい」と言ったのに、「嫌だよぅ」と小さくしのが不満を言ったのがおかしかった。独活は次の日に、卵とぢにして食べた。料理法は、先生に貸して貰った料理本に書いてあって助かった。
季節が変わり、二月になった。俺は今日の昼飯の献立を考えながら、何時ものようにしのと並んで尋常小学校を帰ってきた。すると、珍しい事に薄く化粧をしたおっかさんが家で待っていた。
「おかえり」
昨日もお座敷で、遅かったはずだ。俺としのは、何事かと心配そうな顔になる。
「ただいま、おっかさんどこかに行ってたの?」
「いや、今から行くんだよ。恭介、しの、出かける用意をしな」
おっかさんと出かけるなんて、牛鍋を食べに行った時以来だ。俺としのは、更に何かあったのかと不安そうな顔になる。
「ほらほら、急ぎなよ」
おっかさんに急かされて、俺達は教科書やそろばんや筆記具の入った風呂敷を置いて連れ立って家を出た。
「あんた達、明日は誕生日だろ。着物を新調しようと思ってね」
歩きながら、おっかさんはそう明るく言った。明日は、二月三日。確かに、初めてここに来た時しのに教えて貰った俺達の誕生日だ。
「いいの?」
しのが、気を遣うかのようにそう尋ねた。俺も、別に今着てる着物に不満はなかった。その時俺達は、二枚の着物を着まわしていた。
「十の誕生日だよ。キリが良くて、めでたいじゃないか。それに、尋常小学校ももう卒業なんだしねぇ」
そう言われて、俺達は卒業後の事を全く考えていなかった事に気が付いた。卒業した先、俺達はどうしたらいいんだろうか。
新しい不安を抱えたまま、俺達はおっかさんが懇意にしているという着物屋に来た。町の通りの、目立つ場所にその着物屋はあった。新しいものも置いてあるが、古着もあるのだという。
「まあまあ、よう来たねぇ。よひらねぇさんに似て、可愛らしい子供二人だ」
古着屋の旦那は、ニコニコと愛想が良い。恰幅のいい旦那さんで、多分着ている着物も高くていいものなんだろう。
「どんな色が良いかな? 二人ともどんな色も似合うだろうから、選ぶのが大変だ」
初めから予算は相談していたのだろう。旦那さんは店で働いているらしい女性に指示すると、綺麗な古着を並べてくれた。
「わぁ、きれい! こっちは、色が良いねぇ」
しのとおっかさんは、明るい声で着物を見比べていた。俺の着物選びも二人に任せて、淹れて貰ったお茶を飲みながらその姿を眺めていた。二人は揃って、店主と着物を広げて楽しそうに選んでいる。
いつの世も、女性は服とか買い物が好きらしい。俺は元々お洒落には無頓着な所があり、現代の母親に服など見繕って貰っていた事を思い出した――そういえば、最近料理法以外で現代の事を、あまり思い出さなくなっていた。それだけ、明治に馴染み始めていた。
「兄ちゃん、どっちが似合うかなぁ?」
しのが楽しそうに、ピンク色と水色の着物を両手に持って振り返った。正直どっちも似合うからしのの好きな色でいいと思うのだが、訊ねられているので答えなければ拗ねるだろう。
「桃色の方が、しのに似合うと思う」
「あたしもそう思うよ」
おっかさんがそう俺に続くと、しのは嬉しそうに顔をほころばせた。
「なら、あたしこれが良い!」
「恭介は、どっちがいい?」
藍色と茶色の着物を並べてみせられた。正直これもどっちでもよかったが、俺は自分の髪の色を思い出して「茶色」と言った。
「髪の色に映えて、良いと思いますよ。よひらねぇさん、息子さんは将来女泣かせな色男になりますねぇ」
手伝いの女性が、俺を見てニコニコと笑っている。なんだか、恥ずかしくなって俺は一気にお茶を飲み干した。
結局、しのと俺はそれぞれの着物を一着ずつ買って貰った。着物屋の主人は、「誕生日祝いなら」と兵児帯を俺達二人分、無料で包んでくれた。おっかさんは丁寧に頭を下げたので、俺達も同じように頭を下げた。
そして次は、眼鏡屋だ。しのが最近「見えにくい」と話していたのを、おっかさんは気にしていたのだろう。検査をして貰って、しのの見えやすい度数を調べて貰い後日取りに来る事になった。しのは、眼鏡をかける事になった。
「次は、恭介のだよ」
何が、と聞く前に俺はおっかさんが足を止めた店を見上げた。そこには、「刃物店」と書かれた看板が飾られていた。
「包丁、買おうかねぇ。うちのは、未来の料理人に申し訳ない切れ味だからさ」
おっかさんの言葉に、俺はぽかんとした顔で楽しげなおっかさんの顔を見つめていた。
ふみには、血で汚してしまった手拭いの代わりにまつさんがお薦めしてくれた手拭いを渡した。ふみは驚いた顔から真っ赤になって、「あたしこの色好きなの」とぎゅっとその手拭いを抱き締めた。普段、大人びている彼女らしからぬ様子にしのと顔を見合わせて、俺達は首を傾げた。
残っていた鳥のもも肉は、軽く茹でてから一口ぐらいの大きさに切って塩と少しの唐辛子、酒で香ばしく焼いたものにして食べた。しのは猫舌で辛い物もあまり得意ではないようで、唐辛子は少し控えめにした。おっかさんは辛いものが口に合うようで、「もっと辛くてもいい」と言ったのに、「嫌だよぅ」と小さくしのが不満を言ったのがおかしかった。独活は次の日に、卵とぢにして食べた。料理法は、先生に貸して貰った料理本に書いてあって助かった。
季節が変わり、二月になった。俺は今日の昼飯の献立を考えながら、何時ものようにしのと並んで尋常小学校を帰ってきた。すると、珍しい事に薄く化粧をしたおっかさんが家で待っていた。
「おかえり」
昨日もお座敷で、遅かったはずだ。俺としのは、何事かと心配そうな顔になる。
「ただいま、おっかさんどこかに行ってたの?」
「いや、今から行くんだよ。恭介、しの、出かける用意をしな」
おっかさんと出かけるなんて、牛鍋を食べに行った時以来だ。俺としのは、更に何かあったのかと不安そうな顔になる。
「ほらほら、急ぎなよ」
おっかさんに急かされて、俺達は教科書やそろばんや筆記具の入った風呂敷を置いて連れ立って家を出た。
「あんた達、明日は誕生日だろ。着物を新調しようと思ってね」
歩きながら、おっかさんはそう明るく言った。明日は、二月三日。確かに、初めてここに来た時しのに教えて貰った俺達の誕生日だ。
「いいの?」
しのが、気を遣うかのようにそう尋ねた。俺も、別に今着てる着物に不満はなかった。その時俺達は、二枚の着物を着まわしていた。
「十の誕生日だよ。キリが良くて、めでたいじゃないか。それに、尋常小学校ももう卒業なんだしねぇ」
そう言われて、俺達は卒業後の事を全く考えていなかった事に気が付いた。卒業した先、俺達はどうしたらいいんだろうか。
新しい不安を抱えたまま、俺達はおっかさんが懇意にしているという着物屋に来た。町の通りの、目立つ場所にその着物屋はあった。新しいものも置いてあるが、古着もあるのだという。
「まあまあ、よう来たねぇ。よひらねぇさんに似て、可愛らしい子供二人だ」
古着屋の旦那は、ニコニコと愛想が良い。恰幅のいい旦那さんで、多分着ている着物も高くていいものなんだろう。
「どんな色が良いかな? 二人ともどんな色も似合うだろうから、選ぶのが大変だ」
初めから予算は相談していたのだろう。旦那さんは店で働いているらしい女性に指示すると、綺麗な古着を並べてくれた。
「わぁ、きれい! こっちは、色が良いねぇ」
しのとおっかさんは、明るい声で着物を見比べていた。俺の着物選びも二人に任せて、淹れて貰ったお茶を飲みながらその姿を眺めていた。二人は揃って、店主と着物を広げて楽しそうに選んでいる。
いつの世も、女性は服とか買い物が好きらしい。俺は元々お洒落には無頓着な所があり、現代の母親に服など見繕って貰っていた事を思い出した――そういえば、最近料理法以外で現代の事を、あまり思い出さなくなっていた。それだけ、明治に馴染み始めていた。
「兄ちゃん、どっちが似合うかなぁ?」
しのが楽しそうに、ピンク色と水色の着物を両手に持って振り返った。正直どっちも似合うからしのの好きな色でいいと思うのだが、訊ねられているので答えなければ拗ねるだろう。
「桃色の方が、しのに似合うと思う」
「あたしもそう思うよ」
おっかさんがそう俺に続くと、しのは嬉しそうに顔をほころばせた。
「なら、あたしこれが良い!」
「恭介は、どっちがいい?」
藍色と茶色の着物を並べてみせられた。正直これもどっちでもよかったが、俺は自分の髪の色を思い出して「茶色」と言った。
「髪の色に映えて、良いと思いますよ。よひらねぇさん、息子さんは将来女泣かせな色男になりますねぇ」
手伝いの女性が、俺を見てニコニコと笑っている。なんだか、恥ずかしくなって俺は一気にお茶を飲み干した。
結局、しのと俺はそれぞれの着物を一着ずつ買って貰った。着物屋の主人は、「誕生日祝いなら」と兵児帯を俺達二人分、無料で包んでくれた。おっかさんは丁寧に頭を下げたので、俺達も同じように頭を下げた。
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「次は、恭介のだよ」
何が、と聞く前に俺はおっかさんが足を止めた店を見上げた。そこには、「刃物店」と書かれた看板が飾られていた。
「包丁、買おうかねぇ。うちのは、未来の料理人に申し訳ない切れ味だからさ」
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