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アリアドネのカタストロフィ
失踪・中
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宝塚警察が到着すると、櫻子は香田に桜海會に戻る様に言った。やはり、反社会勢力との繋がりを他の警察署に知られるのは、櫻子の立場上良くない。香田は持ったままだった櫻子のスマホを返そうとして、そう言えば彼女がスマホで笹部にかけていたのを思い出した。
「これ、返しとくで――スマホ、他にも持ってるんか?」
「ええ、個人と警察から支給されているものがあるの。有難う、助かったわ」
「そうか――けど、一人で大丈夫なんか?池田置いて行っても構わんが」
警察が集まって来ていても、何処で桐生の陰があるか分からない。香田は、櫻子を待っている様子の宝塚警察署の刑事に視線を向けた。
「捜査一課の富田さんと新井さんが来てくれるわ。大丈夫よ――唯菜ちゃんを、お願い」
「落ち着いたら、組に来い。それと、あっちに戻ったらこっちの信頼出来るもんを、お前の傍に置くようにする」
香田が運転席の池田に視線を向ける。池田はぺこりと櫻子に頭を下げて、車を走らせた。唯菜は、香田の横でシートベルトに支えられて眠っている。
「ごめんなさい、お待たせして」
櫻子は一度軽く自分の両頬を叩いてから、刑事たちに向き直った。
「いえ、お気になさらずに。私は宝塚署捜査一課の向井と申します。事情は刑事局長から聞いています」
40代半ばの、柔らかな物腰の男が前に出て櫻子に頭を下げた。
「では、現場に行きましょう」
櫻子、向井、数人の刑事が手袋と靴カバー、キャップをして家の中に入る。櫻子は何度か訪れているので、大体の部屋の構図は分かっている。家の中はエアコンがつけられたままで、涼しかった。
一階には玄関、トイレと風呂場。そのまま進んで右側が台所。左にはリビング。中央の柱の陰に二階に上がる階段がある。リビングの横は仏間と篠原の両親の部屋。
二階に上がると、南側の部屋が今は使われていない篠原の兄夫婦の部屋。その横が唯菜の部屋で、そして客間があり篠原の部屋だ。
篠原の家の台所をまず見る。夕飯を食べ終わった後に、雅史が晩酌をしたのだろう。瓶ビールとコップ、肴らしいたこわさびと油を使ったらしい料理らしい皿があった。たこわさびはまだ半分近く残っていたが、油を使った料理らしいものは綺麗に食べ終わっていた。それらが、妙に綺麗にシンクに置かれていた。
それから、現場である両親の部屋に向かった。部屋は電気がつけられていて、二組布団が敷かれている。これは、食事が終わった後にやよいが用意していたのだろう。その布団に、見慣れた雅史とやよいが眠る様に横たわっていた。
あまりにも穏やかな死に顔だったので、櫻子は一瞬現実か夢か分からなくなった。
「正確に心臓を刺してますなぁ…しかし抵抗した様子はないみたいやし、眠ってる所というより眠らされたんでしょうな」
刑事が布団をめくると、二人の胸元は血だらけだった。失血死だと思われる。過剰な切り傷は見当たらない。竜崎の家人とは全く違う殺され方だ。まるで、篠原の家族には『苦しめたくない』という、犯人の想いを感じられた。
「ねえ、やよいさんの腕か手か…どこかに注射の痕はない?」
櫻子は、後ろで控えている鑑識に声をかけた。刑事たちはびっくりした顔をしていたが、向井が指示すると慌ててやよいの体を調べ始める。
「ありました!首の後ろにあります!」
「多分…マイリーが血液から検出されると思うわ。雅史さんはビールの中に、やよいさんは注射されたのだと思う」
まるで、その現場に居たように櫻子は言った。
「一条警視、それは一体…?」
「犯人は家人に招き入れられた。そうして、ビールを飲む雅史さんと『お酒が苦手』な犯人は、唯菜ちゃんのジュースを出された。そうして、雅史さんはたこわさびを、犯人はやよいさんが手早く作った『玉子焼き』を食べながら、一緒に飲んだ。犯人は様子を窺ってビールにマイリーの粉を忍ばせ、それを飲んでしまい寝そうになった雅史さんに駆け寄ったやよいさんに、マイリーを溶かした注射を打った…多分、そうして寝かせたのよ」
「あの、どうしてそのような詳細な事が分かるんですか…?」
向井の言葉に、櫻子は一度瞳を伏せて手巻きずしを食べた日の事を思い出した。
「犯人が誰か、分かっているから…」
「これ、返しとくで――スマホ、他にも持ってるんか?」
「ええ、個人と警察から支給されているものがあるの。有難う、助かったわ」
「そうか――けど、一人で大丈夫なんか?池田置いて行っても構わんが」
警察が集まって来ていても、何処で桐生の陰があるか分からない。香田は、櫻子を待っている様子の宝塚警察署の刑事に視線を向けた。
「捜査一課の富田さんと新井さんが来てくれるわ。大丈夫よ――唯菜ちゃんを、お願い」
「落ち着いたら、組に来い。それと、あっちに戻ったらこっちの信頼出来るもんを、お前の傍に置くようにする」
香田が運転席の池田に視線を向ける。池田はぺこりと櫻子に頭を下げて、車を走らせた。唯菜は、香田の横でシートベルトに支えられて眠っている。
「ごめんなさい、お待たせして」
櫻子は一度軽く自分の両頬を叩いてから、刑事たちに向き直った。
「いえ、お気になさらずに。私は宝塚署捜査一課の向井と申します。事情は刑事局長から聞いています」
40代半ばの、柔らかな物腰の男が前に出て櫻子に頭を下げた。
「では、現場に行きましょう」
櫻子、向井、数人の刑事が手袋と靴カバー、キャップをして家の中に入る。櫻子は何度か訪れているので、大体の部屋の構図は分かっている。家の中はエアコンがつけられたままで、涼しかった。
一階には玄関、トイレと風呂場。そのまま進んで右側が台所。左にはリビング。中央の柱の陰に二階に上がる階段がある。リビングの横は仏間と篠原の両親の部屋。
二階に上がると、南側の部屋が今は使われていない篠原の兄夫婦の部屋。その横が唯菜の部屋で、そして客間があり篠原の部屋だ。
篠原の家の台所をまず見る。夕飯を食べ終わった後に、雅史が晩酌をしたのだろう。瓶ビールとコップ、肴らしいたこわさびと油を使ったらしい料理らしい皿があった。たこわさびはまだ半分近く残っていたが、油を使った料理らしいものは綺麗に食べ終わっていた。それらが、妙に綺麗にシンクに置かれていた。
それから、現場である両親の部屋に向かった。部屋は電気がつけられていて、二組布団が敷かれている。これは、食事が終わった後にやよいが用意していたのだろう。その布団に、見慣れた雅史とやよいが眠る様に横たわっていた。
あまりにも穏やかな死に顔だったので、櫻子は一瞬現実か夢か分からなくなった。
「正確に心臓を刺してますなぁ…しかし抵抗した様子はないみたいやし、眠ってる所というより眠らされたんでしょうな」
刑事が布団をめくると、二人の胸元は血だらけだった。失血死だと思われる。過剰な切り傷は見当たらない。竜崎の家人とは全く違う殺され方だ。まるで、篠原の家族には『苦しめたくない』という、犯人の想いを感じられた。
「ねえ、やよいさんの腕か手か…どこかに注射の痕はない?」
櫻子は、後ろで控えている鑑識に声をかけた。刑事たちはびっくりした顔をしていたが、向井が指示すると慌ててやよいの体を調べ始める。
「ありました!首の後ろにあります!」
「多分…マイリーが血液から検出されると思うわ。雅史さんはビールの中に、やよいさんは注射されたのだと思う」
まるで、その現場に居たように櫻子は言った。
「一条警視、それは一体…?」
「犯人は家人に招き入れられた。そうして、ビールを飲む雅史さんと『お酒が苦手』な犯人は、唯菜ちゃんのジュースを出された。そうして、雅史さんはたこわさびを、犯人はやよいさんが手早く作った『玉子焼き』を食べながら、一緒に飲んだ。犯人は様子を窺ってビールにマイリーの粉を忍ばせ、それを飲んでしまい寝そうになった雅史さんに駆け寄ったやよいさんに、マイリーを溶かした注射を打った…多分、そうして寝かせたのよ」
「あの、どうしてそのような詳細な事が分かるんですか…?」
向井の言葉に、櫻子は一度瞳を伏せて手巻きずしを食べた日の事を思い出した。
「犯人が誰か、分かっているから…」
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