185 / 188
アリアドネのカタストロフィ
イデア・上
しおりを挟む
櫻子は、全員を連れて四階にある応接室に向かった。ドアを開くと、受付にいたダークシルバーの髪にピンクやパープルのメッシュが入った女がいた。よく見れば、瞳が青い。カラーコンタクトを入れているのだろう。彼女以外、誰もいなかった。
「ふーん、間に合ったんやね。合格や、認めてあげるわ」
女は、篠原をじろじろと見て頷いた。小柄な女に上から物言われて困惑する篠原の姿に、池田が吹き出した。
「あんたらとは、慣れ合う気はないけど――櫻子ねぇが信頼してるんなら、仕方ないわ。『桜海會』やし」
笑う池田と黙って自分を見ている香田を一瞥してから、女はぷいと視線を逸らした。
「朽木紫苑よ。彼女の事は、小さな頃から知ってる。私が信じている、数少ない人よ。IT関係は、静馬より上だと思うわ――元、世界的なハッカーだったし」
夏だというのに、赤い長袖のシャツに黒いジャケット、ダメージジーンズにソールの高いブーツを履いていた。紹介されると、「どうも」と、紫苑は軽く頭を下げた。
「じゃあ、俺にメールをくれたのは……朽木さんですか?」
篠原に届いたのは、登録していないアドレスからだった。普通なら信用しないが、『一条櫻子が大切なら、今すぐここに向かえ』と一文があったからだ。
「紫苑でええよ。櫻子ねぇなら大丈夫やと思ったけど、ここには櫻子ねぇのお爺さんがいる。もし人質に取られたら困るし、呼んだんよ」
「あ、そうか……ここは、老人ホームでしたね。紫苑さんが、一条課長のお爺さんを守ってたんですか?」
篠原の言葉に、紫苑は黙ったまま頷いた。
「すまない、遅くなりました」
不意にドアが開き、男が入って来た――香田と池田が、驚いたように瞳を開く。
「あんたは――櫻子のマンションの、コンセルジュ?」
マンションにいる時は整えていた髪を今は柔らかくセットし直した、確かに櫻子のマンションのコンセルジュの須藤だ。黒っぽい背広に薄い青のネクタイを締めていた。
「紹介するわ。こちらは、公安部公安第三課の桂澄清さん。勤務時間外の私を、今まで警護してくれてたの。公安の中でも極秘だったんだけど、村崎刑事局長が殺された今――無意味になったわ。まさか、村崎刑事局長が『桐生と近づきすぎていた』なんてね」
「どうも。私は村崎刑事局長から依頼されて、一条警視の護衛をしていました。朽木さんとは連絡を取り合っていました……お会いするのは、初めてですが」
「どーも」
篠原は、頭が混乱していた。この応接にいる人物達は、ちぐはぐな集まり過ぎて漫画の世界の様だ。理解が追い付かない。それは、池田も同じようだった。
「桐生を監視していた公安の青山ですが、もう壊されました」
桂が取り出したスマホには、見慣れた赤穂の牢獄の青山が映っている――しかし彼は、下着一枚の姿で泡を吹き、両手両足を一つに括られて床に転がされて白目を剝いていた。
「回収しましたが、精神は崩壊しています。もう、返って来れないでしょう――桐生は勿論、脱走していました」
「脅威が二倍になったって事ね……桐生蒼馬と、彼に二十年も教育された息子の静馬……日本各地でテロが起きても、驚かないわ」
危険な犯罪者が、野に放たれた――しかも、二人。
「でも、どうして刑事局長は殺されたんですか? 桐生にとって、いい取引相手だったのでは?」
「村崎刑事局長は、洗脳されて桐生や静馬の犯罪に為に警察の中で資金集めしてたんや。まあ、横領ってやつやね。警視庁内でその噂が広がり始めてたんよ。だからその資金先がバレんように、先に殺されてあの人の口座は変えられた……って訳」
「刑事局長が、そんな事を!?」
「警察の中は、相変わらずブラックやなぁ。変な暴力団より、ドロドロちゃうか?」
紫苑の説明に驚く篠原の横で、香田がため息混じりに呟いた。
「今は刑事局長の席が空白なので、その補充と桐生親子対策室を作らなければなりません。勝手な事は分かってますが――我々は、桜海會と取引をしたい」
「ほぅ。警察と公安が、桜海會と取引か。条件によるな」
香田は待合用のソファに座ると、腕を組んで桂を見上げた。
「桐生親子対策室の人員の警護を、任せたい」
「はぁ!?」
桂の言葉に、池田が思わず声を漏らした。香田は、ちらりと櫻子を見る。
「見返りは? それと、そのメンバーは?」
「桐生親子を、桜海會が始末しても不問。こちらで、その事件は処分する。それと、五億用意しよう。護衛対象は、次期刑事局長候補の小日向、そして恒成勲、一条櫻子、篠原大雅、朽木紫苑、宮城警部、竜崎警部補、佐久間馨、篠原唯菜――以上だ」
香田が、櫻子に視線を向ける。櫻子は、小さく頷いた。
「分かった、それで成立や」
「ふーん、間に合ったんやね。合格や、認めてあげるわ」
女は、篠原をじろじろと見て頷いた。小柄な女に上から物言われて困惑する篠原の姿に、池田が吹き出した。
「あんたらとは、慣れ合う気はないけど――櫻子ねぇが信頼してるんなら、仕方ないわ。『桜海會』やし」
笑う池田と黙って自分を見ている香田を一瞥してから、女はぷいと視線を逸らした。
「朽木紫苑よ。彼女の事は、小さな頃から知ってる。私が信じている、数少ない人よ。IT関係は、静馬より上だと思うわ――元、世界的なハッカーだったし」
夏だというのに、赤い長袖のシャツに黒いジャケット、ダメージジーンズにソールの高いブーツを履いていた。紹介されると、「どうも」と、紫苑は軽く頭を下げた。
「じゃあ、俺にメールをくれたのは……朽木さんですか?」
篠原に届いたのは、登録していないアドレスからだった。普通なら信用しないが、『一条櫻子が大切なら、今すぐここに向かえ』と一文があったからだ。
「紫苑でええよ。櫻子ねぇなら大丈夫やと思ったけど、ここには櫻子ねぇのお爺さんがいる。もし人質に取られたら困るし、呼んだんよ」
「あ、そうか……ここは、老人ホームでしたね。紫苑さんが、一条課長のお爺さんを守ってたんですか?」
篠原の言葉に、紫苑は黙ったまま頷いた。
「すまない、遅くなりました」
不意にドアが開き、男が入って来た――香田と池田が、驚いたように瞳を開く。
「あんたは――櫻子のマンションの、コンセルジュ?」
マンションにいる時は整えていた髪を今は柔らかくセットし直した、確かに櫻子のマンションのコンセルジュの須藤だ。黒っぽい背広に薄い青のネクタイを締めていた。
「紹介するわ。こちらは、公安部公安第三課の桂澄清さん。勤務時間外の私を、今まで警護してくれてたの。公安の中でも極秘だったんだけど、村崎刑事局長が殺された今――無意味になったわ。まさか、村崎刑事局長が『桐生と近づきすぎていた』なんてね」
「どうも。私は村崎刑事局長から依頼されて、一条警視の護衛をしていました。朽木さんとは連絡を取り合っていました……お会いするのは、初めてですが」
「どーも」
篠原は、頭が混乱していた。この応接にいる人物達は、ちぐはぐな集まり過ぎて漫画の世界の様だ。理解が追い付かない。それは、池田も同じようだった。
「桐生を監視していた公安の青山ですが、もう壊されました」
桂が取り出したスマホには、見慣れた赤穂の牢獄の青山が映っている――しかし彼は、下着一枚の姿で泡を吹き、両手両足を一つに括られて床に転がされて白目を剝いていた。
「回収しましたが、精神は崩壊しています。もう、返って来れないでしょう――桐生は勿論、脱走していました」
「脅威が二倍になったって事ね……桐生蒼馬と、彼に二十年も教育された息子の静馬……日本各地でテロが起きても、驚かないわ」
危険な犯罪者が、野に放たれた――しかも、二人。
「でも、どうして刑事局長は殺されたんですか? 桐生にとって、いい取引相手だったのでは?」
「村崎刑事局長は、洗脳されて桐生や静馬の犯罪に為に警察の中で資金集めしてたんや。まあ、横領ってやつやね。警視庁内でその噂が広がり始めてたんよ。だからその資金先がバレんように、先に殺されてあの人の口座は変えられた……って訳」
「刑事局長が、そんな事を!?」
「警察の中は、相変わらずブラックやなぁ。変な暴力団より、ドロドロちゃうか?」
紫苑の説明に驚く篠原の横で、香田がため息混じりに呟いた。
「今は刑事局長の席が空白なので、その補充と桐生親子対策室を作らなければなりません。勝手な事は分かってますが――我々は、桜海會と取引をしたい」
「ほぅ。警察と公安が、桜海會と取引か。条件によるな」
香田は待合用のソファに座ると、腕を組んで桂を見上げた。
「桐生親子対策室の人員の警護を、任せたい」
「はぁ!?」
桂の言葉に、池田が思わず声を漏らした。香田は、ちらりと櫻子を見る。
「見返りは? それと、そのメンバーは?」
「桐生親子を、桜海會が始末しても不問。こちらで、その事件は処分する。それと、五億用意しよう。護衛対象は、次期刑事局長候補の小日向、そして恒成勲、一条櫻子、篠原大雅、朽木紫苑、宮城警部、竜崎警部補、佐久間馨、篠原唯菜――以上だ」
香田が、櫻子に視線を向ける。櫻子は、小さく頷いた。
「分かった、それで成立や」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?

迸れ!輝け!!営業マン!!!
飛鳥 進
ミステリー
あらすじ
主人公・金智 京助(かねとも けいすけ)は行く営業先で事件に巻き込まれ解決に導いてきた。
そして、ある事件をきっかけに新米刑事の二条 薫(にじょう かおる)とコンビを組んで事件を解決していく物語である。
第3話
TV局へスポンサー営業の打ち合わせに来た京助。
その帰り、廊下ですれ違った男性アナウンサーが突然死したのだ。
現場に臨場した薫に見つかってしまった京助は当然のように、捜査に参加する事となった。
果たして、この男性アナウンサーの死の真相如何に!?
ご期待ください。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる